シュナイダー潤之介
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| シュナイダー潤之介 | ||
|---|---|---|
| 名前 | ||
| 愛称 | シュナ潤 | |
| カタカナ | シュナイダー ジュンノスケ | |
| ラテン文字 | SCHNEIDER Junnosuke | |
| 基本情報 | ||
| 国籍 | ||
| 生年月日 | 1977年5月22日 | |
| 出身地 | 東京都 | |
| 身長 | 184cm | |
| 体重 | 80kg | |
| 血液型 | B型 | |
| 選手情報 | ||
| 在籍チーム | ベガルタ仙台 | |
| ポジション | GK | |
| 背番号 | 22 | |
| 利き足 | 右足
|
|
シュナイダー潤之介(シュナイダーじゅんのすけ、1977年5月22日 - )は、日本のプロサッカー選手。ベガルタ仙台所属。ポジションはGK。
目次 |
[編集] 来歴
父親がスイス人で母親が日本人のハーフである。明星高校2年次にDFからGKに転向し、鳥栖へはセレクションで合格して入団した。鳥栖の守護神で飛び出しとセービングの上手さには定評があった。チームのムードメーカー的存在でチームを引っ張っていた。2005年には主将も務め、現在はJ2の中でもトップクラスのGKとして評価されるようになってきている。
2007年、ベガルタ仙台に移籍。6月6日の練習中に右手を負傷し、全治3ヶ月と診断された。このため、開幕戦から続いていたスタメン、フル出場が途切れてしまった。
[編集] 所属クラブ
ユース経歴
プロ経歴
[編集] 個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | ナビスコ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2000年 | 群馬 | 群馬県2部 | - | 1 | 0 | ||||||
| 2001年 | 鳥栖 | 21 | J2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 2002年 | 鳥栖 | 21 | J2 | 24 | 0 | - | 1 | 0 | 25 | 0 | |
| 2003年 | 鳥栖 | 14 | J2 | 10 | 0 | - | 0 | 0 | 10 | 0 | |
| 2004年 | 鳥栖 | 14 | J2 | 26 | 0 | - | 2 | 0 | 28 | 0 | |
| 2005年 | 鳥栖 | 14 | J2 | 40 | 0 | - | 2 | 0 | 42 | 0 | |
| 2006年 | 鳥栖 | 1 | J2 | 31 | 0 | - | 2 | 0 | 33 | 0 | |
| 2007年 | 仙台 | 22 | J2 | 18 | 0 | - | 0 | 0 | 18 | 0 | |
| 通算 | 日本 | J2 | 149 | 0 | 0 | 0 | 7 | 0 | 156 | 0 | |
| 日本 | 群馬県2部 | - | 1 | 0 | |||||||
| 総通算 | 0 | 0 | 8 | 0 | |||||||
[編集] アラカルト
時々同じ仙台を本拠地とする、東北楽天ゴールデンイーグルスの試合を観戦しているところを目撃されている。 ただし、本人は子供の頃からの広島東洋カープファンである。 また、なぜイーグルス戦を観戦したかというと、対戦相手が広島カープだったからである。
[編集] シュナイダー劇場
サポーターの応援歌に手拍子で称えたり、一緒に歌って盛り上げる貴重な存在。ホームゲームで勝った場合、ゴール裏でパフォーマンスを行う。サポーターと自身の応援歌を歌い、最後の締めにスライディング(でんぐり返しなど他にもある)してはじける。サポーターから絶大な人気を誇るシュナイダーのパフォーマンスは「シュナイダー劇場」と呼ばれるようになり地元マスメディアにも取り上げられた。しかし、諸事情により、対モンテディオ山形戦を最後に「シュナイダー劇場」は行われることはなかった。
[編集] 仙台への移籍
2006年11月末、サガン鳥栖は、年俸など契約条件を提示し、交渉を進めていたが、シュナイダーがJ1チームへの移籍を希望していたため契約更新に至らなかった。「レベルの高いところからオファーがあれば、それは本人のために、本人の意志に任せる」というのが、クラブの方針の鳥栖は、翌年1月に、他クラブとの交渉が自由にできる移籍リストに登録し、J1チームからのオファーを待った。鹿島アントラーズなど具体的なチーム名が挙がっていたが、同時にJ2ベガルタ仙台からもオファーがあった。J1チームへの移籍を希望していたため、鳥栖サポーターは仙台に移籍しないだろうと思っていたが、結局シュナイダーは仙台に移籍する。「高いレベルでプレーしたい」と語っていたシュナイダーの話と矛盾する移籍(2006年の成績は、鳥栖が4位、仙台が5位)だったので、多くの鳥栖サポーターが失望した。
また移籍時に「ようやくベガルタ仙台に来ることが出来ました、自分の憧れの土地だったので非常に楽しみです」とコメントし、待ちに待った仙台サポーターからは大変な歓迎を受けるが、一部のサガン鳥栖のサポーターには反感を買ってしまった。ちなみに2007年度もベガルタ仙台はJ1昇格を逃している。

