|
キャシー・ジョーダン |
 |
|
| 基本情報 |
| ラテン文字名 |
Kathy Jordan |
| 愛称 |
KJ |
| 国籍 |
アメリカ合衆国 |
| 出身地 |
同・ペンシルベニア州 |
| 生年月日 |
1959年12月3日(53歳) |
| 身長 |
173cm |
| 体重 |
59kg |
| 利き手 |
右 |
| バックハンド |
片手打ち |
| ツアー経歴 |
| デビュー年 |
1979年 |
| 引退年 |
1991年 |
| ツアー通算 |
44勝 |
| シングルス |
3勝 |
| ダブルス |
41勝 |
| 生涯通算成績 |
260勝104敗 |
| シングルス |
75勝54敗 |
| ダブルス |
185勝50敗 |
| 4大大会最高成績・シングルス |
| 全豪 |
準優勝(1983) |
| 全仏 |
ベスト8(1980) |
| 全英 |
ベスト4(1984) |
| 全米 |
4回戦(1979-81・83・85・86) |
| 4大大会最高成績・ダブルス |
| 全豪 |
優勝(1981) |
| 全仏 |
優勝(1980) |
| 全英 |
優勝(1980・85) |
| 全米 |
優勝(1981) |
| 優勝回数 |
5(豪1・仏1・英2・米1) |
| 4大大会最高成績・混合ダブルス |
| 全仏 |
優勝(1986) |
| 全英 |
優勝(1986) |
| 優勝回数 |
2(仏1・英1) |
| キャリア自己最高ランキング |
| シングルス |
5位 |
| ダブルス |
1位 |
|
|
キャシー・ジョーダン(Kathy Jordan, 1959年12月3日 - )は、アメリカ・ペンシルベニア州出身の元女子プロテニス選手。1983年の全豪オープン女子シングルス準優勝者。姓名の略称である“KJ”がそのままニックネームになっていた。WTAツアーでシングルス3勝、ダブルス41勝を挙げた。実の姉バーバラ・ジョーダンは、1979年の全豪オープン女子シングルス優勝者である。
高校在学中はバスケットボール部員として活躍したが、1979年6月にプロテニス選手となる。同年11月に「東京エメロンカップ」というトーナメントで初来日する。この年、キャシー・ジョーダンは女子テニス協会の「最も印象的な新人選手賞」(Most Impressive Newcomer Award)を受賞した。彼女の経歴のハイライトとなった1983年は、まずウィンブルドンで準々決勝進出があった。この時敗れたビリー・ジーン・キング夫人は、39歳にしてまだ第10シードの位置にいた。そして、当時は年末開催だった全豪オープンがやってくる。ジョーダンはこの大会で初の4大大会決勝進出を果たしたが、最盛期を迎えた第1シードのマルチナ・ナブラチロワに 2-6, 6-7 のストレートで敗れて準優勝に終わり、4年前の姉バーバラ・ジョーダンの快挙に続くことはできなかった。1984年はウィンブルドンで自己最高成績を出したが、準決勝でまたナブラチロワに敗れる。その後は故障などもあり、4大大会のシングルスで好成績が途絶えた。
キャシー・ジョーダンはダブルスの名手として、4大大会の女子ダブルスではすべてのタイトルを獲得した。1980年に全仏オープンとウィンブルドンの女子ダブルスで優勝し、1981年には全米オープンと全豪オープンを制している。4つともパートナーはアメリカのアン・スミスで、同一ペアによる「キャリア・グランドスラム」の偉業達成となった。後年はオーストラリアのエリザベス・スマイリーとペアを組むことが多くなり、1985年のウィンブルドンの女子ダブルスではスマイリーと組んで5年ぶり2度目の優勝を果たした。とりわけ、1985年ウィンブルドンの女子ダブルス決勝では、ジョーダン&スマイリー組はマルチナ・ナブラチロワ&パム・シュライバー組の女子ダブルス「109連勝」の歴代1位記録を止めている。
ジョーダンは混合ダブルスでも、1986年に全仏オープンとウィンブルドンで2大会連続優勝がある。パートナーは両方ともケン・フラック(アメリカ)と組んだ。
ジョーダンは日本のトーナメントでの活躍も多く、1987年と1988年の「ジャパン・オープン」で女子ダブルス2連覇がある。1991年2月にエリザベス・スマイリーとのペアで「東レ パン・パシフィック・オープン・テニストーナメント」のダブルスで優勝したが、これがジョーダンの現役生活最後の優勝となる。1991年全米オープンで、ジョーダンは現役引退を宣言した。
テニスの歴史を通じて、姉妹が揃って4大大会の決勝に進出したのは、1884年に第1回ウィンブルドン選手権の女子シングルス決勝で“姉妹対決”をしたモード・ワトソンとリリアン・ワトソン(イングランド)以来のことであり、テニス界の「オープン化時代」(1968年以後)では初めての快挙だった。最近ではアメリカの黒人姉妹、ビーナスとセリーナのウィリアムズ姉妹がともに世界ランキング1位の座に立ち、ワトソン姉妹やジョーダン姉妹とは比較にならないほどのプレーを展開してきた。
4大大会ダブルス優勝[編集]
- 全豪オープン 女子ダブルス:1勝(1981年) [女子シングルス準優勝:1983年]
- 全仏オープン 女子ダブルス:1勝(1980年)/混合ダブルス:1勝(1986年)
- ウィンブルドン 女子ダブルス:2勝(1980年・1985年)/混合ダブルス:1勝(1986年)
- 全米オープン 女子ダブルス:1勝(1981年)
外部リンク[編集]