ケビン・ウリエット

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ケビン・ウリエット
Ullyett 2009 US Open 01.jpg
ケビン・ウリエット
基本情報
ラテン文字名 Kevin Ullyett
フルネーム Kevin Robert Ullyett
国籍 ジンバブエの旗 ジンバブエ
出身地 同・ハラレ
居住地 イギリス・ロンドン
生年月日 1972年5月23日(40歳)
身長 177cm
体重 77kg
利き手
バックハンド 片手打ち
ツアー経歴
デビュー年 1990年
引退年 2010年(最終出場年)
ツアー通算 34勝
シングルス 0勝
ダブルス 34勝
生涯通算成績 523勝344敗
シングルス 21勝34敗
ダブルス 502勝310敗
生涯獲得賞金 $4,138,771
4大大会最高成績・シングルス
全豪 2回戦(2000)
全米 2回戦(1993)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 優勝(2005)
全仏 ベスト8(2004・08・09)
全英 準優勝(2008)
全米 優勝(2001)
優勝回数 2(豪1・米1)
4大大会最高成績・混合ダブルス
全豪 優勝(2002)
優勝回数 1(豪1)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 107位(2000年5月22日)
ダブルス 4位(2005年1月31日)

ケビン・ロバート・ウリエットKevin Robert Ullyett, 1972年5月23日 - )は、ジンバブエハラレ出身の男子プロテニス選手。ジンバブエの有名なテニス一家「ブラック家」の3人兄弟(バイロン・ブラックウェイン・ブラックカーラ・ブラック)と並んで、当地を代表するテニス選手の1人として活動してきた。ATPツアーでシングルスの優勝はないが、ダブルスで34勝を挙げた。自己最高ランキングはシングルス107位、ダブルス4位。身長177cm、体重77kg、右利き。

来歴 [編集]

ウリエットは両親が自宅の裏庭に建てたハードコートで、5歳からテニスを始めた。ケビンが7歳の時、一家は南アフリカダーバンに引っ越した。1990年にプロ入り。ウリエットは1995年4月に名古屋のチャレンジャー大会でプレーしたことがあり、リーンダー・パエス(インド)とペアを組んだダブルスで優勝した。この大会のシングルスでは1回戦で鈴木貴男に勝ったが、準決勝で松岡修造に 6-7, 5-7 で敗れた。1996年に「ジャパン・オープン」の男子ダブルスにウェイン・ブラックとのペアで出場したが、準々決勝でオーストラリアマーク・ウッドフォード&トッド・ウッドブリッジ組に敗れたこともある。1997年1月末に中国上海大会で、マックス・ミルヌイ(ベラルーシ)と組んでATPツアー大会のダブルス初優勝を果たす。1998年12月、ウリエットは自宅を南アフリカから故国ジンバブエに移した。

彼は男子テニスツアーの下部組織の大会で長期間の下積み生活を送ったが、1999年に27歳で男子テニス国別対抗戦・デビスカップジンバブエ代表選手に初選出された。2000年シドニー五輪で初めてオリンピックのジンバブエ代表選手に選ばれ、シングルスではクロアチア代表のイワン・リュビチッチとの2回戦まで進んだが、ウェイン・ブラックとのダブルスでは1回戦で敗退する。ウリエットは2000年11月のスウェーデンストックホルム大会1回戦でアンドリュー・イリー(オーストラリア)に2-6, 5-7のスコアで敗退したのを最後に、男子ツアー大会のシングルスから撤退し、2001年以後はダブルスのみに活動を絞ってきた。

2001年のシーズンから、ケビン・ウリエットはダブルスの大部分をウェイン・ブラックとのペアで出場するようになった。ウリエットとブラックは2001年全米オープン2005年全豪オープンで、4大大会の男子ダブルスに2勝を挙げた。2度目のオリンピック出場となった2004年アテネ五輪では、2人は準々決勝でインド代表のマヘシュ・ブパシ&リーンダー・パエス組に敗れている。2004年末には男子テニス年間最終戦「テニス・マスターズ・カップ」のダブルス準優勝があり、ウリエットとブラックは決勝でアメリカの「ブライアン兄弟」(ボブマイクは双子の兄弟ペア)に 6-4, 5-7, 4-6, 2-6 で敗れた。2005年全豪オープン男子ダブルスではブライアン兄弟を 6-4, 6-4 で破り、2001年全米オープン以来の4大大会優勝を飾った。

混合ダブルスでのウリエットは、2002年全豪オープンダニエラ・ハンチュコバスロバキア)と組んだ優勝がある。

ウェイン・ブラックの現役引退により、ウリエットは2006年2007年の2年間ポール・ハンリーオーストラリア)とパートナーを組んだ。2008年は大半の試合でヨナス・ビョークマンスウェーデン)と組み、このコンビで初めてのウィンブルドン男子ダブルス決勝進出を決めた。ウリエットとビョークマンは決勝でダニエル・ネスターカナダ)&ネナド・ジモニッチセルビア)組に 6-7, 7-6, 3-6, 3-6 で敗れ、ウリエットはウィンブルドン初優勝のチャンスを逃した。ビョークマンも2008年に現役を引退したため、ウリエットは2009年シーズンは1試合を除きブルーノ・ソアレスブラジル)と組んだ。

ウリエットは2010年ウィンブルドン選手権男子ダブルスで1回戦敗退した試合が、最後の出場になった。

4大大会ダブルス優勝 [編集]

外部リンク [編集]