中の島ブルース
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| 中の島ブルース | ||||
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| 秋庭豊とアローナイツ の シングル | ||||
| B面 | ブルーナイトイン東京(メジャー盤) | |||
| リリース | 1973年(自主制作) 1975年7月(メジャー盤) |
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| ジャンル | ムード歌謡 | |||
| レーベル | ワーナー・パイオニア | |||
| 秋庭豊とアローナイツ シングル 年表 | ||||
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| 中の島ブルース | ||||
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| 内山田洋とクール・ファイブ の シングル | ||||
| B面 | 命燃やして | |||
| リリース | 1975年7月25日 | |||
| ジャンル | 演歌 | |||
| レーベル | ビクター音楽産業(RCAレーベル) | |||
| チャート最高順位 | ||||
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| 内山田洋とクール・ファイブ シングル 年表 | ||||
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『中の島ブルース』(なかのしまブルース)は、秋庭豊とアローナイツが1973年に自主制作したシングル。作詞:斎藤保、作曲:吉田佐。
1975年7月に歌詞を補作した全国版が発売され、内山田洋とクール・ファイブとの競作になった。
[編集] 概要
「秋庭豊とアローナイツ」も参照
- 歌志内炭坑のアマチュア社内バンドだったアローナイツが、実力を認められプロになり、札幌に進出して成功。初のオリジナル曲として自主制作で発売された。この当時の歌詞は札幌市豊平区の中の島のみを舞台としていた。
- 有線放送を通じ人気が全国的になったことから、アローナイツにメジャーデビュー計画が持ち上がり、歌詞を補作(2番:大阪市北区の中之島、3番:長崎[1])して、内山田洋とクール・ファイブとの競作の形で再発売された。
- セールス面では、既に知名度が高かったクール・ファイブが勝り、1972年の『そして、神戸』以来のオリコンBEST10入りを果した。