都城県

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都城県庁跡の碑

都城県(みやこのじょうけん)は1871年明治4年)に日向国南部、大隅国東部を管轄するために設置された。現在の宮崎県南部、鹿児島県東部にあたる。

概要[編集]

沿革[編集]

  • 1871年(明治4年)11月14日 - 飫肥県が廃止され、鹿児島県の一部の移管を受けて、日向国南部、大隅国東部に都城県が発足(太政官布告595号)。県庁は諸県郡都城(現在の宮崎県都城市姫城町6街区21号。都城市役所敷地内)にある都城領主館跡に設置。美々津県との境界はおおむね大淀川とされた。
  • 1872年(明治5年)5月15日 - 姶良郡菱刈郡および桑原郡のうち栗野郷、横川郷を鹿児島県へ移管。美々津県より諸県郡のうち須木郷、野尻郷および小林郷のうち東方村の移管を受ける。
  • 1873年(明治6年)1月15日 - 美々津県と合併して宮崎県が発足。同日都城県廃止。ただし、大隅国は鹿児島県に移管。

管轄地域[編集]

歴代知事[編集]

  • 1871年(明治4年)11月14日 - 1873年(明治6年)1月15日 : 参事・桂久武(元鹿児島藩士
    • 薩摩藩家老、鹿児島県権大参事を歴任。西郷隆盛と親しく、のちに西南戦争にて戦死。幕末・維新期に関する史料的価値の高い「桂久武日記」を遺す。

関連項目[編集]

先代:
飫肥県日向国
鹿児島県の一部(大隅国
行政区の変遷
1871年 - 1873年
次代:
宮崎県(第1期、日向国)
鹿児島県(大隅国)