ノバク・ジョコビッチ
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|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
ノバク・ジョコビッチ
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| 基本情報 | ||||||||||
| ラテン文字名 | Novak Đoković | |||||||||
| 愛称 | ノール | |||||||||
| 国籍 | ||||||||||
| 出身地 | 同・ベオグラード | |||||||||
| 居住地 | モナコ・モンテカルロ | |||||||||
| 生年月日 | 1987年5月22日(26歳) | |||||||||
| 身長 | 188cm | |||||||||
| 体重 | 80kg | |||||||||
| 利き手 | 右 | |||||||||
| バックハンド | 両手打ち | |||||||||
| ツアー経歴 | ||||||||||
| デビュー年 | 2003年 | |||||||||
| ツアー通算 | 38勝 | |||||||||
| シングルス | 37勝 | |||||||||
| ダブルス | 1勝 | |||||||||
| 4大大会最高成績・シングルス | ||||||||||
| 全豪 | 優勝(2008・11-13) | |||||||||
| 全仏 | 準優勝(2012) | |||||||||
| 全英 | 優勝(2011) | |||||||||
| 全米 | 優勝(2011) | |||||||||
| 優勝回数 | 6(豪4・英1・米1) | |||||||||
| 4大大会最高成績・ダブルス | ||||||||||
| 全豪 | 1回戦(2006・07) | |||||||||
| 全仏 | 1回戦(2006) | |||||||||
| 全英 | 2回戦(2006) | |||||||||
| 全米 | 1回戦(2006) | |||||||||
| キャリア自己最高ランキング | ||||||||||
| シングルス | 1位(2011年7月4日) | |||||||||
| ダブルス | 114位(2009年11月30日) | |||||||||
| 獲得メダル | ||||||||||
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| 2013年1月27日現在 | ||||||||||
ノバク・ジョコビッチ(Novak Đoković, セルビア語:
Новак Ђоковић, 1987年5月22日 - )は、セルビア・ベオグラード出身の男子プロテニス選手。ATPランキング自己最高位はシングルス1位、ダブルス114位。これまでにATPツアーでシングルス37勝、ダブルス1勝を挙げている。身長188cm、体重80kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。
2008年全豪オープンでセルビア人初の4大大会男子シングルス部門の優勝者となり、同年開催の北京オリンピックでは銅メダルに輝いた。2011年には全豪オープン、ウィンブルドン選手権、全米オープンのシングルス部門で優勝し、オープン化以降同一年に3つのグランドスラムシングルスタイトルを獲得した6人目の男子選手となった。ジョークや選手のモノマネといった試合内外でのユーモラスなパフォーマンスでも知られ[1][2][3]、「ノール」(Nole)という愛称で呼ばれ親しまれている[4]。セルビア・モンテネグロの分離により、現在は「セルビア」国籍でエントリーしている。
目次 |
選手経歴 [編集]
プロ転向-2006年 [編集]
4歳からテニスを始める。ジョコビッチの父親は元プロスキー選手で、優れたサッカー選手でもあり、現在はセルビア国内でピザとクレープのレストランを経営している。ノバクは12歳の時、ドイツ・ミュンヘンにある「ニキ・ピリッチ・テニスアカデミー」に留学し、2年後セルビアに戻った。2003年に16歳でプロ入りし、2004年から男子テニス国別対抗戦・デビスカップのセルビア・モンテネグロ代表選手になる。2005年から4大大会に出場し始めたジョコビッチは、デビュー戦の全豪オープンでは1回戦でマラト・サフィンに完敗したが、ウィンブルドンと全米オープンの2大会連続で3回戦に進出した。
2006年の全仏オープンベスト8進出をきっかけに、ジョコビッチは急成長を始める。世界ランキング63位のノーシード選手だったジョコビッチは、2回戦でフェルナンド・ゴンサレス、3回戦でトミー・ハースといった強豪選手たちを破って勝ち進むと、準々決勝で昨年の同大会優勝者ラファエル・ナダルとの対戦中に腰を痛め、6-4, 6-4 と2セットを先取された後で途中棄権を余儀なくされた。この時は故国セルビア・モンテネグロの分離直前の時期で、ジョコビッチの国籍は「セルビア・モンテネグロ」と記載されている。
全仏オープンで8強進出の後、ジョコビッチはウィンブルドンでも2回戦でトミー・ロブレドを破り、第7シードのマリオ・アンチッチとの4回戦まで進出した。ウィンブルドンの終了直後、7月中旬に開かれたオランダ・アメルスフォールト大会の決勝でニコラス・マスーを破り、ツアー初優勝を達成。4大大会で初めてシード権(当時、第20シード)を得て挑んだ全米オープンでは3回戦で敗れたものの、10月初頭にフランス・メッツ大会でツアー2勝目を挙げた。
2007年 [編集]
2007年に入り、ノバクは大躍進を果たす。マイアミ・マスターズ決勝で、フェデラーを下して勝ち上がって来たギリェルモ・カナスを破り、大規模トーナメント群であるATPマスターズシリーズ初優勝を達成。全仏オープンでは第6シードに選ばれ、初めて準決勝まで勝ち上がると、同大会で2連覇中だったラファエル・ナダルに 5-7, 4-6, 2-6 で敗れたものの、続く第4シードで挑んだウィンブルドンでは、雨天による大会進行の遅延に悩まされながら、4回戦でレイトン・ヒューイットと4時間、準々決勝でマルコス・バグダティスと5時間ものマラソンマッチを戦い抜き、苦しみつつも準決勝まで勝ち上がった。しかし、ナダルとの対戦中に足の痛みで途中棄権を余儀なくされた。8月第3週のカナダ・マスターズの準々決勝で当時世界ランキング3位のアンディ・ロディック、準決勝で同2位のラファエル・ナダル、決勝で同1位のロジャー・フェデラーを倒し、ATPマスターズシリーズ2勝目を挙げ、シングルス・ランキングで3位に上昇した。全米オープンで初めて4大大会決勝に進出したが、フェデラーに 6-7(4-7), 6-7(2-7), 4-6 のストレートで敗れて準優勝に終わった。
2008年 [編集]
全豪オープンで、ジョコビッチは準決勝でフェデラーに 7-5, 6-3, 7-6(7-5) のストレート勝ちを収め、フェデラーが2005年ウィンブルドンから続けてきた4大大会連続決勝進出歴代1位記録を「10」で止めた。決勝戦では世界ランキング38位のノーシードから勝ち上がったジョー=ウィルフリード・ツォンガ(フランス)を 4-6, 6-4, 6-3, 7-6(7-2) で破り、20歳8ヶ月で4大大会初優勝を達成した。これはセルビア出身のテニス選手として、最初の4大大会男子シングルス優勝でもある。全豪優勝から半年後、彼は8月の北京五輪で男子シングルスの銅メダリストになった。第3シードのジョコビッチは準決勝でラファエル・ナダルに敗れた後、準決勝敗退選手2名による「銅メダル決定戦」でジェームズ・ブレーク(アメリカ)を 6-3, 7-6(7-4) で破り、オリンピックのセルビア代表選手として銅メダルを獲得した。2008年度の男子ツアー年間最終戦「テニス・マスターズ・カップ」では、決勝でニコライ・ダビデンコ(ロシア)を 6-1, 7-5 で破って初優勝を決めた。
2009年 [編集]
全豪オープンでは、アンディ・ロディックとの準々決勝を 7-6(7-3), 4-6, 2-6, 1-2 で途中棄権してしまった。全仏オープンでは3回戦でフィリップ・コールシュライバーに、ウィンブルドンでは準々決勝でトミー・ハースに、全米オープンでは準決勝でフェデラーにそれぞれ敗れている。
2010年 [編集]
全豪オープンは準々決勝でジョー=ウィルフリード・ツォンガに 6-7(8-10), 7-6(7-5), 6-1, 3-6, 1-6 で敗れたが、大会終了後の2010年2月1日付のランキングで、初めて「2位」を記録した。 その後しばらく不本意な成績が続く。全仏オープンでは準々決勝でユルゲン・メルツァーに逆転負けを喫し、ウィンブルドンでは準決勝で、前の試合でフェデラーを破っていたトマーシュ・ベルディハに完敗を喫した。 しかし全米オープンでは初戦でフルセットを戦うもその後は順調にストレートで勝ちあがり、準決勝でついにフェデラーと4年連続となる対戦を実現。5-7, 6-1, 5-7, 6-2, 7-5 でついにフェデラーを破り3年ぶりに決勝進出を果たしたが、雨で1日順延した決勝ではナダルに 4-6, 7-5, 4-6, 2-6 で敗れた。12月にベオグラードで開催されたフランスとのデビスカップ決勝ではシングルスでジル・シモンを 6-3, 6-1, 7-5 、ガエル・モンフィスを 6-2, 6-2, 6-4 で破り、セルビアの初優勝に貢献した。
2011年 [編集]
全豪オープンでは準決勝でロジャー・フェデラーを 7-6(7-3), 7-5, 6-4 で破り決勝に進出、決勝ではアンディ・マレーに 6-4, 6-2, 6-3 で快勝し、3年ぶり2度目の優勝を果たした。これを皮切りにドバイ・テニス選手権でもフェデラーを破り優勝、さらにインディアンウェルズ・マスターズ、マイアミ・マスターズの両マスターズも制覇し年初のハードコートシーズンの成績を24勝0敗とした。クレーシーズンに入っても勢いは止まらず、モンテカルロ・マスターズこそ欠場したもののまず地元ベオグラードの大会で優勝、スペインのマドリード・マスターズでも決勝でラファエル・ナダルを破り優勝(対ナダルでのクレーコート初勝利)、さらにローマ・マスターズでもナダルを下し、7大会連続の優勝を飾る。 全仏オープンでも順調に勝ち上がったが、準決勝でロジャー・フェデラーに敗れ、デビスカップ決勝からの連勝は43(歴代2位のイワン・レンドルにあと1勝、同1位のギリェルモ・ビラスにあと3勝及ばず)、年初からの連勝は41(歴代1位のジョン・マッケンローにあと1勝及ばず)でストップした。
ウィンブルドン決勝進出を決めた時点で、それまで1位のナダルを抜き、自身初の世界ランク1位に就くことが確定した。その決勝戦ではラファエル・ナダルに6-4, 6-1, 1-6, 6-3 で快勝し初優勝を飾った。
さらに、続くモントリオール・マスターズにおいて、ナダル、フェデラー、マレーといったトップ4選手が相次いで敗退する中、ガエル・モンフィス、ジョー=ウィルフリード・ツォンガといった強豪に勝利し、決勝ではマーディ・フィッシュを6-2、3-6、6-4で下し、シーズン9回目の優勝を飾った。
また、世界ランク1位となってから初めて出場した大会で優勝した選手は、1993年のピート・サンプラス(米国)以来となった。 その後、全米オープンへの前哨戦として挑んだシンシナティ・マスターズでは決勝でアンディ・マレーと対戦するも、準決勝で痛めた右肩痛の影響で第2セットで0-3としたところで途中棄権し、シーズン2敗目となった。 全米オープンへの影響を心配する声もあったが、予定通り全米オープンに出場した。 右肩痛の影響は見られず順調に勝ち進み、準決勝でロジャー・フェデラーと対戦。6-7(7-9)、4-6、6-3、6-2、7-5のフルセットで試合を制した。 続く決勝では、前年決勝と同じ相手である第2シードのラファエル・ナダルに 6-2、6-4、6-7、6-1で前年の雪辱を果たし、全米オープン初優勝を遂げた。
また、同一年の四大大会3勝はオープン化以降で史上6人目となった。これにより、獲得賞金額が1060万ドルを超え、この時点で、男子ツアーの1シーズンでの歴代獲得賞金額のトップに立ち、最終的には1,261万9,803ドルまで年間獲得賞金額の記録を伸ばした。
2012年 [編集]
全豪オープンでは決勝でラファエル・ナダルを 5-7, 6-4, 6-2, 6-7(5), 7-5 で破り2年連続3度目の優勝を果たした。試合時間は5時間53分で全豪最長記録であり、4大大会決勝最長記録となった。マイアミ・マスターズでは、決勝でアンディ・マレーをストレートで下しシーズン2勝目を挙げた。続くモンテカルロ・マスターズ、ローマ・マスターズではいずれも決勝でナダルにストレートで敗れた。
全仏オープンでは初めて決勝に進出したが、決勝でナダルに 4–6, 3–6, 6–2, 5–7 で敗れ4大大会4連続優勝を逃した。ウィンブルドンでは準決勝で優勝したロジャー・フェデラーに 3-6, 6-3, 4-6, 3-6 で敗れ1年間守ったランキング1位から陥落した。
2012年ロンドンオリンピックの開会式ではセルビア選手団の旗手を務めた。シングルス準決勝で金メダルを獲得したアンディ・マレーに 5-7, 5-7 で敗れ、銅メダル決定戦でもフアン・マルティン・デル・ポトロに 5-7, 4-6 で敗れメダルを逃した。その後のカナダ・マスターズでは、決勝でリシャール・ガスケをストレートで下しシーズン3勝目を挙げた。
全米オープンでは決勝でアンディ・マレーに 6–7(10), 5–7, 6–2, 6–3, 2–6の4時間54分の激闘の末敗れ連覇を逃した。10月開催の、チャイナ・オープンでは決勝でジョー=ウィルフリード・ツォンガを下し、その翌週開催の上海マスターズでは決勝でアンディ・マレーに、5-7, 7-6, 6-3の逆転で勝利し、2週連続でタイトルを獲得をした。11月5日付のランキングにて、ロジャー・フェデラーが1位から陥落したことにより、約4ヶ月ぶりに世界ランキング1位に復帰すると同時に、2年連続で年間&年度末ランキング1位となることが確定した。
ATPワールドツアー・ファイナルではラウンド・ロビン3戦全勝で準決勝に進出。準決勝でデル・ポトロを下し、決勝ではフェデラーに7-6, 7-5で勝利し4年ぶり2度目の優勝を果たした。
2013年 [編集]
全豪オープンでは、決勝でアンディ・マレーを6-7, 7-6, 6-3, 6-2で破り、オープン化後初の全豪3連覇を成し遂げた。ドバイ・テニス選手権では決勝でトマーシュ・ベルディハを破り2年ぶり4度目の優勝を果たした。
ATPツアー決勝進出結果 [編集]
シングルス: 56回 (37勝19敗) [編集]
| 大会グレード |
| グランドスラム (6-4) |
| ATPワールドツアー・ファイナル (2-0) |
| ATPワールドツアー・マスターズ1000 (14-10) |
| ATPワールドツアー・500シリーズ (9-1) |
| ATPワールドツアー・250シリーズ (6-4) |
| サーフェス別タイトル |
| ハード (28-11) |
| クレー (8-6) |
| 芝 (1-2) |
| カーペット (0-0) |
| 結果 | No. | 決勝日 | 大会 | サーフェス | 対戦相手 | スコア |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 優勝 | 1. | 2006年7月17日 | クレー | 7-6(5), 6-4 | ||
| 準優勝 | 1. | 2006年7月30日 | クレー | 6-6(1), 途中棄権 | ||
| 優勝 | 2. | 2006年10月2日 | ハード (室内) | 4-6, 6-3, 6-2 | ||
| 優勝 | 3. | 2007年1月1日 | ハード | 6-3, 6-7(6), 6-4 | ||
| 準優勝 | 2. | 2007年3月18日 | ハード | 2-6, 5-7 | ||
| 優勝 | 4. | 2007年4月1日 | ハード | 6-3, 6-2, 6-4 | ||
| 優勝 | 5. | 2007年4月29日 | クレー | 7-6(7), 0-6, 6-1 | ||
| 優勝 | 6. | 2007年8月12日 | ハード | 7-6(2), 2-6, 7-6(2) | ||
| 準優勝 | 3. | 2007年9月9日 | ハード | 6-7(4), 6-7(2), 4-6 | ||
| 優勝 | 7. | 2007年10月14日 | ハード (室内) | 6-4, 6-0 | ||
| 優勝 | 8. | 2008年1月27日 | ハード | 4-6, 6-4, 6-3, 7-6(2) | ||
| 優勝 | 9. | 2008年3月23日 | ハード | 6-2, 5-7, 6-3 | ||
| 優勝 | 10. | 2008年5月11日 | クレー | 4-6, 6-3, 6-3 | ||
| 準優勝 | 4. | 2008年6月15日 | 芝 | 6-7(6), 5-7 | ||
| 準優勝 | 5. | 2008年8月3日 | ハード | 6-7(4), 6-7(5) | ||
| 準優勝 | 6. | 2008年9月28日 | ハード (室内) | 6-7(4), 4-6 | ||
| 優勝 | 11. | 2008年11月16日 | ハード (室内) | 6-1, 7-5 | ||
| 優勝 | 12. | 2009年2月28日 | ハード | 7-5, 6-3 | ||
| 準優勝 | 7. | 2009年4月5日 | ハード | 2-6, 5-7 | ||
| 準優勝 | 8. | 2009年4月19日 | クレー | 3-6, 6-2, 1-6 | ||
| 準優勝 | 9. | 2009年5月3日 | クレー | 6-7(2), 2-6 | ||
| 優勝 | 13. | 2009年5月10日 | クレー | 6-3, 7-6(0) | ||
| 準優勝 | 10. | 2009年6月14日 | 芝 | 3-6, 7-6(4), 1-6 | ||
| 準優勝 | 11. | 2009年8月23日 | ハード | 1-6, 5-7 | ||
| 優勝 | 14. | 2009年10月11日 | ハード | 6-2, 7-6(4) | ||
| 優勝 | 15. | 2009年11月8日 | ハード (室内) | 6-4, 4-6, 6-2 | ||
| 優勝 | 16. | 2009年11月15日 | ハード (室内) | 6-2, 5-7, 7-6(3) | ||
| 優勝 | 17. | 2010年2月27日 | ハード | 7-5, 5-7, 6-3 | ||
| 準優勝 | 12. | 2010年9月12日 | ハード | 4-6, 7-5, 4-6, 2-6 | ||
| 優勝 | 18. | 2010年10月10日 | ハード | 6-2, 6-4 | ||
| 準優勝 | 13. | 2010年11月7日 | ハード (室内) | 4-6, 6-3, 1-6 | ||
| 優勝 | 19. | 2011年1月30日 | ハード | 6-4, 6-2, 6-3 | ||
| 優勝 | 20. | 2011年2月28日 | ハード | 6-3, 6-3 | ||
| 優勝 | 21. | 2011年3月13日 | ハード | 4-6, 6-3, 6-2 | ||
| 優勝 | 22. | 2011年4月3日 | ハード | 4-6, 6-3, 7-6(4) | ||
| 優勝 | 23. | 2011年4月24日 | クレー | 7-6(4), 6-2 | ||
| 優勝 | 24. | 2011年5月8日 | クレー | 7-5, 6-4 | ||
| 優勝 | 25. | 2011年5月15日 | クレー | 6-4, 6-4 | ||
| 優勝 | 26. | 2011年7月3日 | 芝 | 6-4, 6-1, 1-6, 6-3 | ||
| 優勝 | 27. | 2011年8月14日 | ハード | 6-2, 3-6, 6-4 | ||
| 準優勝 | 14. | 2011年8月21日 | ハード | 4-6, 0-3 途中棄権 | ||
| 優勝 | 28. | 2011年9月12日 | ハード | 6-2, 6-4, 6-7(3), 6-1 | ||
| 優勝 | 29. | 2012年1月29日 | ハード | 5-7, 6-4, 6-2, 6-7(5), 7-5 | ||
| 優勝 | 30. | 2012年4月1日 | ハード | 6-1, 7-6(4) | ||
| 準優勝 | 15. | 2012年4月22日 | クレー | 3-6, 1-6 | ||
| 準優勝 | 16. | 2012年5月21日 | クレー | 5-7, 3-6 | ||
| 準優勝 | 17. | 2012年6月11日 | クレー | 4-6, 3-6, 6-2, 5-7 | ||
| 優勝 | 31. | 2012年8月12日 | ハード | 6-3, 6-2 | ||
| 準優勝 | 18. | 2012年8月19日 | ハード | 0-6, 6-7(7) | ||
| 準優勝 | 19. | 2012年9月10日 | ハード | 6-7(10), 5-7, 6-2, 6-3, 2-6 | ||
| 優勝 | 32. | 2012年10月7日 | ハード | 7-6(4), 6-2 | ||
| 優勝 | 33. | 2012年10月14日 | ハード | 5-7, 7-6(11), 6-3 | ||
| 優勝 | 34. | 2012年11月12日 | ハード (室内) | 7-6(6), 7-5 | ||
| 優勝 | 35. | 2013年1月27日 | ハード | 6-7(2), 7-6(3), 6-3, 6-2 | ||
| 優勝 | 36. | 2013年3月2日 | ハード | 7-5, 6-3 | ||
| 優勝 | 37. | 2013年4月21日 | クレー | 6-2, 7-6(1) |
ダブルス: 2回 (1勝1敗) [編集]
| 結果 | No. | 決勝日 | 大会 | サーフェス | パートナー | 対戦相手 | スコア |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 準優勝 | 1. | 2007年1月7日 | ハード | 4-6, 6-3, [13-15] | |||
| 優勝 | 2. | 2010年6月13日 | 芝 | 6-7, 6-2, [10-3] |
4大大会優勝 [編集]
| 年 | 大会 | 対戦相手 | 試合結果 |
|---|---|---|---|
| 2008年 | 全豪オープン | 4-6, 6-4, 6-3, 7-6 | |
| 2011年 | 全豪オープン | 6-4, 6-2, 6-3 | |
| 2011年 | ウィンブルドン | 6-4, 6-1, 1-6, 6-3 | |
| 2011年 | 全米オープン | 6-2, 6-4, 6-7, 6-1 | |
| 2012年 | 全豪オープン | 5-7, 6-4, 6-2, 6-7, 7-5 | |
| 2013年 | 全豪オープン | 6-7, 7-6, 6-3, 6-2 |
4大大会シングルス成績 [編集]
- 略語の説明
| W | F | SF | QF | #R | RR | Q# | LQ | A | WG | Z# | PO | SF-B | S | G | NMS | NH |
W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.
| 大会 | 2005 | 2006 | 2007 | 2008 | 2009 | 2010 | 2011 | 2012 | 2013 | 通算成績 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 全豪オープン | 1R | 1R | 4R | W | QF | QF | W | W | W | 39-5 |
| 全仏オープン | 2R | QF | SF | SF | 3R | QF | SF | F | 31-8 | |
| ウィンブルドン | 3R | 4R | SF | 2R | QF | SF | W | SF | 32-7 | |
| 全米オープン | 3R | 3R | F | SF | SF | F | W | F | 39-7 |
※: 2011年全仏準々決勝の不戦勝は通算成績に含まない
脚注 [編集]
- ^ “Djoker In The Pack Holds All The Aces” (英語). ATP (2007年9月10日). 2012年1月24日閲覧。
- ^ “Novak Djokovic wows US Open crowd with a win – and a McEnroe impression” (英語). ガーディアン (2009年9月8日). 2012年1月24日閲覧。
- ^ “Novak Djokovic Impersonations” (英語). スポーツ・イラストレイテッド (2010年6月23日). 2012年1月24日閲覧。
- ^ “ウィンブルドン初制覇のジョコビッチが凱旋” (日本語). フランス通信 (2011年7月5日). 2012年1月24日閲覧。
外部リンク [編集]
- ノバク・ジョコビッチ - ATPツアーのプロフィール (英語)
- ノバク・ジョコビッチ - デビスカップのプロフィール (英語)
- ノバク・ジョコビッチ - 国際テニス連盟のプロフィール (英語)
- ノバク・ジョコビッチ - バイオグラフィーとオリンピックでの成績(英語)
- 公式サイト
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