ニコライ・ダビデンコ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ニコライ・ダビデンコ Tennis pictogram.svg
Davydenko Roland Garros 2009 1.jpg
ニコライ・ダビデンコ
基本情報
ラテン文字名 Nikolay Davydenko
フルネーム Nikolay Vladimirovich
Davydenko
国籍 ロシアの旗 ロシア
出身地 ウクライナ・セベロドネツク
居住地 ロシア・ヴォルゴグラード
生年月日 1981年6月2日(33歳)
身長 178cm
体重 70kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 1999年
ツアー通算 23勝
シングルス 21勝
ダブルス 2勝
4大大会最高成績・シングルス
全豪 ベスト8(2005-07・2010)
全仏 ベスト4(2005・07)
全英 4回戦(2007)
全米 ベスト4(2006・07)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 2回戦(2005)
全仏 3回戦(2005)
全英 ベスト8(2004)
全米 2回戦(2004・05・13)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 3位(2006年11月6日)
ダブルス 31位(2005年6月13日)
2013年11月25日現在

ニコライ・ダビデンコロシア語: Николай Владимирович Давыденко[1]1981年6月2日 - )は、ロシアの男子プロテニス選手。赤土のクレーコートを最も得意としている。シングルス自己最高ランキングは3位。これまでにATPツアーでシングルス21勝、ダブルス2勝を挙げている。身長178cm、体重70kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。

来歴[編集]

ダビデンコはウクライナのセベロドネツクに生まれ、7歳から兄と一緒にテニスを始めた。15歳の時に家族でドイツへ引っ越し、18歳の時にロシア国籍を取得した。彼の両親はロシアに在住している。1999年にプロ入り。2001年全豪オープン4大大会にデビューし、2回戦でパトリック・ラフターに挑戦した。2003年から世界的な躍進を始め、年頭のネクストジェネレーション・アデレード国際でツアー初優勝を果たす。この年から、ダビデンコは男子テニス国別対抗戦・デビスカップロシア代表選手になる。4月にポルトガルエストリルの大会でも優勝し、この年に初めて世界ランキングトップ50位以内に入った。2004年も年間2勝を挙げ、同年のアテネ五輪にもロシア代表として出場したが、シングルス1回戦でスイスロジャー・フェデラーに敗れた。

2005年にニコライ・ダビデンコは世界のトップ選手へと躍進し、全豪オープンで初めて準々決勝に進出した(アンディ・ロディックに敗退)。そして全仏オープンで、ダビデンコは準決勝に駒を進めたが、アルゼンチンマリアノ・プエルタに 3-6, 7-5, 6-2, 4-6, 4-6 のフルセットで敗れ、決勝進出を逃した。同年末に、世界ランキング8位以内の選手しか出場できない男子テニス年間最終戦「テニス・マスターズ・カップ」にも初めて出場資格を獲得し、アルゼンチンダビド・ナルバンディアンとの準決勝まで勝ち進んだ。

2006年全米オープンで自身2度目のベスト4入りを果たしたが、準決勝で第1シードのロジャー・フェデラーに 1-6, 5-7, 4-6 のストレートで敗れている。この年は男子テニスツアーで自己最高の年間5勝を挙げ、世界ランキングも自己最高位の3位まで躍進した。

ダビデンコはデビスカップロシア代表選手として、2006年にロシア・チームの4年ぶり2度目の優勝に貢献した。12月1日-3日にロシアの首都・モスクワにある「オリンピック・スタジアム」でアルゼンチンとの決勝戦が行われた時、ダビデンコはシングルス2試合に出場し、第1試合でフアン・イグナシオ・チェラに勝ったが、第4試合ではダビド・ナルバンディアンに敗れ、この決勝戦では1勝1敗の成績を残した。デ杯終了後に結婚。

2008年3月末に行われたマイアミ・マスターズで、ダビデンコは準決勝で地元アメリカのアンディ・ロディック、決勝でラファエル・ナダルを破り、自身2度目のATPマスターズシリーズ大会制覇を果たした。年末のツアー最終戦では決勝戦まで進出したがノバク・ジョコビッチに 1-6,5-7 で敗れ準優勝に終わった。

2009年は手首の怪我で出遅れたが全仏オープン前に復帰し、ロビン・セーデリングとの準々決勝まで進出した。全米オープンでは4回戦で敗退したが、その後上海マスターズではラファエル・ナダルを破って優勝した。さらに年末のツアー最終戦ではこれまでツアーで1度も勝てなかったロジャー・フェデラーを準決勝で下し、決勝では当年の2009年全米オープン覇者であるフアン・マルティン・デル・ポトロを 6-3,6-4 で下し初優勝を果たした。この年は同郷の先輩で元世界1位のマラト・サフィンが引退した年であり、さらにツアー最終戦ではこの年の四大大会優勝者を全員破っての優勝だったため、ロシアテニス界の第一人者であることを印象づける勝利にもなった。

2010年カタール・エクソンモービル・オープンラファエル・ナダルを 0–6, 7–6(8), 6–4 で破りツアー20勝目を挙げた。全豪オープンではベスト8に進出したが、その後は調子を落とし、前年優勝の最終戦への出場を逃しランキングを大幅に下げてしまった。

ATPツアー決勝進出結果[編集]

シングルス: 28回 (21勝7敗)[編集]

大会グレード
グランドスラム (0-0)
ATPワールドツアー・ファイナル (1-1)
ATPワールドツアー・マスターズ1000 (3-0)
ATPワールドツアー・500シリーズ (1-0)
ATPワールドツアー・250シリーズ (16–6)
サーフェス別タイトル
ハード (8–3)
クレー (10-4)
芝 (0-0)
カーペット (3-0)
結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
優勝 1. 2003年1月5日 オーストラリアの旗 アデレード ハード ベルギーの旗 クリストフ・ブリーゲン 6–2, 7–6(3)
優勝 2. 2003年4月13日 ポルトガルの旗 エストリル クレー アルゼンチンの旗 アグスティン・カレリ 6–4, 6–3
準優勝 1. 2003年5月26日 オーストリアの旗 ザンクト・ペルテン クレー アメリカ合衆国の旗 アンディ・ロディック 3–6, 2–6
優勝 3. 2004年5月2日 ドイツの旗 ミュンヘン クレー オランダの旗 マルティン・フェルカーク 6–4, 7–5
優勝 4. 2004年10月17日 ロシアの旗 モスクワ カーペット (室内) イギリスの旗 グレグ・ルーゼドスキー 3–6, 6–3, 7–5
優勝 5. 2005年5月21日 オーストリアの旗 ザンクト・ペルテン クレー オーストリアの旗 ユルゲン・メルツァー 6–3, 2–6, 6–4
準優勝 2. 2006年5月8日 ポルトガルの旗 エストリル クレー アルゼンチンの旗 ダビド・ナルバンディアン 3–6, 4–6
優勝 6. 2006年5月27日 オーストリアの旗 ペルチャッハ クレー ルーマニアの旗 アンドレイ・パベル 6–0, 6–3
準優勝 3. 2006年7月17日 スウェーデンの旗 ボースタード クレー スペインの旗 トミー・ロブレド 2–6, 1–6
優勝 7. 2006年8月6日 ポーランドの旗 ソポト クレー ドイツの旗 フロリアン・マイヤー 7–6(6), 5–7, 6–4
優勝 8. 2006年8月26日 アメリカ合衆国の旗 ニューヘイブン ハード アルゼンチンの旗 アグスティン・カレリ 6–4, 6–3
優勝 9. 2006年10月15日 ロシアの旗 モスクワ カーペット (室内) ロシアの旗 マラト・サフィン 6–4, 5–7, 6–4
優勝 10. 2006年11月5日 フランスの旗 パリ カーペット (室内) スロバキアの旗 ドミニク・フルバティ 6–1, 6–2, 6–2
優勝 11. 2007年10月14日 ロシアの旗 モスクワ ハード (室内) フランスの旗 ポール=アンリ・マチュー 7–5, 7–6(9)
優勝 12. 2008年4月6日 アメリカ合衆国の旗 マイアミ ハード スペインの旗 ラファエル・ナダル 6–4, 6–2
準優勝 4. 2008年4月20日 ポルトガルの旗 エストリル クレー スイスの旗 ロジャー・フェデラー 6–7(5), 2–1, 途中棄権
優勝 13. 2008年5月24日 オーストリアの旗 ペルチャッハ クレー アルゼンチンの旗 フアン・モナコ 6–2, 2–6, 6–2
優勝 14. 2008年6月9日 ポーランドの旗 ワルシャワ クレー スペインの旗 トミー・ロブレド 6–3, 6–3
準優勝 5. 2008年11月16日 中華人民共和国の旗 上海 ハード (室内) セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 1–6, 5–7
優勝 15. 2009年7月26日 ドイツの旗 ハンブルク クレー フランスの旗 ポール=アンリ・マチュー 6–4, 6–2
優勝 16. 2009年8月2日 クロアチアの旗 ウマグ クレー スペインの旗 フアン・カルロス・フェレーロ 6–3, 6–0
優勝 17. 2009年10月3日 マレーシアの旗 クアラルンプール ハード (室内) スペインの旗 フェルナンド・ベルダスコ 6–4, 7–5
優勝 18. 2009年10月18日 中華人民共和国の旗 上海 ハード スペインの旗 ラファエル・ナダル 7–6(3), 6–3
優勝 19. 2009年11月29日 イギリスの旗 ロンドン ハード (室内) アルゼンチンの旗 フアン・マルティン・デル・ポトロ 6–3, 6–4
優勝 20. 2010年1月9日 カタールの旗 ドーハ ハード スペインの旗 ラファエル・ナダル 0–6, 7–6(8), 6–4
準優勝 6. 2011年1月8日 カタールの旗 ドーハ ハード スイスの旗 ロジャー・フェデラー 3–6, 4–6
優勝 21. 2011年5月1日 ドイツの旗 ミュンヘン クレー ドイツの旗 フロリアン・マイヤー 6–3, 3–6, 6–1
準優勝 7. 2013年1月5日 カタールの旗 ドーハ ハード フランスの旗 リシャール・ガスケ 6–3, 6–7(4), 3–6

ダブルス: 4回 (2勝2敗)[編集]

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
優勝 1. 2004年10月17日 ロシアの旗 モスクワ カーペット (室内) ロシアの旗 イーゴリ・アンドレエフ インドの旗 マヘシュ・ブパシ
スウェーデンの旗 ヨナス・ビョルクマン
3–6, 6–3, 6–4
準優勝 1. 2005年10月17日 ロシアの旗 モスクワ カーペット (室内) ロシアの旗 イーゴリ・アンドレエフ ベラルーシの旗 マックス・ミルヌイ
ロシアの旗 ミハイル・ユージニー
1–5, 1–5
準優勝 2. 2008年6月9日 ポーランドの旗 ワルシャワ クレー カザフスタンの旗 ユーリ・シュキン ポーランドの旗 マリウシュ・フィルステンベルク
ポーランドの旗 マルチン・マトコフスキ
0–6, 6–3, [4–10]
優勝 2. 2014年2月9日 フランスの旗 モンペリエ ハード
(室内)
ウズベキスタンの旗 デニス・イストミン フランスの旗 ニコラ・マユ
フランスの旗 マルク・ジケル
6–4, 1–6, [10–7]

4大大会シングルス成績[編集]

略語の説明
W  F  SF QF #R RR Q# LQ A WG Z# PO SF-B S G NMS NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.

大会 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 通算成績
全豪オープン 2R 1R 1R 2R QF QF QF 4R A QF 1R 1R 2R 2R 23–13
全仏オープン 2R 2R 2R 1R SF QF SF 3R QF A 2R 1R 3R 26–12
ウィンブルドン A 1R 1R 1R 2R 1R 4R 1R 3R 2R 1R 1R A 7–11
全米オープン 1R 2R 2R 3R 2R SF SF 4R 4R 2R 3R 2R 2R 26–13

脚注[編集]

  1. ^ ロシア語ラテン翻字: Nikolay Vladimirovich Davydenko

外部リンク[編集]