長崎県交通局
| 種類 | 地方公営企業 |
|---|---|
| 略称 | 長崎県営バス、県営バス |
| 本社所在地 | 〒850-0043 長崎県長崎市八千代町3-1 |
| 設立 | 1934年3月24日 |
| 業種 | 陸運業 |
| 事業内容 | 乗合バス事業、高速バス事業、貸切バス事業、駐車場事業 |
| 代表者 | 交通事業管理者(交通局長) 山口雄二[1] |
| 資本金 | 23億1,478万3,000円[2] |
| 売上高 | 52億7,628万8,000円[2] (事業収益[3]、2011年度) |
| 営業利益 | △6億7,817万3,000円[2] (2011年度[4]) |
| 純利益 | 3,685万6,000円[2] (総収支[5]、2011年度) |
| 純資産 | 65億820万3,000円[2](剰余金、2011年度) |
| 総資産 | 110億4,104万6,000円[2](2011年度) |
| 従業員数 | 437名(平成24年4月1日現在)[1] |
| 主要子会社 | 長崎県央バス |
| 外部リンク | http://www.keneibus.jp/ |
長崎県交通局(ながさきけんこうつうきょく)は、長崎県でバスを運営している地方公営企業である。通称長崎県営バス。およそ400両の車両を保有するバス事業者(公営バス)である。
目次 |
概説 [編集]
1934年(昭和9年)3月16日、全国初の国立公園である雲仙国立公園が誕生した際に、旅客輸送の手段として設立された。長崎県の観光振興という設立目的から、公営事業者でありながらも貸切・高速バス事業を展開しており、九州内の公営バス事業者では唯一の九州高速バス予約システム運営委員会発足当時からの加盟事業者でもある。
都道府県単位で公共交通機関を運営しているのは東京都(東京都交通局[6])と長崎県のみであり、県営としては日本唯一である。地元では単に県営バスとも称され、公式サイトのURLも「www.keneibus.jp」である。
営業キロ数は2013.69キロメートルで、全国の公営バスの総営業キロ数の2割を占め、第1位である[1]。
沿革 [編集]
- 1933年(昭和8年)12月4日 - 通常長崎県会(現 長崎県議会)において県営バス創業に関する議案が原案通り可決される。
- 当時の長崎県の財政は窮迫しており、県営バスの開業によって税外収入の獲得がねらいであった。
- 当時、島原方面への自動車営業者の中には民間事業を圧迫するものとして県営バス創業に反対する意見があったため、長崎市会(現 長崎市議会)で同日以下のような建議案が可決し、長崎市側の善処が要望された。
-
- 建議の内容 - 長崎市と雲仙間の交通はとても不便であることが認められる。それに加え、来年の春には国際産業観光博覧会の開催により、長崎市と雲仙間の交通が今までにないほど頻繁になることが予想される。よって長崎市理事者にはこの際、県営バスの実現に関し、急速に適切有効な努力を払われることが望まれる。
- 1934年(昭和9年)
- 1941年(昭和16年)6月1日 - 長崎県自動車局に改称。
- 1945年(昭和20年)8月9日 - 長崎市に原子爆弾が投下され、大きな被害を受ける。
- 1947年(昭和22年)
- 1948年(昭和23年)5月11日 - 長崎県公共事業部に改称。
- 1949年(昭和24年)
- 1950年(昭和25年)8月12日 - 長崎県交通部に改称。
- 1951年(昭和26年)
- 1953年(昭和28年)6月30日 - 西肥自動車との間に長崎・佐世保線相互乗り入れ運輸協定調印。
- 1963年(昭和38年)
- 1964年(昭和39年)3月24日 - 長崎県営バス創業30周年記念式典を挙行。
- 1989年(平成元年)3月20日 - 長崎 - 大阪間の夜行高速バス「ロマン長崎号」運行開始。同局初の夜行高速バス。
- 2005年(平成17年)2月17日 - 長崎 - 宮崎間の高速バス「ブルーロマン号」運行開始。
- 2005年(平成17年)11月30日 - 雲仙 - 島原(大手)間から撤退し、島原出張所廃止。
- 2007年(平成19年)3月31日 - 長崎 - 雲仙間(特急)を除く島原半島の全16路線が廃止され、島原半島から撤退し、小浜営業所廃止。
- 2009年(平成21年)4月1日 - 諫早 - 長崎間の一部系統を、県交通局全額出資による長崎県央バスへ移譲[7]。諫早・大村の各営業所の路線を長崎県央バスに委託[8]。
営業所・整備工場 [編集]
長崎県内 [編集]
長崎県外 [編集]
廃止された営業所 [編集]
所在地は廃止時点のもの。
-
- 旧本局・旧長崎営業所(長崎市幸町6番21号) - 2005年(平成17年)12月24日移転
- 小浜営業所(雲仙市小浜町大字南木指字合屋1760番地) - 2007年(平成19年)3月31日廃止
-
- 雲仙出張所(雲仙市小浜町雲仙123番地) - 2007年(平成19年)3月31日廃止
- 島原出張所(島原市湊町1番9号) - 2005年(平成17年)3月31日廃止
一般路線バス [編集]
長崎市、諫早市、大村市など、長崎県南部一帯に路線を持つ。長崎、諫早から長崎空港への空港連絡バスも運行している。(出島道路経由長崎線は長崎バスと共同運行)
2005年(平成17年)11月30日をもって雲仙 - 島原(大手)間、2007年(平成19年)3月31日をもって長崎 - 雲仙間(特急)を除く島原半島の全16路線が廃止され、島原半島から撤退した。路線の多くは島原半島一帯で路線バスを運行する島原鉄道による単独運行となったが、雲仙市内で運行する「上岳線」と「山領線」の2路線については、市内のタクシー事業者4社でつくる「雲仙市タクシー事業組合」が代替運行する。
都市間には急行バスも運行している。かつては「やまびこ」号という車両も存在した。
2011年(平成23年)12月3日より、JR長崎駅と夢彩都、中央橋を循環運行する、「ながさきお買い物バス」を土日祝日の日中に約10分間隔で運行している。運賃は1乗車150円(小児80円)。
運賃は1キロ当たり31円50銭と全国的に見れば安い部類だが(全国平均は39円台、県内でも長崎バスに次いで2番目に安い)、競合する長崎バスの1キロ当たり21円50銭や路面電車の全区間一律120円の関係で割高感を持たれている。2012年(平成24年)11月に長崎バスが東長崎地区に路線を開設してからは特に顕著である。
運行している市町村 [編集]
※長崎県内のみの運行
島原市からは2005年(平成17年)12月1日に、南島原市からは2007年(平成19年)4月1日に撤退した。
回数券・乗車カード [編集]
1978年(昭和53年)に導入された。西肥自動車、佐世保市交通局、長崎自動車、島原鉄道の4社と共通して使うことができたが、長崎スマートカード導入により廃止。
2002年(平成14年)1月21日には上記4社と共通で使える全国初の共通ICバスカード「長崎スマートカード」が導入された。これにはソニーのFeliCa(フェリカ)技術が使われている。2004年(平成16年)に長崎スマートカードへの切り替えが完了したため、県営バスを含めた上記5社の各回数券の販売が同年9月30日をもって中止され、さらに2005年(平成17年)4月1日から回数券は使用できなくなった。
2011年(平成23年)4月現在、6バス事業者(長崎バスから分社化されたさいかい交通を含む)・1軌道事業者(長崎電気軌道)の路線、1鉄道事業者(MR松浦鉄道)の路線と長崎市コミュニティバスを利用できる。(一部路線を除く。)
主なターミナル [編集]
廃止されたターミナル [編集]
- 島原大手(島原駅付近) - 2005年(平成17年)11月30日限りで廃止
- 小浜ターミナル - 2007年(平成19年)3月31日限りで廃止(島鉄バスのターミナルとなる)
- 雲仙ターミナル - 2007年(平成19年)3月31日限りで廃止(長崎方面の特急バスは一つ隣の島鉄雲仙営業所前で折り返しとなる)
系統番号 [編集]
- 長崎市内線
基本的に系統番号は採用していないが、長崎市内の「循環」線に関しては行き先表示に番号を表示している。 これは、西山台団地内・三原団地内の一部の停留所では運行経路の関係で右回り循環と左回り循環が同一方向停留所で客扱いをするため、誤乗防止のために表示している。[10]
番号は、奇数が左回り(三つ山口→本原→長崎駅→中央橋→三つ山口)、偶数が右回り(三つ山口→中央橋→長崎駅→本原→三つ山口)となっている。
- 1・2 --- 市役所・三原団地経由
- 3・4 --- 市役所・西山台団地経由
- 5・6 --- 市役所・三原団地・西山台団地経由
- 7・8 --- 大波止・三原団地経由
- 9・10 --- 大波止・西山台団地経由
- 11・12 --- 大波止・三原団地・西山台団地経由
なお現在は、1・2・4・7・8・10の番号の便は設定されていない。
- 大村市内線
2012年4月1日より、大村市内の路線に路線番号が設定された。詳しくは以下のとおり。
- L・R --- 南部循環線(Lが左回り、Rが右回り)
- 1 --- 野岳~大村ターミナル
- 2 --- 富の原~大村ターミナル
- 3 --- 黒木・坂口・三彩の里~大村ターミナル
- 4 --- 竹松アパート~大村ターミナル
- 5 --- 今村~大村ターミナル
- 6 --- 横山頭~大村ターミナル~松山
- 7 --- 長崎医療センター~三石~大村ターミナル
- 10 --- 長崎空港リムジンバス
- 11 --- 野岳~大村ターミナル~諫早
この日より、大村ターミナルおよび大村駅前で別系統へ乗り継ぐと、乗り継ぎ後の運賃が100円割り引かれるようになった。
高速バス・特急バス [編集]
前述の通り、公営バスとしては珍しく、高速バスや特急バスの運行に積極的に関与している。待機所は昼行・夜行とも本局・長崎営業所(昼間、夜行の共同運行会社も含む)。
現在運行中の路線 [編集]
()内は共同運行会社。
夜行便 [編集]
昼間便 [編集]
- 長崎 - 別府・大分「サンライト号」(長崎県交通局・長崎自動車・大分交通・大分バス・亀の井バス・日田バス)
- 長崎 - 佐世保・佐々「長崎 - 佐世保線」(長崎県交通局・西肥自動車)
- 長崎 - 宮崎「ブルーロマン号」(長崎県交通局・宮崎交通)
- 長崎 - 熊本「りんどう号」(長崎県交通局・九州産交バス)
- 長崎 - 鹿児島「ランタン号」(長崎県交通局・南国交通)
- 長崎 - 北九州(小倉)「出島号」(単独運行だが、北九州側では西鉄高速バス(北九州支社)が運行支援を行う)
- 長崎 - ハウステンボス「長崎 - ハウステンボス線」(単独運行だが、土・日・祝日・年末年始・お盆のみ運行)
シャトルバス [編集]
諫早市・大村市の住宅街と長崎市内を長崎自動車道・ながさき出島道路経由で連絡する路線を運行している。JR長崎本線に朝夕の通勤通学輸送で対抗するためとして、2010年4月1日より運行を開始した。JRより時間がかかり運賃も高いが、全ての乗客が諫早市内・大村市内と長崎市街とを着席で行き来できるのを売りにしている。
- 諫早・大村行きの始発地は長崎駅前東口。
- 車両は次節「リムジンバス」で運用されている一部の車両が使用される。
- 乗車の際に予約は不要だが満席の場合は乗車できない。
- 高速シャトルバス専用の10枚綴り回数券が諫早発着・大村発着とも存在する。
- リムジンバスとは異なり長崎バスが関与しないため、長崎新地ターミナルは経由しない(県庁裏門前を経由。同様の理由で出島バス停は存在しない)。
- 諫早市内・長崎市内とも区間内の全てのバス停に停車するが、各市内のみの利用は不可。
- 長崎行きは平日17便、土曜日は16便、日祝日は15便 諫早行きは平日17便、土日祝日は15便。
- 諫早駅前より前の括弧内は2011年4月1日より一部の便のみ延長運行。
- 諫早市内と長崎市内を結ぶバスはこれ以外にも長崎バイパス(昭和町経由)または国道34号を経由する一般路線バスが存在するが、所要時間・運賃のいずれもこれらより優位に立っている。
- 2012年4月1日より大幅に増便され、日中でもほぼ毎時1本運行されている。
- 大村 - 長崎線
-
- 黒丸入口 - 富の原一丁目 - 西古賀島 - 桜馬場 - (長崎自動車道・ながさき出島道路)- 県庁裏門前 - 中央橋 - 長崎駅前
- 大村ターミナル - 西本町 - 田の平橋 - 武部町 - (長崎自動車道・ながさき出島道路)- 県庁裏門前 - 中央橋 - 長崎駅前
- 大村市内・長崎市内とも区間内の全てのバス停に停車するが、各市内のみの利用は不可。
- 朝夕を中心に運転(主に午前中~午後の長崎行きと夕方~夜の長崎発が主)。
- 黒丸入口発着便は長崎行きは平日6便、土日祝日は5便、長崎発は7便運転。
- 大村ターミナル発着便は長崎行き4便、長崎発は3便運転。2011年4月1日より運行している。
- 回数券を利用すればJRより安くなる。
リムジンバス [編集]
長崎市内・諫早市内・大村市内と長崎空港を結ぶリムジンバスを運行している。長崎市内発着で2系統、諫早市内発着で1系統を運行している。いずれも予約は不要だが、満席の場合は乗車できない。
国土交通省九州運輸局の統計[11]によると、「長崎 - 長崎空港」路線(5系統)合計の輸送人員は、平成18年度で869,663人、平成19年度で918,923人であり、1日あたり2,400人前後の乗車がある。九州の高速バスの路線内での輸送人員順位としては上位5位(同18年度)、上位4位(同19年度 長崎市内 - 長崎空港線(出島道路経由ノンストップ便))に位置する。
長崎市交通局(県営バス)では以下の3系統(長崎市内発着2系統、諫早市内大村市内発着1系統)の運行を担当する。なお、長崎市内からの空港リムジンバスは他に「住吉・道の尾経由」の便が存在するが、こちらは長崎自動車(長崎バス)の単独運行である。また、諫早市内と長崎空港の間は島原港発着の特急バスが諫早市内を経由する(島原鉄道バスの単独運行)。
- 長崎市内 - 長崎空港線(長崎駅前・長崎新地経由)
- ココウォーク茂里町 - 長崎駅前(交通会館) - 中央橋 - 長崎新地(ターミナル)前 - (ながさき出島道路経由) - 長崎空港
- 長崎バスと共同運行。長崎バス担当便には「エアポートライナー」の愛称がある(県営バスでは愛称は用いられていない)。日中は毎時3本程度運行しており、毎時あたり2本が県営バス担当、1本が長崎バス担当となっている。
- 長崎新地は長崎バスターミナルホテル前より発車し、長崎新地ターミナル内には乗り入れない。
- 長崎市内では区間内の全バス停に停車するが、市内のみの相互利用はできない。
- 長崎市内 - 長崎空港線(浦上・昭和町経由)
- 長崎駅前(交通会館) - 浦上駅前 - 長大裏門前 - 昭和町 - (長崎バイパス経由) - バイパス多良見 - 大村木場 - 試験場前 - 長崎空港
- 長崎駅前(交通会館) - 浦上駅前 - 長崎大学前 - 住吉 - 昭和町 - (長崎バイパス経由) - バイパス多良見 - 大村木場 - 試験場前 - 長崎空港
- 県営バス単独運行。日中は毎時2本程度運行。バイパス内各停便2.5往復(空港行き3本、空港発2本)を除き、長崎バイパス内はバイパス多良見以外の各バス停を通過。
- 長崎駅前 - 宝町を除き各停留所で途中乗降可能。上記バス停の他に長崎市内・大村市内の経路上の一部バス停にも停車する。
- 平日夕方の空港行1便のみ立神始発であり、長崎駅前・宝町は経路外のため乗降扱いはなし(土日祝日は長崎駅前始発に変更)。
- 2012年11月1日より、従来の長大裏門前経由便に加えて住吉・長崎大学前経由便が数本追加された。昭和町における両者の停車場所は異なる。また住吉経由便は長崎バスの住吉経由便とは異なり道の尾を経由せず、昭和町を経由する。
- 諫早市内・大村市内 - 長崎空港線
- 諫早駅前 - 岩松駅前 - (長崎医療センター) - 久原 - 大村ターミナル - 試験場前 - 長崎空港
- 日中は毎時2本程度運行。各停留所で途中乗降可能。
- 長崎医療センターを通る便は「長崎医療センター(又は国立病院)経由」と表記される(空港方面に11便・諫早方面に13便)。
- 2012年4月1日より、10番の路線番号が付いた。
予約・発券業務 [編集]
過去に運行していた路線 [編集]
- 長崎 - 熊本(有明フェリー経由)特急バス「ありあけ号」(九州産業交通、島原鉄道との共同運行、1997年(平成9年)廃止)
- 長崎 - 枚方・京都「きょうと号・ながさき号」(京阪バスとの共同運行、2001年(平成13年)廃止)
- 広島・岩国・徳山・防府・山口 - 大村・諫早・長崎「ひろしま号・ながさき号」(広島バス・防長交通との共同運行、2002年(平成14年)廃止)
- 福岡 - 諫早・雲仙「雲仙号」(西日本鉄道との共同運行)※西日本鉄道撤退後、2004年(平成16年)4月1日廃止
- 長崎 - 唐津「レインボー壱岐号」
定期観光バス [編集]
- ぶらぶらコース(長崎市内観光) - 2006年(平成18年)4月1日廃止
- 観光特急(長崎 - 小浜・雲仙) - 2007年(平成19年)4月1日廃止
- 「アンゼラス号」 - 長崎市内観光コースを回った後、雲仙までの特急(またはその逆)として運行されていた。
環境定期券制度 [編集]
土曜日、日曜日及び祝日に、県営バスの有効期限内の通勤定期券(片道、往復及び通勤団体定期券のいずれでも可)所持者、その配偶者及びその子供は、大人100円(小人50円)で、路線(一部例外あり。後述)や運賃を問わず、県営 ・県央バスに乗車できる。なお、一部例外もある。
- 通学定期券や割引定期券所持者だけの乗車は制度の対象外(通勤定期券所持者と同乗なら対象となる)。
- 運賃は、現金及びスマートカードによる支払いのみ可能。その他の回数券や乗車券、長崎県福祉利用券は使用不可。
- 県外向け高速バス、長崎 - 佐世保線、長崎 - 雲仙線及び長崎 - 長崎空港間リムジンバスは乗車不可(高速シャトルバスは利用可)。
- 通勤定期券の券面表示区間内の乗車は、定期券所持者に限り、通常どおり利用可能(改めて運賃を支払う必要はない)。
- スマートカード定期券所有で環境定期利用の際に同乗者がいる場合、スマートカードで精算する場合は下車の際に必ず運転士に環境定期利用を申告する必要がある(複数人数だけ申告した場合は通常運賃を差しひかれる為)。
貸切バス [編集]
2007年(平成19年)4月現在で63台の車両を所有しており、県下最大の貸切バス事業者でもある。 積極的な営業活動(東京と福岡に案内所がある)を行っており、県内だけに限らず県外にも足を伸ばす事も多く、本州でも見られることがままある。
2009年(平成21年)2月に、福岡県筑紫野市に福岡営業所を開設し福岡県内の貸切事業に参入した。
車両の特徴 [編集]
1970年(昭和45年)までは、三菱ふそう・日野・いすゞ・日産ディーゼル(当時、現「UDトラックス」)の国産4メーカー全社の車両が導入されていたが、1971年(昭和46年)以降は三菱ふそう・日野のみの導入となっていた。しかし、日産ディーゼル製は2000年(平成12年)から、いすゞ製は2001年(平成13年)から再び導入されるようになった。
九州の事業者らしく、西日本車体工業(西工)ボディを架装する車両も多いが、2000年(平成12年)以降は日産ディーゼル製のみ西工ボディで導入している。一方、富士重工業ボディを架装する車両は長く在籍していなかったが、2009年に富士重工業ボディを架装する車両が横浜市営バスから移籍してきている(詳細は後述)。[12]三菱ふそう製の大型純正車については、MBM(三菱自動車バス製造 現・MFBM=三菱ふそうバス製造)に車体架装が一本化されるまでは、三菱自動車工業名古屋大江工場製が一貫して導入されてきた。[13]
全般的な傾向として、三菱ふそう製は貸切バスや長距離路線バス、空港連絡バスに、日野製は市内路線用に投入されていたが、1985年(昭和60年)以降は三菱ふそう製の市内路線用車も見られるようになった。以下、タイプ別に記す。
- 市内路線用
- ワンマン化以来、後乗り前降り(または中乗り前降り)の運賃後払い方式は変わっていないが、車体のタイプは以下のような変遷を辿っている。ただし、各営業所への車両の配備状況により、当てはまらない場合もある。[14]
- 1976年(昭和51年)までに導入された大型車及び1981年(昭和56年)までに導入された中型車は前中折戸車(中乗り前降り)であった。この年以降は、前後折戸(後乗り前降り)車の導入が続いた。
- 現行の前中4枚折戸車(中乗り前降り)は、2度の試験導入(1988年(昭和63年)及び1992年(平成4年))を経た後、1996年(平成8年)から採用されている。また、いわゆる「ワンステップバス」(車椅子による乗り降り可能)も、1997年の試験導入[15]を経て、2001年(平成13年)より導入されている。
- 1996年(平成8年)以降には狭隘路線向けに「ポニーバス」(日野・リエッセ[16])が導入されている。
- 市内路線を運行する移籍車は2009年(平成21年)には横浜市営バスからいすゞ車、羽田京急バスから三菱車がそれぞれ初めて導入され、その後も横浜市営バスからの移籍車を中心に数を増やしている。
- 前中4枚折戸車の試験導入前後には、吊り革の輪の部分を2本のベルトでV字型に支える方式が採用されていたが、本格採用には至らなかった。
- 長距離路線用
-
- ※ここでいう「長距離路線用」とは、長崎市内 - 長崎空港連絡バスを除く、一般道のみで都市間を結ぶ路線(「ありあけ号」を含む)に使用される車両や、高速道路経由で長崎県内を結ぶ路線に使用される車両のことを指す。
- ベース車は路線バス(三菱ふそうMP系など)であるが、エアサス車で、前乗り前降りのトップドア(1扉)車であり、側窓も大型の引き違い窓である、また一部はターボエンジン搭載車であるなど、市内路線用車とは仕様が大きく異なる。
- また車内も、リクライニング機構にシートベルト、背面には灰皿・荷物入れ及び栓抜きが付いた補助席付きのハイバックシートを備え、シート設置面も座席からは段上げされており、天井には荷物棚を備えるなど、長距離乗車に適した仕様となっており、貸切バスや観光バスとして使用されることもあった。一部の車両では、マイクジャックやガイド用背もたれを備えているほか、日よけも市内路線用車の巻き上げ式ではなく一般的なカーテンとなっている。
- ただし、導入年によって前後扉車であったり、シートのリクライニング機構がなかったり、路線バスではなく観光バス(特に高速道路経由路線用)をベースとした車両もある。また、いずれもツーステップ車であり、このタイプの車両は2000年(平成12年)を最後に導入されていない。2007年(平成19年)の島原半島撤退時には、このタイプから10台(前乗り前降りのトップドア7台、後乗り前降り3台)が、ナンバーはそのままで島原鉄道に移籍している。
- なお、このタイプには1992年(平成4年)に日本宝くじ協会から寄贈されたレトロバス(ベースはエアロバスハイデッカー)や、1999年(平成11年)に導入したセレガHIMRも含まれる。
- 1992年(平成4年)以降は九州急行バスから移籍した車両(西工S型)が何台かあり、トイレを閉鎖した上で使用されていたが、2007年(平成19年)現在全車廃車となった。これらの移籍車は全車再登録車であったため、九州急行時代の長崎所属車でもナンバーは承継していなかった。
- 空港連絡用
- 長崎市内 - 長崎空港を結ぶリムジンバスは、前述の長距離路線用をベースに、進行方向左側最前部に荷物置場を備えた車両となっている。比較的まとまった台数が導入されているが(3 - 6台/年)、毎年導入されているわけではない。
- 1980年(昭和55年)までに導入された車両は、ベース車が長距離路線用と同様路線バスであり、特に1977年(昭和52年)以降に導入された車両は、路線バスベースでありながら観光バス用のフロントマスクを搭載していた。
- この間、1982年(昭和57年)には長崎自動車道が開通して、この連絡バスも長崎道経由となるとともに、初代エアロバスがデビューしている。
- そして、1983年(昭和58年)以降に導入された車両は、エアロバススタンダードデッカーとなり、更に2006年(平成18年)以降に導入された車両は、エアロバスハイデッカーとなっている。[17]。ただし、基本的な仕様は変わっておらず、他の空港リムジンバス各車両に見られるようなエンジン直結冷房なども装備していない。
- なお、1990年代に導入された車両の一部は納車後すぐは一般の貸切バスとして使用し、その後左側最前列の座席を撤去して荷物置場とした上で、空港連絡バスに使用するケースがあった。[18][19]
- 貸切用
- ベース車は観光バスで、ごく一般的な座席定員55人(大型車の場合。補助席10席を含む)の車両である[20]。このほか、中型車(三菱ふそうMK系)や小型車(同MJ系)、特定輸送車も存在する。長距離路線用バスの設備に加え、床下の大型トランクやカラオケ設備も備えている。ただしトイレ付きの車両はなく、当然、整理券発行機や運賃表示器も設置されていない。なお1999年(平成11年)までの大型貸切車は、現在のスイングドアではなく折扉を採用していた。
- 導入台数は2 - 6台/年である(大型貸切の場合)。1997年(平成19年)まではほぼ毎年導入されていた。
- 高速路線用
- ここでいう「高速路線用」とは、ロマン長崎号や出島号など、高速道路経由で長崎県内と県外を結ぶ路線に使用される車両のことを指す。
- 貸切車同様ベース車は観光バスであるが、3列シート(昼行:2+1列、夜行:3列独立)であることと、トイレならびにサービススペース(湯茶コーナー)を備えていることが、貸切車との大きな違いである。また、1993年(平成5年)以降に導入された車両はリアスポイラーを、1997年(平成9年)以降に導入された車両は車間距離警報装置(トラフィックアイ)を、更に2002年(平成14年)以降に導入された車両は側面及び後面の字幕式行先表示器を装備し、外観上も貸切用、空港連絡用との差別化を図っている。また、全車ともETCを装備している。ただし、車両によっては4列シートであったり、トイレの設置がない車両もある。なお、コスト削減により2007年(平成19年)3月末を以って湯茶サービスは全路線廃止となった(ただし、夜行路線の大阪線のみ、翌朝に緑茶パックが乗務員により乗客1人1人に対して配布される)。
車両番号 [編集]
長崎県交通局にも、独自の車両番号が存在する。
(例)9E20
| 9 | E | 20 |
|---|---|---|
| 製造年 | メーカー及び 車体サイズ |
通し番号 |
- 製造年
- 昭和時代に製造された車両は昭和年、平成時代に製造された車両は平成年の下1桁が付される。なお、ここで付されるのは、あくまでも「製造年」であり、「納車年」や「予算年度」ではない。
- メーカー及び車体サイズ
- シャーシメーカー及び車体サイズを、昭和時代は数字で、平成時代はアルファベットで区分したものが付される。なお、アルファベットについては、同一のシャーシメーカー及び車体サイズである限り、車体メーカーや仕様による区分はない。[21]
| 三菱ふそう | 日野 | 日デ | いすゞ | |
|---|---|---|---|---|
| 大型 | 4、5、8、E、R[22] | 2、A | K | S |
| 中型 | 7、F | 1、B | M | T |
| 小型 | 6、G | C | - | - |
※「-」は導入の有無不詳。
- 通し番号
- 3・4桁目は、同一の1・2桁目の車両間での通し番号となっている。平成元年 - 10年導入車は11 - 、平成11年以降導入車は51 - となっている。なお昭和時代は年やシャーシメーカー及び架装メーカーによって通し番号の最初の番号が異なっていた。
- 前述のとおり、アルファベットなら、同一のシャーシメーカー及び車体サイズである限り、車体メーカーや仕様による区分はないため、路線バスと高速バスや、純正車と西工・富士架装車が連番になることもある[21]。なお、他社から移籍してきた車両は、同一の1・2桁目のラストナンバーの追番となっていた。
- 上記の付番法則によると、9E20は「平成9年に製造された、大型の三菱ふそう製シャーシ車の10台目」という意味になる。
なお、平成21年度以降の製造車両の年式が元号から西暦に変更されるとともに、1桁目と2桁目の表記が入れ替わった。(例、S052 ・・・西暦2010年に製造された、いすゞ製シャーシ車(ジェイ・バス)の2台目)
塗色 [編集]
路線バス [編集]
- 市内路線用
- 1982年(昭和57年)までは屋根を灰色に塗り、前面及び側面の上半分をカーキ色、下半分を緑色とした長崎電気軌道の旧型車に似たツートンカラーであった。車体前面はメーカーエンブレム(スリーダイヤ+FUSOエンブレムなど)が、側面には旧長崎県章がペイント描きで掲出されていた。
- 1983年からは青みを帯びたクリーム色に青色のラインを入れた青基調カラーに変更され、車体前面にも旧長崎県章が掲出されるようになった。それまでの緑基調カラーの車両も順次この塗装に変更された(5242号車の写真を参照)。
- そして1991年(平成3年)からは、現在のロンドンバスをベースにした赤基調カラーが採用され(4A11号車の写真を参照)、1996年(平成8年)からは同局のマスコット「ポポル」も描かれている[23]。ただし同年導入車は旧長崎県章が車体前面及び側面に掲出されていたのに対し、1992年(平成4年)及び1993年(平成5年)前期導入車では掲出されず、同年後期導入車より現在の長崎県章が入った交通局章が掲出されるようになり、他の旧長崎県章掲出車もこれに取り替えられた。また、この時点で残っていた緑基調及び青基調カラーの車両も、順次赤基調カラーに変更された。
- なお青基調の期間が8年と短かったこともあって、緑から青、さらに赤と2度塗り替えられた車両、また少数ながら緑から青を飛び越して赤に塗り替えられた車輌もある。
- また市内路線であっても、一部の営業所では長距離路線用カラーが使用されていた。
- 長距離路線用
- 1957年(昭和32年)より1990年(平成2年)まで、白色を基調に屋根部分を灰色、前面行先表示器部及び側面下部を水色とし、灰色と薄緑色からなる線を2本入れていたカラーであった(1E18号車の写真を参照[24])。市内路線用と同様に、1982年(昭和57年)導入車までは車体前面がメーカーエンブレム・側面が旧長崎県章の掲出であったが、1985年(昭和60年)以降に導入された車両では、車体前面、側面とも旧長崎県章が掲出されるようになった。
- しかし1991年(平成3年)導入車から、大部分の車両は後述の貸切・高速バス用カラーに変更され、一部の車両は市内線用の赤基調カラーにそれぞれ変更された。
- なお、前述のレトロバス及び日野HIMRは新製時より独自の専用色である。
- 空港連絡用
- 1980年(昭和55年)導入車までは、前述の長距離路線用に橙色の「AIRPORT EXPRESS」ロゴが入ったものであったり、専用色が施されたこともあった。しかし1983年(昭和58年)以降は、後述の貸切・高速バス用カラーとなっている。
貸切・高速バス [編集]
現在のカラーは1983年(平成58年)導入の空港連絡バスより導入され、初代エアロバスのサンプルカラーをベースに青基調に塗り分けを改めたスタイルとなっている。[25]この年以降、すべての貸切・高速バスがこの塗装となっている(9E20号車の写真を参照)ほか、一部の長距離路線用車両もこのカラーに変更されている。ただし、1991年(平成3年)までに導入された「りんどう号」専用車は共同運行事業者の九州産交バスと共通の専用色であったが、後にこのカラーに変更、もしくはそのまま廃車された。なお側面のロゴは当初は「KEN-EI BUS」であったが、のちに「NAGASAKI KEN-EI BUS」に変更されている。
なお、1983年(昭和58年)導入の貸切バスまでは、前述の長距離路線用であったり、専用色が施されたこともあった。
バスガイドらが古くから歌い続けている県営バスの愛唱歌は「走れ青バス」である。現在も貸切や高速バスは青基調の車体であるが、真っ赤な路線バスのイメージとは違うものとなっている。
なお、カラーについては、長崎県交通局サイト内の「70周年記念誌サイト」に車両の写真があるので、そちらも参照されたい。
子会社 [編集]
- 長崎県央バス株式会社
- 長崎県営バス観光株式会社
脚注 [編集]
- ^ a b c 長崎県交通局 事業概要
- ^ a b c d e f 長崎県交通局 平成23年度経営状況資料
- ^ 「事業収益」には、バス事業における運輸収入などの営業収益に加え、営業外収益や特別利益を含んでいる。
- ^ 営業収益(44億8,450万3,000円)から営業費用(51億6,267万6,000円)を差し引いた値。
- ^ 総収支は、事業収益から総費用(営業費用・営業外費用・特別損失)を差し引いた値。
- ^ 都営地下鉄・都営バスなどを運営。都営バスの前身は1924年発足の東京市電気局の乗合バス事業(東京市営バス)で、当初から県営だった長崎県のケースとは異なる。
- ^ 「平成21年ダイヤ改正」について(長崎県ホームページ 記者発表資料:2009年3月18日発表 (PDF))
- ^ バスマガジン:vol.36 バス事業者最新ニュース:90ページより
- ^ 元営業所。 事実上長与営業所に機能が移管される形で出張所に格下げ。
- ^ 現在は運行されていないが、三原団地・西山台団地を経由しない便(「直行」と案内)は番号なしとなる。
- ^ 国土交通省九州運輸局「九州における高速バスの概況(平成19年度)」平成20年11月21日 (PDF)
- ^ 1960年代には、日産ディーゼル車の富士重工ボディ車が在籍していたことがある。
- ^ MBM製の車両の導入は、路線バスが1997年(平成9年)以降、貸切及び高速バスが1998年(平成10年)以降である。
- ^ 昭和50年半ばまでは、新車はまず長崎市内線担当営業所(長崎・長与・矢上)に導入され、経年車が長崎市外営業所(諫早・大村・島原など)に転属することが多かった。
- ^ 2台のみで、かつ路線限定であった。当該バスの時刻も当該路線の停留所には記載されていた。
- ^ 2扉中乗り前降りと、前乗り前降りの2タイプがある。また、乗客定員により通常の大型登録車・特定大型車登録車の2種が存在する。
- ^ エアロバススタンダードデッカーの製造が中止されたためである。
- ^ 荷物置場の下には座席を撤去した跡が、荷物棚の下部には降車知らせボタンが残っているのが見られる。
- ^ なお、これらの経年車は、長崎 - 佐世保線に転用されることがある。
- ^ なお、これらのうち経年車は、一般路線用車両や特定輸送用に転用されることがある。
- ^ a b ただし、レトロバスのみ、メーカー及び車体サイズで決まるアルファベットは「R」で、通し番号も11からだった。
- ^ レトロバスのみ。
- ^ 1995年以前の車両にも一部描かれている。
- ^ このカラーは昭和30年代に全国統一で導入された外国人専用車のカラーをほぼそのまま継承。
- ^ 北都交通や瀬戸内運輸ではサンプルカラーがそのまま使用されている。
外部リンク [編集]
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