ウィリアム・ギャラス
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| 名前 | |||||||
| 本名 | William Gallas | ||||||
| 愛称 | Billy/Willy | ||||||
| カタカナ | ウィリアム・ギャラス | ||||||
| ラテン文字 | William GALLAS | ||||||
| 基本情報 | |||||||
| 国籍 | |||||||
| 生年月日 | 1977年8月17日(34歳) | ||||||
| 出身地 | アニエール=シュル=セーヌ | ||||||
| 身長 | 183cm | ||||||
| 体重 | 82kg | ||||||
| 選手情報 | |||||||
| 在籍チーム | |||||||
| ポジション | DF (CB, SB) | ||||||
| 背番号 | 13 | ||||||
| 利き足 | 右足 | ||||||
| クラブチーム1 | |||||||
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| 代表歴 2 | |||||||
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| 1. 国内リーグ戦に限る。2011年5月22日現在。 2. 2011年1月30日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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ウィリアム・ギャラス(William Gallas, 1977年8月17日)は、フランス、アニエール=シュル=セーヌ出身の同国代表サッカー選手。プレミアリーグ、トッテナム・ホットスパーFC所属。ポジションはディフェンダー。グアドループにルーツを持つ。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] クラブ
フランス代表で同僚のティエリ・アンリと同じく10代半ばまでクレールフォンテーヌ国立研究所(INF)で育っている。SMカーン、オリンピック・マルセイユを経て2001年にプレミアリーグのチェルシーFCへ加入する。
チェルシーFCでは、しばらくはセンターバックとして出場していたもののジョゼ・モウリーニョが監督に就任した2004年夏からはサイドバックとしての出場が増え、かねてから何度もセンターバックでの起用をモウリーニョに切望していたが、ジョン・テリー、リカルド・カルバーリョの両センターバックが欠場でもしない限り、そのポジションでの起用は無く、左サイドバックとして起用されることが多かった。そのために、新たなクラブでの挑戦を再三公言していた。
2006年夏には、アメリカ遠征無断欠席した事でクラブの怒りを買い、移籍してきたミヒャエル・バラックに自身の背番号13を勝手にクラブによって奪われ、移籍期限最終日に自身+金銭(500万ポンド)の条件でアーセナルFCのアシュリー・コールとのトレードが成立。アーセナルFCへと移籍している。アーセナルFCではディフェンダーとしては珍しい背番号10(ギャラスが来る前はデニス・ベルカンプがつけていた)を背負って、ディフェンスリーダーとしてセンターバックで活躍した。
2007-08シーズンからは移籍したティエリ・アンリに代わってキャプテンを務めることになった。当初は、クラブの補強について苦言を呈していた彼のキャプテン就任に疑問を持つ者も多かったが、キャプテンを任されてからはチームを鼓舞し、貴重な時間に得点を奪うなどチームを牽引する活躍を見せた。しかし2008年11月、チームメイトを批判したこと(ロビン・ファン・ペルシへの非難と見られているが、クラブ側はこれを強く否定)によって、キャプテンを剥奪された。ナスリは「ギャラスとは喋らない」と明らかにしている。
2010年夏、アーセナルFCとの契約満了後、トッテナム・ホットスパーFCにフリーで加入した。背番号は再び13を背負うことになった。
[編集] 代表
フランス代表ではマルセル・デサイーの後継者として守備陣のリーダー的役割を担い、2006年のFIFAワールドカップではリリアン・テュラムと共に鉄壁のセンターバックコンビを形成し決勝進出の立役者の一人となった(結果は準優勝)。2009年11月18日のワールドカップ予選プレーオフ・アイルランド戦では、延長前半10分に決勝ゴールを挙げてフランスのワールドカップ出場に貢献した。本大会でもスタメンで出場した。
[編集] エピソード
- 上記のチェルシーFCからアーセナルFCへの移籍に関して、当時チェルシーの監督であったジョゼ・モウリーニョは、彼の持つ高いユーティリティー性を惜しみ、彼を放出したフロントを痛烈に批判した。また、チームメイトだったディディエ・ドログバは「ギャラスの抜けた穴は大きい」と嘆いた。
- アーセナルFCでチームメイトだったセスク・ファブレガスらは彼のキャプテンシーを称賛し、チーム内の信頼の厚さが伺えた。一方で、その後バーミンガム戦後の審判に対する態度や、2008年10月にあった喫煙写真のスキャンダルなどで信頼が失われつつあると報道されている。2008年11月にはチームメイトへの批判を理由に、直後のマンチェスター・シティFC戦には招集されず、代理としてマヌエル・アルムニアがキャプテンを務めた。その後、チームには復帰したもののキャプテンの座はセスク・ファブレガスに譲っている。
- かつて対戦した大久保嘉人は「ギャラスは岩みたいやった」と語り、全く何もさせてもらえなかった。
- 前述のように同じクレールフォンテーヌ国立研究所で育ち、フランス代表やアーセナルFCでのチームメイトであったアンリとは仲が良く、さらに生年月日が全く同じである。
- いとこにラグビーフランス代表のマチュー・バスタローがいる。外見はあまり似ていないが、バスタローもギャラス同様、トラブルをよく起こす選手として知られている。
[編集] 所属クラブ
- 1995年-1997年
SMカーン - 1997年-2001年
オリンピック・マルセイユ - 2001年-2006年
チェルシーFC - 2006年-2010年
アーセナルFC - 2010年-
トッテナム・ホットスパーFC
[編集] 外部リンク
- オフィシャルサイト (フランス語)(英語)
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1 ゴメス | 3 ベイル | 4 カブール | 5 ネルセン | 6 ハドルストーン | 7 レノン | 8 パーカー | 10 アデバヨール | 11 ファン・デル・ファールト | 13 ギャラス | 14 モドリッチ | 15 サハ | 17 ドス・サントス | 18 デフォー | 20 ドーソン | 21 クラニチャール | 23 クディチーニ | 24 フリーデル | 25 ローズ | 26 キング | 28 ウォーカー | 29 リバモア | 30 サンドロ | 32 アスー=エコト 監督: レドナップ |
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