米良美一

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米良美一
基本情報
出生名 米良美一
出生 1971年5月21日(38歳)
学歴 洗足学園音楽大学卒業
アムステルダム音楽院オランダ政府給費留学
出身地 日本宮崎県西都市
ジャンル クラシック音楽
職業 声楽家
担当楽器 カウンターテナー
活動期間 1995年 -
レーベル キングレコード
事務所 ジャパン・アーツ
影響 美輪明宏
公式サイト http://www.lamela.co.jp/
  

米良 美一(めら よしかず、1971年5月21日 - )は、宮崎県西都市生まれの歌手である。

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[編集] 略歴

幼少時より先天性骨形成不全症を患い、小学校入学時の7歳から養護学校で過ごし、その後も骨折の繰り返しで11歳から16歳を病院で過ごした。ふるさとを夢想してすごしたこの数年間が後に彼の歌の表現力の下地になった。この病気のため、身長が伸びず、両腕も伸ばせないため、手を重ねて歌っている。

子供の頃から演歌歌謡曲民謡に親しみ、特に元アイドル歌手の松田聖子の大ファンだったといい、米良のカウンターテナーの原点は松田聖子のマネを裏声でしたことである。

音大への進学について、父母が討論していた。父は進学反対だったが、母は賛成してくれた。18歳で上京して神奈川県の洗足学園音楽大学へ入学。在学中に、テノールから女声の音域を歌うカウンターテナー(男声アルト)に転向。首席で卒業。

1995年奏楽堂日本歌曲コンクール3位。1996年に日本のキングレコードから発売されたCD『母の唄』がベストセラーになる。ラジオで米良の曲が放送されたのを宮崎駿監督が聴いたのがきっかけで、1997年宮崎駿のアニメーション映画「もののけ姫」のテーマ曲に起用され、この声種が日本で一般に知られたきっかけをつくった。

1998年日本ゴールドディスク大賞のベスト・クラシック・アルバム・オブ・ザ・イヤー、第21回日本アカデミー協会特別賞として初の主題歌賞受賞。長野パラリンピック開会式でもジュリオ・カッチーニのアヴェ・マリアを歌う。

しかし、ヒットの裏で小柄な自分を気にして歌を正当に評価してもらいたいとヒールを履いたり、病気のことを伏せたが、精神的な重圧感から、美声が出なくなった。5年の歳月をかけて美声を取り戻す。この頃、「ヨイトマケの唄」を歌う美輪明宏をテレビで見て、治療費を稼ぐために工事現場で働いていた母を持つ米良は自分の小さい頃の心情そのものだと感じ、この歌を持ち歌にするようになる。後に宮崎のコンサートで歌い、母を喜ばせた。

2008年現在、日本・韓国・ヨーロッパ等で活動を行っている。エディタ・グルベローヴァヨッヘン・コヴァルスキーとの共演も行った。著名オーケストラとの共演も多い。テレビ・ラジオなどへの出演、各種イベントへの参加も精力的に行う。

スウェーデンのBISレーベル(バッハ・コレギウム・ジャパンとの共演含む)、日本ではキングレコードよりCDを出している。

2007年より、テレビなどでこれまで語ることのなかった病や生い立ちのことを語るようになり、同年7月10日大和書房から、これまでの人生を綴った自叙伝「天使の声~生きながら生まれ変わる」を出版した。

[編集] ディスコグラフィ

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  • もののけ姫(サウンドトラック内に収録)
  • I'll Be There(1st.オリジナルアルバム)1999年発売 キングレコード
    • 「銀河の丘」(作詞:田口俊、作曲・編曲・コーラス:崎谷健次郎
    • 「君でなければ」(作詞:田口俊、作曲・編曲:崎谷健次郎)

米良がファンであった崎谷健次郎に依頼して曲提供が実現した。

[編集] 著書

[編集] 出演作品

[編集] 舞台

  • 三文オペラ(2009年)モリタート歌手役、女王役及び狂言回しの多彩な役柄

[編集] CM

  • 西澤養蜂場
    • 宮崎市高岡町にある養蜂場のラジオCMで、サウンドロゴを担当する。彼が出演するバージョンのラジオCMもある。

[編集] 参考資料

[編集] 外部リンク