ポー
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| Pau | |
|---|---|
| 行政 | |
| 国 | |
| 地域圏(Région) | アキテーヌ地域圏 |
| 県(département) | ピレネー=アトランティック県 |
| 郡(arrondissement) | Arrondissement of Pau |
| 小郡(canton) | 6 |
| INSEEコード | 64445 |
| 郵便番号 | 64000 |
| 市長(任期) | マルティーヌ・リニエール=カス (2008年 - 2014年) |
| 自治体間連合 (fr) | Communauté d'agglomération de Pau-Pyrénées |
| 人口動態 | |
| 人口 | 市: 78,732人 (2008年) |
| 人口密度 | 2,498人/km² |
| 地理 | |
| 座標 | 北緯43度18分06秒 西経0度22分07秒 / 北緯43.301667度 西経0.368611度座標: 北緯43度18分06秒 西経0度22分07秒 / 北緯43.301667度 西経0.368611度 |
| 標高 | 平均:? m 最低:165 m 最高:245 m |
| 面積 | 市: 31.51km² (3 151ha) |
ポー (Pau) は、フランス南西部、ピレネー山脈の渓流ポー川沿いに位置するアキテーヌ地域圏、ピレネー=アトランティック県の県庁所在地である。同県では最も人口が多く、またアキテーヌ地域圏では2番目に人口の多い都市である。1999年現在の人口は約7万8千人。近隣都市を含めた人口は約18万人、ポー都市圏には約22万人が住む。
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地名の由来 [編集]
必ずしも明らかではないが、見張りのための砦が築かれたことから、オック語の「杭」を意味する語 pal にちなんで命名されたとされる。
歴史 [編集]
1464年、ポーはベアルン地方の首都となった。フォワ伯ガストン3世がポー城を改築、のちフランシスコ1世らナバラ王家の人々の居城となった。16世紀にはマルグリット・ダングレームがこの城で暮らし、その娘のジャンヌ・ダルブレはこの城でのちにアンリ4世となる男児を出産、ベアルンの古式に則って、唇にニンニクを当て、ジュランソンワインを塗る洗礼を行なった。また、スウェーデン王カール14世ヨハンとなるジャン=バティスト・ベルナドットが誕生したのもこの城においてである。
初代ウェリントン公爵アーサー・ウェルズリーをはじめ、ポーはイギリス人に保養地として愛され、ヨーロッパ大陸初の本格的なゴルフコースやテニスコートも作られた。
産業 [編集]
主な産業は天然ガスの採取、機械工業、食品加工業である。
名産 [編集]
古い都市であり、フォアグラ、鴨のコンフィ、カスレ(鵞鳥や豚などの肉とインゲン豆を煮たシチュー)、プール・オ・ポ(鶏肉のポトフ)、ガルビュール(ポタージュ・ガルビュールとも。キャベツや鵞鳥を主材料とするシチュー)などの名産品や名物料理でも知られる。
スポーツ [編集]
ポー・グランプリ。画像はフォルテック・モータースポーツチームのF3カーに乗るイェルマー・バーマン(2006年)
- ポーにはサッカークラブ・ラグビーやバスケットボールのチームなども存在しているが、なんといっても有名なのは、市街地サーキットを使用した「ポー・グランプリ(w:Grand_Prix_de_Pau)」である。
開催は1901年と古く、定期的にレースが開催されるようになったのは1933年からのことである。1964年から1984年まではフォーミュラ2、1985年から1998年まではフォーミュラ3000、1999年から2006年まではフォーミュラ3といったフォーミュラカーのレースが開催されていたが、2007年よりWTCCが開催されている。 - ツール・ド・フランスのピレネー山脈超えステージのスタート地点ないしゴール地点として、しばしコースに組み入れられている。
姉妹都市 [編集]
ゲッティンゲン ドイツ
甲府市 日本
サラゴサ スペイン
西安市 中華人民共和国
スウォンジ ウェールズ
セトゥバル ポルトガル
ダロア コートジボワール
ピストイア イタリア
モービル アメリカ合衆国