ダニエル・ネスター

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ダニエル・ネスター
Daniel Nestor at the 2008 Rogers Cup.jpg
ダニエル・ネスター
基本情報
ラテン文字名 Daniel Nestor
フルネーム Daniel Mark Nestor
国籍 カナダの旗 カナダ
出身地 ユーゴスラビア・ベオグラード
居住地 バハマ
生年月日 1972年9月4日(41歳)
身長 190cm
体重 86kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 1991年
ツアー通算 83勝
シングルス 0勝
ダブルス 83勝
4大大会最高成績・シングルス
全豪 3回戦(1998・99・2001)
全仏 1回戦(1997-99)
全英 4回戦(1999)
全米 2回戦(1995・2000)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 優勝(2002)
全仏 優勝(2007・10)
全英 優勝(2008・09)
全米 優勝(2004)
優勝回数 6(豪1・仏2・英2・米1)
4大大会最高成績・混合ダブルス
全豪 優勝(2007)
全仏 準優勝(2006)
全英 優勝(2013)
全米 準優勝(2003)
優勝回数 2(豪1・英1)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 58位(1999年8月23日)
ダブルス 1位(2002年8月19日)
獲得メダル
男子 テニス
オリンピック
2000 シドニー ダブルス
2014年3月10日現在

ダニエル・マーク・ネスターDaniel Mark Nestor, 1972年9月4日 - )は、カナダの男子プロテニス選手。ダブルスのスペシャリストとしてよく知られ、2000年シドニー五輪男子ダブルスで金メダルを獲得し、4大大会の男子ダブルスでもすべてのタイトルを制覇した選手である。これまでにATPツアーでダブルス83勝を挙げる(シングルス優勝はない)。自己最高ランキングはシングルス58位、ダブルス1位。身長190cm、体重86kg、左利きの選手。

経歴[編集]

ネスターはユーゴスラビアセルビア)のベオグラードに生まれ、1976年に4歳でカナダへ移住した。1991年にプロ入り。1992年から男子テニス国別対抗戦・デビスカップのカナダ代表選手となり、カナダ・チームの歴史を通じて最多記録の「15年連続出場」を果たしている。1995年全豪オープン男子ダブルスで、バハママーク・ノールズと組んで初めての決勝進出を果たすが、アメリカジャレッド・パーマーリッチー・レネバーグの組に敗れて準優勝になる。1996年アトランタ五輪で、ネスターはオリンピックのカナダ代表選手として初出場を果たす。最初の男子ダブルスではグラント・コネルとペアを組み、2回戦でイギリスペアのティム・ヘンマン&ニール・ブロード組に敗れた。1998年はノールズとのペアで全仏オープン全米オープンの男子ダブルス決勝に敗れ、なかなか4大大会のタイトルに手が届かなかった。

2000年シドニー五輪男子ダブルスで、ダニエル・ネスターはセバスチャン・ラルーとペアを組み、決勝でオーストラリアマーク・ウッドフォードトッド・ウッドブリッジの組を 5-7, 6-3, 6-4, 7-6 で破って金メダルを獲得した。ウッドフォードとウッドブリッジは、姓もよく似ていることから「ウッディーズ」(Woodies)と呼ばれた名コンビである。35歳のマーク・ウッドフォードは2000年限りでの現役引退を表明していたが、最後の年に地元開催のオリンピックで有終を飾ることができなかった。

2002年全豪オープン男子ダブルスで、ネスターは長年の親友マーク・ノールズと組み、決勝でフランスミカエル・ロドラ&ファブリス・サントロ組を 7-6, 6-3 で破って宿願の4大大会ダブルス初優勝を達成した。この年は全仏オープンウィンブルドンでもノールズとの組で決勝に進んだが、全仏ではエフゲニー・カフェルニコフ&ポール・ハーフースオランダ)組に、ウィンブルドンではヨナス・ビョークマンスウェーデン)&トッド・ウッドブリッジ組に敗れて準優勝に終わっている。2003年全豪オープン男子ダブルス決勝戦は、2年連続でネスター&ノールズ組とロドラ&サントロ組の対決になったが、ネスター&ノールズ組は 4-6, 6-3, 3-6 の逆転でフランスペアに敗れ、大会2連覇を逃した。2004年全米オープンで4大大会2勝目を挙げた時もノールズと組んでいる。

2007年全仏オープンの男子ダブルスで、ネスターとノールズは5年ぶり3度目の決勝戦に進み、チェコペアのルーカス・ドロウヒー&パベル・ビズネル組に 2-6, 6-3, 6-4 の逆転勝利を収めた。これで2人の4大大会ダブルス優勝は「3勝」となった。2人は2007年の男子テニス年間最終戦「テニス・マスターズ・カップ」ダブルス部門の優勝を最後に、10年以上に及んだペアの解消を発表した。

2007年シーズンの終盤から、ネスターはネナド・ジモニッチセルビア)と組んで大半のトーナメントに出場するようになった。2008年ウィンブルドンにおいて、ネスターとジモニッチのコンビは、決勝でヨナス・ビョークマンスウェーデン)&ケビン・ウリエットジンバブエ)組を 7-6, 6-7, 6-3, 6-3 で破り、ウィンブルドン初優勝を決めた。これにより、ネスターは4大大会男子ダブルスですべてのタイトルを獲得する「キャリア・グランドスラム」を完成させた。ネスターとジモニッチは、2009年ウィンブルドンで男子ダブルス2連覇を達成した。

ネスターとジモニッチは2010年も全仏オープンなど7勝を挙げたが、ペアの解消を発表した。2011年からはネスターはマックス・ミールヌイベラルーシ)と組むことになる。

混合ダブルスでのネスターは、2007年全豪オープンロシアエレーナ・リホフツェワとペアを組み、ベラルーシペアのマックス・ミールヌイ&ビクトリア・アザレンカ組を 6-4, 6-4 で破って初優勝を果たした。それまでのネスターは、混合ダブルスでは3度の準優勝で止まっていた。2003年全米オープンではリナ・クラスノルツカヤロシア)とペアを組み、ボブ・ブライアンアメリカ)&カタリナ・スレボトニクスロベニア)組と第3セットのタイブレークまで戦ったが、結局 7-5, 5-7, 6-7 で敗れて準優勝になっている。2006年度は全豪オープン全仏オープンともリホフツェワとのペアで2大会連続の準優勝に終わったが、ついに2007年全豪オープンでリホフツェワと組んで初優勝を決めた。

4大大会シングルスでのネスターは、1999年ウィンブルドンピート・サンプラスとの4回戦に進出したことがある。彼は2006年カナダ・マスターズ1回戦敗退を最後にシングルスから撤退し、現在はダブルスのみに活動を絞っている。

4大大会ダブルス優勝[編集]

外部リンク[編集]