ニコラ・アネルカ
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|---|---|---|---|---|---|---|
| 名前 | ||||||
| 本名 | ニコラ・セバスティアン・アネルカ | |||||
| 愛称 | ニコ、サイレントキング | |||||
| ラテン文字 | Nicolas ANELKA | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 | ||||||
| 生年月日 | 1979年3月14日(34歳) | |||||
| 出身地 | ヴェルサイユ | |||||
| 身長 | 186cm | |||||
| 体重 | 83kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム | ||||||
| ポジション | FW | |||||
| 背番号 | 18 | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| 代表歴2 | ||||||
| 1998-2010 | 69 (14) | |||||
| 2. 2010年6月17日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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ニコラ・セバスティアン・アネルカ(Nicolas Sebastian Anelka, 1979年3月14日 - )は、フランス・ヴェルサイユ出身のサッカー選手。セリエA、ユヴェントスFC所属。ポジションはフォワード。
ヴェルサイユ生まれだが両親はフランス領マルティニーク出身で[1]、本人は2004年にムスリムであることを公表している。「Abdul-Salam Bilal」というムスリム名を持っている。かつての恩師であるアーセン・ベンゲルからは「自分が指導した中で最も優れたFW」と称賛されている[2]。
目次 |
経歴 [編集]
1996年にフランスリーグ・アンのパリ・サンジェルマンでキャリアをスタート。能力の高さをアーセン・ベンゲルに見込まれて、当時18歳ながら50万ポンドという異例の高額で1997年にFAプレミアリーグ・アーセナルへ移籍し、得点を着実に重ねて評価を上げた。ペレはこのころの彼を評し、「ストライカーに必要なものを全て兼ね備えている」とベタ褒めした。1999年にスペインのレアル・マドリードに移籍するも、怪我もあり不振が続いたことがあり高い評価を得られなかった。UEFAチャンピオンズリーグでは予選で2度大敗した天敵バイエルンに準決勝で2得点を奪い、勝利に貢献するという活躍もあったが結局退団。それからパリ・サンジェルマン、リヴァプール、マンチェスター・シティと移籍を繰り返し、フランス代表からは遠ざかっていた。常々フランス代表のメンバーに名を列ねているが、過去3度のW杯の代表選考では最後のほうで毎回落選している。唯一EURO2000の時だけメンバーに選ばれ、優勝を経験。
ジャック・サンティニが指揮を執るフランス代表では、招集初期の親善試合で目覚ましい活躍を見せ「奴は俺たちのロナウドなのさ」とチームメイトからも賞賛されたが、レアル・マドリード移籍を境に低迷、なかなかメンバーに定着せず、怪我をしたシドニー・ゴブの代理招集を拒否してからは完全に代表と決別。2005年1月に移籍したトルコのフェネルバフチェSKでの活躍により、11月上旬に行われたコスタリカとの親善試合で、およそ3年ぶりに代表復帰を果たす。しかし2006年ドイツW杯時にフランス代表FWのジブリル・シセが骨折で絶望となった際にもレイモン・ドメネク監督に批判的だと見られた彼は代表に招集されず代役として選ばれたのはシドニー・ゴブだった[3]。
2006年8月にボルトンに1180万ユーロ(約17億円)で移籍。2008年1月までの全コンペティションで53試合出場21ゴールの成績を残し、同年1月11日にチェルシーに1500万ポンド(約32億円)で移籍[4]。しかし本職のCFではなくウィングを任されるなど本来の力は発揮できず、わずか2ゴールに終わる。2008-09シーズンはスコラーリ監督の下、CFのレギュラーとしてゴールを量産。監督がヒディンクに代わってからはディディエ・ドログバに出場機会を譲ることが多くなるが、結局シーズン通算19ゴールでプレミアリーグ得点王に輝いた。ドログバとの2トップを自ら望むなど、その性格からは珍しい一面を見せたが、これはリヴァプール時代にマイケル・オーウェンと2トップを組んだ時アシストする事の楽しさを覚えたからだという。なお、ルイス・フェリペ・スコラーリには「ドログバとの共存は不可能」と言われていたが、その後ドログバとは素晴らしい連携を見せるようになり、プレミアリーグでも屈指の2トップとなった。後にアネルカは「チェルシーに入団した時からドログバと一緒にプレーしたかった」と語っている[5]。
2010 FIFAワールドカップのメンバーに選出されたが、グループステージ2戦目のメキシコ戦のハーフタイム中、ドメネク監督に対して暴言を吐いたとしてチームから追放された。その後、フランスサッカー協会に18試合(親善試合も含む)の出場停止を言い渡された。大会後に代表引退を表明した[6]。
2012年1月、中国サッカー・スーパーリーグの上海申花に移籍。しかし、給料の未払いなどから移籍を志願した。
2013年1月、ユヴェントスFCに5ヶ月のレンタルで移籍が決定。
人物 [編集]
チェルシーに移籍した時点での彼へのこれまでの移籍金の総額は8700万ユーロ(約140億円)に上り、これはクリスティアーノ・ロナウドがレアル・マドリードに移籍するまでサッカー史上最高額であった。アネルカ自身、様々な土地のクラブでプレーすることに魅力を感じている[5]。
所属クラブ [編集]
- 1996-1997
パリ・サンジェルマンFC - 1997.2-1999
アーセナルFC - 1999-2000
レアル・マドリード - 2000-2002
パリ・サンジェルマン
- → 2001.12-2002
リヴァプール (loan)
- 2002-2004
マンチェスター・シティ - 2005.1-2006
フェネルバフチェSK - 2006-2008
ボルトン・ワンダラーズ - 2008.1-2011.12
チェルシー - 2012.1-
上海申花
- → 2013.1-
ユヴェントスFC (loan)
個人成績 [編集]
| クラブ | リーグ | カップ | リーグ杯 | 国際大会 | その他 | 通算 | ||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| シーズン | クラブ | リーグ | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 |
| フランス | リーグ | クープ・ドゥ・フランス | クープ・ドゥ・ラ・リーグ | ヨーロッパ | その他 | 通算 | ||||||||
| 1995–96 | パリ・サンジェルマンFC | リーグ・アン | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 |
| 1996–97 | 8 | 1 | 0 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 10 | 1 | ||
| イングランド | リーグ | FAカップ | フットボールリーグカップ | ヨーロッパ | その他 | 通算 | ||||||||
| 1996–97 | アーセナルFC | プレミアリーグ | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | – | 4 | 0 | |
| 1997–98 | 26 | 6 | 9 | 3 | 3 | 0 | 2 | 0 | – | 40 | 9 | |||
| 1998–99 | 35 | 17 | 5 | 0 | 0 | 0 | 5 | 1 | 1 | 1 | 46 | 19 | ||
| スペイン | リーグ | コパ・デル・レイ | コパ・デ・ラ・リーガ | ヨーロッパ | その他 | 通算 | ||||||||
| 1999–00 | レアル・マドリード | リーガ・エスパニョーラ | 19 | 2 | 1 | 0 | – | 10 | 2 | 3 | 3 | 33 | 7 | |
| フランス | リーグ | クープ・ドゥ・フランス | クープ・ドゥ・ラ・リーグ | ヨーロッパ | その他 | 通算 | ||||||||
| 2000–01 | パリ・サンジェルマンFC | リーグ・アン | 27 | 8 | 0 | 0 | 1 | 0 | 9 | 5 | – | 37 | 13 | |
| 2001–02 | 12 | 2 | 1 | 0 | 0 | 0 | 7 | 3 | – | 20 | 5 | |||
| イングランド | リーグ | FAカップ | フットボールリーグカップ | ヨーロッパ | その他 | 通算 | ||||||||
| 2001–02 | リヴァプールFC | プレミアリーグ | 20 | 4 | 2 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 22 | 5 |
| 2002–03 | マンチェスター・シティFC | 38 | 14 | 1 | 0 | 2 | 0 | – | – | 41 | 14 | |||
| 2003–04 | 32 | 16 | 4 | 4 | 2 | 0 | 5 | 4 | – | 43 | 24 | |||
| 2004–05 | 19 | 7 | 0 | 0 | 0 | 0 | – | – | 19 | 7 | ||||
| Turkey | League | テュルキエ・クパス | リーグ杯 | ヨーロッパ | その他 | 通算 | ||||||||
| 2004–05 | フェネルバフチェSK | スュペル・リグ | 14 | 4 | 2 | 0 | – | 2 | 0 | – | 18 | 4 | ||
| 2005–06 | 25 | 10 | 6 | 2 | – | 6 | 0 | – | 37 | 12 | ||||
| 2006–07 | 0 | 0 | 0 | 0 | – | 2 | 0 | – | 2 | 0 | ||||
| イングランド | リーグ | FAカップ | フットボールリーグカップ | ヨーロッパ | その他 | 通算 | ||||||||
| 2006–07 | ボルトン・ワンダラーズFC | プレミアリーグ | 35 | 11 | 3 | 0 | 1 | 1 | – | – | 39 | 12 | ||
| 2007–08 | 18 | 10 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 1 | – | 22 | 11 | |||
| チェルシーFC | 14 | 1 | 3 | 1 | 2 | 0 | 5 | 0 | 0 | 0 | 24 | 2 | ||
| 2008–09 | 37 | 19 | 5 | 4 | 0 | 0 | 12 | 2 | – | 54 | 25 | |||
| 2009–10 | 33 | 11 | 4 | 1 | 0 | 0 | 7 | 3 | 1 | 0 | 45 | 15 | ||
| 2010–11 | 32 | 6 | 3 | 1 | 1 | 2 | 9 | 7 | 1 | 0 | 46 | 16 | ||
| 2011–12 | 9 | 1 | 0 | 0 | 2 | 0 | 4 | 0 | – | 15 | 1 | |||
| 中国 | リーグ | FAカップ | CSL杯 | アジア | その他 | 通算 | ||||||||
| 2012 | 上海申花 | スーパーリーグ | 22 | 3 | 2 | 0 | – | – | – | 24 | 3 | |||
| イタリア | リーグ杯 | コッパ・イタリア | リーグ杯 | ヨーロッパ | その他 | 通算 | ||||||||
| 2012–13 | ユヴェントスFC | セリエA | 1 | 0 | 0 | 0 | – | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | |
| 通算 | フランス | 49 | 11 | 1 | 0 | 2 | 0 | 17 | 8 | 0 | 0 | 69 | 19 | |
| イングランド | 352 | 122 | 39 | 15 | 13 | 3 | 53 | 18 | 3 | 1 | 460 | 159 | ||
| スペイン | 19 | 2 | 1 | 0 | — | 10 | 2 | 3 | 3 | 33 | 7 | |||
| トルコ | 39 | 14 | 8 | 2 | — | 10 | 0 | — | 57 | 16 | ||||
| 中国 | 22 | 3 | 2 | 0 | — | — | — | 24 | 3 | |||||
| イタリア | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ||
| 総通算 | 481 | 152 | 51 | 17 | 15 | 3 | 90 | 28 | 6 | 4 | 643 | 204 | ||
獲得タイトル [編集]
クラブタイトル [編集]
アーセナルFC
- プレミアリーグ: 1 (1997-98)
- FAカップ: 1 (1997-98)
- FAコミュニティ・シールド: 1 (1998-99)
レアル・マドリード
- UEFAチャンピオンズリーグ: 1 (1999-00)
パリ・サンジェルマン
- UEFAインタートトカップ: 1 (2001-02)
フェネルバフチェSK
- シュペルリガ: 1 (2004-05)
チェルシーFC
- プレミアリーグ: 1 (2009-10)
- FAカップ: 2 (2008-09, 2009-10)
- FAコミュニティ・シールド: 1 (2009)
ユヴェントスFC
- セリエA: 1 (2012-13)
ナショナルタイトル [編集]
個人タイトル [編集]
- プレミアリーグ月間最優秀選手: 2 (1998年2月、2008年9月)
- PFA年間ベストイレブン: 2 (1999, 2009)
- PFA年間最優秀若手選手賞: 1 (1999)
- プレミアリーグ得点王: 1 (2008-09)
脚注 [編集]
- ^ http://number.bunshun.jp/articles/-/12134?page=2
- ^ http://number.bunshun.jp/articles/-/12134
- ^ “仏にジダンの悪夢再び、FWシセ骨折で出場絶望”. 読売新聞 (2006年6月8日). 2010年7月5日閲覧。
- ^ “ボルトンのアネルカ、チェルシーへ移籍”. ロイター (2008年1月12日). 2010年7月5日閲覧。
- ^ a b Goal.com 将来の移籍を計画しているアネルカ 2009年12月16日
- ^ アネルカが代表引退を正式に表明
- ^ “Anelka career stats”. Football Database.eu. 2013年2月7日閲覧。
- ^ “Anelka British stats”. 11v11.com. 2013年2月7日閲覧。
- ^ “Anelka French stats”. LFP. 2013年2月7日閲覧。
- ^ “Anelka Turkey stats”. TFF. 2013年2月7日閲覧。
- ^ “Anelka Chelsea stats”. Bounder.Friardale.co.uk. 2013年2月7日閲覧。
- ^ “Anelka UEFA stats”. UEFA. 2013年2月7日閲覧。
外部リンク [編集]
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