リッキー・ハットン
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | リチャード・ハットン |
| 通称 | The Hitman(殺し屋) |
| 階級 | ライトウェルター級 |
| 国籍 | |
| 誕生日 | 1978年10月6日(30歳) |
| 出身地 | グレーター・マンチェスター州ストックポート |
| スタイル | オーソドックス |
| プロボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 47 |
| 勝ち | 45 |
| KO勝ち | 32 |
| 敗け | 2 |
リチャード・"リッキー"・ハットン(Richard "Ricky" Hatton、男性、1978年10月6日 - )は、イングランドのプロボクサー。グレーター・マンチェスター州ストックポート出身。現在マンチェスターを拠点に活動している。
元WBA、IBFおよびIBO世界スーパーライト級チャンピオンであり元WBA世界ウェルター級チャンピオン。ファイティングスピリットに溢れた突進力と回転の速い連打が持ち味で、猛然と相手を打ち倒す事から「殺し屋」の異名を持っている。また、常にKO勝ちを目指す姿勢はイギリスのボクシングファンのみならず世界中で人気がある。クリンチを多用するスタイルから日本では『相撲王子』というあだ名をつけられているが、フロイド・メイウェザー・シニアをトレーナーに迎えて以降は減少傾向にあり巧みなワンツーを使うようになっている。
目次 |
[編集] 来歴
[編集] キャリア初期
1978年にストックポートに生まれた。彼の父は元サッカー選手でその運動神経を受け継いだハットンは幼少の頃からサッカーとボクシングに打ち込んだ。アマチュアとしてのボクシング歴はそれほど長くなく、1997年9月11日に18歳でプロデビューし、1回TKOで勝利を収めた。2000年5月29日には空位のWBOインターコンチネンタルジュニアウェルター級タイトルを獲得し、同年9月23日にはWBAインターナショナルスーパーライト級タイトルを、10月21日には空位の全英スーパーライト級タイトルを獲得した。さらに2001年3月26日には空位のWBUスーパーライト級タイトルを獲得し同タイトルを15度防衛した。
[編集] コンスタンチン・チュー戦
2005年6月4日に当時長期療養後ではあったが暫定チャンピオンのシャンバ・ミッチェルを苦もなくKOで下し、同クラスで最強と目されていたコンスタンチン・チューを執拗なボディ攻めで11回TKOで破りIBF世界ジュニアウェルター級タイトルを獲得する。この試合は「リッキー・ハットン」の名を一躍世界中のボクシングファンに轟かせ、英国内での彼の人気を不動のものにした。
2005年11月26日にはWBA世界スーパーライト級チャンピオンのコロンビアの変則ボクサー、カルロス・マウサとの統一戦を9回KOで制し、タイトルを奪取した。
[編集] 二階級制覇
2006年にウェルター級への転向を目指しタイトルを返上し、5月13日にルイス・コラーゾを12回判定に下してWBA世界ウェルター級チャンピオンになった。デビュー以来の無敗記録を41戦に伸ばした。しかし、階級を上げての出来は決して良いものではなく、すぐに同タイトルを返上し階級を元のスーパーライト級に戻す事を発表した。そして2007年1月20日にファン・ウランゴを判定で破りIBFおよびIBOスーパーライト級のタイトルを獲得した。
ハットンは2007年2月に、同年7月に既に予定されたホセ・ルイス・カスティージョとのビッグマッチを優先させるため、IBF指名挑戦者とのタイトルマッチを拒否した。そのため2月10日にIBFからタイトルを剥奪された。同タイトルは指名挑戦者であったラブモア・ヌドゥが戴冠した。
6月23日に実施されたホセ・ルイス・カスティージョとの対戦はブルファイター同士の対決ということもあり激戦が期待されたが一方的な内容で4回KOで勝利し自身の全勝記録を伸ばした。
[編集] ラスベガスでのビッグマッチ
かねてからラスベガスでのビッグマッチを熱望していたハットンは、ついに2007年12月8日にMGMグランドでフロイド・メイウェザー・ジュニアの持つWBC世界ウェルター級タイトルに挑戦。中量級の無敗のスーパースター同士の大一番であったが、10回TKO負けを喫し、キャリア初黒星となった。
2008年11月22日、同地にてポール・マリナッジと対戦し、11回TKO勝ちを収めた。
2009年5月2日、同地にてマニー・パッキャオと対戦。1Rに2度のダウンを喫したのち、2R終盤に左フックで失神KO負けし、IBOライトウェルター級王座転落。
[編集] 獲得タイトル
- ABAスーパーライト級王座
- 世界ジュニア銅メダル
- 全英スーパーライト級王座
- WBOインターコンチネンタルジュニアウェルター級王座
- WBAインターナショナルスーパーライト級王座
- WBU世界スーパーライト級王座
- IBO世界ライトウェルター級王座
- IBF世界ジュニアウェルター級(スーパーライト級)王座
- WBA世界スーパーライト級王座
- WBA世界ウェルター級王座
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
| 前王者 コンスタンチン・チュー |
第19代IBF世界ジュニアウェルター級王者 2005年6月4日 - 2006年3月29日(返上) |
空位 次タイトル獲得者 ファン・ウランゴ |
| 前王者 カルロス・マウサ |
第45代WBA世界スーパーライト級王者 2005年11月26日 - 2006年5月4日(返上) |
空位 次タイトル獲得者 ソレイマヌ・ムバイエ |
| 前王者 ルイス・コラーゾ |
第24代WBA世界ウェルター級王者 2006年5月13日 - 2006年(返上) |
空位 次タイトル獲得者 ミゲール・コット |
| 前王者 ファン・ウランゴ |
第21代IBF世界ジュニアウェルター級王者 2007年1月20日 - 2007年2月10日(剥奪) |
空位 次タイトル獲得者 ラブモア・ヌドゥ |


