マルコス・バグダティス

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マルコス・バグダティス
Marcos Baghdatis at the 2009 Brisbane International.jpg
マルコス・バグダティス
基本情報
ラテン文字名 Marcos Baghdatis
国籍 キプロスの旗 キプロス
出身地 同・リマソール
生年月日 1985年6月17日(26歳)
身長 182cm
体重 80kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 2003年
ツアー通算 5勝
シングルス 4勝
ダブルス 1勝
4大大会最高成績・シングルス
全豪 準優勝(2006)
全仏 4回戦(2007)
全英 ベスト4(2006)
全米 2回戦(2004・06)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 2回戦(2007)
全英 1回戦(2007)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 8位(2006年8月21日)
ダブルス 93位(2008年1月7日)
2012年2月7日現在

マルコス・バグダティスMarcos Baghdatis, ギリシャ語Μάρκος Παγδατής, 1985年6月17日 - )は、キプロスリマソール出身の男子プロテニス選手。当地から登場した最初の本格的なプロテニス選手として活動し、2006年全豪オープン男子シングルス準優勝者になった。これまでにATPツアーでシングルス4勝、ダブルス1勝を挙げている。ベースライン・プレーヤーで、フォアハンド・ストロークの強打とサービスを大きな武器にする。シングルス自己最高ランキングは8位(2006年8月)。身長182cm、体重80kg、右利き。

目次

[編集] 経歴

キプロス地中海に浮かぶ、人口約87万人の小さな島国である。バグダティスの父親は衣料品店の経営者で、家族は2人の兄と養子の妹がいる。マルコスはその中で5歳からテニスを始め、14歳の時にスポーツ小国を援助するプロジェクトの奨学金の資格を得て、キプロスからフランスの首都・パリへ留学した。ジュニア選手時代、2001年日本大阪で開かれた世界スーパージュニアテニス選手権大会に16歳で優勝したことがある。2003年全豪オープンの男子ジュニア部門で優勝し、同年にプロ転向。2004年アテネ五輪キプロス代表として出場し、2回戦でドイツニコラス・キーファーに敗れる。4大大会デビューは同年の全米オープンで、2回戦で第1シードのロジャー・フェデラーに挑戦した。2005年全豪オープンでキプロス人のテニス選手として初の4回戦進出を果たしたが、この時もフェデラーに敗れている。2005年全仏オープンウィンブルドンにも初出場を果たしたが、この両大会では初戦を突破できなかった。

2006年全豪オープンで、マルコス・バグダティスは世界に旋風を起こす。世界ランキング54位のノーシードから勝ち上がり、4回戦で第2シードのアンディ・ロディックを 6-4, 1-6, 6-3, 6-4 で破り、準々決勝では第7シードのイワン・リュビチッチクロアチア)に勝ち、準決勝では第4シードのダビド・ナルバンディアンアルゼンチン)を 3-6, 5-7, 6-3, 6-4, 6-4 の逆転で破り、キプロス人のテニス選手として初の4大大会決勝進出者となった。先にナルバンディアンに2セットを取られた状態(2セット・ダウン)からの逆転勝利でつかんだ決勝戦だった。ロジャー・フェデラーとの決勝では第1セットを 7-5 で奪ったが、続く3セットを 5-7, 0-6, 2-6 で落として準優勝に終わった。この後、ウィンブルドンでベスト4に進出する。バグダティスは準々決勝でレイトン・ヒューイットを 6-1, 5-7, 7-6(7-5), 6-2 で破ったが、続く準決勝で第2シードのラファエル・ナダルに 1-6, 5-7, 3-6 のストレートで敗れ、全豪に続く決勝進出はならなかった。ウィンブルドン選手権の終了後、バグダティスは世界ランキングを10位に上げ、初めての世界トップ10入りを決めた。全米オープンで第8シードに選ばれたバグダティスは、2回戦でこの大会限りでの現役引退を表明していたアンドレ・アガシに 4-6, 4-6, 6-3, 7-5, 5-7 のフルセットで敗れた。しかし全米オープン直後に行われたチャイナ・オープン北京開催)の決勝戦で、バグダティスはマリオ・アンチッチを 6-4, 6-0 で破り、ATPツアー大会初優勝を飾った。

2007年全豪オープンでは2回戦でガエル・モンフィスフランス)に敗れたが、翌週にクロアチアザグレブ大会の決勝でイワン・リュビチッチを破り、ツアー2勝目を挙げる。全仏オープンでは、初進出の4回戦でイーゴリ・アンドレエフロシア)に敗れた。

2008年は右手首の疲労骨折や背中の故障などに悩み、年間を通じて12大会しか出場できなかった。2009年全豪オープンでは、準優勝した年以来3年ぶりの4回戦まで勝ち進んだが、第3シードのノバク・ジョコビッチセルビア)に 1-6, 6-7(1-7), 7-6(7-5), 2-6 で敗れる。この後全仏オープンで初戦敗退し、直後のオランダスヘルトーヘンボス大会の2回戦を途中棄権したため、ウィンブルドンを欠場する。ウィンブルドン終了後、バグダティスの世界ランキングは151位まで落ちた。それからしばらく男子ツアーの下部大会を転戦し、3大会を制して徐々に世界ランキングを戻していった彼は、10月の「ストックホルム・オープン」決勝でオリビエ・ロクスベルギー)を破り、2年ぶりのツアー3勝目を挙げた。

2012年全豪オープン2回戦でスタニスラス・ワウリンカに 6-7(3-7), 4-6, 7-5, 1-6 で敗れた。その時にラケット4本を壊し800ドルの罰金処分を受けている[1]

[編集] ATPツアー決勝進出結果

[編集] シングルス: 11回 (4勝7敗)

大会グレード
グランドスラム (0-1)
ATPワールドツアー・ファイナル (0-0)
ATPワールドツアー・マスターズ1000 (0-0)
ATPワールドツアー・500シリーズ (0-1)
ATPワールドツアー・250シリーズ (4–5)
サーフェス別タイトル
ハード (3–5)
クレー (0-1)
芝 (0-0)
カーペット (1-1)
結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
準優勝 1. 2005年10月30日 スイスの旗 バーゼル カーペット (室内) チリの旗 フェルナンド・ゴンサレス 7–6(10), 3–6, 5–7, 4–6
準優勝 2. 2006年1月29日 オーストラリアの旗 全豪オープン ハード スイスの旗 ロジャー・フェデラー 7–5, 5–7, 0–6, 2–6
優勝 1. 2006年9月17日 中華人民共和国の旗 北京 ハード クロアチアの旗 マリオ・アンチッチ 6–4, 6–0
優勝 2. 2007年2月4日 クロアチアの旗 ザグレブ カーペット (室内) クロアチアの旗 イワン・リュビチッチ 7–6(4), 4–6, 6–4
準優勝 3. 2007年2月18日 フランスの旗 マルセイユ ハード (室内) フランスの旗 ジル・シモン 4–6, 6–7(3)
準優勝 4. 2007年6月17日 ドイツの旗 ハーレ チェコの旗 トマーシュ・ベルディハ 5–7, 4–6
優勝 3. 2009年10月25日 スウェーデンの旗 ストックホルム ハード (室内) ベルギーの旗 オリビエ・ロクス 6–1, 7–5
優勝 4. 2010年1月16日 オーストラリアの旗 シドニー ハード フランスの旗 リシャール・ガスケ 6–4, 7–6(2)
準優勝 5. 2010年8月8日 アメリカ合衆国の旗 ワシントンD.C. ハード アルゼンチンの旗 ダビド・ナルバンディアン 2–6, 6–7(4)
準優勝 6. 2010年10月24日 ロシアの旗 モスクワ ハード (室内) セルビアの旗 ビクトル・トロイツキ 6–3, 4–6, 3–6
準優勝 7. 2011年10月2日 マレーシアの旗 クアラルンプール ハード (室内) セルビアの旗 ヤンコ・ティプサレビッチ 4–6, 5–7

[編集] ダブルス: 2回 (1勝1敗)

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
準優勝 1. 2008年1月6日 インドの旗 チェンナイ ハード フランスの旗 マルク・ジケル タイの旗 サンチャイ・ラティワタナ
タイの旗 ソンチャット・ラティワタナ
4–6, 5–7
優勝 1. 2012年2月5日 クロアチアの旗 ザグレブ ハード (室内) ロシアの旗 ミハイル・ユージニー クロアチアの旗 イワン・ドディグ
クロアチアの旗 マテ・パビッチ
6–2, 6–2

[編集] 4大大会シングルス成績

略語の説明
NH 開催なし A 欠場 LQ 予選敗退 #R #回戦敗退 QF ベスト8 SF ベスト4 F 準優勝 W 優勝
大会 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 通算成績
全豪オープン A A 4R F 2R 3R 4R 3R 3R 2R 20–8
全仏オープン A LQ 1R 2R 4R 1R 1R 3R 2R 7–7
ウィンブルドン A LQ 1R SF QF 4R A 1R 3R 14–6
全米オープン LQ 2R 1R 2R 1R A A 1R 1R 2–6

[編集] 脚注

[編集] 外部リンク

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