カステラ

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カステラ

カステラかすていらカステーラカスティーラカステイラ家主貞良加寿帝良鶏蛋糕: castella)は、を泡立てて小麦粉砂糖水飴)を混ぜ合わせた生地をオーブンで焼いた菓子のひとつ。

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[編集] 種類

元はポルトガルから伝わった南蛮菓子で日本で独自に発展した洋菓子。ポルトガルには「カステラ」という名のお菓子は無く、原型とされるお菓子もカステラとは製法が異なる。日本におけるカステラは長崎が本場とされており、その「長崎カステラ」と呼ばれるものは、長崎県長崎市福砂屋を元祖とし、長崎県の銘菓という意味ではなく、製法が同じものを総称している。正方形から長方形の大きな型に流し込んで、オーブンで焼いた後に棹型に切る。水飴を用いているので、しっとりとした食感がある。牛乳抹茶黒糖チョコレートチーズなどを加えて味付けをする変種も多い。

この他に釜カステラ(東京式釜カステラ・東京カステラ)[1][2]、蒸しカステラ、カステラ饅頭、ロールカステラ、人形焼などがある。釜カステラは、「6面焼き」と呼ばれるものもあり、一つ一つの型に入れてオーブンで焼いたタイプで、水飴を用いないことからさっぱりとしており、カステラの原型に近いともいわれる。

カステラを応用した菓子としては、福島県の会津葵、愛媛県タルト島根県の八雲小倉、長崎県平戸市カスドース、長崎県長崎市の桃カステラなどがある。長崎カステラを洋菓子化したものとして銀装のカステがある。料理としては、伊達巻もカステラの調理方法を応用したものである。このほか、宮城県沖縄県の名物として「カステラかまぼこ」と呼ばれる焼きかまぼこがあるが、それぞれに料理法は異なる。

カステラを棹型に切り揃える際に、切り落とし)が発生する。これを袋詰めしたりラップで包んだりして、本来の製品よりも割安で販売する場合も多い。材料は本来の製品と変わらず、むしろ砂糖が蜜のように集まったり結晶化したりして、甘みを増している場合もあり、おやつなど贈答以外の用途に購入される。

わざと生焼きの状態にしてあるカステラは「半熟カステラ」として売り出されている。

[編集] 歴史

名前の由来は一般的には「スペインカスティーリャ王国西: Castilla)のポルトガル発音カステーラ(: Castela)」と言われている。また別説として、カステラ製造過程でのメレンゲを作る際、高く高く盛り上げる時「お城(castelo)のように高くなれ!」と言ったことから、カステロ=カステラ、となったという説もある。カステラはオランダから製法を伝えられた、またはイエズス会宣教師たちが持ち込んだという説もある。いずれにせよ「: pão de Castella(パン・デ・カスティーリャ)」(カスティーリャ地方のパンの意)や、「ビスコーチョ(ビスコチョ)」(元は乾パン状の船乗りの保存食だったが、16世紀末頃、柔らかく焼き上げるレシピが生まれている)が由来とされる。ポルトガルの焼菓子である「: pão de lo(パォン・デ・ロー、パン・デ・ロー、ポォン・デ・ロー)」が製法的に似ていることから、こちらを始祖とする説もある。またこれらの原型は、中国点心の一つである「馬拉糕(マーラカオ、マーラーイコウ)、沖縄の「鶏卵糕ちいるんこう)」と呼ばれる蒸しカステラ類の始祖でもある可能性も考えられる。

一般的な説では16世紀の室町時代末期に、ポルトガル宣教師によって長崎周辺に伝えられたとされる。当初のカステラは卵、小麦粉、砂糖で作った簡素なものであり、ヨーロッパの菓子類としては珍しく乳製品を用いないことから、乳製品を生産、常用しない当時の日本にも残ることができた。カステラの製造に重要なオーブンは当時の日本には存在せず、オーブンに代替する天火として、引き釜という炭火を用いる日本独自の装置が考案された。

江戸時代には菓子製造の盛んだった江戸大坂を中心にカステラの日本化と、カステラを焼くための炭釜の改良が進められ、江戸時代中期には現在の長崎カステラの原型に近い物が作られている。長崎カステラの特徴である水飴の使用は明治以降の西日本で始められたと言われ、これにより現在のしっとりとした触感となった。西日本においては原型のパウンドケーキのようなさっくりとした感触が好まれなかったと見られる。伝来当時、肥前国平戸松浦家において、南蛮菓子としてカステラが宴会に出された時、その味に馴染めず、包丁方(料理人)がカステラを砂糖蜜で煮たという逸話もあり、これが上述の平戸名産「カスドース」の原型になったと伝えられている。

カステラの製法は江戸時代の製菓書・料理書に数多掲載され、茶会でも多く用いられた。その一方で、カステラは卵・小麦粉・砂糖といった栄養分の高い材料の使用から、江戸時代から戦前にかけて結核などの消耗性疾患に対する一種の栄養剤としても用いられていたこともある。近代には水飴の使用が普及して和菓子らしい風味をそなえるようになり、ガスオーブンや電気釜で以前より楽にカステラが焼かれるようになった。こうした改良により各地に広まり、戦後の大量生産によって一般に普及したものと推測される。

[編集] 有名メーカー

[編集] 関連項目

[編集] 脚注・文献

ウィキメディア・コモンズ
  1. ^ 『カステラの科学』2-1-11 東京式釜カステラ
  2. ^ 朝日新聞 2006年3月31日
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