眼鏡橋 (長崎市)

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長崎の眼鏡橋
1999年頃の眼鏡橋
中島川とその両岸のバイパス水路。写真中央の橋は袋橋、その向こうが眼鏡橋。

眼鏡橋(めがねばし)とは長崎市中島川に架かる石造二連アーチ橋である。架橋時、琉球王国だった天女橋を除くと、日本初の石造りアーチ橋である。1960年(昭和35年)に国の重要文化財に指定された[1]

概要[編集]

橋の長さは22m、幅3.65m、川面までの高さは5.46m。

1634年(寛永11年)興福寺の2代目住職、黙子如定(もくすにょじょう)が架けた[2]1648年(慶安元年)の洪水で損壊するが、平戸好夢が修復している[2][3]。その他は高欄が破損して修復したと見られる形跡があるものの、流失することなく度重なる水害に耐えてきた[2][4]1982年(昭和57年)の長崎大水害では中島川の橋が流失したが、眼鏡橋は半分程度損壊するという深刻な被害を受けたものの流失は免れた[5]

修復のための部分解体調査で江戸期のものとみられる階段跡が左岸橋端から見つかったため、従来はスロープとなっていた橋端は階段へと変更された[6]。橋端は1873年(明治6年)頃、人力車通行のために階段をなくしたものと見られる。ただし眼鏡橋は1948年(昭和28年)以後、車両の通行が禁止されている[7]

流出後、下流で見つかった石材については、復元時に再利用された[8]。眼鏡橋の辺りは増水時の氾濫対策として川幅を広げる必要があったが、橋などの姿をなるべく残すよう、川幅や橋はそのままにして、両岸の地下に暗渠式のバイパス水路を設けることで解決した[9]。この際、左岸側バイパス建設地の上から川の上にまで張り出した家屋や商店など46戸は約20年の交渉を経て全戸が移転し、跡地には歩道と街路樹が整備された。

ハートストーン[編集]

  • 眼鏡橋付近の堤防にハートの形をした石が20個前後はめられており、観光に一役買っている。

交通[編集]

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • 宮田安 『中島川遠目鏡』 長崎文献社、1977年8月
  • 川口栄二 『濁流 雨に消えた299人』 講談社、1985年3月ISBN 4-06-201287-1
  • 長崎市 『重要文化財 眼鏡橋保存修理工事報告書(災害復旧)』 長崎市、1984年3月
  • 長崎市土木部道路維持課 『中島川石橋群橋梁災害復旧工事』 長崎市、1987年3月

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯32度44分49.85秒 東経129度52分48.29秒 / 北緯32.7471806度 東経129.8800806度 / 32.7471806; 129.8800806