ポール・スコールズ
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| 名前 | |||||||
| 本名 | Paul Scholes | ||||||
| 愛称 | ジンジャー・プリンス[1] スコールジー |
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| カタカナ | ポール・スコールズ | ||||||
| 基本情報 | |||||||
| 国籍 | |||||||
| 生年月日 | 1974年11月16日(37歳) | ||||||
| 出身地 | サルフォード | ||||||
| 身長 | 168cm[2] | ||||||
| 体重 | 70kg[2] | ||||||
| 選手情報 | |||||||
| 在籍チーム | |||||||
| ポジション | MF | ||||||
| 背番号 | 22 | ||||||
| 利き足 | 右足 | ||||||
| クラブチーム1 | |||||||
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| 代表歴 | |||||||
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| 1. 国内リーグ戦に限る。2011年5月14日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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ポール・スコールズ(Paul Scholes, 1974年11月16日 - )は、イングランド出身のサッカー選手。デビューして以降マンチェスター・ユナイテッドに在籍。元イングランド代表選手であり、1998年と2002年に開催されたワールドカップ、EURO2000、EURO2004に出場している。
マンチェスター・ユナイテッドでは公式戦で650試合以上に出場し、歴代4位の出場記録数を誇っている。キャリアを通して120枚以上のイエローカードを提示されており、10度の退場処分を受けている[3][4][5]。
目次 |
[編集] 生い立ち
スコールズは、グレーター・マンチェスターに位置するサルフォードにある、ホープ・ホスピタルでステュワートとマリナの元に生を受けた。スコールズが18ヶ月の時に家族はグレーター・マンチェスターに位置するミドルトンのラングレイ地区に移った[6]。オールダム・アスレティックのサポーターであったが、初めてプレイをしたクラブは、ラングレイ・ファロウズであった。また、クリケットでも優れた才能を発揮していた。14歳からマンチェスター・ユナイテッドでトレーニングを受け始め、1991年の夏にクラブと練習生契約を結んだ[7]。
[編集] クラブ経歴
スコールズは、デイヴィッド・ベッカム、ニッキー・バット、ガリー・ネヴィル、ライアン・ギグスらと異なり、1992年のFAユースカップ優勝メンバーではないが、フィル・ネヴィルと同様、翌シーズンのFAユースカップ決勝に進んだメンバーの一人である[8]。1993年7月23日にプロ契約を結んだが、チームでブレイクしたのは、1994-95シーズンであり、リーグ戦で17試合に出場し、5ゴールを挙げた。トップチームデビューとなったのは、1994年9月21日に行われたリーグカップのポート・ヴェイル戦であり、その3日後に行われたイプスウィッチ・タウン戦でプレミアリーグデビューを果たした。チームは2-3で敗れたが、スコールズは初ゴールを記録した。1995年のFAカップ決勝には交代で出場したが、チームは0-1でエヴァトンに敗れた。
1994-95シーズンを最後にマーク・ヒューズがチェルシーに去り、スコールズは多くの出場機会を得るようになった。エリック・カントナが長期の出場停止を受けていたため、シーズンの初めの2ヶ月は、アンディ・コールと組み、フォワードとして出場した。公式戦を通して、14ゴールを挙げ、ユナイテッドは、イングランドのクラブで初めてダブルを2度達成したクラブとなった[9]。翌シーズンもリーグタイトルを獲得したが、3ゴールに留まった。
1997-98シーズンは、ロイ・キーンが9月の終わりに膝を負傷し、チームを離脱したため、代わりに中盤でプレイしたが、ユナイテッドはメジャータイトルを一つも獲得することなくシーズンを終えた。これは、1990年代で2度しかないことだった[10]。
1998-99シーズンは、プレミアリーグ、FAカップ、チャンピオンズリーグのトレブルを達成したシーズンであるが、スコールズは中心選手の一人であった。ニューカッスル・ユナイテッドとのFAカップ決勝では、得点を決め、チャンピオンズリーグの準々決勝のインテル戦では、アウェイゴールを挙げるなどの活躍をしたが、決勝戦は累積警告で出場停止となった[11]。
2002-03シーズンは、リーグ戦でキャリアハイの14ゴールを挙げた。翌シーズンはリーグ戦でのゴール数は減ったものの、FAカップではキャリア最高の4ゴールを挙げた。2005年のFAカップでは、チームの決勝進出に貢献したが、決勝のPK戦でイェンス・レーマンに止められてしまい、アーセナルに敗れた。2005-06シーズンは、シーズンの後半を目が霞むという症状の視力障害のために棒に振ってしまった。原因が不明であり、現役を引退しなければならない恐れもあったが、克服しシーズン最終戦のチャールトン・アスレティック戦に出場を果たした。しかし、完全には回復しなかったと伝えられている[12]。
2006年10月22日の2-0で勝利した、リヴァプール戦に出場し、リーグカップのポート・ヴェイル戦でデビューしてから、12年目で、公式戦500試合出場を達成した9人目の選手となり、サー・ボビー・チャールトン、ビル・フォルケス、デニス・アーウィン、そして、チームメイトのガリー・ネヴィル、ライアン・ギグスと言った選手たちの仲間入りを果たした。スコールズは、500試合目の出場となったリヴァプール戦ではゴールを挙げた[13]。
1-0で勝利した2007年3月3日のリヴァプール戦では、シャビ・アロンソに対して腕を振り、退場処分となった。これは、2005年4月以来の出来事であった[14]。1ヶ月後のチャンピオンズリーグの準々決勝ファーストレグのASローマ戦でも退場となった。8月23日には、イングランドサッカー殿堂の候補に選ばれた。
スコールズは、2007年10月23日のディナモ・キエフ戦を前にした練習中に膝の靭帯を損傷してしまい、2008年1月まで、チームを離脱することになり、FAカップ4回戦のトッテナム・ホットスパー戦で途中出場し、復帰を果たした。2008年4月23日のバルセロナ戦でチャンピオンズリーグ通算100試合出場を達成し、セカンドレグではチームを決勝進出に導く唯一のゴールを挙げたが[15]、その後のリーグ戦でクロード・マケレレと接触し、負傷してしまった。チェルシーとの同国対決となった決勝戦で復帰を果たし、試合中に鼻骨を骨折したがライアン・ギグスと87分に交代するまで出場した。PK戦の末にチームは6-5で勝利し、クラブは3度目となるチャンピオンズリーグ優勝を果たした[16]。
2008年9月、スコールズは殿堂入りを果たした[17][18]。2008年12月の『デイリー・ミラー』に掲載されたインタビューでは、2年以内に引退するつもりだと明かした[19]。
2009年1月24日のFAカップのトッテナム・ホットスパー戦でシーズン初ゴールを挙げ[20]、2月8日のフラム戦でリーグ戦での初ゴールを挙げた[21]。2-0で勝利した、4月22日のポーツマス戦で公式戦通算600試合出場を果たした[22]。
2010年2月16日に行われたチャンピオンズリーグのACミラン戦でゴールを決め、3-2で勝利したが、ミラン相手にアウェイゴールを奪ったのはクラブにとって初めてのことであり、スコールズは、サン・シーロでミラノを本拠地とするインテルとミランからチャンピオンズリーグの試合でゴールを決めた初めての選手となった[23]。2010年3月6日に行われたウォルヴァーハンプトン・ワンダラーズ戦でその試合唯一となるゴールを挙げ、100ゴールを記録したプレミアリーグ史上19人目の選手となった[24]。2010年4月16日に契約を一年延長し、2010-11シーズン終了後までクラブに留まることになった[25]。
2010-11シーズンは、2010年8月8日に行われたコミュニティー・シールドのチェルシー戦でマン・オブ・ザ・マッチに選出され[26]、開幕戦となったニューカッスル・ユナイテッド戦では2ゴールをアシストした[27]。8月22日に行われたフラム戦でクラブでの公式戦通算150ゴールを達成し[28]、2010年8月の月間最優秀選手に選出された[29]。2011年4月16日に行われたFAカップ準決勝のマンチェスター・シティ戦では退場処分を受け、チームも0-1で敗れた[30]。
2011年5月31日に現役引退を表明。翌2011-12シーズンはコーチとしてクラブに留まることになった[31]。
引退から約半年後の2012年1月8日、現役復帰することが発表された[32]。同日のFAカップのマンチェスター・シティ戦でベンチ入りし、64分から出場した。
[編集] 代表経歴
A代表デビューは、1997年オールド・トラフォードで行われ、2-0で勝利した、南アフリカ代表との親善試合である。1998 FIFAワールドカップのメンバーにも選ばれ、初戦のチュニジア代表戦では、終了間際にゴールを決めた。
ワールドカップ終了後も代表に選出され続け、1999年3月27日のポーランド代表戦ではハットトリックを決めた。EURO2000予選のスコットランド代表とのプレイオフでは、ファーストレグで2ゴールを挙げる活躍を見せ、トータルスコア2-1で勝利し、チームを本大会出場へ導いた。6月のスウェーデン代表との親善試合で退場処分となり、ウェンブリー・スタジアムで行われた国際試合で退場した、最初で最後のイングランドの選手となった。
代表でも中心選手となり、2002 FIFAワールドカップにも出場したが、大会終了後のスヴェン・ゴラン・エリクソンの中では、中盤をスティーヴン・ジェラードとフランク・ランパードで構成しようとしており、スコールズは左サイドハーフで起用されるなど、地位が下がってしまった[33]。2004年8月に、家族との生活とマンチェスター・ユナイテッドでのプレイを優先させるため、代表からは引退すると宣言した[34]。新しく監督に就任にした、スティーブ・マクラーレンから、代表に復帰するよう説得されたが断っている[35]。
2010年5月にはマクラーレンに続いてファビオ・カペッロからも2010 FIFAワールドカップに向けて復帰するよう話を受けたが、家族と過ごしたいとの理由で断った[36]。しかし、2010年7月27日にスコールズは、プレイしないという選択を取ったことを後悔していると明かした[37]。
[編集] 個人成績
| 所属クラブ | シーズン | 背番号 | リーグ | FAカップ | リーグカップ | CL[38] | その他[39] | 期間通算 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 出場数 | 得点 | 出場数 | 得点 | 出場数 | 得点 | 出場数 | 得点 | 出場数 | 得点 | 出場数 | 得点 | |||
| マンチェスター・ユナイテッド | 1994-95 | 24 | 17 | 5 | 3 | 0 | 3 | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 | 25 | 7 |
| 1995–96 | 22 | 26 | 10 | 2 | 1 | 1 | 2 | 2 | 1 | 0 | 0 | 31 | 14 | |
| 1996–97 | 18 | 24 | 3 | 2 | 2 | 2 | 1 | 4 | 0 | 1 | 0 | 33 | 6 | |
| 1997–98 | 18 | 31 | 8 | 2 | 0 | 1 | 0 | 7 | 2 | 1 | 0 | 42 | 10 | |
| 1998-99 | 18 | 31 | 6 | 6 | 1 | 1 | 0 | 12 | 4 | 1 | 0 | 51 | 11 | |
| 1999-00 | 18 | 31 | 9 | - | 0 | 0 | 11 | 3 | 3 | 0 | 45 | 12 | ||
| 2000-01 | 18 | 32 | 6 | 0 | 0 | 0 | 0 | 12 | 6 | 1 | 0 | 45 | 12 | |
| 2001-02 | 18 | 35 | 8 | 2 | 0 | 0 | 0 | 13 | 1 | 1 | 0 | 51 | 9 | |
| 2002-03 | 18 | 33 | 14 | 3 | 1 | 6 | 3 | 10 | 2 | 0 | 0 | 52 | 20 | |
| 2003-04 | 18 | 28 | 9 | 6 | 4 | 0 | 0 | 5 | 1 | 1 | 0 | 40 | 14 | |
| 2004-05 | 18 | 33 | 9 | 6 | 3 | 2 | 0 | 7 | 0 | 1 | 0 | 49 | 12 | |
| 2005-06 | 18 | 20 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 7 | 1 | 0 | 0 | 27 | 3 | |
| 2006-07 | 18 | 30 | 6 | 4 | 0 | 0 | 0 | 11 | 1 | 0 | 0 | 45 | 7 | |
| 2007-08 | 18 | 24 | 1 | 3 | 0 | 0 | 0 | 7 | 1 | 0 | 0 | 34 | 2 | |
| 2008-09 | 18 | 21 | 2 | 2 | 1 | 3 | 0 | 6 | 0 | 3 | 0 | 35 | 3 | |
| 2009-10 | 18 | 28 | 3 | 0 | 0 | 2 | 1 | 7 | 3 | 1 | 0 | 38 | 7 | |
| 2010-11 | 18 | 22 | 1 | 3 | 0 | 0 | 0 | 6 | 0 | 1 | 0 | 32 | 1 | |
| 期間通算 | 466 | 102 | 44 | 13 | 21 | 9 | 129 | 26 | 15 | 0 | 675 | 150 | ||
[編集] 獲得タイトル
- クラブ
- プレミアリーグ:1995-96、1996-97、1998-99、1999-00、2000-01、2002-03、2006-07、2007-08、2008-09、2010-11
- FAカップ:1996、1999、2004年
- フットボールリーグカップ:2006、2009、2010年
- FAコミュニティーシールド:1994、1996、1997、2003、2007、2008、2010年
- UEFAチャンピオンズリーグ:1999、2008年
- インターコンチネンタルカップ:1999年
- FIFAクラブワールドカップ:2008年
- 代表
イングランド U-18
- UEFA U-18欧州選手権:1993年
- 個人
- プレミアリーグ月間最優秀選手賞:2003年1月、2003年12月、2006年10月、2010年8月
- PFA年間ベストイレブン:2000-01、2002-03、2006-07
- プレミアリーグ10周年記念ベストイレブン(1993-2003):2003年
- イングランドサッカー殿堂:2008年
[編集] 評価
ジネディーヌ・ジダンは、「最も手強かった相手?スコールズだ。まごうことなく彼は彼の世代で最も素晴らしい選手だ」と述べ、ティエリ・アンリは、「疑うまでもなく、プレミアシップで最も素晴らしい選手はスコールズだ。彼はなんでも出来る」と話した[40]。ジョゼップ・グアルディオラは、「ユナイテッドのすべての選手の中では、スコールズを選びたい。彼はあの世代の最高のMFなんだ。私も彼と一緒にプレーしてみたかったよ」と語っている。また、シャビとアンドレス・イニエスタもスコールズのファンである事を公言しており、イニエスタはUEFAチャンピオンズリーグ 2010-11決勝戦後にスコールズとユニフォーム交換をしている。マンチェスター・ユナイテッドとイングランドの英雄であるボビー・チャールトンはスコールズについて、「ポールは常に正確なパスでゲームを支配している。見ていてとても美しい選手だ」と、話し[41]、マルチェロ・リッピは、「豊かな才能と個性を備えたオールラウンドなミッドフィールダーだ」と、述べた[42]。BBCの解説者でかつてはリヴァプールの選手であったアラン・ハンセンは、「これまでプレミアリーグでプレイした選手の中でも3本か5本の指に入る選手だ。彼のパスや動き、テクニックは誰にとっても手本となる」と、話している[43]。
[編集] 私生活
スコールズは、気管支喘息を患っている[44]。彼は、妻のクレアと3人の子ども、アーロン[45][46]、アリシア、アイデン[47]とオールダムのサドルワース・ムーアで生活している[48]。
[編集] 脚注
- ^ さようなら、スコールズ。マンU、1999年の三冠組は今?
- ^ a b Paul Scholes
- ^ UEFA Championship League / All Time / Most Bookings
- ^ Roy's record and getting shirty
- ^ Scholes must pass more and tackle less if he is to be remembered as a great
- ^ BBC Radio Manchester Features
- ^ Simply the best
- ^ Old Trafford band of brothers prepare for split
- ^ Spccoer Milestones
- ^ Club Trophy Room, ManUtd.com
- ^ Champions League final: Paul Scholes deserves European Cup success, says David Beckham
- ^ Papers: Scholes still troubled
- ^ Man Utd 2-0 Liverpool
- ^ Liverpool 0-1 Man Utd: O'Shea stuns Anfield
- ^ Man Utd 1-0 Barcelona (agg 1-0)
- ^ Man Utd earn dramatic Euro glory
- ^ Paul Scholes Hall of Fame Profile
- ^ Why Scholes is Man Utd's talisman
- ^ Paul Scholes reveals he plans to retire from Manchester United in two years
- ^ Man Utd 2-1 Tottenham
- ^ Man Utd 3-0 Fulham
- ^ Man Utd 2-0 Portsmouth
- ^ AC Milan 2-3 Man Utd
- ^ Wolverhampton 0-1 Man Utd
- ^ Paul Scholes signs new one-year contract with Man Utd
- ^ Man Utd boss Alex Ferguson praises Paul Scholes display
- ^ Man Utd 3-0 Newcastle
- ^ Fulham 2-2 Man Utd
- ^ Scholes is Barclays Player of the Month
- ^ Man City 1-0 Man Utd
- ^ Scholes retires - but stays at OT
- ^ ユナイテッド、スコールズが現役復帰goal.com 2012年1月8日
- ^ Retirement of Scholes adds to England woe
- ^ Scholes quits England
- ^ Scholes's England U-turn
- ^ Fabio Capello makes surprise England World Cup choices
- ^ Paul Scholes hints at England World Cup regret
- ^ 1995-96シーズンは、UEFAカップ
- ^ その他とはコミュニティーシールド, UEFAスーパーカップ, インターコンチネンタルカップ, FIFAクラブワールドカップのこと。
- ^ Scholes has his moment in the spotlight - it's 600 up for the red-top talisman
- ^ Football Hall of Fame: Paul Scholes
- ^ Why Scholes is Man Utd's talisman
- ^ Alan Hansen's column
- ^ Athletes with asthma
- ^ Manchester United fans have two years to savour Paul Scholes
- ^ New goals for Scholes
- ^ The War of the WAGSKIS: The real battle for Moscow
- ^ Paul Scholes: 'I know there isn't much time left so I have to enjoy it'
[編集] 外部リンク
- ポール・スコールズ - FIFA主催大会成績 (英語)
- プロフィール manutd.com
- 出場記録 Soccer.com
- FootballDatabase provides Paul Scholes' profile and stats
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1 デ・ヘア | 3 エヴラ | 4 ジョーンズ | 5 ファーディナンド | 6 エヴァンズ | 7 オーウェン | 8 アンデルソン | 9 ベルバトフ | 10 ルーニー | 11 ギグス | 12 スモーリング | 13 朴 | 14 エルナンデス | 15 ヴィディッチ | 16 キャリック | 17 ナニ | 18 ヤング | 19 ウェルベック | 20 ファビオ | 21 ラファエウ | 22 スコールズ | 23 クレヴァリー | 24 フレッチャー | 25 バレンシア | 29 クシュチャク | 30 デ・ラエト | 34 リンデゴーア | 40 エイモス | 42 ポグバ | 48 キーン | 50 ジョンストン | 51 フライアーズ 監督: ファーガソン |
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