サモラ (スペイン)
自治体内を流れるドゥエロ川 |
|
| 州 | |
|---|---|
| 県 | |
| 面積 | 149.28km² [1] |
| 標高 | 652m |
| 人口 | 65,525人(2011年)[1] |
| 人口密度 | 438.93人/km² [1] |
| 住民の呼称 | zamorano/-a |
サモーラ(Zamora)は、スペインの都市。カスティーリャ・イ・レオン州サモーラ県の県都である。人口は66,123人(2005年)。
ポルトガルとの国境に近く、サラマンカの北約60km、バリャドリッドの西約90kmに位置する。市内をドゥエロ川が流れる。
目次 |
歴史 [編集]
サモーラの名前は西ゴートの「セムラ」、またはアラブ人が名付けた「アゼムール」「セムラー」から来ている。この都市を建てたのはローマ人で、ヴィリアトゥスがローマの侵略と戦っていたころである。ローマ人は「オケラム・ドゥリリ」または「オケロドゥリム」(「ドゥエロの目」の意)と呼んだ。ローマ人が征服したときはヴァケオス人が支配していたが、属州ヒスパニア・タラコネンシスに編入された。サモーラはエメリタ(現在のメリダ)からカエサラウグスタ(現在のサラゴサ)に向かう道路に沿っていた(Ant. Itin. pp. 434, 439)。
中世には8世紀から11世紀までアラブ人に、次いでキリスト教徒に支配されたが、その間に都市は要塞化された。
この都市で起きた歴史上重要なエピソードは、フェルナンド1世の死後のできごとである。王子サンチョ2世が王国を統一しようと兄弟と戦い、妹ウラカが所有していたサモーラを攻囲した。この攻囲の間にサンチョは暗殺され、アルフォンソ6世がカスティーリャ王となった。
12世紀には、イベリア半島を巡って戦うキリスト教徒とアラブ人の間で、サモラは戦略上重要な位置にあった。その結果、この都市には当時に由来する教会や建築物が数多く残されている。その後は政治的、経済的な重要性を失って人口が減り、特に南米に移民が流出した。そのため南米には「サモーラ」という名前の都市が多い。
スポーツ [編集]
- サモラCF - サモーラを本拠地とするサッカークラブ。
脚注 [編集]
- ^ a b c “Población, superficie y densidad por municipios” (スペイン語). INE(スペイン国立統計局). 2012年8月12日閲覧。
参考文献 [編集]
この記事はパブリックドメインのウィリアム・スミス『ギリシア・ローマ地理辞典 』(1857)からのテキストを含む。