アルマトイ
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アルマトイ(Алматы, アルマトゥとも)はカザフスタン共和国南東部の都市。人口は約1,168,000人。キルギス共和国および中国との国境に近く、天山山脈の麓に位置する風光明媚な街である。カザフ国立大学をはじめ多くの高等教育機関、政府機関などがある。
1991年、ソヴィエト連邦を解体し、独立国家共同体を始動した協定はここアルマトイで調印された。
アルマトイは2014年冬季オリンピック開催に立候補していたが落選。なお、2011年にはアジア冬季競技大会が開催される。
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[編集] 地名
日本語に広く定着している「アルマトイ」は町の名前のキリル文字綴りをロシア語の日本語転写の慣例によってカタカナに写したものである。カザフ語の発音はむしろアルマトゥまたはアルマタに近く、「アルマトゥ」と書くこともある。
かつて、日本を含め国際的にはこの町はアルマ・アタ Алма-Атаという名称で呼ばれていた。これは、カザフ語ではなくロシア語での呼称で、ソ連時代に事実上の公式名称となっていたものである。アルマ・アタであれば、カザフ語でアルマ (алма) は「リンゴ」、アタ (ата) は「父」を意味するため、「リンゴの父」を意味するという説明がよく聞かれるが、あくまでカザフ語によるこの町の名称はアルマトゥ(Алматы)であって、町の名前が「リンゴの父」を意味するという説は正しくない。
アルマトゥ (Алматы) は、1921年に現在のカザフスタンの前身である自治共和国が成立して以来、この街のカザフ語の公式名称であるが、その語源は不明である。しかし、付近の地域には野生のリンゴの種類がきわめて多く、リンゴの原産地であることを示唆しているのは確かであろう。なお、Алматыという名称自体は、街の近郊にあった、ドゥラトという氏族が住んでいた集落の名前に由来する。
1991年のカザフスタン独立後、この都市の公式名称はАлматыとなったが、現在でもАлма-Атаの呼称を用いる人は、ロシア語話者を中心として、内外ともに少なくない。
[編集] 歴史
1854年、オムスクからのシベリア・コサックが天山山脈のふもとに要塞を建設し、ザイリースキー(Zailiysky)と呼んだ。翌年にヴェルヌイ(Verny, Верный)と改められ、1921年から現在の名称で呼ばれる。
1911年に大地震が起こり、壊滅的な被害を受けた。1920年代、トルケスタン・シベリア道路が完成し、アルマトイはその重要な通過地点となった。
1929年、アルマトイはカザフ・ソビエト社会主義共和国の首都となる。1991年より、旧ソヴィエト連邦から独立したカザフスタン共和国の首都。1998年に首都はアスタナに移された。しかしながら、アルマトイは現在もカザフスタンで最大の都市であり、商業の中心である。
[編集] 交通
[編集] 姉妹都市
[編集] 外部リンク
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