缶詰
缶詰(かんづめ)は、缶と呼ばれる金属製の容器を使用し、食品や酸化を嫌う物質、工業製品などを納めた物である。主に食料品の長期保存に適し、加熱処理をした食品を金属製容器に入れて封をしたもの。保存食の一種である。
ここでは食料品の缶詰について記す。
飲料の缶詰は、例えば「缶コーヒー」「缶ジュース」「缶ビール」などと言い、「缶詰」という語句は用いない。
目次 |
[編集] 缶詰(食料品)
長期間保存ができ、基本的に調理済みなので、開けてすぐ(または湯煎等による簡易な加熱などのみで)、そのまま食べることができる。また、開けてすぐに食べれば食中毒を引き起こす可能性も極めて低いなど、多くの利点がある。ただし、必ず加熱殺菌される、固形物は調味液とともに封入する必要があるなど、製造工程に由来する弱点もあり、どんな食品でも保存できるわけではない。例外として、あえて殺菌をせずに缶の中で発酵させるシュールストレミングという缶詰も存在する(日本では規格上、缶詰ではない)。また、ドライパック缶といって、水戻しした大豆やヒジキなどを、液体を加えず高真空状態で缶に詰め、加熱殺菌時に缶内の蒸気の対流により、程よく蒸し上がるようにした製品も作られている。
内容物によっては、缶に錫の合金を使い、内容物の腐敗や変色を防ぐ工夫がされている。エポキシ樹脂やフェノール系樹脂塗料が使われることもある。
缶への直接印刷は、日本では戦前は行われなかった。缶の外側に印刷した紙を巻きつけるように張り、これで内容物を示した。この方法は簡便であり、同じ内容の缶詰を多数の国へ輸出する場合などに便利であるので、21世紀初頭の現在も一部の缶詰で行われており、日本国内では輸入品の缶詰によく見られる。しかし、この紙を巻くタイプの表示は劣化しやすく、破れたり風化してしまう可能性も否めないため、極めて長期間の保存を意図した製品への使用には向かない。また、缶への印刷に使うインキは金属インキと呼ばれ、金属光沢を生かせる透明性のものが多い。
カニやホタテの缶詰には酸性パーチ(硫酸紙)と呼ばれる紙が敷かれているが、貝類や甲殻類に含まれる硫黄分がブリキの錫や鉄分と化合して硫化錫や硫化鉄となり、肉に黒い色をつけてしまうのを防止するためだったという。現在では缶の内側に塗料が塗られているので、黒変の心配は減っている。むしろ高級感を出す目的や、カニや貝柱の身崩れ防止の意味合いが強い[要出典]。なお、カニやサケの缶詰にガラス様の結晶が発生するストラバイト現象は、カニ・サケ肉の成分であるマグネシウム・アンモニウム・リン酸が結合して、マグネシウム・アンモニウムリン酸塩の結晶(ストラバイト:胃酸で溶けるため無害)が発生する現象であり、これは酸性パーチをもってしても防ぐことはできない。
缶の素材は、日本では主にアルミニウムまたは鉄で、アルミニウム製のものはアルミ缶、鉄製のものはブリキ缶またはスチール缶と呼ばれる。スチール缶は磁石につく。空き缶は回収することにより、再資源化することが可能である。
現在は、容器そのものに開封用のプルトップなどがついており、缶切りがなくても開けられるものが増えている。日本では、缶飲料はほとんどがこの種のものになっている。また、肉や魚などの食品缶詰でもスコアと呼ばれる深い傷のような線を表面につけて、大きく開くようにしたものも多い。このように、缶そのものに開封のための仕組みを付加した缶詰を、イージーオープン缶と呼ぶ。このイージーオープン缶は保存性は従来の物と変わらないが[1]、強度が低いため、高所から落下させた場合に開缶してしまう可能性がある。このため、自衛隊などではイージーオープン缶は採用されていない。
また、業務用の大型の缶詰では一斗缶と呼ばれる、18リットル程度の大きさの缶詰がある。主に食用油や液状の調味料、タケノコなどの水煮製品など大型の食材を封入している。
[編集] 製造方法
内容物は洗浄され、食用にならない部分は取り除かれる。内容物によっては調理などが行なわれ、缶に入れられ、場合によっては調味液が入れられる。缶内部の空気が抜かれた状態で封がされる。この後、加熱殺菌される。殺菌温度や時間も内容物により異なる。最後に打検棒で叩いて内容を検査する。これは、検査官が音で内容物の状態を把握する、というものである。打検技術者の資格試験が1976年(昭和51年)6月以降行われていないため、日本国内で資格を持つ打検士は少ない。
[編集] 歴史
遠征における食料補給の問題に悩まされていたナポレオン・ボナパルトによる懸賞に応え、1804年にフランスのニコラ・アペールにより長期保存可能な瓶詰めが発明されたが、ガラス瓶は重くて破損しやすいという欠点があった事から、1810年にイギリスのピーター・デュランド(Peter Durand)が、金属製容器に食品を入れる缶詰を発明した。これにより、食品を長期間保存・携行することが容易になった。ただし、初期のものは殺菌の方法に問題があり、たびたび中身が発酵して缶が破裂するという事故を起こした。これはのちに改良された。また、1833年にはフランスのアンシルベールによって、缶の蓋の周りをはんだ付けし、熱で溶かして缶を開ける方式が考案された。その後、1860年代にブリキが発明されてからは、缶切りが登場するようになった。
缶詰は、初期には主に軍用食として活用された。特に、アメリカ合衆国の南北戦争で多く利用された。のちに一般向けにも製造されるようになり、現在では、災害対策用の備蓄用食品(非常食)としても利用されている。
当初、缶切りは発明されず、開封は金鎚と鑿(のみ)を用いるため、内容物が固形物に限られ、液状のドリンク類は入れられなかった。缶切りが発明されると、液体なども入れられるようになり、内容物のバリエーションが広がった。さらに缶切りが無くても開けられる様にプルトップ(イージーオープン缶)が発明された。
[編集] 日本の缶詰
日本での初めての製造は、明治4年(1871年)[要検証]に長崎県で、松田雅典(まつだ・がてん)によってフランス人Leon Dury[2]の指導の下、イワシ油漬の缶詰の試作が行なわれたとされている(この段階では缶詰という言葉は存在していない)。
本格的な生産が始まったのは1877年(明治10年)10月10日、北海道石狩市で石狩缶詰所が創業したことによる。初期にはアメリカ人Ulysses S.TreatとTrescott Swert[3]の指導の下、サケ缶が製造されていた。このことから、日本缶詰協会はこの日、10月10日を缶詰の日と定めている。当初は缶詰は管詰と綴られた。
明治時代には、主に日本国外向けの輸出用、国内向けには軍需用として生産されていたため、庶民には普及しなかった。当時の缶詰の価格は、1缶が20銭から35銭で、白米1升が7.65銭であったことから、いかに高価な食品であったかがわかる[4]。
本格的に普及するきっかけは、1923年(大正12年)の関東大震災以降で、アメリカから送られた支援物資に缶詰が用いられたことによるものとされる。
大正、昭和を通じて、かに、さけ、ます缶詰の輸出が華やかに行われていたが、昭和51年(1976年)から昭和52年(1977年)にかけて決定された200海里漁業専管水域の設定により、それら缶詰の輸出は壊滅的な打撃を受け、60年の歴史を閉じる[5]こととなった。
日本での缶詰の消費量は、日本缶詰協会によれば408万0000トン(2002年推計)。ただし、缶ビールと炭酸飲料、スポーツドリンク類を除き、缶コーヒー、果汁飲料の缶ドリンクを含む。250g缶相当で一人あたり165缶で、ドリンク類を除くと37缶である。レトルト食品などの売り上げが伸びており、缶詰の消費量は若干減少傾向にある。
[編集] 缶詰における表示
[編集] 日本の缶詰の場合
日本の缶詰には、ラベルなどによる一括表示のほか、缶の蓋に3段からなる表示(缶マーク)が打刻されている。上段には原料の種類や調理方法など、中段には賞味期限、下段には製造工場が示される。
- 原料の種類(上段左から2文字)
- 調理方法(上段左から3文字目)
- JM - ジャム
- Y - シラップ漬け
- 形状・形態・大小(上段左から4文字目)
- L - 大
- M - 中
- S - 小
- T - 特小
- ・ - フレーク
- : - スライス
- 賞味期限表示(中段の表示)
- 3段の文字列のうちの中段が賞味期限表示で、「041010」は賞味期限が2004年10月10日であることを意味する。表示には日を省略し、「0410」(2004年10月賞味期限の意味)でもよい。1997年(平成9年)3月31日製造分までは、この表示が製造年月(日)表記のものもある。また、非常に古い缶詰の中には、製造年を下1桁のみ表し、10月製造を「0」、11月製造を「Y」、12月製造を「Z」と表した時代もあった(例:1982年11月30日製造=「2Y30」)。これは製缶機の刻印能力に限界があったためであった。
- 製造工場(下段の表示)
[編集] 缶詰サイズの規格
[編集] 日本の缶詰の場合
- 1号缶
- 2号缶
- 3号缶
- 4号缶
- 5号缶
- 6号缶
- 7号缶
- 8号缶など
[編集] 缶詰に関する表現
人を力づくで密室に長時間閉じ込めることを、「カンヅメにする」という。窮屈なさまを缶詰に喩えた表現だが、通常はカタカナ表記で「カンヅメ」と書く。これは、「作家を旅館の一室に押し込める」を「食品を缶に詰める」に引っ掛けて「館詰め」と言い表したのが、そもそもの語源であるからという。
意味は:
- 原稿の催促から逃げ回る作家を、編集者が旅館やホテルの一室などに半ば強制的に滞在させて、雑念のない状態で執筆に専念させること。
- 何らかの要求を掲げた一団の活動家や群衆などが、当該問題の責任者を一室に閉じ込めたり、その事務所や住居を包囲したりして交渉し、力づくで要求を飲ませようとすること。
- 狭い場所に多人数が押し込まれること。
1.は編集者の「伝家の宝刀」で、今日でも出版界ではよく使われる手段。過去に苦い経験をしたことがあることから、「缶詰は見るのも食べるのも嫌だ」という作家やコラムニストも少なくないという。
2.は学園紛争や安保闘争がたけなわの1960年代から1970年代の初め頃まで頻繁に起きて、紙面を賑わせた。一例として、「林健太郎監禁事件」がある。ただし、「カンヅメ」と言った場合、そのニュアンスは「監禁」に比べて穏当で、一般に首謀者から被害者に対する暴力や虐待はなく、人質救出作戦や警察権の導入による事件の解決もない。最終的には双方に流血を見ることなく、被害者側が「解放」され、首謀者側が「解散」する形で幕を下ろすことが通常である。
3.は、乗り物での移動中に長時間の停止があった場合を指して使われることが多い(ニュースなどでは「新幹線大雪停止、車内に6時間缶詰」などと使われる)。
[編集] 参考文献
- スー シェパード 『保存食品開発物語』 赤根洋子訳 ISBN 4167651157
[編集] 出典
- ^ 缶詰ハンドブック 日本缶詰協会 2009年8月22日閲覧
- ^ 日本缶詰協会監修「缶詰ラベル博物館」2002年6月、p.2
- ^ 日本缶詰協会監修「缶詰ラベル博物館」2002年6月、p.2
- ^ 「日本缶詰協会創立80周年記念 缶詰業界の歩みと団体の活動」、日本缶詰協会、2007年。2010年9月11日閲覧。
- ^ 日本缶詰検査協会二十五年史、1980年5月