フアン・マルティン・デル・ポトロ(Juan Martín del Potro, 1988年9月23日 - )は、アルゼンチン・タンディル出身の男子プロテニス選手。2009年の全米オープン男子シングルス優勝者である。198cmの長身から放たれる高速サーブが武器で、ハードコートを最も得意とする。これまでにATPツアーでシングルス13勝、ダブルス1勝を挙げる。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。シングルス自己最高位は4位。
来歴 [編集]
デル・ポトロは父親が元セミプロのラグビー選手で獣医、母親が教師という家庭に育ち、7歳からテニスを始めた。ジュニア選手時代は、2002年に「オレンジボウル選手権」(ジュニアテニス選手の登龍門と言われる大会)の14歳以下の部で優勝がある。2003年から男子ツアー下部組織の大会群を転戦し始め、2006年の全仏オープンで4大大会にデビューする。同年10月の「ジャパン・オープン」で初来日し、ティム・ヘンマン(イギリス)との3回戦まで勝ち進んだ。2007年から男子テニス国別対抗戦・デビスカップのアルゼンチン代表選手に選ばれる。デ杯代表入りの後、7月のアメリカ・インディアナポリス大会で男子ツアーのダブルス初優勝を達成。この年は全米オープン3回戦でノバク・ジョコビッチ(セルビア)に挑戦した。
2008年 [編集]
ドイツ・シュトゥットガルト大会でツアー初優勝を飾る。これを皮切りに4大会連続優勝を達成。ランキングは急上昇し、第17シードとして出場した全米オープン4回戦では錦織圭(日本)を 6-3, 6-4, 6-3 で下した。準々決勝で第6シードのアンディ・マレー(イギリス)に 6-7, 6-7, 6-4, 5-7 で敗れるまで、デル・ポトロのシュトゥットガルト大会からの連勝記録は23を記録した。
9月、デビスカップ準決勝の対ロシア戦で、デル・ポトロはシングルスの試合で2勝をあげ、アルゼンチンの決勝進出に大きく貢献した。10月のジャパン・オープン・テニス選手権では決勝に進出。決勝戦ではトマーシュ・ベルディハ(チェコ)に 1-6, 4-6 で敗れて準優勝になった。この年の快進撃を受けて、デル・ポトロは年間ランキング上位8名しか出場資格を得られない男子ツアー最終戦「テニス・マスターズ・カップ」の出場権を初めて手にした。11月、デビスカップ決勝の対スペイン戦では第2試合のシングルスに出場するが、フェリシアーノ・ロペスに敗れる。最終結果はアルゼンチンの2勝3敗となり、アルゼンチンのホームグラウンドでの優勝は叶わなかった。
2009年 [編集]
年頭のニュージーランド・オークランド大会で優勝。全豪オープンでは第8シードに選ばれ準々決勝まで進出するが、第2シードのロジャー・フェデラー(スイス)に 3-6, 0-6, 0-6 で敗退した。全仏オープンでは、グランドスラム大会で初めての準決勝に進出し再びフェデラーと対戦するが、 6-3, 6-7, 6-2, 1-6, 4-6 のフルセットで敗れ決勝進出はならなかった。
8月のレッグ・メーソン・テニス・クラシック大会で優勝し、この大会2連覇を達成。続くカナダ・マスターズ大会ではマスターズの大会で初めて決勝に進出するが、アンディ・マレーに 7-6, 6-7, 1-6で敗退。この時の疲労が大きかったため、続くシンシナティ・マスターズは欠場した。その後に開催された 全米オープンでは順調に勝ち進み、準決勝でラファエル・ナダル(スペイン)を 6-2, 6-2, 6-2 で下し、グランドスラム大会で初めての決勝に進出する。決勝戦の対戦相手は全米オープン6連覇を狙うフェデラーであった。試合はフルセットに及び、3-6, 7-6(5), 4-6, 7-6(4), 6-2 のスコアで、それまで6連敗していたフェデラーに対して初勝利し、見事、優勝を手にした。デル・ポトロは同じグランドスラムの大会でフェデラーとナダルの両方に勝利した最初の選手となり、20歳11か月での優勝は史上5番目に若く、アルゼンチン男子選手としては1977年のギレルモ・ビラス以来32年ぶりの全米優勝者となった。
全米優勝後の大会では調子を落とし初戦敗退、途中棄権が続くが、昨年に引き続き出場権を手にしたテニス・マスターズ・カップでは予選を突破し、準決勝でロビン・セーデリング(スウェーデン)を6–7(1), 6–3, 7–6(3)で下し決勝に進出。決勝戦ではニコライ・ダビデンコ(ロシア)に3–6, 4–6で敗れ準優勝となった。
2010年 [編集]
以前から痛めていた手首の症状が悪化し、全豪オープン4回戦でマリン・チリッチ(クロアチア)に敗れて以降は戦線離脱し、5月に右手首の手術を受けた。9月のタイ・オープン、10月のジャパン・オープン・テニス選手権で復帰したが初戦敗退となり、来シーズンまでは練習に専念することを発表した。
2011年 [編集]
全豪オープンでは2回戦でマルコス・バグダティス(キプロス)に 1-6, 3-6, 6-4, 3-6 で敗退した。2月のデルレイビーチ大会でヤンコ・ティプサレビッチを 6–4, 6–4 で破り全米オープン以来のツアー8勝目を挙げた。全仏オープンは、3回戦でノバク・ジョコビッチに 3-6, 6-3, 3-6, 2-6 で敗れた。ウィンブルドンは4回戦でラファエル・ナダルに6-7(6), 6-3, 6-7(4), 4-6 で敗れた。全米オープンでも3回戦でジル・シモンに 6-4, 6-7(5), 2-6, 6-7(3) で敗れたが、最終ランキングは11位まで戻し、ATPアワードのカムバック賞を受賞した。12月のスペインとのデビスカップ決勝では、ダビド・フェレールに 2-6, 7-6(2), 6-3, 4-6, 3-6 のフルセットで敗れた。1勝2敗で後がなくなった第4試合のラファエル・ナダル戦でも 6-1, 4-6, 1-6, 6-7(0) で敗れアルゼンチンは悲願の初優勝を逃した。
2012年 [編集]
全豪オープンでは3年ぶりにベスト8に進出。準々決勝でロジャー・フェデラーに 4-6, 3-6, 2-6 で敗れた。2月にマルセイユで開催された大会ではミカエル・ロドラを下し、キャリア10勝目を飾った。5月のエストリル・オープンではリシャール・ガスケを下しシーズン2勝目を挙げた。全仏オープンでは準々決勝でフェデラーに6-3, 7-6, 2-6, 0-6, 3-6と2セットアップとするも敗れた。ウィンブルドンでは4回戦でダビド・フェレールにストレートで敗退し、2年連続4回戦敗退となった。8月のロンドンオリンピックでは準決勝でフェデラーに6-3, 6-7, 17-19の大接戦で敗れるも、3位決定戦でノバク・ジョコビッチを破り銅メダルを獲得した。全米オープンでは4回戦でアンディ・ロディックに勝利しロディックの現役引退試合を受け持った。準々決勝ではジョコビッチにストレートで敗れベスト8敗退となった。10月開催のバンク・オーストリア・テニス杯ではグレガ・ゼムラを破りシーズン3勝目を挙げ、翌週のスイス・インドアでは決勝で、7連敗を喫していたフェデラーを6-4, 6-7, 7-6の接戦の末破り、2週連続トーナメント優勝を果たした。
ATPツアー決勝進出結果 [編集]
シングルス: 20回 (14勝6敗) [編集]
|
|
| サーフェス別タイトル |
| ハード (10–6) |
| クレー (4-0) |
| 芝 (0-0) |
| カーペット (0-0) |
|
| 結果 |
No. |
決勝日 |
大会 |
サーフェス |
対戦相手 |
スコア |
| 優勝 |
1. |
2008年7月13日 |
シュトゥットガルト |
クレー |
リシャール・ガスケ |
6–4, 7–5 |
| 優勝 |
2. |
2008年7月20日 |
キッツビュール |
クレー |
ユルゲン・メルツァー |
6–2, 6–1 |
| 優勝 |
3. |
2008年8月10日 |
ロサンゼルス |
ハード |
アンディ・ロディック |
6–1, 7–6(2) |
| 優勝 |
4. |
2008年8月17日 |
ワシントンD.C. |
ハード |
ビクトル・トロイツキ |
6–3, 6–3 |
| 準優勝 |
1. |
2008年10月5日 |
東京 |
ハード |
トマーシュ・ベルディハ |
1–6, 4–6 |
| 優勝 |
5. |
2009年1月17日 |
オークランド |
ハード |
サム・クエリー |
6–4, 6–4 |
| 優勝 |
6. |
2009年8月9日 |
ワシントンD.C. |
ハード |
アンディ・ロディック |
3–6, 7–5, 7–6(6) |
| 準優勝 |
2. |
2009年8月16日 |
モントリオール |
ハード |
アンディ・マレー |
7–6(4), 6–7(3), 1–6 |
| 優勝 |
7. |
2009年9月14日 |
全米オープン |
ハード |
ロジャー・フェデラー |
3–6, 7–6(5), 4–6, 7–6(4), 6–2 |
| 準優勝 |
3. |
2009年11月29日 |
ロンドン |
ハード (室内) |
ニコライ・ダビデンコ |
3–6, 4–6 |
| 優勝 |
8. |
2011年2月27日 |
デルレイビーチ |
ハード |
ヤンコ・ティプサレビッチ |
6–4, 6–4 |
| 優勝 |
9. |
2011年5月1日 |
エストリル |
クレー |
フェルナンド・ベルダスコ |
6–2, 6–2 |
| 準優勝 |
4. |
2011年10月30日 |
ウィーン |
ハード (室内) |
ジョー=ウィルフリード・ツォンガ |
7–6(5), 3–6, 4–6 |
| 準優勝 |
5. |
2012年2月19日 |
ロッテルダム |
ハード (室内) |
ロジャー・フェデラー |
1–6, 4–6 |
| 優勝 |
10. |
2012年2月26日 |
マルセイユ |
ハード (室内) |
ミカエル・ロドラ |
6–4, 6–4 |
| 優勝 |
11. |
2012年5月6日 |
エストリル |
クレー |
リシャール・ガスケ |
6–4, 6–2 |
| 優勝 |
12. |
2012年10月21日 |
ウィーン |
ハード (室内) |
グレガ・ゼムラ |
7–5, 6–3, |
| 優勝 |
13. |
2012年10月28日 |
バーゼル |
ハード (室内) |
ロジャー・フェデラー |
6–4, 6–7(5), 7–6(3) |
| 優勝 |
14. |
2013年2月17日 |
ロッテルダム |
ハード (室内) |
ジュリアン・ベネトー |
7–6(2), 6–3 |
| 準優勝 |
6. |
2013年3月17日 |
インディアンウェルズ |
ハード |
ラファエル・ナダル |
6–4, 3–6, 4–6 |
ダブルス: 1回 (1勝0敗) [編集]
4大大会優勝 [編集]
4大大会シングルス成績 [編集]
- 略語の説明
| W |
F |
SF |
QF |
#R |
RR |
Q# |
LQ |
A |
WG |
Z# |
PO |
SF-B |
S |
G |
NMS |
NH |
W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.
外部リンク [編集]