ビクトル・トロイツキ
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ビクトル・トロイツキ
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| 基本情報 | ||||
| ラテン文字名 | Viktor Troicki | |||
| 国籍 | ||||
| 出身地 | 同・ベオグラード | |||
| 生年月日 | 1986年2月10日(27歳) | |||
| 身長 | 193cm | |||
| 体重 | 85kg | |||
| 利き手 | 右 | |||
| バックハンド | 両手打ち | |||
| ツアー経歴 | ||||
| デビュー年 | 2006年 | |||
| ツアー通算 | 2勝 | |||
| シングルス | 1勝 | |||
| ダブルス | 1勝 | |||
| 4大大会最高成績・シングルス | ||||
| 全豪 | 3回戦(2011) | |||
| 全仏 | 4回戦(2011) | |||
| 全英 | 4回戦(2012) | |||
| 全米 | 3回戦(2008) | |||
| 4大大会最高成績・ダブルス | ||||
| 全豪 | 1回戦(2009・10) | |||
| 全仏 | ベスト8(2008) | |||
| 全英 | 3回戦(2009) | |||
| 全米 | 2回戦(2012) | |||
| キャリア自己最高ランキング | ||||
| シングルス | 12位(2011年6月6日) | |||
| ダブルス | 49位(2010年10月25日) | |||
| 2011年10月30日現在 | ||||
ビクトル・トロイツキ(Viktor Troicki, セルビア語: Виктор Троицки, セルビア語発音: [vîktɔr trɔǐʦkiː] ,1986年2月10日 - )は、セルビア・ベオグラード出身の男子プロテニス選手。2010年度の男子テニス国別対抗戦・デビスカップで、セルビア・チームを初優勝に導いた選手の一人である。これまでにATPツアーでシングルス1勝、ダブルス1勝を挙げている。自己最高ランキングはシングルス12位、ダブルス49位。身長193cm、体重85kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。彼の姓については「トロイキ」の表記揺れも多く見られる。
目次 |
来歴 [編集]
トロイツキは父親がロシア移民の家系である弁護士、母親は経済学者という家庭に生まれ、5歳からテニスを始めた。ジュニア時代の2004年、ウィンブルドンジュニア男子ダブルス部門でロビン・ハーセ(オランダ)と組んだ準優勝がある。2006年にプロ入り。ツアー下部大会で順調に世界ランクを上げていった彼は、同年10月のジャパン・オープンでATPツアー大会にデビューした。予選を勝ち抜いて本戦出場権を獲得すると、1回戦でフェルナンド・ビセンテ(スペイン)をフルセットで破り、2回戦で第1シードのロジャー・フェデラー(スイス)に 6-7, 6-7 のスコアで惜敗した。
翌2007年は前年に引き続き下部大会を回ったが、ツアー出場4戦目となったクロアチア・ウマグ大会において躍進を見せる。この大会においても予選から本戦出場を果たし、本戦2回戦で大会第1シードの同国人選手ノバク・ジョコビッチを 2-6, 6-4, 7-5のフルセットで下して勢いに乗る。続く3回戦もストレートで勝利し、アンドレイ・パベル(ルーマニア)との準決勝まで駒を進めた。
2008年は全豪オープンで4大大会初出場を果たし、2月には男子国別対抗戦デビスカップのセルビア代表に初選出される。4月にはツアー下部大会のバミューダチャレンジャー決勝で錦織圭(日本)と対戦し、トロイツキは 6-2, 5-7, 6-7 のスコアで錦織に敗れた。6月の全仏オープンではダブルスで好成績を収め、同じセルビアの先輩選手ヤンコ・ティプサレビッチとのペアでベスト8に進出している。8月にはアメリカ・ワシントンD.C.大会において自身初のツアーシングルス決勝に進出し、フアン・マルティン・デル・ポトロ(アルゼンチン)に 3-6, 3-6 のスコアで敗れた。
トロイツキは2009年にさらなる躍進を見せ、全豪オープン2回戦・全仏オープン2回戦進出を経て、ウィンブルドンで初めて「第30シード」に選ばれた。ウィンブルドンの3回戦では、第3シードのアンディ・マリーに 2-6, 3-6, 4-6 のストレートで敗れた。
2010年はジャパン・オープン準決勝で世界ランク1位のラファエル・ナダルに、マッチポイントを取りながら 6-7, 6-4, 6-7 で惜敗した。10月のクレムリン・カップでは決勝でマルコス・バグダティスに 3–6 6–4, 6–3 で勝利してシングルスツアー初優勝を果たした。12月にベオグラードで開催されたフランスとのデビスカップ決勝では、ネナド・ジモニッチと組んだダブルスでアルノー・クレマン&ミカエル・ロドラ組に 6-3, 7-6, 4-6, 5-7, 4-6 の逆転負けを喫したが、2勝2敗で迎えた最終試合でトロイツキはロドラを 6-2, 6-2, 6-3 で破り、セルビアは悲願の初優勝を果たした。
2011年全豪オープンでは、同じセルビアのノバク・ジョコビッチとの3回戦を途中棄権したが、全仏オープンでは、3回戦でアレクサンドル・ドルゴポロフに 6-4, 3-6, 6-3, 6-4 で勝利して4大大会初の4回戦に進出した。4回戦はアンディ・マレーに 6-4, 6-4, 3-6, 2-6, 5-7 の逆転で敗れた。全仏オープン後のランキングで自己最高の12位を記録している。10月のクレムリン・カップでは2年連続で決勝に進出したが、決勝で同じセルビアの親友ヤンコ・ティプサレビッチに 4–6, 2–6 で敗れ大会連覇を逃した。
2012年のロンドン五輪でオリンピックに初出場した。シングルス1回戦でスペインのニコラス・アルマグロに 4-6, 6-7(7) で敗れた。
ATPツアー決勝進出結果 [編集]
シングルス: 5回 (1勝4敗) [編集]
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| 結果 | No. | 決勝日 | 大会 | サーフェス | 対戦相手 | スコア |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 準優勝 | 1. | 2008年8月17日 | ハード | 3–6, 3–6 | ||
| 準優勝 | 2. | 2009年10月4日 | ハード (室内) | 5–7, 3–6 | ||
| 優勝 | 1. | 2010年10月24日 | ハード (室内) | 3–6, 6–4, 6–3 | ||
| 準優勝 | 3. | 2011年1月15日 | ハード | 5–7, 6–7(4) | ||
| 準優勝 | 4. | 2011年10月23日 | ハード (室内) | 4–6, 2–6 |
ダブルス: 2回 (1勝1敗) [編集]
| 結果 | No. | 決勝日 | 大会 | サーフェス | パートナー | 対戦相手 | スコア |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 優勝 | 1. | 2010年10月3日 | ハード (室内) |
6–4, 6–4 | |||
| 準優勝 | 1. | 2010年10月24日 | ハード (室内) |
6–7(8), 3–6 |
4大大会シングルス成績 [編集]
- 略語の説明
| W | F | SF | QF | #R | RR | Q# | LQ | A | WG | Z# | PO | SF-B | S | G | NMS | NH |
W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.
| 大会 | 2006 | 2007 | 2008 | 2009 | 2010 | 2011 | 2012 | 通算成績 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 全豪オープン | A | LQ | 1R | 2R | 2R | 3R | 2R | 5–5 |
| 全仏オープン | LQ | LQ | 1R | 2R | 3R | 4R | 2R | 7–5 |
| ウィンブルドン | LQ | A | 2R | 3R | 2R | 2R | 4R | 8–5 |
| 全米オープン | LQ | LQ | 3R | 2R | 1R | 1R | 1R | 3–5 |
外部リンク [編集]
- ビクトル・トロイツキ - ATPツアーのプロフィール (英語)
- ビクトル・トロイツキ - デビスカップのプロフィール (英語)
- ビクトル・トロイツキ - 国際テニス連盟のプロフィール (英語)
- ビクトル・トロイツキ - バイオグラフィーとオリンピックでの成績(英語)
- 公式サイト