サウサンプトンFC

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サウサンプトンFC
原語表記 Southampton Football Club
愛称 セインツ (The Saints)
クラブカラー 赤と白
創設年 1885年
所属リーグ プレミアリーグ
ホームタウン サウサンプトン
ホームスタジアム セント・メリーズ・スタジアム
収容人数 32,689
代表者 ドイツの旗 ラルフ・クルーガー
監督 オランダの旗 ロナルド・クーマン
公式サイト 公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ
セント・メリーズ・スタジアム

サウサンプトン・フットボール・クラブSouthampton Football Club)は、イングランド南部・ハンプシャーサウサンプトンに本拠地を置き、プレミアリーグに所属するサッカークラブチーム。ニックネームは "The Saints"(セインツ)[1]

概要[編集]

主要なタイトル獲得は1976年のFAカップ優勝1回のみで、リーグ戦の最高順位は1983-84シーズンの2位(フットボールリーグ1部)である。

ホームグラウンドはセント・メリーズ・スタジアム。2001年に旧ホームグラウンドのザ・デルから移転した。

アカデミー(ユース組織)には定評があり、これまで、セオ・ウォルコットアダム・ララーナアレックス・オックスレイド=チェンバレン(いずれもイングランド代表)、ガレス・ベイルウェールズ代表)、クリス・ベアード北アイルランド代表)をはじめ、ウェイン・ブリッジ(元イングランド代表)、アンドリュー・サーマン(元U-21イングランド代表)、ネイサン・ダイアーなどといった有望な選手を輩出していることで知られる。また、ニューカッスル・ユナイテッドの英雄で元イングランド代表アラン・シアラーもサウサンプトンのユース出身である。

歴史[編集]

[2]

創成期[編集]

1885年にセントメリーズ教会が設けた[1] "St. Mary's Young Men's Association F.C." (St. Mary's Y.M.A.) として創設。その後2回の改名を経て、1896-97シーズンにサザンリーグを制したのちに現在の名称となった。1898年、ホームスタジアムを、街の中心の北西に新たに建設したザ・デルに移転した。

フットボールリーグへの参加[編集]

サウサンプトンFC 1921-2012

1920年、新たに創設されたフットボールリーグ3部に参加。翌1921-22シーズン、フットボールリーグ3部は南北に分かれるが、サウス・ディビジョンで優勝し、フットボールリーグ2部に昇格した。その後、31年間フットボールリーグ2部に在籍したが、1952-53シーズンを22チーム中21位で終了し、フットボールリーグ3部に降格した。1959-60シーズン、フットボールリーグ3部で優勝し、フットボールリーグ2部に復帰した。そして、1965-66シーズン、シーズン30ゴールを挙げたマーティン・チヴァーズの活躍もあって、フットボールリーグ2部を2位で終了し、クラブ創設以来初のフットボールリーグ1部昇格を果たした。しかし、1973-74シーズン、22チーム中20位となって、フットボールリーグ2部に再び降格した。

FAカップ優勝の栄光[編集]

フットボールリーグ2部時代の1976年5月1日、大方の予想を覆して、ボビー・ストークスのゴールによりマンチェスター・ユナイテッドを1-0で下してFAカップに優勝した。これがクラブ唯一の主要タイトルである。翌1976-77シーズンにはUEFAカップウィナーズカップに出場し、準々決勝に進出した。

トップフライトの時代[編集]

1977-78シーズン、主将アラン・ボールを中心としたチームは2位でフットボールリーグ2部を終了、フットボールリーグ1部に再び昇格した。以来、1978-79シーズンから2004-05シーズンまでトップディビジョンに所属し、1983-84シーズンにはチーム史上最高順位である2位となった。

1990年代には成績が低迷したが、その中で活躍したのが、クラブのレジェンド、マット・ル・ティシエであった。ル・ティシエは、1986年のデビュー以来、2002年の引退までサウサンプトン一筋で活躍して209ゴールを挙げ、"Le God"と呼ばれた[3]

2000年代に入り、2001年8月、ホームスタジアムを103年間使用したザ・デルからセント・メリーズ・スタジアムに移転し、2002-03シーズンにはFAカップで準優勝して翌2003-04シーズンのUEFAカップに出場した。しかし、2004-05シーズンは成績が振るわず、2004年12月には、前月にライバルチームのポーツマスの監督を辞任したばかりのハリー・レドナップが監督に就任してチームのてこ入れを図ったが[4]、その甲斐もなく、2005年5月15日、セント・メリーズ・スタジアムで行われた最終節でマンチェスター・ユナイテッドに1-2で敗れ、20位(最下位)でシーズンを終了して、27年間所属したトップディビジョンからチャンピオンシップ(2部)に降格することとなった[5]

クラブ低迷期-運営会社の倒産、リーグ1への降格-[編集]

チャンピオンシップ1年目の2005-06シーズンは、2005年8月29日のコヴェントリー・シティ戦から2006年3月28日のバーンリー戦まで35試合で5勝しかできず、プレミアリーグ昇格どころか残留も危ぶまれたが、最後の6試合で5勝してシーズンを12位で終了し、降格を免れた。なお、シーズン中の2005年12月、ハリー・レドナップは辞任して再びポーツマスの監督に復帰し、2006年1月、期待の若手のセオ・ウォルコット(当時16歳)が、報酬500万ポンドから1200万ポンドという条件でアーセナルに移籍した[6]

2007年5月、ダービー・カウンティ戦のキックオフ前に円陣を組むサウサンプトンの選手達

2006-07シーズンはボーランド人ストライカーのグレゴーシュ・ラジアック、マレク・サガノフスキ、当時17歳のガレス・ベイルの活躍もあって、6位で終了して昇格プレーオフに出場するも、準決勝でPK戦の末、ダービー・カウンティに敗れて昇格を逃した。翌2007-08シーズンは、クラブの財政状況の悪化を防ぐためにガレス・ベイルケンウィン・ジョーンズなどの主力選手を売却せざるを得なくなったこともあり、一転して残留争いに巻き込まれ、最終節でシェフィールド・ユナイテッドに3-2で勝利してようやく残留を決めた。ところが、翌2008-09シーズンには運営会社が会社再建手続に入ったため勝ち点10を剥奪された結果、23位で終了してリーグ1(3部)に降格し、2009-10シーズンも勝ち点-10からスタートすることとなった。

古豪復活へ-プレミアリーグ復帰-[編集]

しかし、2009年7月8日、ドイツ生まれのスイス人ビジネスマンのマルクス・リーブヘルがクラブを買収したことからクラブは転機を迎える。翌9日、監督のマルク・ヴォッテが解任され、7月17日にはアラン・パーデューが監督に就任し、2009-10シーズン開幕直後の8月10日にはブリストル・ローヴァーズからストライカーのリッキー・ランバートを約100万ポンドで獲得した[7]。2009-10シーズンは、シーズン後半に追い上げを見せたものの、勝ち点-10の影響は大きく、プレーオフ圏内である6位と勝ち点差7の7位で終了した。ただ、カップ戦では、2010年3月28日にウェンブリー・スタジアムカーライル・ユナイテッドを4-1で下して、フットボールリーグトロフィーで優勝し、1976年のFAカップ優勝以来のタイトルを獲得した[8]

クラブ創設125周年となる2010-11シーズンは、2010年8月にオーナーのマルクス・リーブヘルが死去するという悲運に見舞われたが[9]、9月にナイジェル・アドキンスが3年契約で監督に就任してから調子を上げ、リーグ1を2位で終了してチャンピオンシップに昇格した。

翌2011-12シーズンは、U-21イングランド代表で前シーズン41試合に出場して10ゴールを挙げ、チャンピオンシップ昇格に貢献したアレックス・オックスレイド=チェンバレンが1500万ポンドでアーセナルに移籍したが[10]、開幕当初から快進撃を続けた。12月から1月にかけて一時調子を落とすが、その後再び勢いを取り戻し、シーズンを通じて一度も自動昇格圏の2位より下位に落ちることなく、2012年4月28日、最終節でコヴェントリー・シティに4-0で勝利したことで2位を確定させ、8年ぶりにプレミアリーグ復帰を決めた。なお、この試合、セント・メリーズ・スタジアムにはクラブ最多観客動員となる32,363人が詰めかけた。このシーズン、リッキー・ランバートは27ゴールを挙げて最近4シーズンで3度目の得点王となり、昇格の原動力となったほか、11ゴールを挙げ、最終節のコヴェントリー・シティ戦でも得点したアダム・ララーナチェルシーユース出身の新加入選手でチーム唯一のリーグ戦全試合出場を果たしたジャック・コーク[11]らも昇格に大きく貢献した。

2013年1月18日、ナイジェル・アドキンスは解任され、エスパニョールの前監督であるマウリシオ・ポチェッティーノが監督に就任した[12]

2014年5月27日、ポチェッティーノが辞任しトッテナム・ホットスパーFCの監督に就任[13]

2014年6月16日、オランダ人のロナルド・クーマンが監督に就任。契約期間は3年[14]

2014年夏の移籍市場では、アダム・ララーナリッキー・ランバートルーク・ショーデヤン・ロヴレンといった主力が退団した。

名称変更[編集]

  • 1885-1887 セント・メリーズ・ヤングメンズAFC
  • 1887-1894 セント・メリーズFC
  • 1894-1897 サウサンプトン・セント・メリーズFC
  • 1897-現在 サウサンプトンFC

スタジアムとトレーニング施設[編集]

セント・メリーズ・スタジアムのチャペルスタンドから
セント・メリーズ・スタジアムのサポーター

クラブは1898年から103年間、ザ・デルをホームスタジアムにしていたが、2001年8月、最大収容人数32,689人のセント・メリーズ・スタジアムに移転した。

最多観客動員数は、前述のとおり、2012年4月28日、チャンピオンシップコヴェントリー・シティ戦の32,363人である。

セント・メリーズ・スタジアムでは、国際試合も行われており、2002年には、イングランド代表マケドニア代表の試合が行われ、デヴィッド・ベッカムスティーヴン・ジェラードのゴールにより、2-2で引き分けた。

「ステープルウッド」として知られるクラブのトレーニング施設はサウサンプトン近郊のマーチウッドにある。トレーニング施設は、ここ10年で多大な設備投資がされ、現在、国内でも有数の施設となっているが、2009年12月8日、2階建ての最新鋭の建物に建て替えることが発表された[15]

アンセム[編集]

クラブのアンセムは、スポーツの応援歌としてもポピュラーな「聖者の行進」(When the Saints Go Marching In)であるが、サウサンプトンはニックネームが"The Saints"であるため、オリジナルの歌詞を変えずに使用している数少ないチームの一つである。

エンブレム[編集]

チームカラーの赤・白はサウサンプトン市の色である。当初エンブレムは町の紋章を使っていたが、1974-75シーズンの際にサポーターの投票でオリジナルのエンブレムが決まり、若干の変更以外基本デザインは変わっていない。サッカーボール上の金の輪はチームの愛称"The Saints"から。ボール下のリボンはチームカラーそして選手とサポーターを示す。木はサウサンプトン近郊のニューフォレスト公園を示し、二本の波線は川と海が繋がるサウサンプトンの地を象徴する。白バラは町の紋章から受け継がれた[1]

サウスコースト・ダービー[編集]

サウサンプトンからわずか17マイル(約27キロメートル)の位置に本拠地を構えるポーツマスFCとは、その距離の近さと、いずれも港町であるということから、ライバル関係にある[16]ポーツマスFCとの一戦は、「サウスコースト・ダービー」 (South Coast derby) と呼ばれ(「ハンプシャー・ダービー」と呼ばれることもある)、過去70回の対戦でサウサンプトンの34勝21敗15引き分け(2012年現在)となっている。直近の対戦は、2012年4月にセント・メリーズ・スタジアムで行われたホームゲームで、2-2の引き分けであった。

タイトル[編集]

セント・メリーズ・スタジアム内にあるクラブのトロフィーキャビネット

国内タイトル[編集]

1975-76
2009-10

国際タイトル[編集]

なし

成績[編集]

シーズン リーグ戦 FA杯 リーグ杯 その他 監督
ディビジョン 試合 引分 得点 失点 勝点 順位
1996–97 プレミア 38 10 11 17 50 56 41 16位 3回戦敗退 準々決勝敗退 グレアム・スーネス
1997–98 38 14 6 18 50 55 48 12位 3回戦敗退 4回戦敗退 デイブ・ジョーンズ
1998–99 38 11 8 19 37 64 41 17位 3回戦敗退 2回戦敗退
1999–2000 38 12 8 18 45 62 44 15位 4回戦敗退 4回戦敗退 デイブ・ジョーンズ
グレン・ホドル
2000–01 38 14 10 14 40 48 52 10位 5回戦敗退 3回戦敗退 グレン・ホドル
2001–02 38 12 9 17 46 54 45 11位 3回戦敗退 3回戦敗退 スチュアート・グレイ
ゴードン・ストラカン
2002–03 38 13 13 12 43 46 52 8位 準優勝 3回戦敗退 ゴードン・ストラカン
2003–04 38 12 11 15 44 45 47 12位 3回戦敗退 準々決勝敗退 UEFA杯
1回戦敗退
ゴードン・ストラカン
ポール・スタロック
2004–05 38 6 14 18 45 66 32 20位 準々決勝敗退 4回戦敗退 ポール・スタロック
スティーブ・ウィグリー
ハリー・レドナップ
2005–06 チャンピオンシップ 46 13 19 14 49 50 58 12位 5回戦敗退 4回戦敗退 ハリー・レドナップ
ジョージ・バーリー
2006–07 46 21 12 13 77 53 75 6位 4回戦敗退 3回戦敗退 ジョージ・バーリー
2007–08 46 13 15 18 56 72 54 20位 5回戦敗退 1回戦敗退 ジョージ・バーリー
ナイジェル・ピアソン
2008–09 46 10 15 21 46 69 45 23位 3回戦敗退 3回戦敗退 ヤン・ポールトフリート
マルク・ヴォッテ
2009–10 リーグ1 46 23 14 9 85 47 73 7位 5回戦敗退 2回戦敗退 FLT
優勝
アラン・パーデュー
2010–11 46 28 8 10 86 38 92 2位 4回戦敗退 2回戦敗退 FLT
1回戦敗退
アラン・パーデュー
ディーン・ウィルキンス
ナイジェル・アドキンス
2011–12 チャンピオンシップ 46 26 10 10 85 46 88 2位 4回戦敗退 4回戦敗退 ナイジェル・アドキンス
2012–13 プレミア 38 9 14 15 49 60 41 14位 3回戦敗退 4回戦敗退 ナイジェル・アドキンス
マウリシオ・ポチェッティーノ
2013–14 38 15 11 12 54 46 56 8位 5回戦敗退 4回戦敗退 マウリシオ・ポチェッティーノ
優勝 準優勝 昇格 降格

クラブ各種記録[編集]

[17]

一試合最多得点勝利試合

一試合最多失点敗戦試合

最多出場試合数

最多得点

1シーズン最多得点

最も若い出場選手

最高額移籍選手(他チームへの移籍)

ホーム最多観客動員試合

連勝記録(リーグ戦)

  • 10試合(2011年4月16日 – 2011年8月20日)

連続無敗記録

  • 19試合(1921年9月5日 – 1921年12月31日)

現所属メンバー[編集]

2014年9月20日現在

Soccer.Field Transparant.png

フォースター
# 23
クライン
#2
フォンテ(C)
# 6
吉田
# 3
バートランド
# 21
シュネデルラン
# 4
コーク
# 18
ロドリゲス
# 9
タディッチ
# 11
デイヴィス
# 8
ペッレ
# 19
No. Pos. 選手名
1 イングランドの旗 GK ケルヴィン・デイヴィス
2 イングランドの旗 DF ナサニエル・クライン
3 日本の旗 DF 吉田麻也
4 フランスの旗 MF モルガン・シュネデルラン
5 ルーマニアの旗 DF フローリン・ガルドシュ
6 ポルトガルの旗 DF ジョゼ・フォンテ (Captain sports.svg)
7 アイルランドの旗 FW シェーン・ロング
8 北アイルランドの旗 MF スティーヴン・デイヴィス
9 イングランドの旗 FW ジェイ・ロドリゲス
10 セネガルの旗 MF サディオ・マネ
11 セルビアの旗 FW ドゥシャン・タディッチ
12 ケニアの旗 MF ヴィクター・ワニアマ
16 イングランドの旗 MF ジェームズ・ウォード=プラウズ
No. Pos. 選手名
17 ベルギーの旗 DF トビー・アルデルヴァイレルト
18 イングランドの旗 MF ジャック・コーク
19 イタリアの旗 FW グラツィアーノ・ペッレ
21 イングランドの旗 DF ライアン・バートランド
23 イングランドの旗 GK フレイザー・フォースター
24 ザンビアの旗 FW エマヌエル・マユカ
25 アルゼンチンの旗 GK パウロ・ガッサニーガ
27 ウェールズの旗 MF ロイド・イスグローヴ
28 イングランドの旗 MF ハリソン・リード
33 イングランドの旗 DF マット・ターゲット
38 イングランドの旗 MF サム・マックイーン
40 イングランドの旗 FW サム・ギャラガー
41 アメリカ合衆国の旗 GK コーディ・クーパー

ローン移籍選手[編集]

in
No. Pos. 選手名
17 ベルギーの旗 DF トビー・アルデルヴァイレルト (アトレティコ・マドリード)
No. Pos. 選手名
21 イングランドの旗 DF ライアン・バートランド (チェルシー)
out
No. Pos. 選手名
10 ウルグアイの旗 MF ガストン・ラミレス (ハル)
26 オランダの旗 DF ヨス・ホーイフェルト (ノリッジ)
31 ポーランドの旗 GK アルトゥール・ボルツ (ボーンマス)
35 イングランドの旗 DF ジャック・スティーヴンス (スウィンドン・タウン)
No. Pos. 選手名
36 イングランドの旗 MF ジョーダン・ターンブル (スウィンドン・タウン)
37 イングランドの旗 FW ジェイク・シンクレア (ハイバーニアン)
-- イタリアの旗 FW ダニ・オスヴァルド (インテル・ミラノ)

2014-15シーズン移籍[編集]

歴代監督[編集]

歴代所属選手[編集]

GK

DF

MF

FW

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b c エンブレムの世界 サウサンプトン『サッカーマガジン』2012年1月31日号、ベースボール・マガジン社、2012年、雑誌23885-1/31, 053頁。
  2. ^ HISTORY SOUTHAMPTON FC OFFICIAL WEBSITE(2012年8月22日閲覧)
  3. ^ "Premier League heroes: Matt Le Tissier" ESPNFC(2012年8月26日閲覧)
  4. ^ "Saints name Redknapp as boss" BBC Sport(2012年9月1日閲覧)
  5. ^ "Southampton 1-2 Man Utd" BBC Sport(2012年9月1日閲覧)
  6. ^ "Arsenal complete Walcott transfer" BBC Sport(2012年9月1日閲覧)
  7. ^ "Bristol Rovers striker Rickie Lambert seals £1m move to Southampton" thisisbristol.co.uk(2012年8月22日閲覧)
  8. ^ "Carlisle 1 – 4 Southampton" BBC Sport(2012年8月22日閲覧)
  9. ^ "Saints owner passes away" Sky Sports(2012年8月22日閲覧)
  10. ^ "Arsenal sign Alex Oxlade-Chamberlain from Southampton" BBC Sport(2012年8月27日閲覧)
  11. ^ Southampton FC Player Appearances Soccer Base(2012年9月17日閲覧)
  12. ^ "Southampton: Nigel Adkins sacked, Mauricio Pochettino in" BBC Sport(2013年1月18日閲覧)
  13. ^ “トッテナム新監督はポチェッティーノに決定” (日本語). Goal.com. http://www.goal.com/jp/news/74/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89/2014/05/28/4844441/%E3%83%88%E3%83%83%E3%83%86%E3%83%8A%E3%83%A0%E6%96%B0%E7%9B%A3%E7%9D%A3%E3%81%AF%E3%83%9D%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%83%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%8E%E3%81%AB%E6%B1%BA%E5%AE%9A 
  14. ^ “サウサンプトン、新監督にクーマン招へい” (日本語). Goal.com. http://www.goal.com/jp/news/74/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89/2014/06/17/4888197/%E3%82%B5%E3%82%A6%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%88%E3%83%B3%E6%96%B0%E7%9B%A3%E7%9D%A3%E3%81%AB%E3%82%AF%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3%E6%8B%9B%E3%81%B8%E3%81%84?ICID=PP_4153 
  15. ^ "Saints building for the future (From Daily Echo)" Daily Echo(2012年10月9日閲覧)
  16. ^ "Chimes could be a-changing" BBC Sport(2012年8月24日閲覧)
  17. ^ Club Records SOUTHAMPTON FC OFFICIAL WEBSITE(2012年8月31日閲覧)

外部リンク[編集]

公式
ニュース
その他