サニア・ミルザ
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サニア・ミルザ |
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|---|---|---|
| 基本情報 | ||
| ラテン文字名 | Sania Mirza | |
| 国籍 | ||
| 出身地 | 同・ムンバイ | |
| 生年月日 | 1986年11月15日(22歳) | |
| 身長 | 173cm | |
| 体重 | 57kg | |
| 利き手 | 右 | |
| バックハンド | 両手打ち | |
| ツアー経歴 | ||
| デビュー年 | 2003年 | |
| ツアー通算 | 9勝 | |
| シングルス | 1勝 | |
| ダブルス | 8勝 | |
| 4大大会最高成績・シングルス | ||
| 全豪 | 3回戦(2005) | |
| 全仏 | 2回戦(2007) | |
| 全英 | 2回戦(2005) | |
| 全米 | 4回戦(2005) | |
| 4大大会最高成績・ダブルス | ||
| 全豪 | 3回戦(2007・08) | |
| 全仏 | 3回戦(2006) | |
| 全英 | ベスト8(2008) | |
| 全米 | ベスト8(2007) | |
| キャリア自己最高ランキング | ||
| シングルス | 27位 | |
| ダブルス | 18位 | |
サニア・ミルザ(Sania Mirza, ثانیہ مرزا, ヒンディー語: सानिया मिर्ज़ा, 1986年11月15日 - )は、インド・ムンバイ出身の女子プロテニス選手。2009年の全豪オープン混合ダブルスで、同じインドの先輩選手マヘシュ・ブパシとペアを組んで優勝した。これまでにWTAツアーでシングルス1勝、ダブルス8勝を挙げる。自己最高ランキングはシングルス27位、ダブルス18位。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。(日本語では、英語表記を単純にカタカナ読みした「サニア・ミルザ」という呼び方が最も普及しているが、現地語表記での長短母音の区別などを考慮した場合“サーニヤー・ミルザー”の読みが近くなる。)
ミルザはインドのイスラム教徒(ムスリム)の家に生まれ、6歳からテニスを始めた。2003年にプロ転向。2004年末の時点で、彼女のシングルス世界ランキングは206位であった。2005年2月、故国インド・ハイデラバード大会の決勝でアロナ・ボンダレンコ(ウクライナ)を 6-4, 5-7, 6-3 で破り、インド人女性として最初のWTAツアー大会シングルス優勝を達成する。半年後の全米オープンで、ミルザはマリア・シャラポワとの4回戦まで進出した。現時点では、これが彼女の4大大会シングルス自己最高記録である。その後来日し、ジャパン・オープンでベスト4に入った。
その後の彼女は、シングルスよりもダブルスの分野で多くの好成績を出してきた。4大大会女子ダブルスの分野ではベサニー・マテック(アメリカ)と組んで、2007年全米オープンと2008年ウィンブルドンの女子ダブルス準々決勝に進出した。2008年北京五輪でオリンピックのインド代表選手に選ばれたが、シングルス1回戦・ダブルス2回戦敗退に終わる。2009年の全豪オープン混合ダブルス部門で、サニア・ミルザはマヘシュ・ブパシとペアを組み、2007年全仏オープン混合ダブルスの優勝経験を持つアンディ・ラム(イスラエル)&ナタリー・ドシー(フランス)組を 6-3, 6-1 で破って初優勝を決めた。これはインド人女性による最初のグランドスラム・タイトルである。ミルザとブパシは前年の全豪オープン混合ダブルスで、ネナド・ジモニッチ(セルビア)&孫甜甜(中国)組に敗れて準優勝になったが、2年連続の全豪混合ダブルス決勝でついにタイトルを手中に収めた。
ミルザはそのルックスと実力から、インドの国民的なアイドルとなり、そのファンはマスコミから“サニア・マニア”と呼ばれている。そのファッションや発言も人気があり、アクセサリーの鼻輪がチャームポイントで、メッセージを表現したTシャツを着ることでも知られている。彼女は2005年度のタイム誌の「アジアのヒーローベスト50」に選ばれた。しかし、地元インドのイスラム法学者が、彼女のテニスウェア姿を「イスラム教徒らしくない、はしたない格好」だと非難し、それに関するファトワーを出したことで一時期騒がれた。

