ウィンブルドン選手権

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テニス4大大会
全豪オープン
全仏オープン
ウィンブルドン
全米オープン

ウィンブルドン選手権ウィンブルドンせんしゅけんThe Championships, Wimbledon)は、テニスの四大国際大会の1つ。「全英ローンテニス選手権大会」の別名。毎年6月最終(もしくはその前の)月曜日から2週間の日程で行われる。開催地のウィンブルドン(イギリスロンドン南西部)に因み、この名がある。オープン大会であるため、日本語では「全英オープン」と呼ばれる場合もあるが、正式名は「The Championships」(単に「選手権」)であり、名称上は誤りである。会場は、この大会のためにしか使われない「センターコート」を持つ「オールイングランド・ローンテニス・アンド・クローケー・クラブ」で行われる。

目次

[編集] 概要

グランドスラム4大会中最も古い歴史を持ち、唯一の芝生のコートで行われるこの大会は、120年以上の伝統と格式を持ち、「白いウェア」が義務づけられている。ここでは練習の際にも、白を基調としたウェアとシューズを義務づけている。これは会場ともなっているクラブの規定によるものである。1884年シングルス女子初代王者・モード・ワトソンが白装束でプレーしていたことにちなむ。

この大会では第1週と第2週の中間日となる日曜日(ミドル・サンデー)を休養日にする大会運営の伝統があった。しかし大会開催期間中は雨天で試合が中断・中止となるケースも多い。1991年に日程消化の問題でこの伝統が初めて破られ、ミドル・サンデーに試合が開催された。その後1997年2004年にもミドル・サンデーに試合が行われた。開催時期を雨天の影響が少ないとされる7月第1週~第2週にずらすことも検討していたが、具体策に至っていない。そんな中で、2009年にはセンターコートの屋根の架設工事が3年越しで完成した。

2002年には1番コートの近くに、バックスクリーンで試合を観戦できる新スポットが設置され、当地の英雄ティム・ヘンマンにちなんで“ヘンマン・ヒル”という通称がつけられた。

通常、入場券は事前の前売り制で発売されるが、ミドル・サンデーの開催時には当日入場券が発売される。そのため、いつもは静かな会場が熱狂的なテニスファンでにぎわっているという。

開催国イギリスの優勝者は、現時点では1977年の女子シングルス優勝者バージニア・ウェードが最後に、男子シングルスでは1936年フレッド・ペリーを最後に地元選手の優勝はない(ウィンブルドン現象)。

優勝決定後の表彰式の準備の手際の良さも見どころの一つである。なお、雨天中断時および再開時のシート貼り/撤収作業は2009年から屋根がつき、見られなくなった。

[編集] 1990年以後のシングルス優勝者

年度 男子シングルス 女子シングルス 備考
1990 ステファン・エドベリ
スウェーデン
マルチナ・ナブラチロワ
アメリカ合衆国
ナブラチロワは3年ぶり9度目の優勝を達成、宿願のウィンブルドン歴代1位を実現させる。
これが彼女の最後の4大大会優勝になった。
通算18勝で、ライバルのクリス・エバートと並ぶ(現在は女子4位タイの記録)
1991 ミヒャエル・シュティヒ
ドイツ
シュテフィ・グラフ
ドイツ
この年の男子シングルス決勝は、シュティヒとボリス・ベッカーとの「ドイツ対決」となる
1992 アンドレ・アガシ
アメリカ合衆国
シュテフィ・グラフ
ドイツ
1993 ピート・サンプラス
アメリカ合衆国
シュテフィ・グラフ
ドイツ
1994 ピート・サンプラス
アメリカ合衆国
コンチタ・マルチネス
スペイン
この年に大会前年優勝者のグラフが1回戦で敗退、女子では初の珍事が起きた
1995 ピート・サンプラス
アメリカ合衆国
シュテフィ・グラフ
ドイツ
松岡修造日本人男子選手として、1933年佐藤次郎以来「62年ぶり」のベスト8進出。
準々決勝でサンプラスに敗れる
1996 リカルド・クライチェク
オランダ
シュテフィ・グラフ
ドイツ
クライチェクが準々決勝で3連覇中のサンプラスを破って、オランダ人初の4大大会優勝者になった。
グラフは4大大会総計を「20勝」の大台に乗せ、マーガレット・コート夫人以来2人目の記録に届く。
女子準決勝のグラフと伊達公子選手との日没順延試合が記憶に残る歴史的な大会であった。
1997 ピート・サンプラス
アメリカ合衆国
マルチナ・ヒンギス
スイス
ヒンギスは「16歳9ヶ月」での優勝、1968年のオープン化以後の最年少記録を樹立する。
またスイス国籍選手として初の優勝。(ただし彼女はチェコスロバキア出身の“移住選手”)
1998 ピート・サンプラス
アメリカ合衆国
ヤナ・ノボトナ
チェコ チェコ
1999 ピート・サンプラス
アメリカ合衆国
リンゼイ・ダベンポート
アメリカ合衆国
女子の準優勝者シュテフィ・グラフはこの大会を最後の4大大会にすると宣言(8月13日に現役引退を表明)
2000 ピート・サンプラス
アメリカ合衆国
ヴィーナス・ウィリアムズ
アメリカ合衆国
サンプラスは4年連続7度目の優勝で、男子歴代1位になる。
2001 ゴラン・イワニセビッチ
クロアチア
ヴィーナス・ウィリアムズ
アメリカ合衆国
無冠の帝王と呼ばれていたイワニセビッチが、ワイルドカード(主催者推薦)から優勝。
2002 レイトン・ヒューイット
オーストラリア
セリーナ・ウィリアムズ
アメリカ合衆国
2003 ロジャー・フェデラー
スイス
セリーナ・ウィリアムズ
アメリカ合衆国
フェデラーはスイス出身のテニス選手として初の4大大会優勝者になる
2004 ロジャー・フェデラー
スイス
マリア・シャラポワ
ロシア ロシア
2005 ロジャー・フェデラー
スイス
ヴィーナス・ウィリアムズ
アメリカ合衆国
2006 ロジャー・フェデラー
スイス
アメリ・モレスモ
フランス
2007 ロジャー・フェデラー
スイス
ヴィーナス・ウィリアムズ
アメリカ合衆国
2008 ラファエル・ナダル
スペイン
ヴィーナス・ウィリアムズ
アメリカ合衆国
男子シングルス決勝戦としては、歴代最長の4時間48分。ナダルはボルグ以来の全仏、全英の連続優勝(同一年優勝)。
2009 ロジャー・フェデラー
スイス
セリーナ・ウィリアムズ
アメリカ合衆国

[編集] 記録

記録名 時代[1] 選手名 記録値 年代
男子(1877年 - )
男子シングルス
最多優勝回数
1968年以前 イギリスの旗 ウィリアム・レンショー 7回 1881年 - 1886年、1889年
1968年以後 アメリカ合衆国の旗 ピート・サンプラス 7回 1993年 - 1995年、1997年 - 2000年
男子シングルス
最多連続優勝回数
1968年以前 イギリスの旗 ウィリアム・レンショー[2] 6回 1881年 - 1886年
1968年以後 スウェーデンの旗 ビョルン・ボルグ 5回 1976年 - 1980年
スイスの旗 ロジャー・フェデラー 2003年 - 2007年
男子ダブルス
最多優勝回数
1968年以前 イギリスの旗 レジナルド・ドハティー及びローレンス・ドハティー 8回 1897年 - 1901年、1903年 - 1905年
1968年以後 オーストラリアの旗 トッド・ウッドブリッジ 9回 1993年 - 1997年、2000年(いずれもマーク・ウッドフォード組)、2002年 - 2004年(ヨナス・ビョークマン組)
男子ダブルス
最多連続優勝回数
1968年以前 イギリスの旗 レジナルド・ドハティー及びローレンス・ドハティー 5回 1897年 - 1901年
1968年以後 オーストラリアの旗 トッド・ウッドブリッジ及びマーク・ウッドフォード 5回 1993年 - 1997年
混合ダブルス
最多優勝回数(男子)
1968年以前 オーストラリアの旗 ケン・フレッチャー 4回 1963年、1965年 - 1966年、1968年(マーガレット・スミス・コート組)
アメリカ合衆国の旗 ビック・セイシャス 1953年 - 1956年(ドリス・ハート組で3回、シャーリー・フライ組で1回)
1968年以後 オーストラリアの旗 オーウェン・デビッドソン 4回 1967年、1971年、1973年 - 1974年(いずれもビリー・ジーン・キング組)
最多優勝回数
(シングルス、ダブルス、混合の合計)
1968年以前 イギリスの旗 ウィリアム・レンショー 14回 1880年 - 1889年(シングルス7回、ダブルス7回)
1968年以後 オーストラリアの旗 トッド・ウッドブリッジ 9回 1993年 - 2004年(ダブルス9回)
女子(1884年 - )
女子シングルス
最多優勝回数
1968年以前 アメリカ合衆国の旗 ヘレン・ウィルス・ムーディ 8回 1927年 - 1930年、1932年 - 1933年、1935年、1938年
1968年以後 チェコスロバキアの旗/アメリカ合衆国の旗 マルチナ・ナブラチロワ 9回 1978年 - 1979年、1982年 - 1987年、1990年
女子シングルス
最多連続優勝回数
1968年以前 フランスの旗 スザンヌ・ランラン 5回 1919年 - 1923年
1968年以後 チェコスロバキアの旗/アメリカ合衆国の旗 マルチナ・ナブラチロワ 6回 1982年 - 1987年
女子ダブルス
最多優勝回数
1968年以前 アメリカ合衆国の旗 エリザベス・ライアン 12回 1914年(アグネス・モートン組)、1919年 - 1923年、1925年(スザンヌ・ランラン組)、1926年(メアリー・ブラウン組)、1927年、1930年(ヘレン・ウィルス・ムーディ組)、1933年 - 1934年(シモーヌ・マチュー組)
アメリカ合衆国の旗 ビリー・ジーン・キング 10回 1961年 - 1962年(カレン・サスマン組)、1965年(マリア・ブエノ組)、1967年 - 1968年、1970年 - 1971年、1973年(ロージー・カザルス組)、1972年(ベティ・ストーブ組)、1979年(マルチナ・ナブラチロワ組)
1968年以後 チェコスロバキアの旗/アメリカ合衆国の旗 マルチナ・ナブラチロワ 7回 1976年(クリス・エバート組)、1979年(ビリー・ジーン・キング組)、1981年 - 1984年、1986年(パム・シュライバー組)
女子ダブルス
最多連続優勝回数
1968年以前 フランスの旗 スザンヌ・ランラン及びアメリカ合衆国の旗 エリザベス・ライアン 5回 1919年 - 1923年
1968年以後 チェコスロバキアの旗/アメリカ合衆国の旗 マルチナ・ナブラチロワ及びアメリカ合衆国の旗 パム・シュライバー 4回 1981年 - 1984年
ベラルーシの旗/ソビエト連邦の旗 ナターシャ・ズベレワ 1991年(ラリサ・サブチェンコ・ネーランド)、1992年 - 1994年(ジジ・フェルナンデス
混合ダブルス
最多優勝回数(女子)
1968年以前 アメリカ合衆国の旗 エリザベス・ライアン 7回 1919年、1921年、1923年(ランドルフ・ライセット組)、1927年(フランシス・ハンター組)、1928年(パトリック・スペンス組)、 1930年(ジャック・クロフォード組)、1932年(エンリケ・マイヤー組)
1968年以後 チェコスロバキアの旗/アメリカ合衆国の旗 マルチナ・ナブラチロワ 4回 1985年(ポール・マクナミー)、1993年(マーク・ウッドフォード)、1995年(ジョナサン・スターク)、2003年(リアンダー・パエス
最多優勝回数
(シングルス、ダブルス、混合の合計)
1968年以前 アメリカ合衆国の旗 ビリー・ジーン・キング 20回 1961年 - 1979年(シングルス6回、ダブルス10回、混合4回)
アメリカ合衆国の旗 エリザベス・ライアン 19回 1914年 - 1934年(ダブルス12回、混合7回)
1968年以後 チェコスロバキアの旗/アメリカ合衆国の旗 マルチナ・ナブラチロワ 20回 1976年 - 2003年(シングルス9回、ダブルス7回、混合4回)
その他の記録
最多試合数(男子) フランスの旗 ジャン・ボロトラ 223戦
最多試合数(女子) チェコスロバキアの旗/アメリカ合衆国の旗 マルチナ・ナブラチロワ 326戦
シングルス最多準優勝回数
(男子・女子)
アメリカ合衆国の旗 クリス・エバート
イギリスの旗 ブランチ・ビングリー
7回
優勝者の最低世界ランキング
(男子・女子)
クロアチアの旗 ゴラン・イワニセビッチ 125位
唯一のワイルドカード(主催者推薦)からの優勝者(男子・女子) クロアチアの旗 ゴラン・イワニセビッチ 2001年
優勝者の最低世界ランキング(女子) アメリカ合衆国の旗 ビーナス・ウィリアムズ 31位(第23シード)
最年少優勝者(男子) ドイツの旗 ボリス・ベッカー 17歳 1985年
最年少優勝者(女子) スイスの旗 マルチナ・ヒンギス 16歳 1997年
最長試合時間決勝戦(男子) アメリカ合衆国の旗 ジョン・マッケンロー
ドイツの旗 ミヒャエル・シュティヒ
    対
アメリカ合衆国の旗 ジム・グラブ
アメリカ合衆国の旗 リッチー・レネバーグ
5時間1分 1992年、男子ダブルス
シングルス最長試合時間(男子) アメリカ合衆国の旗 グレッグ・ホームズ
    対
アメリカ合衆国の旗 トッド・ウィッツケン
5時間28分 1989年、男子シングルス

[編集] テレビ放送

BBCが1937年からウィンブルドン選手権の放送を担当しており、2005年の実績では、全チャンネルで約900時間を放送した。また、法令により、決勝戦の模様は必ず生中継で最後まで放送しなければならない。

日本ではシングルスはテレビ朝日(?~1990年代前半。当時の放送時間は準決勝までは深夜枠にて、女子のシングルス決勝は土曜日のニュース最終版終了後の深夜枠にて衛星中継、男子シングルス決勝は「日曜洋画劇場」を休止して、衛星生中継で放送していた。途中ニュース最終版などの挿入による中断あり。)→NHK(1990年代後半以降~)、ダブルスはGAORAで長年放送されていた。シングルスはNHKデジタル衛星ハイビジョンで全日程生中継され、2003年まではNHK衛星第1テレビ(年によっては衛星第2テレビ)でも大半の試合を生中継していたが、年々NHKがウィンブルドン放送を担当する時間は大幅に減少していき、2008年からはNHKに替わってWOWOWがウインブルドンの衛星放送権を獲得している。NHKは地上波総合テレビのみでの放送となり、毎日24時台~4時15分の日付起点時間までの終夜体制で送っている。

[編集] 脚注

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  1. ^ 1968年にオープン化制度が創設されて、プロ選手の出場が解禁されたため、多くの記録はこの年の前後で分けられる。
  2. ^ レンショーの時代には、ディフェンディング・チャンピオンは予選に参加せず、決勝戦のみ出場した。この規定は、1922年に廃止された。

[編集] 優勝賞金(男女シングルス)

年月日(大会最終日) 金額(男子) 金額(女子) 1英ポンド
1989年7月9日 19万0000英ポンド 17万1000英ポンド 227.33円
1990年7月8日 23万0000英ポンド 20万7000英ポンド 271.93円
1991年7月7日 24万0000英ポンド 21万6000英ポンド 224.69円
1992年7月5日 26万5000英ポンド 24万0000英ポンド 236.54円
1993年7月4日 30万5000英ポンド 27万5000英ポンド 164.59円
1994年7月3日 34万5000英ポンド 31万0000英ポンド 151.45円
1995年7月9日 36万5000英ポンド 32万8000英ポンド 138.66円
1996年7月7日 39万2500英ポンド 35万3000英ポンド 172.72円
1997年7月6日 41万5000英ポンド 37万3500英ポンド 191.14円
1998年7月5日 43万5000英ポンド 39万1500英ポンド 231.05円
1999年7月4日 45万5000英ポンド 40万9500英ポンド 192.74円
2000年7月9日 47万7500英ポンド 43万0000英ポンド 162.77円
2001年7月9日 50万0000英ポンド 46万2500英ポンド 176.64円
2002年7月7日 52万5000英ポンド 48万6000英ポンド 182.67円
2003年7月6日 57万5000英ポンド 53万5000英ポンド 197.00円
2004年7月4日 60万2500英ポンド 56万0500英ポンド 199.12円
2005年7月3日 63万0000英ポンド 60万0000英ポンド 196.82円
2006年7月9日 65万5000英ポンド 62万5000英ポンド 210.88円
2007年7月8日 70万0000英ポンド 70万0000英ポンド 248.42円
2008年7月6日 75万0000英ポンド 75万0000英ポンド 211.72円
2009年7月5日 85万0000英ポンド 85万0000英ポンド 156.20円

為替レートは大会最終日翌日の対顧客相場仲値三菱東京UFJ銀行:発表)

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク


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1900 | 1901 | 1902 | 1903 | 1904 | 1905 | 1906 | 1907 | 1908 | 1909
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