ウィリアム・ギャラス

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ウィリアム・ギャラス Football pictogram.svg
William Gallas.jpg
名前
愛称 Billy, Willy
ラテン文字 William GALLAS
基本情報
国籍 フランスの旗 フランス
生年月日 1977年8月17日(35歳)
出身地 アニエール=シュル=セーヌ
身長 183cm
体重 82kg
選手情報
在籍チーム イングランドの旗 トッテナム
ポジション DF (CB, SB)
背番号 13
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1987-1992
1992-1994
1995-1997
1997-2001
2001-2006
2006-2010
2010-
フランスの旗 AVG (youth)
フランスの旗 INF (youth)
フランスの旗 カーン
フランスの旗 マルセイユ
イングランドの旗 チェルシー
イングランドの旗 アーセナル
イングランドの旗 トッテナム


34 (0)
85 (2)
159 (12)
101 (12)
42 (0)
代表歴2
1997
1997-1998
2002-2011
フランスの旗 フランス U-20
フランスの旗 フランス U-21
フランスの旗 フランス


84 (5)
1. 国内リーグ戦に限る。2012年5月13日現在。
2. 2011年1月30日現在。
テンプレート(ノート 解説)サッカー選手pj

ウィリアム・ギャラスWilliam Gallas, 1977年8月17日 - )は、フランスアニエール=シュル=セーヌ出身の同国代表サッカー選手プレミアリーグトッテナム・ホットスパーFC所属。ポジションはディフェンダーグアドループにルーツを持つ。

目次

経歴 [編集]

クラブ [編集]

フランス代表で同僚のティエリ・アンリと同じく10代半ばまでクレールフォンテーヌ国立研究所(INF)で育っている。SMカーンオリンピック・マルセイユを経て2001年プレミアリーグチェルシーFCへ加入する。

チェルシーFCでは、しばらくはセンターバックとして出場していたもののジョゼ・モウリーニョが監督に就任した2004年夏からはサイドバックとしての出場が増え、かねてから何度もセンターバックでの起用をモウリーニョに切望していたが、ジョン・テリーリカルド・カルバーリョの両センターバックが欠場でもしない限り、そのポジションでの起用は無く、左サイドバックとして起用されることが多かった。そのために、新たなクラブでの挑戦を再三公言していた。

2006年にはアメリカ遠征無断欠席した事でクラブの怒りを買い、移籍してきたミヒャエル・バラックに自身の背番号13を勝手にクラブによって奪われ、8月31日に自身+金銭(500万ポンド)の条件でアーセナルアシュリー・コールとのトレードが成立。アーセナルへと移籍している。アーセナルではディフェンダーとしては珍しい背番号10(ギャラスが来る前はデニス・ベルカンプがつけていた)を背負い、ディフェンスリーダーとしてセンターバックで活躍した。

2007-08シーズンからは移籍したティエリ・アンリに代わってキャプテンを務めることになった。当初は、クラブの補強について苦言を呈していた彼のキャプテン就任に疑問を持つ者も多かったが、キャプテンを任されてからはチームを鼓舞し、貴重な時間に得点を奪うなどチームを牽引する活躍を見せた。しかし2008年になるとチームメイトを批判したこと(ロビン・ファン・ペルシへの非難と見られているが、クラブ側はこれを強く否定)によって、キャプテンを剥奪された。サミル・ナスリは「ギャラスとは喋らない」と明らかにしている。ただし、ナスリ自身も、試合後の更衣室での議論で、ナスリがボールを失ったことにギャラスが落胆を示したときに、暴言を吐かれたとギャラスに暴露されている。

2010年8月22日、アーセナル最大のライバルであるトッテナム・ホットスパーFCにフリーで加入した。背番号は再び13を背負うことになった。

代表 [編集]

フランス代表ではマルセル・デサイーの後継者として守備陣のリーダー的役割を担い、2006年のFIFAワールドカップではリリアン・テュラムと共に鉄壁のセンターバックコンビを形成し決勝進出の立役者の一人となった(結果は準優勝)。2009年11月18日ワールドカップ予選プレーオフアイルランド戦では、延長前半10分に決勝ゴールを挙げてフランスのワールドカップ出場に貢献した。本大会でもスタメンで出場したが、グループリーグ敗退に終わった。

2011年6月6日、代表引退を表明した。

エピソード [編集]

  • 上記のチェルシーからアーセナルへの移籍に関して、当時チェルシーの監督であったジョゼ・モウリーニョは、彼の持つ高いユーティリティー性を惜しみ、彼を放出したフロントを痛烈に批判した。また、チームメイトだったディディエ・ドログバは「ギャラスの抜けた穴は大きい」と嘆いた。
  • アーセナルでチームメイトだったセスク・ファブレガスらは彼のキャプテンシーを称賛し、チーム内の信頼の厚さが伺えた。一方で、バーミンガム戦後の審判に対する態度や、2008年にあった喫煙写真のスキャンダルなどで信頼が失われつつあると報道されている。同年にはチームメイトへの批判を理由に、直後のマンチェスター・シティFC戦には招集されず、代理としてマヌエル・アルムニアがキャプテンを務めた。その後、チームには復帰したもののキャプテンの座はセスク・ファブレガスに譲っている。
  • かつて対戦した大久保嘉人は「ギャラスは岩みたいやった」と語り、全く何もさせてもらえなかった。
  • 前述のように同じクレールフォンテーヌ国立研究所で育ち、フランス代表やアーセナルでのチームメイトであったアンリとは仲が良く、さらに生年月日が全く同じである。
  • いとこにラグビーフランス代表マチュー・バスタローがいる。外見はあまり似ていないが、バスタローもギャラス同様、トラブルをよく起こす選手として知られている。

所属クラブ [編集]

外部リンク [編集]