バイエルン・ミュンヘン

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バイエルン・ミュンヘン
Logo FC Bayern München.svg
原語表記 FC Bayern München
愛称 Der FCB
Die Bayern(バーアリアンズ)
Stern des Südens(南の星)
Die Roten(赤)
クラブカラー
創設年 1900年
所属リーグ ドイツ・ブンデスリーガ
所属ディビジョン 1部
ホームタウン ミュンヘン
ホームスタジアム アリアンツ・アレーナ
収容人数 71,000
代表者 ドイツの旗 カール=ハインツ・ルンメニゲ
監督 スペインの旗 ジョゼップ・グアルディオラ
公式サイト 公式モバイル (日本語)  公式サイト
ホームカラー
アウェイカラー
Champions League
サードカラー
テンプレート(ノート)サッカークラブPJ

FCバイエルン・ミュンヘンe.V. (ドイツ語: Fußball-Club Bayern München e.V.) は、ドイツバイエルン州ミュンヘンに本拠地を置くスポーツクラブである。サッカー部門が最も良く知られており、ドイツサッカー1部のブンデスリーガに所属している。ドイツサッカー史上最も成功したクラブであり、これまでに国内リーグを24回、カップ戦を17回制している(共に最多記録)[1]

UEFAチャンピオンズカップおよびUEFAチャンピオンズリーグにおいてもドイツ国内では最多となる合計5度の優勝を果たしているほか、現在5クラブのみであるビッグイヤーの永久保持が認められているクラブの一つでもある。ブンデスリーガ発足の初年度から参加したクラブではないが、ブンデスリーガ参戦以降は一度も1部リーグから降格したことがない。現在のホームスタジアムアリアンツ・アレーナであり、2004-05シーズンまではミュンヘン・オリンピアシュタディオンをホームスタジアムとしていた。

概要[編集]

FCバイエルンは1900年にフランツ・ヨーンに率いられた11名のサッカー選手によって創設された[2]。1932年に初めて全国タイトルを獲得したが[3]、1963年のブンデスリーガ発足時には参加クラブに選ばれなかった[4]。クラブは1970年代中頃にフランツ・ベッケンバウアーのキャプテンシーの下で黄金期を迎え、ヨーロピアンカップ3連覇(1974-76)を果たした。これまで、バイエルンはヨーロピアンカップ/UEFAチャンピオンズリーグ決勝に10度進出しており、ごく最近では2013年のチャンピオンズリーグを制し、国内タイトルと合わせて3冠を達成した。また、UEFAカップを1回、UEFAカップウィナーズカップを1回、UEFAスーパーカップを1回、FIFAクラブワールドカップを1回、インターコンチネンタルカップを2回制しており、国際的に最も成功した欧州クラブの1つである。

伝統的なローカルライバルTSV1860ミュンヘン1.FCニュルンベルクである(バヴァリアン・ダービーを参照)。今現在のライバルはボルシア・ドルトムントであり、両者の対戦はDer Classiker(The Classic)とも呼ばれている。

バイエルン・ミュンヘンのマークはバイエルン王国バイエルン州の旗に使用されているヴィッテルスバッハ家の白銀のフュージリー(地)に青のロズンジ(菱)をベンドワイズ(斜め)に並べた紋章を基にしている。

2005-06シーズンの開始時から、バイエルンはアリアンツ・アレーナにおいてホームゲームを開催している。それ以前は、ミュンヘン・オリンピアシュタディオンを33年間本拠地としていた。チームカラーは赤色と白色、チームクレストは白色と青色のバイエルン州の旗の示している[5]収入の面では、バイエルン・ミュンヘンはドイツで最大のスポーツクラブ、世界で4番目のサッカークラブであり、2012年の収入は3億6840万ユーロであった[6]。クラブの会員は22万3985人で、会員数では世界で2番目のスポーツクラブである(1位はポルトガルのベンフィカ[7]。また、公式に登録されたファンクラブが3576あり、26万2077人の会員がいる[8]。クラブにはサッカー以外にもチェスハンドボールバスケットボール体操スキットルズ卓球審判員、シニアサッカー部門があり、1100名以上の活発な会員がいる[9]

FCバイエルンは2013年12月現在で、UEFAUクラブランキングで2位[10]IFFHSのクラブワールドランキングで1位である[11]

2010-2011シーズンのクラブ収入は3億2140万ユーロと推定されており、レアル・マドリードFCバルセロナマンチェスター・ユナイテッドFCに次ぐ欧州第4位である。また、クラブ創立以来借金をしたことがなく、2012年には世界有数の経済誌『フォーブス』によるスポーツチームの資産価値の格付けにおいて、12億3500万ドルと算出されており、ブンデスリーガで第1位、世界では第5位の資産価値のサッカークラブと評価されている。胸スポンサーはドイツテレコム

元会長のフランツ・ベッケンバウアー、現代表取締役のカール=ハインツ・ルンメニゲ、前会長のウリ・ヘーネスをはじめ、ゲルト・ミュラーローター・マテウスユルゲン・クリンスマンアンドレアス・ブレーメオリバー・カーンなど、ドイツサッカー史に残るビッグネームの多くが所属したクラブであり、創設から主将を務めたのはマルク・ファン・ボメルを除き全員がドイツ人選手である。

歴史[編集]

1960年代まで[編集]

1900年、ミュンヘンのスポーツクラブに所属していたサッカーファンのメンバーによって作られたチームがクラブの起源である。

1926年に南ドイツ・チャンピオンシップで優勝し、1932年にはドイツ・チャンピオンシップで優勝を果たした。

ブンデスリーガ発足時の初年度参加は逃したが、1965-66シーズンにはDFBポカール優勝、1966-67シーズンにはDFBポカール連覇とUEFAカップウィナーズカップ優勝を、1968-69シーズンはブンデスリーガ優勝をそれぞれ達成した。

1970年代[編集]

この頃からフランツ・ベッケンバウアーカール=ハインツ・ルンメニゲウリ・ヘーネスゲルト・ミュラーといった選手たちが頭角を現した。1971-72シーズンから1973-74シーズンにはブンデスリーガ3連覇を、1973-74シーズンから1975-76シーズンにかけてはUEFAチャンピオンズカップを3連覇した。

1980年代[編集]

この頃はローター・マテウスアンドレアス・ブレーメシュテファン・ロイターユルゲン・コーラーといった若手の台頭もあり、1984-85シーズンから1986-87シーズンにブンデスリーガ3連覇を達成。さらに1988-89シーズン、1989-90シーズンにもブンデスリーガ2連覇を達成した。

1990年代[編集]

1993-94シーズンはブンデスリーガ優勝、1995-96シーズンにはUEFAカップを達成。1996-97シーズンはブンデスリーガ優勝、1997-98シーズンはDFBポカール優勝を達成。

1998-99シーズンはオットマー・ヒッツフェルトが監督に就任。1998年夏の移籍市場ではシュテファン・エッフェンベルクらを獲得。ブンデスリーガ優勝を果たすも、UEFAチャンピオンズリーグでは決勝でマンチェスター・ユナイテッドFCと対戦し、後半ロスタイムに逆転負けを喫して準優勝に終わった。この敗戦はカンプ・ノウの悲劇とも呼ばれる。

1999-2000シーズンは、ブンデスリーガ2連覇とDFBポカールで優勝した。

2000年代[編集]

2000-01シーズンはブンデスリーガ3連覇とUEFAチャンピオンズリーグで優勝。2001-02シーズンはインターコンチネンタルカップ優勝を果たす。2002-03シーズンはブンデスリーガとDFBポカールにて優勝するも、2003-04シーズンは無冠に終わり、そのシーズンの33節終了後、6シーズンの間チームを率いたヒッツフェルトが任を解かれた。

その後、フェリックス・マガトが監督に就任し、2004-05シーズンと2005-06シーズンにブンデスリーガとDFBポカールをそれぞれ2連覇した。しかし、2006-07シーズンはチェルシーに移籍したミヒャエル・バラックの穴を埋められず、11シーズンぶりにシーズン途中で監督を交代してオットマー・ヒッツフェルトが監督に就任したものの3季ぶりの無冠に終わっただけでなく、UEFAチャンピオンズリーグの出場権を12シーズンぶりに逃してしまった。2007年夏の移籍市場ではルカ・トーニミロスラフ・クローゼらと共にフランク・リベリーをブンデスリーガ史上最高額の2500万ユーロで獲得。2007-08シーズンは2季ぶりにブンデスリーガとDFBポカールにて優勝した。なおこのシーズンでオリバー・カーンが現役を引退した。

2008-09シーズン、ユルゲン・クリンスマンが監督に就任するも、シーズン終了を待たずにクリンスマンは解任され、ユップ・ハインケスが監督に就任するも無冠に終わった。2009-10シーズン、ルイ・ファン・ハールが監督に就任。2009年夏の移籍市場ではイヴィツァ・オリッチアリエン・ロッベンらと共にマリオ・ゴメスを、またもブンデスリーガ史上最高額を更新する3000万ユーロで獲得。同シーズンはブンデスリーガとDFBポカールにて優勝するも、UEFAチャンピオンズリーグでは決勝でイタリア王者・インテルミラノに敗れ準優勝に終わる。なお、2009年にフランツ・ベッケンバウアーが会長職を退き、会長職にウリ・ヘーネスが、ゼネラルマネージャーにクリスティアン・ネルリンガーが就任した。

2010年代[編集]

2010-11シーズンは10季ぶりにDFLスーパーカップにて優勝するも、ディフェンス陣の補強を怠った付けが回ったのと、ロッベリ(ロッベンとリベリー)が怪我でフル稼動出来ずブンデスリーガは3位。チャンピオンズリーグでは世界王者・インテルミラノにラウンドオブ16で敗退。DFBポカールでは、シャルケに準決勝で敗れた。

2011-12シーズンはユップ・ハインケスが監督に就任し、2011年夏の移籍市場ではマヌエル・ノイアーラフィーニャジェローム・ボアテングらを獲得するも、同シーズンはブンデスリーガ、DFBポカールでは、ボルシア・ドルトムントの後塵を拝し、地元開催の決勝で迎えたUEFAチャンピオンズリーグでは、チェルシーに敗れ、全てのコンペティションで準優勝に終わった。

2012年夏の移籍市場ではダンテマリオ・マンジュキッチジェルダン・シャチリらと合わせて、2011-12シーズンのUEFAヨーロッパリーグ王者・アスレティック・ビルバオからハビ・マルティネスを4000万ユーロ(当時の日本円で約48億円)というブンデスリーガ史上最高額の移籍金で獲得。2012-13シーズンは史上最速28節終了時点でのリーグ優勝を達成。それだけでなく、2011-12シーズンのボルシア・ドルトムントが保持していた81を上回る史上最多91の勝ち点、開幕8連勝、シーズン中の14連勝(第18節のグロイター・フュルト戦から第31節のフライブルク戦)、2007-08シーズンに打ち立てた21を上回るブンデスリーガ史上最少の18失点、2位に勝ち点25をつけてのリーグ優勝も史上最多で、まさに記録ずくめのブンデスリーガとなった。UEFAチャンピオンズリーグでは、リーグ2位となったドルトムントとのドイツ頂上決戦も制し、その約1週間後のDFBポカールも優勝し、ドイツ史上初のトレブルを達成した。

2013-14シーズン、ジョゼップ・グアルディオラが監督に就任。2013年夏の移籍市場ではマリオ・ゲッツェティアゴ・アルカンタラらを獲得。同シーズンはUEFAスーパーカップFIFAクラブワールドカップ2013を制し、2013年を5冠(DFLスーパーカップ以外)で締めくくった、ブンデスリーガでは2季ぶりの連敗を喫するも、史上最長の19連勝とリーグ無敗記録を53にまで伸ばした事も含めて首位を独走。2年連続となるリーグ最速で(27節終了時点)優勝した。DFBポカール[12]では決勝でドルトムントを破り2年連続17回目の優勝を果たした。しかし 連覇のかかったUEFAチャンピオンズリーグでは、準決勝のレアル・マドリード戦で、グアルディオラがバルサ時代に全てのコンペティションで無敗だったアウェーでの第1戦だけでなく、過去1引き分けした以外は全勝しているホームでの第2戦も落とし、対戦前の通算成績では11勝7敗と相性の良い相手に5失点を喫しただけでなく、一切得点を奪う事無く大会を去った。

タイトル[編集]

国内タイトル[編集]

  • ブンデスリーガ: 24回 Meisterschale.pngMeisterschale.pngMeisterschale.pngMeisterschale.png
    • 1932, 1968-69, 1971-72, 1972-73, 1973-74, 1979-80, 1980-81, 1984-85, 1985-86, 1986-87, 1988-89, 1989-90, 1993-94, 1996-97, 1998-99, 1999-2000, 2000-01, 2002-03, 2004-05, 2005-06, 2007-08, 2009-10, 2012-13, 2013-14
  • DFBポカール: 17回 Coppagermania.pngCoppagermania.pngCoppagermania.pngCoppagermania.pngCoppagermania.pngCoppagermania.png
    • 1956-57, 1965-66, 1966-67, 1968-69, 1970-71, 1981-82, 1983-84, 1985-86, 1997-98, 1999-00, 2002-00, 2004-05, 2005-06, 2007-08, 2009-10, 2012-13, 2013-14
  • DFBリーガポカール: 6回
    • 1997, 1998, 1999, 2000, 2004, 2007
  • DFLスーパーカップ: 5回
    • 1983, 1987, 1990, 2010, 2012

国際タイトル[編集]

過去の成績[編集]

シーズン リーグ 試合数 得点 失点 得失点 勝ち点 順位 DFBポカール 欧州カップ 結果 最多得点者 得点数
1971-72 ブンデスリーガ 34 24 7 3 101 38 63 55 優勝 ベスト8 カップウィナーズカップ ベスト4 ゲルト・ミュラー 40
1972-73 ブンデスリーガ 34 25 4 5 93 29 64 54 優勝 ベスト8 UEFAチャンピオンズカップ ベスト8 ゲルト・ミュラー 36
1973-74 ブンデスリーガ 34 20 9 5 95 53 42 49 優勝 ベスト4 UEFAチャンピオンズカップ 優勝 ゲルト・ミュラー 30
1974-75 ブンデスリーガ 34 14 6 14 57 63 -6 34 10位 3回戦敗退 UEFAチャンピオンズカップ 優勝 ゲルト・ミュラー 23
1975-76 ブンデスリーガ 34 15 10 9 72 50 22 40 3位 ベスト4 UEFAチャンピオンズカップ 優勝 ゲルト・ミュラー 23
1976-77 ブンデスリーガ 34 14 9 11 74 65 9 37 7位 ベスト8 UEFAチャンピオンズカップ ベスト8 ゲルト・ミュラー 28
1977-78 ブンデスリーガ 34 11 10 13 62 64 -2 32 12位 3回戦敗退 UEFAカップ 3回戦敗退 ゲルト・ミュラー 24
1978-79 ブンデスリーガ 34 16 8 10 69 46 23 40 4位 2回戦敗退 カール=ハインツ・ルンメニゲ 14
1979-80 ブンデスリーガ 34 22 6 6 84 33 51 50 優勝 3回戦敗退 UEFAカップ ベスト4 カール=ハインツ・ルンメニゲ 26
1980-81 ブンデスリーガ 34 22 9 3 89 41 48 53 優勝 3回戦敗退 UEFAチャンピオンズカップ ベスト4 カール=ハインツ・ルンメニゲ 29
1981-82 ブンデスリーガ 34 20 3 11 77 56 21 43 3位 優勝 UEFAチャンピオンズカップ 準優勝 ディーター・ヘーネス 21
1982-83 ブンデスリーガ 34 17 10 7 74 33 41 44 4位 2回戦敗退 カップウィナーズカップ ベスト8 カール=ハインツ・ルンメニゲ 20
1983-84 ブンデスリーガ 34 20 7 7 84 41 43 47 4位 優勝 UEFAカップ 3回戦敗退 カール=ハインツ・ルンメニゲ 26
1984-85 ブンデスリーガ 34 21 8 5 79 38 41 50 優勝 準優勝 カップウィナーズカップ ベスト4 ローター・マテウス 16
1985-86 ブンデスリーガ 34 21 7 6 82 31 51 49 優勝 優勝 UEFAチャンピオンズカップ ベスト8 ディーター・ヘーネス 15
1986-87 ブンデスリーガ 34 20 13 1 67 31 36 53 優勝 3回戦敗退 UEFAチャンピオンズカップ 準優勝 ローター・マテウス 14
1987-88 ブンデスリーガ 34 22 4 8 83 45 38 48 2位 ベスト8 UEFAチャンピオンズカップ ベスト8 ローター・マテウス 17
1988-89 ブンデスリーガ 34 19 12 3 67 26 41 50 優勝 3回戦敗退 UEFAカップ ベスト4 ローラント・ヴォールファルト 17
1989-90 ブンデスリーガ 34 19 11 4 64 28 36 49 優勝 3回戦敗退 UEFAチャンピオンズカップ ベスト4 ローラント・ヴォールファルト 13
1990-91 ブンデスリーガ 34 18 9 7 74 41 33 45 2位 1回戦敗退 UEFAチャンピオンズカップ ベスト4 ローラント・ヴォールファルト 21
1991-92 ブンデスリーガ 38 13 10 15 59 61 -2 36 10位 1回戦敗退 UEFAカップ 2回戦敗退 ローラント・ヴォールファルト 17
1992-93 ブンデスリーガ 34 18 11 5 74 45 29 47 2位 2回戦敗退 ブルーノ・ラッバディア 11
1993-94 ブンデスリーガ 34 17 10 7 68 37 31 44 優勝 4回戦敗退 UEFAカップ 2回戦敗退 メーメット・ショル
アドルフォ・バレンシア
11
1994-95 ブンデスリーガ 34 15 13 6 55 41 14 43 6位 1回戦敗退 チャンピオンズリーグ ベスト4 クリスティアン・ツィーゲ 12
1995-96 ブンデスリーガ 34 19 5 10 66 46 20 62 2位 2回戦敗退 UEFAカップ 優勝 ユルゲン・クリンスマン 16
1996-97 ブンデスリーガ 34 20 11 3 68 34 34 71 優勝 ベスト8 UEFAカップ 1回戦敗退 ユルゲン・クリンスマン 15
1997-98 ブンデスリーガ 34 19 9 6 69 37 32 66 2位 優勝 チャンピオンズリーグ ベスト8 カルステン・ヤンカー 13
1998-99 ブンデスリーガ 34 24 6 4 76 28 48 78 優勝 準優勝 チャンピオンズリーグ 準優勝 ジオヴァネ・エウベル
カルステン・ヤンカー
13
1999-2000 ブンデスリーガ 34 22 7 5 73 28 45 73 優勝 優勝 チャンピオンズリーグ ベスト4 ジオヴァネ・エウベル 14
2000-01 ブンデスリーガ 34 19 6 9 62 37 25 63 優勝 2回戦敗退 チャンピオンズリーグ 優勝 ジオヴァネ・エウベル 15
2001-02 ブンデスリーガ 34 20 8 6 62 25 37 68 3位 ベスト4 チャンピオンズリーグ ベスト8 ジオヴァネ・エウベル 17
2002-03 ブンデスリーガ 34 23 6 5 70 25 45 75 優勝 優勝 チャンピオンズリーグ 1次リーグ敗退 ジオヴァネ・エウベル 21
2003-04 ブンデスリーガ 34 20 8 6 70 39 31 68 2位 ベスト8 チャンピオンズリーグ ベスト16 ロイ・マカーイ 23
2004-05 ブンデスリーガ 34 24 5 5 75 33 42 77 優勝 優勝 チャンピオンズリーグ ベスト8 ロイ・マカーイ 22
2005-06 ブンデスリーガ 34 22 9 3 67 32 35 75 優勝 優勝 チャンピオンズリーグ ベスト16 ロイ・マカーイ 17
2006-07 ブンデスリーガ 34 18 6 10 55 40 15 60 4位 3回戦敗退 チャンピオンズリーグ ベスト8 ロイ・マカーイ 16
2007-08 ブンデスリーガ 34 22 10 2 68 21 47 76 優勝 優勝 UEFAカップ ベスト4 ルカ・トーニ 24
2008-09 ブンデスリーガ 34 20 7 7 71 42 29 67 2位 ベスト8 チャンピオンズリーグ ベスト8 ルカ・トーニ 14
2009-10 ブンデスリーガ 34 20 10 4 72 31 41 70 優勝 優勝 チャンピオンズリーグ 準優勝 アリエン・ロッベン 16
2010-11 ブンデスリーガ 34 19 8 7 81 40 41 65 3位 ベスト4 チャンピオンズリーグ ベスト16 マリオ・ゴメス 28
2011-12 ブンデスリーガ 34 23 4 7 77 22 55 73 2位 準優勝 チャンピオンズリーグ 準優勝 マリオ・ゴメス 26
2012-13 ブンデスリーガ 34 29 4 1 98 18 80 91 優勝 優勝 チャンピオンズリーグ 優勝 マリオ・マンジュキッチ 15
2013-14 ブンデスリーガ 34 29 3 2 94 23 71 90 優勝 優勝 チャンピオンズリーグ ベスト4 マリオ・マンジュキッチ 18

現所属メンバー[編集]

2014年7月17日現在
No. Pos. 選手名
1 ドイツの旗 GK マヌエル・ノイアー
4 ブラジルの旗 DF ダンテ
6 スペインの旗 MF ティアゴ・アルカンタラ
7 フランスの旗 MF フランク・リベリー
8 スペインの旗 MF ハビ・マルティネス
9 ポーランドの旗 FW ロベルト・レヴァンドフスキ
10 オランダの旗 MF アリエン・ロッベン
11 スイスの旗 MF ジェルダン・シャチリ
13 ブラジルの旗 DF ラフィーニャ
14 ペルーの旗 FW クラウディオ・ピサーロ
17 ドイツの旗 DF ジェローム・ボアテング
18 スペインの旗 DF ファン・ベルナト
19 ドイツの旗 MF マリオ・ゲッツェ
No. Pos. 選手名
20 ドイツの旗 DF セバスティアン・ローデ
21 ドイツの旗 DF フィリップ・ラーム (Captain sports.svg)
22 ドイツの旗 GK トム・シュターケ
23 ドイツの旗 MF ミッチェル・ヴァイザー
25 ドイツの旗 FW トーマス・ミュラー
26 ドイツの旗 DF ディエゴ・コンテント
27 オーストリアの旗 DF ダヴィド・アラバ
28 ドイツの旗 DF ホルガー・バトシュトゥバー
31 ドイツの旗 MF バスティアン・シュヴァインシュタイガー (副主将)
34 デンマークの旗 MF ピエール・エミール・ホイビュルク
36 ドイツの旗 FW パトリック・ヴァイラウフ
37 アメリカ合衆国の旗 FW ユリアン・グリーン

ローン移籍[編集]

in
No. Pos. 選手名
out
No. Pos. 選手名
15 ドイツの旗 DF ヤン・キルヒホフ (シャルケ)

歴代監督[編集]

氏名 国籍 期間
ズラトコ・チャイコヴスキ ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の旗 ユーゴスラビア 1963-1968
ブランコ・ゼベツ ユーゴスラビア社会主義連邦共和国の旗 ユーゴスラビア 1968-1970
ウド・ラテック 西ドイツの旗 西ドイツ 1970-1975
デットマール・クラマー 西ドイツの旗 西ドイツ 1975-1977
ローラーント・ジュラ ハンガリーの旗 ハンガリー 1977-1979
チェルナイ・パール ハンガリーの旗 ハンガリー 1979-1983
ラインハルト・ザフティク(暫定監督) 西ドイツの旗 西ドイツ 1983
ウド・ラテック 西ドイツの旗 西ドイツ 1983-1987
ユップ・ハインケス 西ドイツの旗 西ドイツ 1987-1991
セーレン・レアビー デンマークの旗 デンマーク 1991-1992
エーリッヒ・リベック ドイツの旗 ドイツ 1992-1993
フランツ・ベッケンバウアー (暫定監督) ドイツの旗 ドイツ 1993-1994
ジョバンニ・トラパットーニ イタリアの旗 イタリア 1994-1995
オットー・レーハーゲル ドイツの旗 ドイツ 1995-1996
フランツ・ベッケンバウアー (暫定監督) ドイツの旗 ドイツ 1996
ジョバンニ・トラパットーニ イタリアの旗 イタリア 1996-1998
オットマー・ヒッツフェルト ドイツの旗 ドイツ 1998-2004
フェリックス・マガト ドイツの旗 ドイツ 2004-2007
オットマー・ヒッツフェルト ドイツの旗 ドイツ 2007-2008
ユルゲン・クリンスマン ドイツの旗 ドイツ 2008-2009
ユップ・ハインケス (暫定監督) ドイツの旗 ドイツ 2009
ルイス・ファン・ハール オランダの旗 オランダ 2009-2011
アンドリース・ヨンカー (暫定監督) ドイツの旗 ドイツ 2011
ユップ・ハインケス ドイツの旗 ドイツ 2011-2013
ジョゼップ・グアルディオラ スペインの旗 スペイン 2013-

歴代所属選手[編集]

GK[編集]

DF[編集]

MF[編集]

FW[編集]

その他の部門[編集]

FCバイエルンII[編集]

リザーブチームは、有望な若手選手がトップチームに昇格する前の最終段階として主に機能している。バイエルンIIのコーチはエリック・テン・ハグ、アシスタントコーチはゲルト・ミュラーライナー・ウルリッヒである。1978年からはオーバーリーガ、1994年のレギオナルリーガの発足からはレギオナルリーガ・ズュート(南)に所属していた。2007-08シーズンに新設された3. リーガへの参加資格を得たが、2011年にレギオナルリーガに降格した[13]。これによって1973年以来続いていたプロサッカークラブのセカンドチームが所属できる最高位のリーグへの連続所属記録が途切れた[13]

ジュニアサッカー[編集]

バイエルン・ミュンヘンのジュニアチームは、オーウェン・ハーグリーヴストーマス・ヒッツルスペルガーフィリップ・ラームトーマス・ミュラーバスティアン・シュヴァインシュタイガーを含む欧州の一流サッカー選手を輩出してきた。ジュニア部門は1902年に設立され、ヴェルナー・カーンおよびビョルン・アンデルソンによって運営されている。11チーム、170名を越える選手からなり、最年少は10歳以下である[14]

女子サッカー[編集]

女子サッカー部門の監督はトーマス・ヴェルレが務めており、数名のドイツユース代表の選手がいる。2008-09シーズンは女子ブンデスリーガで2位につけた。女子サッカー部門は1970年に設立され、4チーム90名の選手からなる。優勝は1回(1976年)[15]

その他のスポーツ[編集]

バスケットボール[編集]

1946年設立で、19チームに280名の選手が在籍する。

  • ドイツチャンピオン
    • 1954, 1955
  • ドイツカップ
    • 1968

ボウリング[編集]

1984年設立。4チーム、46選手。

チェス[編集]

1908年設立。8チーム、97選手[16]

  • ヨーロピアン・クラブ・カップ
    • 1992
  • ドイツチャンピオン
    • 1983, 1985, 1986, 1989, 1990, 1991, 1992, 1993, 1995
  • ドイツ早指しチェスチャンピオン
    • 1984, 1985, 1987, 1988, 1989, 1990, 1991, 1992, 1993, 1994, 1995(最多記録)

体操[編集]

1974年設立。1チーム、35選手。

  • ドイツチャンピオン
    • 1983, 1986, 1987, 1988

ハンドボール[編集]

1945年設立。10チーム、3000選手。

卓球[編集]

1946年設立。12チーム、160選手。

審判員[編集]

1919年設立。115名。

シニアサッカー[編集]

2001年設立。5チーム、135選手。

脚注[編集]

  1. ^ Bayern München”. FIFA. 2012年5月10日閲覧。
  2. ^ Schulze-Marmeling, Dietrich (2003) (German). Die Bayern. Die Geschichte des deutschen Rekordmeisters. Die Werkstatt. pp. 17–33. ISBN 3-89533-426-X. 
  3. ^ Success from the Outset”. FC Bayern Munich Official Website (2003年). 2008年8月11日閲覧。
  4. ^ Schulze-Marmeling, Dietrich (2003) (German). Die Bayern. Die Geschichte des deutschen Rekordmeisters. Die Werkstatt. p. 134. ISBN 3-89533-426-X. 
  5. ^ Schulze-Marmeling, Dietrich (2003) (German). Die Bayern. Die Geschichte des deutschen Rekordmeisters. Die Werkstatt. p. 581. ISBN 3-89533-426-X. 
  6. ^ Bayern Munich”. Deloitte LLP. 2013年2月17日閲覧。
  7. ^ [1], 2013-11-13.
  8. ^ Membership boom”. FC Bayern Munich (2013年11月13日). 2013年11月13日閲覧。
  9. ^ Other Sports”. FC Bayern Munich Official Website (2007年). 2008年7月3日閲覧。
  10. ^ UEFA. “Club coefficients 2013/14”. 2014年1月25日閲覧。
  11. ^ Club World Ranking” (2014年1月8日). 2014年1月25日閲覧。
  12. ^ FCBがDFBポカール制覇!(FCバイエルン公式サイト日本語版 2014年5月17日 2014年5月18日閲覧)
  13. ^ a b Bye, bye Bayern”. kicker online (2011年4月28日). 2014年4月3日閲覧。
  14. ^ Junior Team” (German). FC Bayern Munich Official Web Site (2008年). 2008年8月11日閲覧。
  15. ^ Women”. FC Bayern Munich Official Website (2005年). 2008年7月7日閲覧。
  16. ^ Other Sports Disciplines Bet on Bayern Muenchen”. 2014年1月21日閲覧。

外部リンク[編集]