フアン・マルティン・デル・ポトロ

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Juan Martin Del Potro - Queen's Club 2011.jpg
フアン・マルティン・デル・ポトロ
基本情報
ラテン文字名 Juan Martín del Potro
フルネーム Juan Martín del Potro
愛称 エナノ/パリト/デルポ
国籍 アルゼンチンの旗 アルゼンチン
出身地 同・タンディル
生年月日 1988年9月23日(25歳)
身長 198cm
体重 97kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 2003年
ツアー通算 19勝
シングルス 18勝
ダブルス 1勝
4大大会最高成績・シングルス
全豪 ベスト8(2009・12)
全仏 ベスト4(2009)
全英 ベスト4(2013)
全米 優勝(2009)
優勝回数 1(米1)
4大大会最高成績・ダブルス
全仏 1回戦(2006・07)
全英 1回戦(2007・08)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 4位(2010年1月11日)
ダブルス 105位(2009年5月25日)
獲得メダル
男子 テニス
オリンピック
2012 ロンドン シングルス
2014年1月18日現在

フアン・マルティン・デル・ポトロJuan Martín del Potro, 1988年9月23日 - )は、アルゼンチンタンディル出身の男子プロテニス選手。2009年全米オープン男子シングルス優勝者である。198cmの長身から放たれる高速サーブが武器で、ハードコートを最も得意とする。これまでにATPツアーでシングルス18勝、ダブルス1勝を挙げる。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。シングルス自己最高位は4位。

来歴[編集]

デル・ポトロは父親が元セミプロのラグビー選手で獣医、母親が教師という家庭に育ち、7歳からテニスを始めた。ジュニア選手時代は、2002年に「オレンジボウル選手権」(ジュニアテニス選手の登龍門と言われる大会)の14歳以下の部で優勝がある。2003年から男子ツアー下部組織の大会群を転戦し始め、2006年全仏オープン4大大会にデビューする。同年10月の「ジャパン・オープン」で初来日し、ティム・ヘンマンイギリス)との3回戦まで勝ち進んだ。2007年から男子テニス国別対抗戦・デビスカップのアルゼンチン代表選手に選ばれる。デ杯代表入りの後、7月のアメリカインディアナポリス大会で男子ツアーのダブルス初優勝を達成。この年は全米オープン3回戦でノバク・ジョコビッチセルビア)に挑戦した。

2008年[編集]

ドイツシュトゥットガルト大会でツアー初優勝を飾る。これを皮切りに4大会連続優勝を達成。ランキングは急上昇し、第17シードとして出場した全米オープン4回戦では錦織圭日本)を 6-3, 6-4, 6-3 で下した。準々決勝で第6シードのアンディ・マレーイギリス)に 6-7, 6-7, 6-4, 5-7 で敗れるまで、デル・ポトロのシュトゥットガルト大会からの連勝記録は23を記録した。

9月、デビスカップ準決勝の対ロシア戦で、デル・ポトロはシングルスの試合で2勝をあげ、アルゼンチンの決勝進出に大きく貢献した。10月のジャパン・オープン・テニス選手権では決勝に進出。決勝戦ではトマーシュ・ベルディハチェコ)に 1-6, 4-6 で敗れて準優勝になった。この年の快進撃を受けて、デル・ポトロは年間ランキング上位8名しか出場資格を得られない男子ツアー最終戦「テニス・マスターズ・カップ」の出場権を初めて手にした。11月、デビスカップ決勝の対スペイン戦では第2試合のシングルスに出場するが、フェリシアーノ・ロペスに敗れる。最終結果はアルゼンチンの2勝3敗となり、アルゼンチンのホームグラウンドでの優勝は叶わなかった。

2009年[編集]

年頭のニュージーランドオークランド大会で優勝。全豪オープンでは第8シードに選ばれ準々決勝まで進出するが、第2シードのロジャー・フェデラースイス)に 3-6, 0-6, 0-6 で敗退した。全仏オープンでは、グランドスラム大会で初めての準決勝に進出し再びフェデラーと対戦するが、 6-3, 6-7, 6-2, 1-6, 4-6 のフルセットで敗れ決勝進出はならなかった。

8月のレッグ・メーソン・テニス・クラシック大会で優勝し、この大会2連覇を達成。続くカナダ・マスターズ大会ではマスターズの大会で初めて決勝に進出するが、アンディ・マレーに 7-6, 6-7, 1-6で敗退。この時の疲労が大きかったため、続くシンシナティ・マスターズは欠場した。その後に開催された 全米オープンでは順調に勝ち進み、準決勝でラファエル・ナダルスペイン)を 6-2, 6-2, 6-2 で下し、グランドスラム大会で初めての決勝に進出する。決勝戦の対戦相手は全米オープン6連覇を狙うフェデラーであった。試合はフルセットに及び、3-6, 7-6(5), 4-6, 7-6(4), 6-2 のスコアで、それまで6連敗していたフェデラーに対して初勝利し、見事、優勝を手にした。デル・ポトロは同じグランドスラムの大会でフェデラーとナダルの両方に勝利した最初の選手となり、20歳11か月での優勝は史上5番目に若く、アルゼンチン男子選手としては1977年ギレルモ・ビラス以来32年ぶりの全米優勝者となった。

全米優勝後の大会では調子を落とし初戦敗退、途中棄権が続くが、昨年に引き続き出場権を手にしたテニス・マスターズ・カップでは予選を突破し、準決勝でロビン・セーデリングスウェーデン)を6–7(1), 6–3, 7–6(3)で下し決勝に進出。決勝戦ではニコライ・ダビデンコロシア)に3–6, 4–6で敗れ準優勝となった。

2010年[編集]

以前から痛めていた手首の症状が悪化し、全豪オープン4回戦でマリン・チリッチクロアチア)に敗れて以降は戦線離脱し、5月に右手首の手術を受けた。9月のタイ・オープン、10月のジャパン・オープン・テニス選手権で復帰したが初戦敗退となり、来シーズンまでは練習に専念することを発表した。

2011年[編集]

全豪オープンでは2回戦でマルコス・バグダティスキプロス)に 1-6, 3-6, 6-4, 3-6 で敗退した。2月のデルレイビーチ大会でヤンコ・ティプサレビッチを 6–4, 6–4 で破り全米オープン以来のツアー8勝目を挙げた。全仏オープンは、3回戦でノバク・ジョコビッチに 3-6, 6-3, 3-6, 2-6 で敗れた。ウィンブルドンは4回戦でラファエル・ナダルに6-7(6), 6-3, 6-7(4), 4-6 で敗れた。全米オープンでも3回戦でジル・シモンに 6-4, 6-7(5), 2-6, 6-7(3) で敗れたが、最終ランキングは11位まで戻し、ATPアワードのカムバック賞を受賞した。12月のスペインとのデビスカップ決勝では、ダビド・フェレールに 2-6, 7-6(2), 6-3, 4-6, 3-6 のフルセットで敗れた。1勝2敗で後がなくなった第4試合のラファエル・ナダル戦でも 6-1, 4-6, 1-6, 6-7(0) で敗れアルゼンチンは悲願の初優勝を逃した。

2012年[編集]

全豪オープンでは3年ぶりにベスト8に進出。準々決勝でロジャー・フェデラーに 4-6, 3-6, 2-6 で敗れた。2月にマルセイユで開催された大会ではミカエル・ロドラを下し、キャリア10勝目を飾った。5月のエストリル・オープンではリシャール・ガスケを下しシーズン2勝目を挙げた。全仏オープンでは準々決勝でフェデラーに6-3, 7-6, 2-6, 0-6, 3-6と2セットアップとするも敗れた。ウィンブルドンでは4回戦でダビド・フェレールにストレートで敗退し、2年連続4回戦敗退となった。8月のロンドンオリンピックでは準決勝でフェデラーに6-3, 6-7, 17-19の大接戦で敗れるも、3位決定戦でノバク・ジョコビッチを破り銅メダルを獲得した。全米オープンでは4回戦でアンディ・ロディックに勝利しロディックの現役引退試合を受け持った。準々決勝ではジョコビッチにストレートで敗れベスト8敗退となった。10月開催のバンク・オーストリア・テニス杯ではグレガ・ゼムラを破りシーズン3勝目を挙げ、翌週のスイス・インドアでは決勝で、7連敗を喫していたフェデラーを6-4, 6-7, 7-6の接戦の末破り、2週連続トーナメント優勝を果たした。

2013年[編集]

ウィンブルドンでは、芝で下したことのなかったダビド・フェレールを4回戦で破り、1セットも落とすことのないまま自身初のSF入りを果たす。しかしながら、第1シードのノバク・ジョコビッチに5-7, 6-4, 6-7(2), 7-6(8), 3-6という4時間43分の大激闘の末敗れ、決勝進出はならなかった。しかし、足首とひざの故障を抱えながらも、第4セットにおいて2度のマッチポイントをしのぎ、フルセットを戦い抜いたデルポトロには惜しみない拍手が送られ、最初から最後までハイレベルな戦いをみせた両者ともたたえられることとなった。

ATPツアー決勝進出結果[編集]

シングルス: 25回 (18勝7敗)[編集]

大会グレード
グランドスラム (1-0)
ATPワールドツアー・ファイナル (0-1)
ATPワールドツアー・マスターズ1000 (0-3)
ATPワールドツアー・500シリーズ (8-2)
ATPワールドツアー・250シリーズ (9–1)
サーフェス別タイトル
ハード (14–7)
クレー (4-0)
芝 (0-0)
カーペット (0-0)
結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
優勝 1. 2008年7月13日 ドイツの旗 シュトゥットガルト クレー フランスの旗 リシャール・ガスケ 6–4, 7–5
優勝 2. 2008年7月20日 オーストリアの旗 キッツビュール クレー オーストリアの旗 ユルゲン・メルツァー 6–2, 6–1
優勝 3. 2008年8月10日 アメリカ合衆国の旗 ロサンゼルス ハード アメリカ合衆国の旗 アンディ・ロディック 6–1, 7–6(2)
優勝 4. 2008年8月17日 アメリカ合衆国の旗 ワシントンD.C. ハード セルビアの旗 ビクトル・トロイツキ 6–3, 6–3
準優勝 1. 2008年10月5日 日本の旗 東京 ハード チェコの旗 トマーシュ・ベルディハ 1–6, 4–6
優勝 5. 2009年1月17日 ニュージーランドの旗 オークランド ハード アメリカ合衆国の旗 サム・クエリー 6–4, 6–4
優勝 6. 2009年8月9日 アメリカ合衆国の旗 ワシントンD.C. ハード アメリカ合衆国の旗 アンディ・ロディック 3–6, 7–5, 7–6(6)
準優勝 2. 2009年8月16日 カナダの旗 モントリオール ハード イギリスの旗 アンディ・マレー 7–6(4), 6–7(3), 1–6
優勝 7. 2009年9月14日 アメリカ合衆国の旗 全米オープン ハード スイスの旗 ロジャー・フェデラー 3–6, 7–6(5), 4–6, 7–6(4), 6–2
準優勝 3. 2009年11月29日 イギリスの旗 ロンドン ハード (室内) ロシアの旗 ニコライ・ダビデンコ 3–6, 4–6
優勝 8. 2011年2月27日 アメリカ合衆国の旗 デルレイビーチ ハード セルビアの旗 ヤンコ・ティプサレビッチ 6–4, 6–4
優勝 9. 2011年5月1日 ポルトガルの旗 エストリル クレー スペインの旗 フェルナンド・ベルダスコ 6–2, 6–2
準優勝 4. 2011年10月30日 オーストリアの旗 ウィーン ハード (室内) フランスの旗 ジョー=ウィルフリード・ツォンガ 7–6(5), 3–6, 4–6
準優勝 5. 2012年2月19日 オランダの旗 ロッテルダム ハード (室内) スイスの旗 ロジャー・フェデラー 1–6, 4–6
優勝 10. 2012年2月26日 フランスの旗 マルセイユ ハード (室内) フランスの旗 ミカエル・ロドラ 6–4, 6–4
優勝 11. 2012年5月6日 ポルトガルの旗 エストリル クレー フランスの旗 リシャール・ガスケ 6–4, 6–2
優勝 12. 2012年10月21日 オーストリアの旗 ウィーン ハード (室内) スロベニアの旗 グレガ・ゼムリャ 7–5, 6–3,
優勝 13. 2012年10月28日 スイスの旗 バーゼル ハード (室内) スイスの旗 ロジャー・フェデラー 6–4, 6–7(5), 7–6(3)
優勝 14. 2013年2月17日 オランダの旗 ロッテルダム ハード (室内) フランスの旗 ジュリアン・ベネトー 7–6(2), 6–3
準優勝 6. 2013年3月17日 アメリカ合衆国の旗 インディアンウェルズ ハード スペインの旗 ラファエル・ナダル 6–4, 3–6, 4–6
優勝 15. 2013年8月4日 アメリカ合衆国の旗 ワシントンD.C. ハード アメリカ合衆国の旗 ジョン・イスナー 3-6, 6-1, 6-2
優勝 16. 2013年10月6日 日本の旗 東京 ハード カナダの旗 ミロシュ・ラオニッチ 7–6(5), 7–5
準優勝 7. 2013年10月13日 中華人民共和国の旗 上海 ハード セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 1-6, 6-3, 6-7(3)
優勝 17. 2013年10月27日 スイスの旗 バーゼル ハード (室内) スイスの旗 ロジャー・フェデラー 7-6(3), 2-6, 6-4
優勝 18. 2014年1月11日 オーストラリアの旗 シドニー ハード オーストラリアの旗 バーナード・トミック 6-3, 6-1

ダブルス: 1回 (1勝0敗)[編集]

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
優勝 1. 2007年7月30日 アメリカ合衆国の旗 インディアナポリス ハード アメリカ合衆国の旗 トラビス・パロット ロシアの旗 ティムラズ・ガバシュビリ
クロアチアの旗 イボ・カロビッチ
3–6, 6–2, [10–6]

4大大会優勝[編集]

大会 対戦相手 試合結果
2009年 全米オープン スイスの旗 ロジャー・フェデラー 3-6, 7-6, 4-6, 7-6, 6-2

4大大会シングルス成績[編集]

略語の説明
W  F  SF QF #R RR Q# LQ A WG Z# PO SF-B S G NMS NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.

大会 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 通算成績
全豪オープン A A 2R 2R QF 4R 2R QF 3R 2R 17–8
全仏オープン A 1R 1R 2R SF A 3R QF A A 12–6
ウィンブルドン A A 2R 2R 2R A 4R 4R SF A 14–6
全米オープン LQ 1R 3R QF W A 3R QF 2R A 20–6

外部リンク[編集]