ムルシア

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Murcia

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Murcia.JPG
Flag of the Region of Murcia.svg ムルシア州
Flag of the Region of Murcia.svg ムルシア県
面積 881.86km² km²
標高 43m
人口 422,861人(2,007年) 人 ()
人口密度 479.51人/km² 人/km²
住民の呼称 murciano/-a
守護聖人 San Patricio、Virgen de la Fuensanta
Murciaの位置
Murcia
スペイン内のムルシアの位置
Murciaの位置
Murcia
ムルシア県内のムルシアの位置

北緯37度59分10秒 西経1度7分49秒 / 北緯37.98611度 西経1.13028度 / 37.98611; -1.13028

ムルシアMurcia)は、スペイン南東部の都市で、ムルシア州の州都。セグラ川に面する。人口は約42万人でスペイン第7位。衛星都市を含めたムルシア都市圏は56万人で、都市圏としてはスペイン第12位。

歴史[編集]

825年、ムルシアは「メディナト・ムルシヤ」という名前で、アンダルスを支配した後ウマイヤ朝アミールアブド・アッラフマーン2世によって建設された。アラブ人はセグラ川の流れの利点を活かし、複雑な灌漑用水路のネットワークを作り上げた。これによって町は繁栄し、近代の灌漑システムの先取りとなった。12世紀にアラブ人の地理学者イドリースィーは、この町を人口が多く、強く要塞化されていると述べている。コルドバのカリフが倒れると、ムルシアは順にアルメリアトレドセビリャの支配下に入った。1172年ムワッヒド朝の支配下に入ったが、1223年から1243年までは独立した王国となった。

1243年アルフォンソ10世に率いられたカスティーリャ王国はムルシアを奪い、多くの移住者が北カスティーリャとプロヴァンスから移住した。1296年、ムルシアとその領域はアラゴン王国に引き渡されたが、1304年、トレラス条約によって最終的にカスティーリャ王国に編入された。

18世紀、ムルシアは絹織物業によって繁栄した。教会や記念碑の多くはこの時期に建てられている。

ムルシアと周辺の地域は、1651年、1879年、1907年に洪水の被害を受けたが、堤防の建築はセグラ川を水路の中にうまく留めている。有名な歩道マレコンは、堤防の上に引かれている。

1829年、ムルシアは地震に襲われた。現在の推計では約6000人の死者が出た。

1838年以降、ムルシアはムルシア県の県都となり、1982年以降は、ムルシア自治州(県はムルシア県1つだけを含む)の州都となっている。

地理・気候[編集]

「ウエルタ」または「ムルシアの菜園」として知られる豊かな低地の平原のほぼ中央に築かれている。その平原はセグラ川の谷を含み、右手には支流のグアダレンティン川が流れ、山地に囲まれている。

ムルシアは地中海性気候の影響を受けたステップ気候ケッペンの気候区分ではBSh)である[1]。地中海に近いために、『半乾燥・地中海性気候』と一般的に称され、夏は暑く冬は温暖である。 降水量は少なく、2004年10月から2005年9月には200mm以下が観測された。

 ムルシア-アルカンタリーリャの気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平均最高気温 °C (°F) 16.4
(61.5)
18.2
(64.8)
20.4
(68.7)
22.5
(72.5)
25.8
(78.4)
30.0
(86)
33.4
(92.1)
33.6
(92.5)
30.2
(86.4)
25.5
(77.9)
20.0
(68)
17.0
(62.6)
24.4
(75.9)
日平均気温 °C (°F) 10.1
(50.2)
11.7
(53.1)
13.5
(56.3)
15.6
(60.1)
19.0
(66.2)
23.1
(73.6)
26.2
(79.2)
26.7
(80.1)
23.6
(74.5)
18.8
(65.8)
14.1
(57.4)
11.1
(52)
17.8
(64)
平均最低気温 °C (°F) 3.9
(39)
5.2
(41.4)
6.7
(44.1)
8.7
(47.7)
12.2
(54)
16.2
(61.2)
19.0
(66.2)
19.9
(67.8)
16.9
(62.4)
12.7
(54.9)
8.2
(46.8)
5.2
(41.4)
11.2
(52.2)
降水量 mm (inch) 2
(0.08)
28
(1.1)
30
(1.18)
27
(1.06)
32
(1.26)
20
(0.79)
5
(0.2)
10
(0.39)
27
(1.06)
44
(1.73)
32
(1.26)
21
(0.83)
301
(11.85)
平均降水日数 3 3 3 4 4 2 1 1 2 4 4 4 35
出典: Agencia Estatal de Meteorología[2]

経済[編集]

ムルシアでは農産物の生産が盛んである。ヨーロッパのスーパーマーケットでは、ムルシア産のトマト、レタス、特にレモン、オレンジがよく見られる。

最近では、「居住観光」が注目されている。北ヨーロッパの多くの人々が陽光豊かなムルシアに別荘を持っている。

名所[編集]

カテドラルは、1394年から1465年にかけてカスティーリャ・ゴシック様式で建てられた。1792年に完成された塔は、スタイルの混成を示している。最初の2階(1521-1546年)はルネサンス様式で、3階はバロック、鐘塔はロココ新古典主義の影響が見られる。ファサード(1736-1754年)は、スペイン・バロックの代表作と見なされている。

ほかにカテドラル前の広場(カルデナル・ベルーガ広場)で有名な建物には、カラフルな司教館(18世紀)や、建築家ラファエル・モネオの手による物議をかもした新市庁舎がある。

セグレ川沿いのグロリエタは、伝統的な市の中心部で、18世紀に作られた景色のよい場所である。アユンタミエント(市庁舎)はここに位置する。

歩行者用の区域は旧市街のほとんどを占め、中央にプラテリア通りとトラペリア通りがある。トラペリア通りはカテドラルからサント・ドミンゴ広場(以前の市場)に通ずる。トラペリア通りには、1847年に社交場として作られたカジノがあり、その豪華な室内にはアルハンブラ宮殿を意識したムーア式の中庭がある。

祭り[編集]

スペインではムルシアの聖週間の祭りは有名である。en:Francisco Salzilloによる実物大の彫刻が美術館から引き出され、花とろうそくに飾られて街中を優雅に行列する。これらはキリストの磔刑に至る事件を見事に描いた彫刻である。

聖週間のあとで、もっともきらびやかな儀式は、聖週間の次週にムルシアの人々が伝統的な「huertano」の服を着て祝う「Bando de la Huerta」で、その次週には「Entierro de la Sardina」(イワシの埋葬)のパレードが行われる。

交通[編集]

ムルシアから南東35kmのサン・ハビエルに、ムルシア=サン・ハビエル空港があり、車で30分の距離である。マドリードバルセロナからの近距離便やイギリス、北欧からの格安航空便が飛んでいる。ムルシアへの旅行には、70km離れたアリカンテ空港en)もよく使われる。

鉄道(スペイン国鉄)を使うと、マドリードからは4時間強かかる。

教育[編集]

ムルシアには3つの大学がある。ムルシア大学(1912年創立)、カルタヘナ技術大学、UCAM(サン・アントニオ・カトリック大学)である。

スポーツ[編集]

姉妹都市[編集]

参考文献[編集]

 この記事にはアメリカ合衆国内で著作権が消滅した次の百科事典本文を含む: Chisholm, Hugh, ed (1911). Encyclopædia Britannica (11 ed.). Cambridge University Press. 

脚注[編集]

  1. ^ M. Kottek; J. Grieser, C. Beck, B. Rudolf, and F. Rubel (2006). “World Map of the Köppen-Geiger climate classification updated”. Meteorol. Z. 15: 259–263. doi:10.1127/0941-2948/2006/0130. http://koeppen-geiger.vu-wien.ac.at/pics/kottek_et_al_2006.gif 2009年4月22日閲覧。. 
  2. ^ Valores Climatológicos Normales. Murcia - Alcantarilla”. 2010年8月閲覧。

外部リンク[編集]

公式
観光