ジェレミー・トゥララン
|
||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 名前 | ||||||
| 本名 | Jérémy Toulalan | |||||
| カタカナ | ジェレミー・トゥララン | |||||
| ラテン文字 | Jeremy TOULALAN | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 | ||||||
| 生年月日 | 1983年9月10日(29歳) | |||||
| 出身地 | ロワール=アトランティック県, ナント | |||||
| 身長 | 183cm | |||||
| 体重 | 78kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム | ||||||
| ポジション | MF(DH) / DF(CB) | |||||
| 背番号 | 8 | |||||
| 利き足 | 右 | |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 (得点) | ||||
| 2001-2006 2006-2011 2011- |
94 (1) 154 (0) 25 (3) |
|||||
| 代表歴2 | ||||||
| 2006- | 36 (0) | |||||
| 1. 国内リーグ戦に限る。2012年5月13日現在。 2. 2010年6月17日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
||||||
ジェレミー・トゥララン(Jérémy Toulalan, 1983年9月10日 - )は、フランス・ナント出身のサッカー選手。マラガCF所属。フランス代表である。
目次 |
人物・特徴[編集]
- シャイで謙虚な性格として知られている。シンプルなパス、優れたテクニック、効果的なタックルと堅実な守備が持ち味である[1]。本来のポジションは守備的ミッドフィールダーであるが、センターバックとしてもプレーできる。
来歴[編集]
地元のFCナントからプロデビューし、2004-05シーズンにはリーグ最優秀若手選手とリーグベストイレブンに選出された。2006年にオリンピック・リヨンに移籍し、2006-07シーズンと2007-08シーズンにリーグ優勝を果たした。2006年10月11日のEURO2008予選のフェロー諸島戦でフランス代表デビューし、EURO2008と2010南アフリカW杯に出場した。
クラブ経歴[編集]
FCナント[編集]
地元のサッカークラブ、FCナントの下部組織出身で、2001-02シーズンのスタッド・レンヌとのブルターニュ・ダービーでプロデビューした[2]。2002-03シーズンと2003-04シーズンは試合出場機会が限られたが、2004-05シーズンにはフィジカル能力に長けたミッドフィールダーとしての立ち位置を確立し、RCストラスブール戦ではFCナント在籍期間中唯一の得点を挙げた。クラブは降格ラインぎりぎりの17位に終わったが、個人の活躍は評価され、リーグ・アン最優秀若手選手とリーグ・アンベストイレブンに選出された。
オリンピック・リヨン[編集]
2004年夏にはリーグ・アン3連覇中のオリンピック・リヨンが移籍金1000万ユーロを提示してトゥラランの獲得を狙ったが、ナントは素気無く拒否した。2005-06シーズン終了後にはマアマドゥ・ディアッラとジェレミー・クレマンを同時に失ったリヨンが再びトゥラランにオファーを出し、2006年5月19日に移籍金750万ユーロの4年契約で移籍した[3]。ナントでは背番号17を着けていたが、2003年のコンフェデレーションズカップにおいて亡くなったカメルーン代表のマルク=ヴィヴィアン・フォエ(リヨン在籍時に17番を着けていた)に敬意を表す気持ちから28番を選んだ。開幕の古巣・ナント戦でデビューし、フル出場した[4]。主に4-3-3システムが採用されたチームの中盤でジュニーニョ・ペルナンブカーノ・キム・シェルストレーム・ティアゴ・メンデスらとトリオを組み、2位に勝ち点17差で6連覇を果たした原動力となった。
2007-08シーズンにはリーグ最優秀選手賞にノミネートされたが、チームメイトのカリム・ベンゼマにタイトルを譲った。2008年夏には多くのクラブがトゥララン獲得に乗り出し、パトリック・ヴィエラの代役を期待したアーセナルや、パリ・サンジェルマンに移籍したクロード・マケレレの後継者を探していたチェルシーFCなどが強い関心を示した[5]。しかしトゥラランはリヨンにとどまることを望み、5月7日には2013年までの新契約を結んだ[6]。2010年1月13日、リーグカップのFCメス戦で移籍後初得点を決めた。2010年夏にジャン=アラン・ブームソンがギリシャのパナシナイコスFCに移籍したため、2010-11シーズンはセンターバックにコンバートされ、キャプテンマークを付けることも多くなった。しかし、後述のW杯での件もあり思うような活躍ができず、チームも低迷した。
マラガCF[編集]
2011年6月17日、スペインのマラガCFに約1100万ユーロの4年契約で移籍。自身初の国外でのプレーとなった。移籍後は主にセントラルミッドフィールダーとして出場している。
代表経歴[編集]
2000年、初の世代別代表となるU-17フランス代表に招集された。2006年にはU-21フランス代表としてUEFA U-21欧州選手権に出場し、準決勝でオランダに敗れた。大会ベストイレブンに選出されたが、同ポジションのMFリオ・アントニオ・マヴュバやMFイスマイル・アイサティも選ばれたため、トゥラランは左ウイングでの選出だった。
2006年8月24日、フランスA代表に初招集され、UEFA欧州選手権2008予選のフェロー諸島戦にフル出場してデビューを飾った[7]。UEFA欧州選手権2008本大会のメンバーにも選ばれ[8]、チームはグループリーグ敗退という期待外れの結果に終わったが、負傷したパトリック・ヴィエラに代わってレギュラーとして出場し、グループリーグ3試合全てにフル出場した数少ない選手となった。レイモン・ドメネク監督は事あるごとに「トゥラランはヴィエラの理想的な後継者である」と述べ[9]、マヴュバやアルー・ディアッラ、ラッサナ・ディアッラを押しのけてレギュラーポジションを掴んだ。2010 FIFAワールドカップにも招集されたが、グループリーグで勝ち点1しか奪うことができずに敗退した。2010年8月6日、トゥラランを含む5人の代表選手がフランスサッカー協会規律委員会に召喚され、大会中にチームが置かれていた状況についての説明を求められた[10]。8月17日、本大会出場選手全員に対して1試合の出場停止処分が下った[11]。
所属クラブ[編集]
- 2001-2006
FCナント - 2006-2011
オリンピック・リヨン - 2011-
マラガCF
個人成績[編集]
クラブ[編集]
| クラブ | シーズン | 国内リーグ | 国内カップ[nb 1] | 欧州カップ[nb 2] | 合計 | ||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 出場 | 得点 | アシスト | 出場 | 得点 | アシスト | 出場 | 得点 | アシスト | 出場 | 得点 | アシスト | ||
| FCナント | 2001–02 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 |
| 2002–03 | 13 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 15 | 0 | 0 | |
| 2003–04 | 20 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 22 | 0 | 0 | |
| 2004–05 | 31 | 1 | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 33 | 1 | 2 | |
| 2005–06 | 29 | 0 | 1 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 31 | 0 | 1 | |
| 合計 | 94 | 1 | 3 | 8 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 103 | 1 | 3 | |
| オリンピック・リヨン | |||||||||||||
| 2006–07 | 32 | 0 | 3 | 6 | 0 | 0 | 7 | 0 | 0 | 45 | 0 | 3 | |
| 2007–08 | 30 | 0 | 1 | 6 | 0 | 0 | 5 | 0 | 0 | 41 | 0 | 1 | |
| 2008–09 | 33 | 0 | 1 | 3 | 0 | 0 | 8 | 0 | 1 | 44 | 0 | 2 | |
| 2009–10 | 31 | 0 | 1 | 3 | 1 | 0 | 11 | 0 | 0 | 45 | 1 | 1 | |
| 2010–11 | 28 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 16 | 0 | 0 | |
| 合計 | 154 | 0 | 7 | 18 | 1 | 0 | 34 | 0 | 1 | 206 | 1 | 8 | |
| 通算 | 248 | 1 | 10 | 26 | 1 | 0 | 35 | 0 | 1 | 309 | 2 | 11 | |
代表[編集]
- 2010年6月17日時点[12]
| チーム | シーズン | 出場 | 得点 | アシスト |
|---|---|---|---|---|
| フランス代表 | 2006–07 | 4 | 0 | 1 |
| 2007–08 | 12 | 0 | 1 | |
| 2008–09 | 11 | 0 | 0 | |
| 2009–10 | 9 | 0 | 0 | |
| 通算 | 36 | 0 | 2 | |
タイトル[編集]
クラブ[編集]
- リーグ・アン:2回(2006-07, 2007-08)
- クープ・ドゥ・フランス:1回(2007-08)
- トロフェ・デ・シャンピオン:2回(2006, 2007)
個人[編集]
脚注[編集]
注釈[編集]
脚注[編集]
- ^ “A Great Player – Toulalan: Shy, humble and dorky”. Ole Ole. (2008年11月10日) 2010年5月11日閲覧。
- ^ “Nantes v. Rennes Match Report”. Ligue de Football Professionnel. (2002年3月23日) 2010年5月11日閲覧。
- ^ “Jeremy Toulalan signe à Lyon”. NewsSearch. (2006年5月19日) 2010年5月11日閲覧。
- ^ “Nantes v. Lyon Match Report”. Ligue de Football Professionnel. (2006年8月4日) 2010年5月11日閲覧。
- ^ “Nantes v. Lyon Match Report”. Eye Football. (2008年4月6日) 2010年12月21日閲覧。
- ^ “Toulalan prolonge à Lyon, Benzema et Ben Arfa devraient suivre” (French). Eye Football. (2008年3月7日) 2010年12月21日閲覧。
- ^ “France v. Faroe Islands Match Report”. UEFA. (2006年8月11日) 2010年5月11日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “France squad for Euro 2008”. London: The Guardian. (2008年5月28日) 2010年5月11日閲覧。
- ^ “Toulalan won´t shy away from replacing Vieira”. Soccer News. (2008年8月7日) 2010年12月21日閲覧。
- ^ “French football in chaos after players' mutiny”. Sports Illustrated. (2010年8月6日) 2010年8月17日閲覧。 [リンク切れ]
- ^ “Nicolas Anelka given 18-match France suspension”. British Broadcasting Corporation. (2010年8月17日) 2010年12月21日閲覧。
- ^ TOULALAN Jeremy, fff.fr, accessed 15 February 2010
|
|
|---|
|
|
|||||
|
|||||