アレックス・コレチャ

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アレックス・コレチャ
Àlex Corretja at the 2009 Mutua Madrileña Madrid Open 02.jpg
アレックス・コレチャ
基本情報
ラテン文字名 Álex Corretja
フルネーム Àlex Corretja i Verdegay
国籍 スペインの旗 スペイン
出身地 同・バルセロナ
生年月日 1974年4月11日(40歳)
身長 180cm
体重 72kg
利き手
バックハンド 片手打ち
ツアー経歴
デビュー年 1991年
引退年 2005年
ツアー通算 20勝
シングルス 17勝
ダブルス 3勝
生涯通算成績 541勝396敗
シングルス 438勝281敗
ダブルス 103勝115敗
生涯獲得賞金 $10,411,354
4大大会最高成績・シングルス
全豪 3回戦(1998)
全仏 準優勝(1998・2001)
全英 2回戦(1994・96)
全米 ベスト8(1996)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 3回戦(1998)
全仏 出場なし
全英 3回戦(1996)
全米 3回戦(1996)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 2位(1999年2月1日)
ダブルス 50位(1997年6月9日)
獲得メダル
男子 テニス
オリンピック
2000 シドニー ダブルス

アレックス・コレチャÀlex Corretjaカタルーニャ語発音: [ˈaləks kuˈrɛdʒə] アレックス・クレッジャ、1974年4月11日 - )は、スペインバルセロナ出身の男子プロテニス選手。1998年2001年の2度、全仏オープンの男子シングルスで準優勝した。シングルス自己最高ランキングは2位。ATPツアーでシングルス17勝、ダブルス3勝を挙げた。身長180cm、体重72kg、右利き。

来歴[編集]

1991年にプロ転向。1994年ブエノスアイレス大会でツアー初優勝。1996年全米オープン準々決勝でピート・サンプラスと最終第5セットのタイブレークまでもつれる死闘を戦い、6-7(5), 7-5, 7-5, 4-6, 6-7(7)で敗れた。1998年全仏オープンで初の4大大会決勝進出を果たしたが、そこでコレチャは2歳年下のカルロス・モヤと「スペイン対決」を戦い、モヤに 3-6, 5-7, 3-6 のストレートで敗れた。その雪辱を果たすかのように、同年の男子プロテニスツアー最終戦(世界ランキング上位8人しか出場できない大会、現在の名称は「ATPワールドツアー・ファイナル」)の決勝戦では、モヤに2セット・ダウン(先に相手に2セットを取られた状態)からの大逆転勝ちを収めて、同大会に初優勝を飾った。

1999年全豪オープンで、第2シードのコレチャは1回戦で日本鈴木貴男と対戦する。第4セットで鈴木に絶好のチャンスが訪れたが、コレチャが最終第5セットで鈴木を振り切って 6-3, 4-6, 3-6, 7-6(5), 6-2 で勝利した。コレチャ自身は続く2回戦でノルウェーの選手に敗退する。翌年の2000年全豪オープン2回戦では、地元オーストラリアの新星レイトン・ヒューイットにわずか1ゲームしか奪えずに完敗した。

2000年シドニー五輪でスペイン代表に選ばれ初めて五輪に出場した。シングルスでは3回戦でドイツ代表で銀メダルを獲得したトミー・ハースに敗れた。アルベルト・コスタと組んだダブルスではベスト4に進出し、準決勝でオーストラリアマーク・ウッドフォード&トッド・ウッドブリッジ組に 3-6, 6-7 で敗れたが、準決勝敗退の2組による「銅メダル決定戦」で南アフリカ代表のデビッド・アダムズ&ジョン・ラフニー・デ・ヤーガー組に 2-6, 6-4, 6-3 で勝利し銅メダルを獲得した。

2001年全仏オープンで、コレチャは同大会に3年ぶり2度目の決勝進出を果たしたが、今度はブラジルグスタボ・クエルテンに 7-6, 5-7, 2-6, 0-6 で敗れ、またしても準優勝に終わった。2002年全仏オープンでは、準決勝で同じスペインアルベルト・コスタに敗れている。2005年4月最終週、ポルトガルエストリル大会の1回戦で同じスペインの後輩選手、フェリシアーノ・ロペスに敗れた試合を最後に現役を引退した。

スペインには赤土のクレーコートが最も多いため、当地のプロテニス選手は全仏オープンでは抜群の強さを発揮するが、対照的な芝生コートの大会であるウィンブルドンを苦手にする選手が多い。コレチャはキャリアを通じてウィンブルドンへの出場は極端に少なく、1998年の全仏オープン準優勝の後に出場したウィンブルドンでは初戦敗退に終わったため、長い間遠ざかっていた。2004年に6年ぶりの出場を決めた時も、やはり1回戦で敗退している。

2012年からコレチャはデビスカップスペインチームの監督を務めている。

ATPツアー決勝進出結果[編集]

シングルス: 30回 (17勝13敗)[編集]

大会グレード
グランドスラム (0-2)
テニス・マスターズ・カップ (1-0)
ATPマスターズシリーズ (2-3)
ATPインターナショナルシリーズ・ゴールド (5-0)
ATPインターナショナルシリーズ (9–8)
サーフェス別タイトル
ハード (6–3)
クレー (10-10)
芝 (0-0)
カーペット (1-0)


結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
準優勝 1. 1992年11月2日 ブラジルの旗 グアルジャ ハード ドイツの旗 カルステン・アリエンス 6–7, 3–6
準優勝 2. 1994年10月3日 イタリアの旗 パレルモ クレー スペインの旗 アルベルト・ベラサテギ 6–2, 6–7(6–8), 4–6
優勝 1. 1994年11月14日 アルゼンチンの旗 ブエノスアイレス クレー アルゼンチンの旗 ハビエル・フラナ 6–3, 5–7, 7–6(7–5)
準優勝 3. 1996年5月13日 ドイツの旗 ハンブルク クレー スペインの旗 ロベルト・カレッツェロ 6–2, 4–6, 4–6, 4–6
準優勝 4. 1996年7月29日 オーストリアの旗 キッツビュール クレー スペインの旗 アルベルト・ベラサテギ 2–6, 4–6, 4–6
準優勝 5. 1996年10月7日 スペインの旗 マルベーリャ クレー ドイツの旗 マルク=ケビン・ゲルナー 6–7(4–7), 6–7(2–7)
優勝 2. 1997年4月14日 ポルトガルの旗 エストリル クレー スペインの旗 フランシスコ・クラベ 6–3, 7–5
準優勝 6. 1997年4月28日 モナコの旗 モンテカルロ クレー チリの旗 マルセロ・リオス 4–6, 4–6, 3–6
準優勝 7. 1997年5月5日 ドイツの旗 ミュンヘン クレー オーストラリアの旗 マーク・フィリプーシス 6–7, 6–1, 4–6
優勝 3. 1997年5月19日 イタリアの旗 ローマ クレー チリの旗 マルセロ・リオス 7–5, 7–5, 6–3
優勝 4. 1997年7月21日 ドイツの旗 シュトゥットガルト クレー スロバキアの旗 カロル・クチェラ 6–2, 7–5
優勝 5. 1998年2月16日 アラブ首長国連邦の旗 ドバイ ハード スペインの旗 フェリックス・マンティーリャ 7–6(7–0), 6–0
準優勝 8. 1998年5月11日 ドイツの旗 ハンブルク クレー スペインの旗 アルベルト・コスタ 2–6, 0–6, 0–1, 途中棄権
準優勝 9. 1998年6月8日 フランスの旗 全仏オープン クレー スペインの旗 カルロス・モヤ 3–6, 5–7, 3–6
優勝 6. 1998年7月13日 スイスの旗 グシュタード クレー ドイツの旗 ボリス・ベッカー 7–6(7–5), 7–5, 6–3
優勝 7. 1998年8月24日 アメリカ合衆国の旗 インディアナポリス ハード アメリカ合衆国の旗 アンドレ・アガシ 2–6, 6–2, 6–3
優勝 8. 1998年10月26日 フランスの旗 リヨン カーペット (室内) ドイツの旗 トミー・ハース 2–6, 7–6(8–6), 6–1
優勝 9. 1998年11月30日 ドイツの旗 ハノーファー ハード (室内) スペインの旗 カルロス・モヤ 3–6, 3–6, 7–5, 6–3, 7–5
準優勝 10. 1999年1月18日 オーストラリアの旗 シドニー ハード アメリカ合衆国の旗 トッド・マーティン 3–6, 6–7
準優勝 11. 1999年8月30日 アメリカ合衆国の旗 ロングアイランド ハード スウェーデンの旗 マグヌス・ノーマン 6–7(4–7), 6–4, 3–6
準優勝 12. 1999年9月20日 スペインの旗 マヨルカ クレー スペインの旗 フアン・カルロス・フェレーロ 6–2, 5–7, 3–6
優勝 10. 2000年3月20日 アメリカ合衆国の旗 インディアンウェルズ ハード スウェーデンの旗 トーマス・エンクビスト 6–4, 6–4, 6–3
優勝 11. 2000年7月17日 スイスの旗 グシュタード クレー アルゼンチンの旗 マリアノ・プエルタ 6–1, 6–3
優勝 12. 2000年7月30日 オーストリアの旗 キッツビュール クレー スペインの旗 エミリオ・ベンフェル・アルバレス 6–3, 6–1, 3–0 途中棄権
優勝 13. 2000年8月21日 アメリカ合衆国の旗 ワシントンDC ハード アメリカ合衆国の旗 アンドレ・アガシ 6–2, 6–3
優勝 14. 2000年10月23日 フランスの旗 トゥールーズ ハード (室内) スペインの旗 カルロス・モヤ 6–3, 6–2
準優勝 13. 2001年6月11日 フランスの旗 全仏オープン クレー ブラジルの旗 グスタボ・クエルテン 7–6(7–3), 5–7, 2–6, 0–6
優勝 15. 2001年7月23日 オランダの旗 アムステルダム クレー モロッコの旗 ユーネス・エル・アイナウイ 6–3, 5–7, 7–6(7–0), 3–6, 6–4
優勝 16. 2002年7月15日 スイスの旗 グシュタード クレー アルゼンチンの旗 ガストン・ガウディオ 6–3, 7–6(7–3), 7–6(7–3)
優勝 17. 2002年7月29日 オーストリアの旗 キッツビュール クレー スペインの旗 フアン・カルロス・フェレーロ 6–4, 6–1, 6–3

ダブルス: 7回 (3勝4敗)[編集]

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
準優勝 1. 1995年6月12日 ポルトガルの旗 ポルト クレー スペインの旗 ホルディ・アレッセ スペインの旗 フランシスコ・ロイグ
スペインの旗 トマス・カルボネル
3–6, 6–7
優勝 1. 1995年9月25日 イタリアの旗 パレルモ クレー フランスの旗 ファブリス・サントロ オランダの旗 ヘンドリック・ヤン・ダビッズ
南アフリカ共和国の旗 ピート・ノーバル
6-7, 6-4, 6-3
準優勝 2. 1997年4月14日 スペインの旗 バルセロナ クレー アルゼンチンの旗 パブロ・アルバノ スペインの旗 アルベルト・ベラサテギ
スペインの旗 ジョルディ・ブリロ
3–6, 5–7
優勝 2. 1997年4月28日 ドイツの旗 ミュンへン クレー アルゼンチンの旗 パブロ・アルバノ ドイツの旗 カーステン・ブラーシュ
ドイツの旗 イェンス・クニプシルト
3-6, 7-5, 6-2
準優勝 3. 2001年7月22日 オランダの旗 アムステルダム クレー アルゼンチンの旗 ルイス・ロボ オランダの旗 ポール・ハーフース
オランダの旗 チャン・シャルケン
4–6, 2–6
優勝 3. 2001年7月29日 オーストリアの旗 キッツビュール クレー アルゼンチンの旗 ルイス・ロボ スウェーデンの旗 シーモン・アスペリン
オーストラリアの旗 アンドリュー・クラッツマン
6-3, 4-6, 6-3
準優勝 4. 2002年7月28日 オーストリアの旗 キッツビュール クレー アルゼンチンの旗 ルーカス・アーノルド・カー 日本の旗 トーマス嶋田
南アフリカ共和国の旗 ロビー・コーニッグ
6–7, 4–6

4大大会シングルス成績[編集]

略語の説明
W  F  SF QF #R RR Q# LQ A WG Z# PO SF-B S G NMS NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.

大会 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 通算成績
全豪オープン A A A A 2R 2R 3R 2R 2R A 1R 1R 2R 7–8
全仏オープン 1R 1R 3R 4R 2R 4R F QF QF F SF 1R 3R 36–13
ウィンブルドン A A 2R A 2R A 1R A A A A A 1R 2–4
全米オープン 1R 1R 1R 2R QF 3R 4R 1R 3R 3R 3R 1R 1R 16–12

外部リンク[編集]