フアン・カルロス・フェレーロ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
フアン・カルロス・フェレーロ
Juan Carlos Ferrero at the 2009 Brisbane International.jpg
フアン・カルロス・フェレーロ
基本情報
ラテン文字名 Juan Carlos Ferrero
愛称 Mosquito (モスキート)
国籍 スペインの旗 スペイン
出身地 同・オンテニエンテ
生年月日 1980年2月12日(32歳)
身長 183cm
体重 73kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 1998年
ツアー通算 16勝
シングルス 16勝
ダブルス 0勝
4大大会最高成績・シングルス
全豪 ベスト4(2004)
全仏 優勝(2003)
全英 ベスト8(2007・09)
全米 準優勝(2003)
優勝回数 1(仏1)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 1回戦(2004・05)
全仏 出場なし
全英 1回戦(2002・03)
全米 1回戦(2006)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 1位(2003年9月8日)
ダブルス 198位(2003年2月3日)
2011年7月18日現在

フアン・カルロス・フェレーロJuan Carlos Ferrero, 1980年2月12日 - )は、スペイン・オンテニエンテ出身の男子プロテニス選手。2003年全仏オープン男子シングルス優勝者である。身長183cm、体重73kgの細い体型から“Mosquito”(モスキート、「」の意味)と呼ばれている。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。自己最高ランキングはシングルス1位、ダブルス198位。これまでにATPツアーでシングルス16勝を挙げている。

目次

[編集] 経歴

ジュニア時代、1998年の全仏オープン男子ジュニアシングルス部門でフェルナンド・ゴンサレスチリ)に敗れた準優勝がある。同年にプロ入り。翌1999年3月のハサン2世グランプリモロッコカサブランカ開催)が彼のATPツアーデビュー戦で、予選勝ち上がりからベスト4に進出した。1999年全米オープン4大大会に初出場し、1回戦で第8シードのグレグ・ルーゼドスキーイギリス)に敗れたが、翌週に開かれた地元スペインマヨルカ大会決勝でアレックス・コレチャを下し、ツアー初優勝を果たす。これらの好成績から、彼はシングルスランキングを年初の「348位」から年度末には「45位」にまで急上昇させ、1999年度のATPアワード「最優秀新人賞」を受賞した。

2000年全仏オープンで、フェレーロは初出場からいきなり準決勝まで進出し、クレーコートの王者グスタボ・クエルテンブラジル)に 5-7, 6-4, 6-2, 4-6, 3-6 で惜敗した。同年9月に開かれたシドニー五輪にもスペイン代表選手として出場し、第8シードとしてアルノー・ディ・パスカルフランス)との準々決勝まで進出した。その後は特にクレーコートで圧倒的な強さを見せ続け、2001年ローマ・マスターズでは、決勝でクエルテンに3-6, 6-1, 2-6, 6-4, 6-2で勝利し、優勝している。しかし、同年の全仏オープンでは2年連続の準決勝でクエルテンに連敗する。2002年全仏オープンでは、ギリェルモ・コリアアルゼンチン)、ガストン・ガウディオアルゼンチン)、アンドレ・アガシアメリカ)、マラト・サフィンロシア)といった強敵を次々と撃破し、初の決勝進出を果たすが、同じスペインの先輩選手アルベルト・コスタに 1-6, 0-6, 6-4, 3-6 で敗れて準優勝に終わった。

2003年全仏オープンで、フェレーロは2年連続2度目の決勝進出で悲願の初優勝を達成した。この時は準々決勝でジュニア時代からのライバルだったフェルナンド・ゴンサレスチリ)を6-1, 3-6, 6-1, 5-7, 6-4とフルセットの末に破り、その後準決勝でアルベルト・コスタを6-3, 7-6, 6-4で破り、1年前のリベンジを果たし、決勝でオランダのビッグ・サーバー、マルティン・フェルカークを 6-1, 6-3, 6-2 で圧倒している。この後全米オープンでもレイトン・ヒューイットオーストラリア)、アンドレ・アガシら過去の全米優勝者を撃破して決勝に進出したが、地元アメリカの新星アンディ・ロディックに 3-6, 6-7, 3-6 で敗れて準優勝に終わった。全米オープン終了後、フェレーロは初めて世界ランキング1位になった。

その後は故障の影響もあり、彼は長期間の成績不振に苦しんだ。2004年から2008年までの5年間は、ATPツアーで6度の準優勝に止まっていた。その間、2007年ウィンブルドンで初のベスト8進出があり、この準々決勝ではロジャー・フェデラースイス)に 6-7, 6-3, 1-6, 3-6 で敗れた。2003年10月のマドリード・マスターズ以降、110大会もの間ツアー優勝から遠ざかっていたが、2009年4月のハサン2世グランプリ決勝でフローラン・セラフランス)を 6-4, 7-5 で破り、6年ぶりのツアー優勝を飾った。それからウィンブルドンでランキングが足りず、ワイルドカードでの出場であったにもかかわらず、3回戦で第10シードのフェルナンド・ゴンサレスを 4-6, 7-5, 6-4, 4-6, 6-4の死闘の末に、4回戦では第7シードジル・シモンフランス)を破り、2人のトップ10プレーヤーを破った上で、2年ぶり2度目の準々決勝に進んだが、第3シードのアンディ・マレーイギリス)に 5-7, 3-6, 2-6 のストレートで完敗した。

[編集] ATPツアー決勝進出結果

[編集] シングルス: 34回 (16勝18敗)

大会グレード
グランドスラム (1-2)
ATPワールドツアー・ファイナル (0-1)
ATPワールドツアー・マスターズ1000 (4-2)
ATPワールドツアー・500シリーズ (2-6)
ATPワールドツアー・250シリーズ (9-7)
サーフェス別タイトル
ハード (3-9)
クレー (13-9)
芝 (0-0)
カーペット (0-0)
結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
優勝 1. 1999年9月13日 スペインの旗 マヨルカ クレー スペインの旗 アレックス・コレチャ 2–6, 7–5, 6–3
準優勝 1. 2000年2月14日 アラブ首長国連邦の旗 ドバイ ハード ドイツの旗 ニコラス・キーファー 5–7, 6–4, 3–6
準優勝 2. 2000年4月24日 スペインの旗 バルセロナ クレー ロシアの旗 マラト・サフィン 3–6, 3–6, 4–6
優勝 2. 2001年2月1日 アラブ首長国連邦の旗 ドバイ ハード ロシアの旗 マラト・サフィン 6–2, 3–1 途中棄権
優勝 3. 2001年4月9日 ポルトガルの旗 エストリル クレー スペインの旗 フェリックス・マンティーリャ 7–6(3), 4–6, 6–3
優勝 4. 2001年4月23日 スペインの旗 バルセロナ クレー スペインの旗 カルロス・モヤ 4–6, 7–5, 6–3, 3–6, 7–5
優勝 5. 2001年5月7日 イタリアの旗 ローマ クレー ブラジルの旗 グスタボ・クエルテン 3–6, 6–1, 2–6, 6–4, 6–2
準優勝 3. 2001年5月21日 ドイツの旗 ハンブルク クレー スペインの旗 アルベルト・ポルタス 6–4, 2–6, 6–0, 6–7(5), 5–7
準優勝 4. 2001年7月16日 スイスの旗 グシュタード クレー チェコの旗 イリ・ノバク 1–6, 7–6(5), 5–7
優勝 6. 2002年4月15日 モナコの旗 モンテカルロ クレー スペインの旗 カルロス・モヤ 7–5, 6–3, 6–4
準優勝 5. 2002年6月10日 スペインの旗 全仏オープン クレー スペインの旗 アルベルト・コスタ 1–6, 0–6, 6–4, 3–6
準優勝 6. 2002年7月29日 オーストリアの旗 キッツビュール クレー スペインの旗 アレックス・コレチャ 4–6, 1–6, 3–6
優勝 7. 2002年9月23日 香港の旗 香港 ハード スペインの旗 カルロス・モヤ 6–3, 1–6, 7–6(4)
準優勝 7. 2002年11月18日 中華人民共和国の旗 上海 ハード (室内) オーストラリアの旗 レイトン・ヒューイット 5–7, 5–7, 6–2, 6–2, 4–6
準優勝 8. 2003年1月13日 オーストラリアの旗 シドニー ハード 韓国の旗 李亨澤 6–4, 6–7(6), 6–7(4)
優勝 8. 2003年4月14日 モナコの旗 モンテカルロ クレー アルゼンチンの旗 ギリェルモ・コリア 6–2, 6–2
優勝 9. 2003年4月28日 スペインの旗 バレンシア クレー ベルギーの旗 クリストフ・ロクス 6–2, 6–4
優勝 10. 2003年6月8日 フランスの旗 全仏オープン クレー オランダの旗 マルティン・フェルカーク 6–1, 6–3, 6–2
準優勝 9. 2003年9月8日 アメリカ合衆国の旗 全米オープン ハード アメリカ合衆国の旗 アンディ・ロディック 3–6, 6–7(2), 3–6
準優勝 10. 2003年9月29日 タイの旗 バンコク ハード (室内) アメリカ合衆国の旗 テーラー・デント 3–6, 6–7(5)
優勝 11. 2003年10月13日 スペインの旗 マドリード ハード (室内) チリの旗 ニコラス・マスー 6–3, 6–4, 6–3
準優勝 11. 2004年2月23日 オランダの旗 ロッテルダム ハード (室内) オーストラリアの旗 レイトン・ヒューイット 7–6(1), 5–7, 4–6
準優勝 12. 2005年4月25日 スペインの旗 バルセロナ クレー スペインの旗 ラファエル・ナダル 1–6, 6–7(4), 3–6
準優勝 13. 2005年10月17日 オーストリアの旗 ウィーン ハード (室内) クロアチアの旗 イワン・リュビチッチ 2–6, 4–6, 6–7(5)
準優勝 14. 2006年8月21日 アメリカ合衆国の旗 シンシナティ ハード アメリカ合衆国の旗 アンディ・ロディック 3–6, 4–6
準優勝 15. 2007年2月19日 ブラジルの旗 コスタ・ド・サイペ クレー アルゼンチンの旗 ギリェルモ・カナス 6–7(4), 2–6
準優勝 16. 2008年1月12日 ニュージーランドの旗 オークランド ハード ドイツの旗 フィリップ・コールシュライバー 6–7(4), 5–7
優勝 12. 2009年4月12日 モロッコの旗 カサブランカ クレー フランスの旗 フローラン・セラ 6–4, 7–5
準優勝 17. 2009年8月2日 クロアチアの旗 ウマグ クレー ロシアの旗 ニコライ・ダビデンコ 3–6, 0–6
優勝 13. 2010年2月14日 ブラジルの旗 コスタ・ド・サイペ クレー ポーランドの旗 ルカシュ・クボット 6–1, 6–0
優勝 14. 2010年2月21日 アルゼンチンの旗 ブエノスアイレス クレー スペインの旗 ダビド・フェレール 5–7, 6–4, 6–3
準優勝 18. 2010年2月27日 メキシコの旗 アカプルコ クレー スペインの旗 ダビド・フェレール 3–6, 6–3, 1–6
優勝 15. 2010年8月1日 クロアチアの旗 ウマグ クレー イタリアの旗 ポティト・スタラーチェ 6–4, 6–4
優勝 16. 2011年7月17日 ドイツの旗 シュトゥットガルト クレー スペインの旗 パブロ・アンドゥハル 6–4, 6–0

[編集] 4大大会優勝

全米オープン準優勝1度:2003年)
大会 対戦相手 試合結果
2003年 全仏オープン オランダの旗 マルティン・フェルカーク 6-1, 6-3, 6-2

[編集] 4大大会シングルス成績

略語の説明
NH 開催なし A 欠場 LQ 予選敗退 #R #回戦敗退 QF ベスト8 SF ベスト4 F 準優勝 W 優勝
大会 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 通算成績
全豪オープン A 3R 2R A QF SF 3R 3R 2R 4R 1R 1R A 1R 20–11
全仏オープン LQ SF SF F W 2R 3R 3R 3R 1R 2R 3R A 33–10
ウィンブルドン A A 3R 2R 4R 3R 4R 3R QF 2R QF 1R A 22–10
全米オープン 1R 4R 3R 3R F 2R 1R 2R 1R A 4R 3R 4R 23–12

[編集] 外部リンク

個人用ツール
名前空間

変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語