ダビド・フェレール

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ダビド・フェレール

ダビド・フェレール
ダビド・フェレール

基本情報
ラテン文字名 David Ferrer
フルネーム David Ferrer i Ern
国籍 スペイン
出身地 同・ハベア
生年月日 1982年4月2日(27歳)
身長 175cm
体重 72kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 2000年
ツアー通算 9勝
シングルス 7勝
ダブルス 2勝
4大大会最高成績・シングルス
全豪 ベスト8(2008)
全仏 ベスト8(2005)
全英 4回戦(2006)
全米 ベスト4(2007)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 3回戦(2005)
全仏 1回戦(2003-06)
全英 1回戦(2003-06)
全米 2回戦(2004・06)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 4位
ダブルス 42位
このテンプレートを: 表示ノート編集履歴

ダビド・フェレールDavid Ferrer, 1982年4月2日 - )は、スペインハベア出身の男子プロテニス選手。ラファエル・ナダルトミー・ロブレドなどと並び、スペインの男子テニス界をリードする選手の1人として活動している。シングルス自己最高ランキングは4位(2008年8月)。これまでにATPツアーでシングルス7勝、ダブルス2勝を挙げ、2007年ジャパン・オープンで優勝したこともある。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。

2000年にプロ入りし、2002年9月にルーマニアブカレスト大会でツアー初優勝を果たす。2003年全豪オープン4大大会初出場。フェレールのテニス成績は2005年から伸び始め、2005年全仏オープンで初めてのベスト8に入った。フェレールはこの大会で、前年優勝者のガストン・ガウディオを 2-6, 6-4, 7-6, 5-7, 6-4 で破り、本格的な知名度を獲得する。続く準々決勝では、同じスペインの後輩選手ラファエル・ナダルに 5-7, 2-6, 0-6 のストレートで完敗した。

2006年1月、フェレールは世界ランキングを10位に上げ、初めての世界トップ10入りを果たす。全豪オープン終了後、フェレールは初めて男子テニス国別対抗戦・デビスカップスペイン代表選手に抜擢された。スペイン・チームは2月10日-12日の「ワールドグループ」1回戦でベラルーシに1勝4敗で敗れたが、フェレールがシングルス第4試合で唯一の勝ち星を挙げている。同年のウィンブルドンレイトン・ヒューイットとの4回戦に進出した後、フェレールは7月第3週に行われたドイツシュトゥットガルト大会の決勝でホセ・アカスソアルゼンチン)を 6-4, 3-6, 6-7, 7-5, 6-4 で破り、4年ぶりのツアー2勝目を挙げた。

2007年1月のニュージーランドオークランド大会では、決勝で同じ年の親友トミー・ロブレドを 6-4, 6-2 で破り、ツアー3勝目を挙げる。全米オープンで、フェレールは4大大会シングルスの自己最高成績を出した。4回戦でナダルを 6-7, 6-4, 7-6, 6-2 で破って波に乗り、準々決勝でフアン・イグナシオ・チェラアルゼンチン)を破った後、初進出の準決勝で第3シードのノバク・ジョコビッチセルビア)に 4-6, 4-6, 3-6 で敗れた。全米4強入りの後、10月のジャパン・オープンで来日し、決勝でリシャール・ガスケフランス)を 6-1, 6-2 で破って初優勝を果たす。年末の男子ツアー年間最終戦テニス・マスターズ・カップでは、決勝でロジャー・フェデラーに敗れて準優勝になったが、この大躍進でフェレールの世界ランキングは「5位」に上がった。

2008年のシーズンはシングルスで2勝を獲得し、ツアー勝利数を7勝に伸ばした。しかし、4大大会年間最終戦の全米オープンで、第4シードのフェレールは3回戦で世界ランキング126位の錦織圭に 4-6, 4-6, 6-3, 6-2, 5-7 のフルセットで敗れてしまう。(錦織はこの勝利で、日本人選手として71年ぶりの全米16強入りを達成した。)11月21日-23日にかけて、スペインはアルゼンチンとデビスカップの「ワールドグループ」決勝戦を戦った。スペイン・チームは「3勝1敗」でアルゼンチンに勝利を収め、デビスカップで4年ぶり3度目の優勝を達成した。フェレールはシングルス第1試合のダビド・ナルバンディアン戦を 3-6, 2-6, 3-6 で落としたが、フェリシアーノ・ロペスフェルナンド・ベルダスコが続く試合を奪った。

[編集] 外部リンク