大空翼

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大空翼 Football pictogram.svg
名前
愛称 サッカーの申し子
カタカナ オオゾラ ツバサ
ラテン文字 OHZORA Tsubasa
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 7月28日
身長 175cm
体重 64kg
選手情報
ポジション FW/MF
背番号 主に10、28
利き足
テンプレート(ノート 解説)サッカー選手pj

大空 翼(おおぞら つばさ)は、高橋陽一の漫画「キャプテン翼」に登場する架空のサッカー選手。本作の主人公である。血液型はA型。アニメの声優は「昭和版」と「J」の少年期が小粥よう子、「J」の青年期が佐々木望、「平成版」の少年期が井上喜久子、青年期が関智一

人物[編集]

プロフィール[編集]

【小学生編】ではCF、【中学生編】以降はMF。出生地は東京都である。家族は外国船(外航船)の船長である父・広大、母・奈津子、弟・大地(翼がブラジルに渡ってから生まれた)、妻・早苗(旧姓中沢)[1]。「ボールは友達」が信条であり、「サッカーの申し子」と呼ばれる。元ブラジル代表のロベルト・本郷の指導のもと、様々なポジションを経験し、世界に誇るMFとして認知される。日本代表ではA代表を除く各世代でキャプテンを務めている。

小学生で「オーバーヘッドキック」、中学生で「ドライブシュート」をマスターするなど、身体能力と技術は同世代と比較するとずば抜けている(その後、ブラジルへ渡り10代でフライングドライブシュートやスカイウィングシュートをマスターする)。ストーリーのクライマックスである決勝戦では「ミラクルドライブシュート」「ドライブオーバーヘッド」といった奇跡のシュートを見せている。また、ライバル選手の高難度の技を一度見ただけで自分の物にすることができる。小学生の時は純粋で好奇心旺盛な性格であったが、中学生になってからはキャプテンとしての自覚に目覚め周りを統率するようになる。小学生時は小柄で日向にも「チビ」と揶揄されていたが、中学生以降は平均的な身長・体格まで成長を遂げた。

作品中で他のキャラクターは「日向くん」「岬くん」のように名字で呼ばれているのに対して、翼・立花兄弟沢田タケシの4人は名字で呼ぶ者は殆どなく、試合の実況も「翼くん」と呼び、優秀選手発表の際も他の選手が名字で呼ばれる中、一人だけ「大空翼くん」とフルネームで呼ばれている。名前で呼ばれる理由は作者によれば、「『大空くん』よりも『翼くん』の方が語呂がいいため』であるが、平成版アニメでは、監督やアナウンサーや選手紹介は一貫して名字である「大空」を使用している。

モデルはいないが、連載当時にサンパウロFCでプレーした水島武蔵を参考にしている[2]

無印での背番号は主に10番(中学1年の時のみ19番)。クラブチームでは主に「28」(ツバサの頭文字、2+8=10)の背番号を使用している(よく見ると「2」と「8」の間に「+」マークが入っている)。これは大空に限ったことではなく、日向や若林など他のキャラにもこの考え方を適用している。サンパウロFCでは闘将ラドゥンガが10番であったことから、翼は17番を使用することになるが、のちにラドゥンガが移籍したため、10番を使用することになる。

経歴[編集]

南葛市立南葛小学校サッカー部 - 南葛SC(南葛市選抜チーム) - 南葛市立南葛中学校サッカー部 - 浜名クラブ(社会人実業団チーム) - 新生全日本 - サンパウロFC(アニメでは、J:サンパスFC、平成版:ブランコス) - FCバルセロナ(アニメではカタルーニャ) - バルセロナBチーム - FCバルセロナ

小学生編[編集]

生まれた頃からサッカーボールがそばにあるだけでいつもご機嫌という少年だった。1歳の時トラックにはねられるも、サッカーボールが奇跡的にクッション代わりとなったことで無傷で助かった。それ以降「ボールは友達」となった。小学六年の時にサッカー部のない小学校(後に三杉淳の恋人となる青葉弥生と同じ小学校)からサッカー王国の静岡県南葛市(現・静岡市がモデル[要出典])に転居する。この時点では翼は全くの無名選手であったのに対して、若林源三は既に知名度があり、若林の偵察に来た日向小次郎も翼のことは知らなかった[3]。最初はサッカーの名門である私立の修哲小に転校するために転居したつもりが若林のスーパープレイを目の当たりにし、若林と町の対抗戦試合で対戦するために公立の南葛小に転校した。南葛小キャプテンは石崎了で、南葛SC(南葛市選抜チーム)では当初は若林源三がキャプテンだったが、若林の足の故障により一時離脱したため、翼がキャプテンを引き継いだ。全国大会では予選リーグの明和に敗れてしまう。準決勝の武蔵戦では一時的にスランプに陥いるも、若林や岬、ロベルトなどのゲキでスランプから脱出し、逆転勝ちを収める。決勝では明和と再戦し、激闘の末勝利、南葛を優勝に導いた。自身の記録としては得点王とMVPを受賞した。ロベルトから「全国大会で優勝したらブラジルに連れて行きサッカーを教える」と約束されており、本人もそれを目標に全力で戦い続けていたが、優勝が決まったタイミングでロベルトは翼との約束を破り一人ブラジルへ帰国してしまい[4]、翼は中学卒業まで日本でプレイを続けることになった。

中学生編[編集]

東京都の私立東邦学園中等部からスカウトを受けるもそれを断り、南葛市立南葛中学校に進学。卒業後にブラジルに行くことを見据えつつ、日本サッカー協会の片桐の支援を受けながらサッカー部で活躍する。ロベルトの残したノートの助言に従いCFからトップ下に転向。1年時は1年生ながらチームの司令塔として活躍し、決勝では同じく1年生エースの日向小次郎のいる東邦学園を相手に決勝ゴールを挙げ優勝。南葛SCのメンバーがレギュラーになった2年時は決勝で東邦と再戦、チームプレイで若島津から決勝点を挙げV2達成。3年時は1回戦で早田のカミソリタックルを足首に受け負傷し、3回戦では空中のクロスプレイでもつれ落下した際、立花和夫をかばい肩を脱臼。満身創痍ながら大会中にドライブシュートを完成させ、決勝で東邦と同点引き分けの同時優勝で、全国大会3連覇を果たした。

ワールドジュニアユース編[編集]

大会で負ったケガの治療に専念し、ジュニアユース代表選考合宿に参加しなかった。そのため大会前の親善試合で遅れてヨーロッパに赴くも、日向と松山の反対で代表入りを許されなかった[5][6]。だが、連敗している日本が弱いという理由で練習試合を断ろうとしたイタリアジュニアユース相手に一人で殴り込みをかけ、ほとんどのイタリアの選手をドリブルでを抜き去った後にドライブシュートで”ヨーロッパNo1ゴールキーパー”ジノ・ヘルナンデスからゴールを奪ったことで日向と松山は考えを改め、特例として晴れて全日本のメンバー入りを果たした。翼が参加してからの全日本は親善試合で連勝を重ね、キャプテンの座も松山から受け継いだ。ジュニアユース大会中、ロベルトが来ていると示唆され動揺する場面もあったが、そのプレッシャーをはねのけ、世界の強豪達との対決を制して優勝、MVPを受賞。ベンチに引き上げようとした時ついにロベルトが現れ、今度こそブラジルでサッカー教育を受けることが正式に決まった。
大会終了後、中沢早苗をめぐり同級生のボクサーである神田と決闘。神田のパンチを受け続けながらも、オーバーヘッドキックで肩を砕き骨折させた(我に返った後は神田を気遣い、和解した。後にも先にも翼が他人を怪我させたのはこれ一度きり)。その後は実業団の浜名クラブで練習を重ねていたが、片桐に促される形で全日本フル代表に殴り込みをかけ、監督の奥寺康彦にその心意気を買われ全日本フル代表入りを果たした。ブラジルのグレミオとの親善試合に途中出場し、ハットトリックを達成、引き分けに持ち込む活躍を見せた。そして卒業式に出席することなくロベルトの待つブラジルへと渡って行った。

ワールドユース編[編集]

ブラジル・サンパウロFCの中心選手として活躍していた。ロベルトから3年間教育を受け、ドライブシュートを進化させた「フライングドライブシュート」を完成、カルロス・サンターナを擁するCRフラメンゴとの激戦を制してブラジルリーグ優勝を果たし、翼の闘志を見て改心したサンターナとは良きライバルとなった。しかしロベルトはブラジルユースの監督に就任するため一時的に決別を宣言。翼もそれを受け入れ、ワールドユース決勝での対決を約束。全日本ユースに合流するため帰国するが、チームは若島津が離脱、若林もケガで合流不可能、日向や岬ら主力選手は一時追放、そして残った選手全員も新監督・賀茂港の猛特訓で満身創痍という最悪の状況であった。それでも翼は選手達を信じて一喝、彼らは立ち上がり、ボロボロの状態でアジア一次予選に参加。強豪・タイユースに大苦戦を強いられ翼も頭を負傷してしまうが、両手を補強した若林、そして新加入の葵新伍が投入されたことで、奇跡的な逆転勝利を果たし二次予選に進出。二次予選では日向や岬らも戻り、圧倒的攻撃力を得たチームを率いた。サウジアラビア戦で日向の「雷獣シュート」を初めて目の当たりにした時、「ロベルトが最後に見せてくれた幻のシュートと同じである」と見抜く。自分では到底使いこなせなかったこのシュートを日向が独学で覚えていたことを喜んだ。最終的に翼自らが公約した「全勝でのワールドユース進出」を果たす。
全日本ユースの練習に集中しきり、サンパウロからの帰国命令を無視しつづけたことで解雇を言い渡されるが、翼本人は落胆する様子はなくワールドユースに専念する意向を示した。本大会前に、ドリブルで相手全員を抜き、ボールを抱えて自らゴールへと飛び込んでいく「スカイダイブシュート」を開発。大会前日に、その開発特訓で足場代わりにしていたハードルの角で脇腹を切る大ケガも負ったが、1回戦のメキシコ戦に強行出場。スカイダイブシュートを決めようとしたが失敗した。その後負傷はほぼ完治し、準々決勝のスウェーデン戦で咄嗟に、幻のシュートであり、雷獣シュートと同じ原理の「スカイウイングシュート」を自ら放ちゴールを決めることに成功した。決勝でロベルト率いるブラジルユースと対決。試合開始早々「スカイダイブシュート」を敢行しようとするがあっけなく破られ、ロベルトから「身勝手な味方を信頼しない一人よがりな技」だと批判を浴びている。翼のいるエリアにボールを回さないブラジルの戦術に大苦戦を強いられたが、決して諦めることはなく、ケガをおした岬の途中出場もあって試合の流れを取り戻し、スカイダイブシュートを「チームメイトに自分の身体を押し込んでもらう」という「味方を信用する技」に昇華させた。日本がリードした終盤、ロベルトの真の切り札ナトゥレーザが交代出場しあっさり同点に追いつかれ、ゴールデンゴール方式の延長戦に突入。ナトゥレーザと一騎打ちを行い、これを制してVゴールを決めワールドユース優勝を果たした。
ワールドユース選手権終了後、早苗と結婚。当時は2人ともまだ19歳で、一般的には早すぎる結婚だと周囲に言われながらも、誰も2人の結婚に反対する者はいなかった。その後、早苗との間に2人の息子をもうける(2人の子供の設定は2010年時点では、短編作品『キャプテン翼2000 MILLENNIUM DREAM』のみ)。妻(早苗)を好きになった経緯は、はっきりと描かれている部分はない。呼び方は団長さん(小学校)→マネージャー(サッカー部)→早苗ちゃん(中3告白後)と変化している。結婚後も「早苗ちゃん」で通している。

ROAD TO 2002[編集]

ブラジルのエース選手の慣例に従いヨーロッパへの移籍先を探す旅に、妻・早苗と共に出る。最終的に翼が選んだのはFCバルセロナである。このチームには世界に誇るトップ下プレイヤー・リバウールが在籍しており、翼が一騎打ちを挑んだが全く歯が立たなかった。移籍後しばらく、ファンサール監督の指示の下紅白戦で様々なポジションで動いていたが、ファンサールに「お前はどのポジションがやりたい?」と尋ねられたため「トップ下です」と回答。その後のファンサールの選択は「翼をBチーム(2部チーム)に送る」というものだった。これには日本のメディア、岬や日向をはじめとした仲間達、そして翼本人も大きなショックを隠し切れなかったが、チームドクターのメンデスの説得も受けてBチームで戦うことを決意。Bチームではキャプテンを務め、ファンサールが年間ノルマとして提示した「10ゴール10アシスト」をわずか3試合で達成。その後トップチームでリバウールの負傷、3試合白星なし、チームが内部分裂しかけるといった状況を危惧したファンサールが翼をトップチームに戻す。昇格後、R・マドリッド戦を控えた中、未だかつて経験したことのないプレッシャーに苦しめられるも、ファンサールは「どんなことがあっても、お前をトップ下で使う」と宣言。サンパウロ時代の先輩選手であるラドゥンガの訪問もあり、翼はプレッシャーから解放された。R・マドリッド戦では再びナトゥレーザとの対決となり、怪我をおして途中出場したリバウールとも力を合わせて勝利を得た。
試合の数日後、後の【EN LA LIGA】で初登場することになるミカエルと出会う。

GOLDEN-23[編集]

リバウールが長期離脱している中、代わりに翼がトップ下の中心選手として活躍した。バリャドリッド戦では11人抜きゴールを達成。

EN LA LIGA[編集]

リバウールも復帰し、再びナトゥレーザを擁するR・マドリッドとの対決に挑む。

戦歴[編集]

  • 小学6年生
    • 南葛小サッカー部対修哲小FCの、町の対抗戦大会で引き分け優勝
    • 南葛SCとして全日本少年サッカー大会優勝
    • ヨーロッパ遠征でのヨーロッパ少年サッカー大会で全日本選抜チームは特別出場で西ドイツ選抜チームと引き分けで同時優勝(テレビ昭和版)
    • フランスでの親善試合で全日本少年選抜チームはヨーロッパ少年選抜チームに勝利(映画版)
  • 中学1・2年生
    • 全国中学校サッカー大会優勝
    • 中学1年生時に東京での親善試合で全日本少年選抜チームは再びヨーロッパ少年選抜チームに勝利(映画版)
  • 中学3年生
    • 全国中学校サッカー大会優勝(東邦学園と引き分けで同時優勝)
    • フランスでの開催で国際ジュニアユース大会優勝
    • アメリカでの開催で全日本選抜、アメリカ選抜、南米選抜、ヨーロッパ選抜の4チームによる国際ジュニアユース大会優勝(映画版)
  • 18-19歳

得意技[編集]

【小学生編】-【Jrユース編】の技[編集]

オーバーヘッドキック
現実のオーバーヘッドキックと同様。翼がロベルトから最初に教わった技である。
ゴールデンコンビ
岬とのコンビ技で、高速でワンツーリターンを繰り返して相手を抜き去る技。
テクモ版では「I」よりワンツー技として登場。
ヒールリフト
ボールを踵で蹴り上げ、相手の頭上を越えさせながら抜き去る技。
テクモ版でも「II」よりドリブル技として登場。
トライアードオーバーヘッドキック
翼が花輪戦で見せたゴールポストを利用して空高く飛び上がってから放ったオーバーヘッドキック。名称はテクモ版「VS」より。
ツインシュート
二人で同時に蹴ることで、ボールが不規則に揺れ動くシュート。作中では岬、葵、ゴンザレスと使用している。小学生編決勝・明和戦で偶然に放ち、守りの堅いGKの若島津を一歩も動かさずに先制点を奪った。なお、シュート自体は翼が決めたものと断定されている。これは偶然の産物だったが3年後のJrユース大会ではねらって撃つことができるようになった。
テクモ版でも岬とのコンビで使えるシュートだが、低い浮き玉限定。
時間差オーバーヘッド
岬とのコンビ技。小学生編決勝で使用。岬がオーバーヘッドにいくと見せかけて時間差を作り、翼がオーバーヘッドを打つ。このシュートで再延長戦前半に若島津から勝ち越しのゴールを奪った。
ドライブシュート
ロベルトの残したノートを参考に習得した南米式ロングシュート。ボールに縦方向のドライブ回転を与えて放つシュートで、高い弾道で飛んで行き、ゴール付近で急降下してゴールネットに突き刺さる。
ドライブ回転による強烈な前進力があり、ブロッカーを吹き飛ばし、GKがキャッチングしてもそのまま押し込む威力があるため、止めるには工夫が必要。
翼が中学3年時の静岡県予選の頃から練習していたがなかなか完成せず、全国大会1回戦の東一中戦・3回戦の花輪戦で一度ずつ試みるもノーゴールに終わる。だが準々決勝の比良戸戦で3点ビハインドの絶体絶命のピンチに追い込まれた際についに完成し、いきなりハットトリックを達成するほどの威力を見せつけた。
カウンターシュート
相手のシュートを真正面から撃ち返すことで、凄まじい威力を発揮するシュート。原理は後述の反動蹴速迅砲と同様。
テクモ版では「III」より登場、相手の必殺シュートをブロックすると8分の1の確率で放つことができる。
ダイビングオーバーヘッド
中学生編決勝で3点目を決めた前方向にジャンプしながらのオーバーヘッドキック[7]
ミラクルドライブシュート
ドライブシュートをゴール直前でバウンドさせ方向を変えるシュート。中学生編の決勝で4点目を決めた。テクモ版「V」での表記は「ミラクルドライブ」。
ドライブパス
ドライブ回転をかけたパス。Jrユース編の対アルゼンチン戦で編み出した。
ドライブタイガーツインシュート
日向とのツインシュート。岬とのツインシュートよりも威力がある。
テクモ版では隠し技で、味方が必殺シュートを3回続けてゴールを逃す、かつ、8分の1の確率で使用が可能になる[8]。翼からのみ使用可能。字数の関係から基本的に「ドライブタイガー」と表記されることが多い。
ドライブオーバーヘッド
ドライブ回転をかけたオーバーヘッドで、キーパーの手前で上空へ浮かび上がる。Jrユース大会西ドイツ戦の決勝ゴールとなった。
テクモ版「II」ではサンパウロVSグレミオ戦でGKのクラウディオ・メオンがダイレクトシュートに弱いことと、ドライブシュートや通常のオーバーヘッドキックが通用しないことから着想を得て、このシュートで弱点を突きゴールを奪っている。
顔面ブロック
シュートを顔面でブロックする技。小学生編にて日向のシュートでボールに恐怖心を抱いた森崎を立ち直らせるきっかけとなり、その後も何度か使用する場面がある。

ワールドユース編以降の技[編集]

フライングドライブシュート
どの角度からでも撃てるように、斜めに曲がるようにしたドライブシュートの改良版。
アローシュート
足を手で持ち弓矢のようにしならせ、威力を増幅させるシュート。肖の反動蹴速迅砲のタイミングをずらすために使用した。
スカイダイブシュート
敵選手をすべて抜き去り、ボールを体ごとゴールに押し込むシュート。決勝でロベルトに「独りよがりの技」と酷評されたが、後にチームメンバーに体を押してもらう「味方を信用する」技に進化させている。
なお、他の選手の足を踏み台にして突破する、味方選手に体を後押ししてもらうなど、現実のサッカーのルールでは反則となる。
スカイウィングシュート
日向の雷獣シュートと同じ原理で、ロベルトから教わった最後の必殺シュート。右足に相当な負荷が掛かるために習得は困難を極め、実際に撃てるようになったのはワールドユース編終盤のスウェーデン戦からであった。
閃光雷獣シュート
日向が雷獣シュートでパスを送り、それを翼と岬がスカイウイングシュートの蹴り足でツインシュートを放つ。フィールドには「V1」の文字が刻まれる。
ダブルオーバーヘッドクリア
石崎と同時に行ったオーバーヘッドによるクリア。コンサワット兄弟のセパタクロー生かしたコンビプレーに対応するため使用した。
K.R.D(切り返しルーレットダイブ)
ドリブル中に相手の目の前で切り返すと見せかけて身体を反転させ、そのままダイビングしながら相手を抜き去る技。

劇場版に登場する技[編集]

名称は全て作中の実況によるフレーズより。

トリプルオーバーヘッド
『ヨーロッパ大決戦』に登場。岬からのオーバーヘッドによるパスを、日向がオーバーヘッドで翼に送り、最後に翼がオーバーヘッドでシュートする技。
トリプルコンビ
『ヨーロッパ大決戦』と『危うし!全日本jr』に登場。翼と岬のゴールデンコンビ、日向と沢田の明和コンビ、松山と小田のふらのコンビの6人でパス回しをする技。『危うし!全日本jr』では岬の代わりを三杉が務めた。
ツインオーバーヘッド
『危うし!全日本jr』に登場。日向とオーバーヘッドで放つ弾道的ツインシュート。内側の足同士で放つ。
タイガードライブシュート
『世界大決戦!! Jr.ワールドカップ』に登場。日向のタイガーショットによるパスの反動を利用して放った威力の高いドライブシュート。

模倣した他選手の技[編集]

上記の他にも他選手の技を真似することがあり、葵新伍「この世に存在するサッカーの技は全て翼さんの物」とまで言い切っている。
ただし、ステファン・レヴィンのレヴィンシュートだけは「サッカーボールは相手を傷つける道具じゃない」としてあえて真似しなかった。

三角跳び
若島津健の技。ゴールポストを蹴ってジャンプし、シュートを防ぐブロック技。
イーグルショット
松山光の技。地を這う軌道を描くロングシュート。
スライダーシュート
エル・シド・ピエールの技。キーパーの手元で急速に落下するシュート。原理がドライブシュートの応用[9]であったため、すぐに真似ができた。
直角フェイント
葵新伍の技。目の前で直角に曲がって相手を抜き去るドリブル技。葵自身が習得を試みているときに、相手役となりアドバイスをするなど協力している。
オーロラフェイント
ステファン・レヴィンの技。高速移動によって無数の残像を生み出しつつ相手を抜き去るドリブル技。
オーロラカーテン
ステファン・レヴィンの技。高速移動によって無数の残像を生み出して障壁を作り、相手のドリブルを阻止するディフェンス技。
反動蹴速迅砲
肖俊光の技。相手のシュートを打ち返すカウンター技。この技によって放たれたボールからは龍の幻影が見え、相手のシュートが強力なものであるほど鮮明に見える。翼は肖が放った反動蹴速迅砲をさらにドライブシュートで打ち返し、その結果ボールから鳳凰の幻影が映し出された。
サンターナターン
カルロス・サンターナの技。相手に背を向けつつボールを相手の後方に蹴り出し抜き去るドリブル技。
ローリングオーバーヘッド
カルロス・サンターナの技。体にひねりを加えてオーバーヘッドキックを放つ技。
リバウールターン
リバウールの技。相手の横にボールを蹴り出し、自分は反対側に走り出して蹴り出したボールを獲得して抜き去るドリブル技。
サブマリンディフェンス
リバウールの技。ボールキープする相手の脇から足を伸ばし、うつ伏せに倒れこむような形でボールをカットするディフェンス技。
スカイラブハリケーン
立花兄弟の技。1人が発射台となってもう1人がその上に乗り、通常のジャンプでは届かない高さまで飛ぶ技。負担がかかるため、使用回数には限りがあるが、オフェンスにもディフェンスにも使える。翼は次藤を発射台として使用した。

テクモ版[編集]

経歴[編集]

南葛中学 (I) - サンパウロユース (II、III) - サンパウロFC(他、ブラジル選抜・スクデットジャパン)(IV) - レッチェ(V)

テクモ版での技[編集]

サイクロン
「II」より登場。ボールにバックスピンを掛けて真上に蹴り上げ、落下してくるところをドライブシュートで撃つというプロセスで発動するシュート。かつて伝説のストライカー・ジャイロが、ヘディングシュートが苦手だという自らの弱点を克服するために編み出した伝説のシュートで、通常のドライブシュートよりも鋭角に曲がり落ちる。
蹴り上げた時の回転力、ボールのスピードと高さ、ドライブシュートのパワーの4つの力が合わさった最強のシュートだが、その衝撃による足首への負担は通常のシュートに比べて計り知れないほどに大きく、キック力が足りなければ怪我の原因にもなる。「III」で負担軽減のためネオサイクロンを生み出すが、こちらにも致命的な弱点があった。やむなく通常のサイクロンに戻そうとするが、やはり足首への負担は大きく、改良を試みる。ある時、「蹴り上げるのではなく、ヒールリフトの回転を利用することは出来ないか」と考え、ついに負担軽減に成功した。
地上ではボールを蹴り上げる動作を必要とするため、そこに隙が生まれてしまう。改良版のヒールリフトタイプのサイクロンでも改善はされたが落下までのわずかな隙は無くならない。
ネオサイクロン
「III」「IV」に登場。サイクロンによる足首の負担をカバーするために編み出された改良版。ディアスの前転シュートから発想を得て、踵で蹴ることで足首の負担を減らした。しかしその動作は大きな隙を生み、体力を激しく消耗するという欠点を持つ。
プロとしての戦いの中でこの弱点を指摘され、翼自身も限界を感じるようになり、通常のサイクロンに再挑戦することになり、改良版のヒールリフトタイプのサイクロンが完成した後は封印される。
ブーストサイクロン
「V」に登場。オランダのクリスマンにサイクロンの隙を見事に突かれ、この弱点の克服を試みた結果、立花兄弟と次藤のスカイラブタイフーンから発想を得て自分でスピンを掛けずに必殺パスの回転(もちろん自らの「ドライブパス」では不可)を利用することで、落下までの隙を無くした。通常のサイクロンよりも威力が高く、最強キーパーであるジウマールさえも止めることがほとんど出来ないが、発動条件が厳しい。通常のサイクロンと違い、浮き球限定。ただし、高低は問わない。ネオサイクロンと違って習得後もサイクロンの使用は可能。
オーバーヘッドツインシュート
「III」より登場。岬とのコンビプレイで、オーバーヘッドキックでツインシュートを放つ。岬からのみ使用可能。劇場版の「ツインオーバーヘッド」とは異なり、外側の足同士でツインシュートを放つ。「オーバーヘッドツイン」と略されることもある。
ツインタックル
「III」のオールスターに登場。日向とのコンビ技。日向のタイガータックルのあと翼がタックルを仕掛ける。翼と日向が敵の場合のみ使用可能なため、プレイヤー側では使用できない。
ファイヤードライブツインシュート
「III」、「IV」のオールスターに登場。シュナイダーとツインシュートを放つ。二人揃って同チームにおり、味方が3発連続で必殺シュートを外すというのが発生のフラグ。翼にボールを持たせて選択肢が登場していなくても、シュナイダーに持たせると選択肢が出てきていることもある。表記は基本的に「ファイヤードライブ」と略されることが多い。
クリップジャンプ
「IV」より登場。ボールを足で挟みジャンプすることで、敵選手のタックルが足に当たる恐れを無くす。ミルチビッチのナナハンタックルを避けるために編み出された。類似技にピエールやシェスターなどの「フラミンゴクリップ」がある。
クリップタックル
「V」に登場。オーバーヘッドキックの形でボールを奪う。
バナナシュート
「メガCD版」に登場。名前の通りバナナのように円弧を描きながら曲がるシュート。
素早いフェイント
「メガCD版」に登場。素早く巧みに動いて相手の攻撃をかわす。使用中は翼の体周辺が七色に光る。

その他のゲームに登場する技[編集]

バンダイ版[編集]

フライングフェニックス
PS版「J」に登場。ボールがフェニックスとなりゴールを襲うフライングドライブシュート。

コナミ版[編集]

ブラジル式ドリブル
ロベルトに教わったブラジル仕込みのドリブル。

KLab版[編集]

ネオツインシュート
岬と放つ進化したツインシュート。
フェニックスドライブシュート
ボールがフェニックスとなりゴールを襲うドライブシュート。
ツインオーバーヘッド
岬と放つオーバーヘッドのツインシュート。劇場版のそれと異なり、ブレ玉でゴールを襲う。
アルティメット・スカイダイブシュート
原作で見せたスカイダイブシュートに名前がついたもの。チーム全員でゴールになだれ込む。
フライングドライブパス
フライングドライブシュートの要領でパスを出す。

その他[編集]

【中学生編】でFW(CF)からMF(トップ下、攻撃的MF)にコンバートしたことにより、当時のサッカー少年たちがこぞってMFになってしまうなど、与える影響が大きかった。また、1990年代後半から2000年代中盤までJリーグにおいてMFの選手が非常に多く、得点力の高いFWが足りなくなる現象も起こった。高橋陽一はのちに『-蹴球伝-フィールドの狼 FW陣!』を連載し、「今度はこれでフォワードが増えれば」といった主旨のコメントを残している。

作中でFCバルセロナに入団した際、実際にバルセロナで入団セレモニーが行われ、作者の高橋陽一が招待されている。同時にレアル・マドリードのオーナーは「何故、レアルにツバサを入団させなかったのか?」と公式声明を発表している。


2013年5月、公益社団法人日本プロサッカーリーグより、Jリーグアジアアンバサダーに任命される[10]

脚注[編集]

  1. ^ 本編未登場だが、キャプテン翼2000 MILLENNIUM DREAMでは息子として疾風と大舞が登場する。
  2. ^ ゲーム『キャプテン翼 激闘の軌跡』スペシャルインタビューより。http://www.konami.jp/tsubasa/movie/
  3. ^ 日向が訪れた時に翼は自分が出ようとしたが、岬が制止したためこの時は対峙することはなく、岬は「小次郎はひとつミスを犯した。それは大空翼という選手がいる事を知らずに帰って行ったことだ」と語っていた。
  4. ^ ロベルトが帰国した理由は、自分のせいで家族を離れ離れにすることに負い目を感じたから、また、翼を一流のプロに育て上げる自信がなくなったから。
  5. ^ 日向曰く、翼抜きで作り上げたチームなのに今更翼のお情けで勝っても「意味がない」から。松山曰く、選考合宿に参加しながら代表入りするのでは、代表落ちした選手たちが報われないから。
  6. ^ 平成版アニメでは、コーチである三杉から選手として登録されていない理由で参加を許さなかった。
  7. ^ 最初、実況が「ダイビングヘッド」と行っていたが、後に「ダイビングオーバーヘッド」に改められた
  8. ^ 「II」以降では、使用可能になる際、翼が「俺はあきらめないぞ!ゴールを奪えないキーパーなんてこの世にいるわけないんだ!」というジュニアユース大会決勝の西ドイツ戦での台詞を言う。
  9. ^ 作中では、野球で言う「スライダー」と「カーブ」程の違いと説明された。
  10. ^ http://www.j-league.or.jp/release/000/00005083.html

外部リンク[編集]