レイトン・ヒューイット

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レイトン・ヒューイット Tennis pictogram.svg
Lleyton Hewitt 2010 Australian Open.jpg
レイトン・ヒューイット
基本情報
ラテン文字名 Lleyton Hewitt
フルネーム Lleyton Glynn Hewitt
国籍 オーストラリアの旗 オーストラリア
出身地 同・アデレード
生年月日 1981年2月24日(33歳)
身長 180cm
体重 77kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 1997年
ツアー通算 33勝
シングルス 30勝
ダブルス 3勝
4大大会最高成績・シングルス
全豪 準優勝(2005)
全仏 ベスト8(2001・04)
全英 優勝(2002)
全米 優勝(2001)
優勝回数 2(英1・米1)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 3回戦(1998・2000)
全仏 2回戦(2000)
全英 3回戦(1999・2012)
全米 優勝(2000)
優勝回数 1(米1)
4大大会最高成績・混合ダブルス
全英 準優勝(2000)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 1位(2001年11月19日)
ダブルス 18位(2000年10月23日)
2014年3月10日現在

レイトン・グリン・ヒューイットLleyton Glynn Hewitt, 1981年2月24日 - )は、オーストラリアアデレード出身の男子プロテニス選手。身長180cm、体重77kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。オーストラリアン・フットボールで鍛え上げた強靭な足腰を活かし、どんな球にも喰らいつく足の速いストローク・プレーヤーである。2001年11月19日に史上最年少の20歳8ヶ月で世界ランキング1位となり、2001年と2002年の2年連続で、年間ランキング1位の座についた。これまでにATPツアーで4大大会2勝を含むシングルス30勝、ダブルス3勝を挙げる。身長180cm、体重77kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。

来歴[編集]

レイトン・ヒューイットは元アスリートの両親の間に生まれ、自宅の芝生コートでテニスに親しんだ。

1998年1月に16歳の若さでプロ転向を表明し、ネクストジェネレーション・アデレード国際で早くもATPツアー初優勝を果たした。1999年に男子テニス国別対抗戦・デビスカップのオーストラリア代表選手に選ばれ、マーク・フィリプーシスらと共にオーストラリアを13年ぶりの優勝に貢献。2000年には世界ランキングでトップ10入りすると、同年の全米オープンではベスト4に進出。準決勝でピート・サンプラスに敗れたが、男子ダブルス部門ではマックス・ミルヌイと組んで優勝に輝いた。

2001年全米オープンの決勝でピート・サンプラスを 7-6, 6-1, 6-1 で破って4大大会初優勝を果たすと、ジャパン・オープン・テニス選手権でも初来日を優勝で飾った。11月19日付で史上最年少の20歳8ヶ月で世界ランキング1位に登り詰め、その後の年間最終戦テニス・マスターズ・カップを制し、2001年度を世界ランキング1位で終え、戦績 80勝18敗、勝率0.8163 を数える好成績を挙げた。

2002年SAPオープン決勝ではアンドレ・アガシを、インディアンウェルズ・マスターズとロンドン大会の決勝ではティム・ヘンマンを下して優勝。さらにウィンブルドン選手権では決勝でダビド・ナルバンディアンを 6-1, 6-3, 6-2 で破って初優勝を果たした。続く全米オープンでは準決勝でアンドレ・アガシに敗れたが、シンシナティ・マスターズパリ・マスターズで準優勝。その後の年間最終戦では2連覇を果たし、2002年度も世界ランキング1位で終えた。

2003年インディアンウェルズ・マスターズ決勝でグスタボ・クエルテンを下して優勝。その後は不調に陥り、80週かけて守った世界ランキング1位から陥落。ウィンブルドン選手権では、オープニング・マッチ(前年優勝者が初戦でセンター・コートの第1試合に出る慣例の事)でイボ・カロビッチの時速 210 km/h を超える高速サーブの前に敗れてしまい、同選手権の男子部門で1967年マニュエル・サンタナスペイン)以来36年ぶりの前年王者の初戦敗退という辛酸を舐めた。2003年度は17位で終えた。

2004年は不調から脱し、メディバンク国際ロッテルダム、ワシントンとロングアイランドで優勝。シンシナティ・マスターズ全米オープン年間最終戦で準優勝する好成績を残し、ランキング3位で年を終えた。この年は4大大会などの大舞台でロジャー・フェデラーにことごとく敗れている。まず全豪オープン4回戦で 6-4, 3-6, 0-6, 4-6 、続いてウィンブルドン選手権準々決勝で 1-6, 7-6, 0-6, 4-6 、更に全米オープン決勝で 0-6, 6-7, 0-6、そして年間最終戦のラウンドロビンでは 3-6, 4-6 、決勝では 3-6, 2-6 で敗れていた。

2005年全豪オープンでは地元選手としてパット・キャッシュ以来17年ぶりの決勝進出を果たしたが、マラト・サフィンに 6-1, 3-6, 4-6, 4-6 で敗れて地元優勝を逃した。ウィンブルドン選手権全米オープンでは、ロジャー・フェデラーに準決勝で、それぞれ 3-6, 4-6, 6-7 と 3-6, 6-7, 6-4, 3-6 で敗れている。フェデラーには、2003年までは7勝2敗と勝ち越していたが、2004年以後は2010年全豪オープンまで15連敗とまったく歯が立たなくなった。ランキング4位で年を終えている。

その後は怪我などに苦しめられ、1998年から2007年まで毎年記録していたツアー優勝も2008年に途絶えた(その後、2009年2010年にはツアー優勝している)。2009年ウィンブルドン選手権では3年ぶりに準々決勝に進出したが、アンディ・ロディックに 3-6, 7-6, 6-7, 6-4, 4-6 で敗れている。2010年のゲリー・ウェバー・オープン決勝では、ロジャー・フェデラーから7年ぶりの勝利を挙げて優勝した。

人物[編集]

2000年からベルギーの女子テニス選手、キム・クライシュテルスと交際する。同年のウィンブルドン選手権で2人のペアは混合ダブルスで準優勝した。それ以後はテニスのトーナメント中にお互いの試合を応援するようになり、2003年12月に婚約したが、2004年10月22日にクライシュテルスが彼女の公式ホームページで婚約解消を発表した。その後ヒューイットは、2005年7月21日にオーストラリア人女優のベック・カートライト英語版と結婚し、3児がいる。

ヒューイットは決して体格に恵まれたほうではなく、強烈なパワーショットを持つわけでもない。そのハンディを補っているのが、メンタル面である。特に最後まで諦めない姿勢と、ここ一番での勝負強さがある。しかし、無理が重なることも多いのか、最近は故障も多くなってきている。彼はデビスカップのオーストラリア代表選手として、シングルスの最多勝利記録保持者になった。

日本のジュニアの選手が大事なポイントを決めた時に叫ぶ「COME ON!」は、ヒューイットの影響だと言われている。彼は以前から、コートマナーの悪さでテニス関係者から非難されることが多かった。前述の言葉を相手のミスショットにも使ったり、最たる例は優勝した2001年全米オープンの2回戦で、黒人選手ジェームズ・ブレークアメリカ)に対する問題発言などのトラブルを起こしたこともある。

ATPツアー決勝進出結果[編集]

シングルス: 46回 (30勝16敗)[編集]

大会グレード
グランドスラム (2-2)
ATPワールドツアー・ファイナル (2-1)
ATPワールドツアー・マスターズ1000 (2-5)
ATPワールドツアー・500シリーズ (2-0)
ATPワールドツアー・250シリーズ (22–8)
サーフェス別タイトル
ハード (20–12)
クレー (2-0)
芝 (8-2)
カーペット (0-2)
結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
優勝 1. 1998年1月5日 オーストラリアの旗 アデレード ハード オーストラリアの旗 ジェイソン・ストルテンバーグ 3–6, 6–3, 7–6(4)
準優勝 1. 1999年1月11日 オーストラリアの旗 アデレード ハード スウェーデンの旗 トーマス・エンクビスト 6–4, 1–6, 2–6
準優勝 2. 1999年3月8日 アメリカ合衆国の旗 スコッツデール ハード アメリカ合衆国の旗 ジャン=マイケル・ギャンビル 6–7(2), 6–4, 4–6
優勝 2. 1999年5月3日 アメリカ合衆国の旗 デルレイビーチ クレー ベルギーの旗 グザビエ・マリス 6–4, 6–7(2), 6–1
準優勝 3. 1999年10月25日 フランスの旗 リヨン カーペット (室内) エクアドルの旗 ニコラス・ラペンティ 3–6, 2–6
優勝 3. 2000年1月10日 オーストラリアの旗 アデレード ハード スウェーデンの旗 トーマス・エンクビスト 3–6, 6–3, 6–2
優勝 4. 2000年1月10日 オーストラリアの旗 シドニー ハード オーストラリアの旗 ジェイソン・ストルテンバーグ 6–4, 6–0
優勝 5. 2000年3月6日 アメリカ合衆国の旗 スコッツデール ハード イギリスの旗 ティム・ヘンマン 6–4, 7–6(2)
優勝 6. 2000年6月12日 イギリスの旗 ロンドン アメリカ合衆国の旗 ピート・サンプラス 6–4, 6–4
準優勝 4. 2000年11月6日 ドイツの旗 シュトゥットガルト ハード (室内) 南アフリカ共和国の旗 ウェイン・フェレイラ 6–7(6), 6–3, 7–6(5), 6–7(2), 2–6
優勝 7. 2001年1月8日 オーストラリアの旗 シドニー ハード スウェーデンの旗 マグヌス・ノーマン 6–4, 6–1
優勝 8. 2001年6月11日 イギリスの旗 ロンドン イギリスの旗 ティム・ヘンマン 7–6(3), 7–6(3)
優勝 9. 2001年6月18日 オランダの旗 スヘルトーヘンボス アルゼンチンの旗 ギリェルモ・カナス 6–3, 6–4
優勝 10. 2001年9月10日 アメリカ合衆国の旗 全米オープン ハード アメリカ合衆国の旗 ピート・サンプラス 7–6(4), 6–1, 6–1
優勝 11. 2001年10月1日 日本の旗 東京 ハード スイスの旗 ミシェル・クラトクビル 6–4, 6–2
優勝 12. 2001年11月12日 オーストラリアの旗 シドニー ハード (室内) フランスの旗 セバスチャン・グロジャン 6–3, 6–3, 6–4
優勝 13. 2002年2月25日 アメリカ合衆国の旗 サンノゼ ハード (室内) アメリカ合衆国の旗 アンドレ・アガシ 4–6, 7–6(6), 7–6(4)
優勝 14. 2002年3月11日 アメリカ合衆国の旗 インディアンウェルズ ハード イギリスの旗 ティム・ヘンマン 6–1, 6–2
優勝 15. 2002年6月10日 イギリスの旗 ロンドン イギリスの旗 ティム・ヘンマン 4–6, 6–1, 6–4
優勝 16. 2002年6月24日 イギリスの旗 ウィンブルドン アルゼンチンの旗 ダビド・ナルバンディアン 6–1, 6–3, 6–2
準優勝 5. 2002年8月12日 アメリカ合衆国の旗 シンシナティ ハード スペインの旗 カルロス・モヤ 5–7, 6–7(5)
準優勝 6. 2002年11月4日 フランスの旗 パリ カーペット (室内) ロシアの旗 マラト・サフィン 6–7(4), 0–6, 4–6
優勝 17. 2002年11月11日 中華人民共和国の旗 上海 ハード (室内) スペインの旗 フアン・カルロス・フェレーロ 7–5, 7–5, 2–6, 2–6, 6–4
優勝 18. 2003年3月3日 アメリカ合衆国の旗 スコッツデール ハード オーストラリアの旗 マーク・フィリプーシス 6–4, 6–4
優勝 19. 2003年3月10日 アメリカ合衆国の旗 インディアンウェルズ ハード ブラジルの旗 グスタボ・クエルテン 6–1, 6–1
準優勝 7. 2003年8月4日 アメリカ合衆国の旗 ロサンゼルス ハード 南アフリカ共和国の旗 ウェイン・フェレイラ 3–6, 6–4, 5–7
優勝 20. 2004年1月12日 オーストラリアの旗 シドニー ハード スペインの旗 カルロス・モヤ 4–3, 途中棄権
優勝 21. 2004年2月16日 オランダの旗 ロッテルダム ハード (室内) スペインの旗 フアン・カルロス・フェレーロ 6–7(1), 7–5, 6–4
準優勝 8. 2004年8月9日 アメリカ合衆国の旗 シンシナティ ハード アメリカ合衆国の旗 アンドレ・アガシ 3–6, 6–3, 2–6
優勝 22. 2004年8月16日 アメリカ合衆国の旗 ワシントンD.C. ハード ルクセンブルクの旗 ジレ・ミュラー 6–3, 6–4
優勝 23. 2004年8月23日 アメリカ合衆国の旗 ロングアイランド ハード ペルーの旗 ルイス・オルナ 6–3, 6–1
準優勝 9. 2004年9月13日 アメリカ合衆国の旗 全米オープン ハード スイスの旗 ロジャー・フェデラー 0–6, 6–7(3), 0–6
準優勝 10. 2004年11月22日 アメリカ合衆国の旗 ヒューストン ハード スイスの旗 ロジャー・フェデラー 3–6, 2–6
優勝 24. 2005年1月10日 オーストラリアの旗 シドニー ハード チェコの旗 イボ・マイナー 7–5, 6–0
準優勝 11. 2005年1月31日 オーストラリアの旗 全豪オープン ハード ロシアの旗 マラト・サフィン 6–1, 3–6, 4–6, 4–6
準優勝 12. 2005年3月21日 アメリカ合衆国の旗 インディアンウェルズ ハード スイスの旗 ロジャー・フェデラー 2–6, 4–6, 4–6
準優勝 13. 2006年2月20日 アメリカ合衆国の旗 サンノゼ ハード (室内) イギリスの旗 アンディ・マリー 6–2, 1–6, 6–7(3)
準優勝 14. 2006年3月6日 アメリカ合衆国の旗 ラスベガス ハード アメリカ合衆国の旗 ジェームズ・ブレーク 5–7, 6–2, 3–6
優勝 25. 2006年6月18日 イギリスの旗 ロンドン アメリカ合衆国の旗 ジェームズ・ブレーク 6–4, 6–4
優勝 26. 2007年3月5日 アメリカ合衆国の旗 ラスベガス ハード オーストリアの旗 ユルゲン・メルツァー 6–4, 7–6(10)
優勝 27. 2009年4月12日 アメリカ合衆国の旗 ヒューストン クレー アメリカ合衆国の旗 ウェイン・オデスニク 6–2, 7–5
優勝 28. 2010年6月12日 ドイツの旗 ハーレ スイスの旗 ロジャー・フェデラー 3–6, 7–6(4), 6–4
準優勝 15. 2012年7月15日 アメリカ合衆国の旗 ニューポート アメリカ合衆国の旗 ジョン・イスナー 6–7(1), 4–6
準優勝 16. 2013年7月14日 アメリカ合衆国の旗 ニューポート フランスの旗 ニコラ・マユ 7–5, 5–7, 3–6
優勝 29. 2014年1月5日 オーストラリアの旗 ブリスベン ハード スイスの旗 ロジャー・フェデラー 6–1, 4–6, 6–3
優勝 30. 2014年7月13日 アメリカ合衆国の旗 ニューポート クロアチアの旗 イボ・カロビッチ 6–3, 6-7(4), 7-6(3)

ダブルス: 8回 (3勝5敗)[編集]

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
準優勝 1. 2000年1月9日 オーストラリアの旗 アデレード ハード オーストラリアの旗 サンドン・ストール オーストラリアの旗 トッド・ウッドブリッジ
オーストラリアの旗 マーク・ウッドフォード
4–6, 2–6
準優勝 2. 2000年1月16日 オーストラリアの旗 シドニー ハード オーストラリアの旗 サンドン・ストール オーストラリアの旗 トッド・ウッドブリッジ
オーストラリアの旗 マーク・ウッドフォード
5–7, 4–6
優勝 1. 2000年8月21日 アメリカ合衆国の旗 インディアナポリス ハード オーストラリアの旗 サンドン・ストール スウェーデンの旗 ヨナス・ビョルクマン
ベラルーシの旗 マックス・ミルヌイ
7–6(3), 4–6, 7–6(3)
優勝 2. 2000年9月11日 アメリカ合衆国の旗 全米オープン ハード ベラルーシの旗 マックス・ミルヌイ 南アフリカ共和国の旗 エリス・フェレイラ
アメリカ合衆国の旗 リック・リーチ
6–4, 5–7, 7–6(5)
準優勝 3. 2003年3月9日 アメリカ合衆国の旗 スコッツデール ハード オーストラリアの旗 マーク・フィリプーシス アメリカ合衆国の旗 ジェームズ・ブレーク
バハマの旗 マーク・マークレイン
4–6, 7–6(2), 6–7(5)
準優勝 4. 2010年4月25日 スペインの旗 バルセロナ クレー バハマの旗 マーク・ノールズ カナダの旗 ダニエル・ネスター
セルビアの旗 ネナド・ジモニッチ
6–4, 3–6, [6–10]
準優勝 5. 2013年2月17日 アメリカ合衆国の旗 サンノゼ ハード
(室内)
オーストラリアの旗 マリンコ・マトセビッチ ベルギーの旗 グザビエ・マリス
ドイツの旗 フランク・モーサー
0–6, 7–6(5), [4–10]
優勝 3. 2014年7月13日 アメリカ合衆国の旗 ニューポート オーストラリアの旗 クリス・グッチョーネ イスラエルの旗 ジョナサン・エルリック
アメリカ合衆国の旗 ラジーブ・ラム
7-5, 6-4

4大大会優勝[編集]

  • ウィンブルドン 男子シングルス:1勝(2002年) [混合ダブルス準優勝1度:2000年]
  • 全米オープン 男子シングルス:1勝(2001年)/男子ダブルス:1勝(2000年)
大会 対戦相手 試合結果
2001年 全米オープン アメリカ合衆国の旗 ピート・サンプラス 7-6, 6-1, 6-1
2002年 ウィンブルドン アルゼンチンの旗 ダビド・ナルバンディアン 6-1, 6-3, 6-2

4大大会シングルス成績[編集]

略語の説明
W  F  SF QF #R RR Q# LQ A WG Z# PO SF-B S G NMS NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.

大会 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 通算成績
全豪オープン 1R 1R 2R 4R 3R 1R 4R 4R F 2R 3R 4R 1R 4R 1R 4R 1R 1R 30–18
全仏オープン A LQ 1R 4R QF 4R 3R QF A 4R 4R 3R 3R 3R A 1R 1R 1R 28–14
ウィンブルドン A LQ 3R 1R 4R W 1R QF SF QF 4R 4R QF 4R 2R 1R 2R 2R 41–15
全米オープン A LQ 3R SF W SF QF F SF QF 2R A 3R 1R A 3R 4R 46–12

外部リンク[編集]