アントニ・ラマレッツ
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|---|---|---|---|---|---|---|
| 名前 | ||||||
| 本名 | アントニオ・ラマレッツ・シモン | |||||
| 愛称 | マラカナの猫 (El gato de Maracaná) |
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| ラテン文字 | Antonio Ramallets Simón | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 | ||||||
| 生年月日 | 1924年6月4日(89歳) | |||||
| 出身地 | バルセロナ | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | GK | |||||
| 代表歴 | ||||||
| 1950-1961 1948-1960 |
35(0) 7(0) |
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| ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
アントニオ・ラマレッツ・シモン(Antonio Ramallets Simón, 1924年6月4日 - )は、スペイン国バルセロナ出身のサッカー選手。ポジションはGK。
1947年から1962年の16年間FCバルセロナに所属し、通算5度のサモラ賞を受賞した往年の名ゴールキーパーの一人である。
目次 |
経歴[編集]
1946年に、23歳で最初にFCバルセロナへ入団するが1946-47シーズンはレアル・バリャドリードへレンタル移籍した。翌シーズンからはバルセロナに復帰し、ベラスコに次ぐ第2GK となった。そして1948年11月28日のセビージャFC戦でリーガ・エスパニョーラデビューを果たした(試合は2-1でバルセロナの勝利)。この試合が1948-49シーズンに出場した唯一の試合となったが、これ以降は正GKの座を掴み、クラブを代表する優秀なGKとしての名声を確立した。またラディスラオ・クバラ、コチシュ・シャーンドル、エヴァリスト、ルイス・スアレス、チボル・ゾルターンらと共に1950年代のFCバルセロナを代表する選手であった。クラブレベルにおいて現役通算538試合に出場、リーグ通算288試合に出場した。
スペイン代表としては1950年から1961年の間に国際Aマッチ35試合に出場、1950 FIFAワールドカップ・ブラジル大会代表メンバーにも選出された。1950年6月29日のブラジル大会1次リーグ初戦のチリ戦で代表デビューを飾ると決勝リーグ進出に貢献。大会期間中に「マラカナの猫」(El gato de Maracaná)の愛称で呼ばれた。またカタルーニャ選抜として7試合にも出場した。
所属クラブ[編集]
- 1941年
CE エウロパ (ユースチーム) - 1942年-1944年
RCDマヨルカ - 1944年-1945年
CDサン・フェルナンド - 1946年-1962年
FCバルセロナ - → 1946年-1947年
レアル・バリャドリード(loan)
代表歴[編集]
スペイン代表- 1950 FIFAワールドカップ・ブラジル大会 - 4位
監督歴[編集]
- 1962年-1963年
レアル・バリャドリード - 1963年-1964年
レアル・サラゴサ - 1964年-1965年
レアル・ムルシア - 1965年-1966年
レアル・バリャドリード
獲得タイトル[編集]
クラブ[編集]
- リーガ・エスパニョーラ 5回(1948-49、1951-52、1952-53、1958-59、1959-60)
- コパ・デル・レイ 4回(1950-51、1951-52、1952-53、1956-57)
- ラテン・カップ 1回(1952)
- フェアーズ・カップ(現UEFAカップ) 2回(1958、1960)
個人タイトル[編集]
- サモラ賞 5回(1952年, 1956年, 1957年, 1959年, 1960年)