エフゲニー・カフェルニコフ
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エフゲニー・カフェルニコフ
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| 基本情報 | ||||||||||
| ラテン文字名 | Yevgeny Kafelnikov | |||||||||
| フルネーム | Yevgeny Aleksandrovich Kafelnikov |
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| 国籍 | ||||||||||
| 出身地 | 同・ソチ | |||||||||
| 生年月日 | 1974年2月18日(39歳) | |||||||||
| 身長 | 190cm | |||||||||
| 体重 | 84kg | |||||||||
| 利き手 | 右 | |||||||||
| バックハンド | 両手打ち | |||||||||
| ツアー経歴 | ||||||||||
| デビュー年 | 1992年 | |||||||||
| 引退年 | 2004年 | |||||||||
| ツアー通算 | 53勝 | |||||||||
| シングルス | 26勝 | |||||||||
| ダブルス | 27勝 | |||||||||
| 生涯通算成績 | 967勝519敗 | |||||||||
| シングルス | 609勝306敗 | |||||||||
| ダブルス | 358勝213敗 | |||||||||
| 生涯獲得賞金 | $23,883,797 | |||||||||
| 4大大会最高成績・シングルス | ||||||||||
| 全豪 | 優勝(1999) | |||||||||
| 全仏 | 優勝(1996) | |||||||||
| 全英 | ベスト8(1995) | |||||||||
| 全米 | ベスト4(1999・2001) | |||||||||
| 優勝回数 | 2(豪1・仏1) | |||||||||
| 4大大会最高成績・ダブルス | ||||||||||
| 全豪 | ベスト8(1995・99) | |||||||||
| 全仏 | 優勝(1996・97・2002) | |||||||||
| 全英 | ベスト4(1994・95) | |||||||||
| 全米 | 優勝(1997) | |||||||||
| 優勝回数 | 4(仏3・米1) | |||||||||
| キャリア自己最高ランキング | ||||||||||
| シングルス | 1位 | |||||||||
| ダブルス | 4位 | |||||||||
| 獲得メダル | ||||||||||
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エフゲニー・カフェルニコフ(Yevgeny Kafelnikov, ラテン翻字: Yevgeny Aleksandrovich Kafelnikov, ロシア語: Евге́ний Алекса́ндрович Ка́фельников, 1974年2月18日 - )は、ロシア・ソチ出身の元男子プロテニス選手。1996年の全仏オープンと1999年の全豪オープンに優勝し、ロシアのテニス選手として最初の4大大会優勝者になった選手である。自己最高ランキングはシングルス1位、ダブルス4位。ATPツアーでシングルス26勝、ダブルス27勝を挙げた。カフェルニコフは強力なグラウンド・ストロークを軸とするオールラウンド・プレーヤーで、ハードコート、クレーコート、芝生コートのすべてのサーフェスを得意とした。
来歴 [編集]
1992年にプロ転向。1994年にツアーでシングルス3勝、ダブルス4勝を記録し、その頃から急成長を始める。1996年の全仏オープンで4大大会初優勝を達成。決勝戦でドイツのミヒャエル・シュティヒを 7-6, 7-5, 7-6 のストレートで破り、ロシア人のプロテニス選手として最初の4大大会シングルス優勝者に輝いた。それから3年後、1999年の全豪オープンでは第10シードから勝ち進み、決勝戦でトーマス・エンクビスト(スウェーデン)を 4-6, 6-0, 6-3, 7-6 で破り、4大大会シングルス2勝目を挙げた。しかし翌年の2000年全豪オープン決勝ではアンドレ・アガシに敗れ、大会2連覇を逃した。2000年のシドニー五輪で男子シングルスの金メダルを獲得した時は、決勝でドイツ代表のトミー・ハースを 7-6, 3-6, 6-2, 4-6, 6-3 のフルセットで破っている。
カフェルニコフはダブルスでの活躍も目覚ましく、全仏オープンの男子ダブルスで1996年・1997年・2002年の3勝を挙げ、1997年には全米オープンの男子ダブルスでも優勝し、通算「4勝」を挙げた。最も相性の合うパートナーはダニエル・バチェク(チェコ)で、最初の3勝はバチェクとのペアで獲得したものである。それから5年後、2002年の全仏オープン男子ダブルスではオランダのベテラン選手、ポール・ハーフースと組んで3度目の優勝を飾った。しかし、現役最後の年となった2003年の全仏オープン男子ダブルスで、カフェルニコフとハーフースの組はアメリカのボブ・ブライアン&マイク・ブライアン組(双子の兄弟のペア)に敗れて連覇を逃した。
コート上では審判にクレームをつけることも少なく、極めて紳士的な態度だった。現役生活の後半はかなりの毒舌家で、男子テニス界の“ご意見番”との声も上がっていた。
2003年10月以降大会に出場せず、2004年11月に正式に引退を表明した。現在はポーカーの大会に出場している。
4大大会優勝 [編集]
- 全豪オープン 男子シングルス:1勝(1999年) [男子シングルス準優勝1度:2000年]
- 全仏オープン 男子シングルス:1勝(1996年)/男子ダブルス:3勝(1996年&1997年・2002年) [1996年は単複2冠獲得]
- 全米オープン 男子ダブルス:1勝(1997年)
| 年 | 大会 | 対戦相手 | 試合結果 |
|---|---|---|---|
| 1996年 | 全仏オープン | 7-6, 7-5, 7-6 | |
| 1999年 | 全豪オープン | 4-6, 6-0, 6-3, 7-6 |
外部リンク [編集]
- エフゲニー・カフェルニコフ - ATPツアーのプロフィール (英語)
- エフゲニー・カフェルニコフ - デビスカップのプロフィール (英語)
- エフゲニー・カフェルニコフ - 国際テニス連盟のプロフィール (英語)
- 公式サイト
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