ロビン・ボー・カール・セーデリング(Robin Bo Carl Söderling, 1984年8月14日 - )は、スウェーデン・ティブロ出身の男子プロテニス選手。これまでにATPツアーでシングルス10勝、ダブルス1勝を挙げる。自己最高ランキングはシングルス4位、ダブルス109位。日本語ではソダーリング、ソデルリングの表記揺れも見られる。テレビではソダーリングで呼ばれている。
プロ転向-2004年[編集]
5歳からテニスを始め、2001年にプロ入り。2002年の全米オープンで4大大会にデビューし、マルセロ・リオスとの2回戦に進出する。2003年はウィンブルドンでティム・ヘンマンとの3回戦に進み、故国の大会「ストックホルム・オープン」でツアー大会初の決勝戦に進出した。この時はマーディ・フィッシュに 5-7, 6-3, 6-7(4) で敗れ、最初のチャンスを逃している。2004年、彼は男子テニス国別対抗戦・デビスカップのスウェーデン代表選手に初選出され、同年のアテネ五輪代表にも選ばれた。初めてのオリンピックではシングルス・ダブルスとも1回戦敗退に終わり、シングルス1回戦はスペイン代表のフェリシアーノ・ロペスに敗れ、トーマス・エンクビストと組んだダブルスでもイスラエル代表のジョナサン・エルリック&アンディ・ラム組に敗れた。オリンピックの2か月後、10月のフランス・リヨン大会決勝戦でグザビエ・マリスを 6-2, 3-6, 6-4 で破り、ツアー初優勝を果たす。
2005年-2008年[編集]
2005年1月末のイタリア・ミラノ大会決勝戦で、セーデリングはラデク・ステパネクに 6-3, 6-7(2), 7-6(5) で競り勝ち、ツアー2勝目を獲得した。それからしばらく低迷ぎみの時期があったが、2008年にシングルスで4大会の決勝戦に進み、2度目のオリンピックにも出場した。ウィンブルドン終了直後のスウェーデン・バスタッド大会で、セーデリングは同国の先輩選手ヨナス・ビョークマンと組んでダブルス初優勝を決めた。8月の北京五輪もシングルス・ダブルス1回戦敗退に終わり、シングルスはジル・シモンに敗れ、ビョークマンとのダブルスもスペイン代表のラファエル・ナダル&トミー・ロブレド組に敗退した。10月には「ストックホルム・オープン」準優勝とリヨン大会の優勝があった。ストックホルム・オープンでは準決勝で錦織圭を 6-1, 6-0 で圧倒し、決勝でダビド・ナルバンディアンに 2-6, 7-5, 3-6 で敗れて準優勝となる。リヨン大会の決勝では地元フランス人選手のジュリアン・ベネトーを 6-3, 6-7, 6-1 で破り、同大会で4年ぶり2度目の優勝を決めた。こうして、セーデリングは3年半ぶりのツアーシングルス3勝目を獲得した。
2009年[編集]
2009年全豪オープンで、セーデリングは2回戦で3年前の準優勝者マルコス・バグダティスに 6-3, 5-7, 3-6, 3-6 で敗れた。この年前半はなかなか勝てなかったものの、全仏オープンで旋風を起こし、4回戦で大会5連覇を目指した第1シードのラファエル・ナダルを 6-2, 6-7(2), 6-4, 7-6(2) で破る勝利を挙げた(2005年に全仏初出場から初優勝したナダルにとっては、これは大会初黒星だった)。それから準々決勝でニコライ・ダビデンコ、準決勝でフェルナンド・ゴンサレスを連破した。決勝戦では第2シードのロジャー・フェデラーに 1-6, 6-7(1), 4-6 で敗れて準優勝になり、スウェーデン勢として1988年のマッツ・ビランデル以来21年ぶりとなる全仏優勝は成らなかった。初優勝したフェデラーは、セーデリングの前で宿願のキャリア・グランドスラムを達成した。
ウィンブルドン以後、彼の名前はスウェーデン語読みにより近い「ロビン・セーデリング」と表記されるようになる。ここでは4回戦でフェデラーと顔を合わせ、4-6, 6-7(5), 6-7(5) のストレートで敗れた。この後、彼は7月にスウェーデン・バスタッド大会の決勝でフアン・モナコ(アルゼンチン)を 6-3, 7-6(4) で破り、ツアー4勝目を獲得した。2009年は前半の10大会でわずか9勝しかあげられなかったが、全仏オープン以降は地元スウェーデンの大会で優勝するなど40勝10敗と驚異的なペースで勝ち星を重ね、ランキングを9位まで上げる。アンディ・ロディックが負傷により辞退したために、その年のランキング上位8名しか出場できないATPワールドツアー・ファイナルにも繰り上がりで出場する。大会では最下位シードながらもナダル、ジョコビッチをストレートで破り、グループBを1位で通過する。準決勝ではフアン・マルティン・デル・ポトロに逆転で敗れた。
2010年[編集]
2010年は、年初の全豪オープンでまさかの初戦敗退を喫したが、2月のABNアムロ世界テニス・トーナメントでミハイル・ユージニーの途中棄権により優勝。全仏オープンでは準々決勝でロジャー・フェデラーを下し、フェデラーが続けていたグランドスラムの連続準決勝以上進出記録を「23」で止めたが、決勝でナダルに敗れ、2年連続の準優勝となった。ウィンブルドンでも準々決勝でナダルに敗れた。パリ・マスターズではガエル・モンフィスに 6–1, 7–6 で勝利して初のマスターズタイトルを獲得。ランキングを自己最高の4位に上げた。
2011年[編集]
開幕戦のブリスベン国際で アンディ・ロディックを 6–3, 7–5 で破りツアー7勝目を挙げた。全豪オープンは4回戦でアレクサンドル・ドルゴポロフに 6-1, 3-6, 1-6, 6-4, 2-6 で敗退。2月のABNアムロ世界テニス・トーナメントでジョー=ウィルフリード・ツォンガを 6–3, 3–6, 6–3 で破り連覇、ツアー8勝目を挙げた。翌週のマルセイユ大会でもマリン・チリッチを 6–7(8), 6–3, 6–3 で破り優勝した。全仏オープンは準々決勝で去年の決勝の再現となったラファエル・ナダルに 4-6, 1-6, 6-7(3) で敗れた。7月のスウェーデン・オープンでは決勝でダビド・フェレールを 6–2, 6–2 で勝利し地元でシングルス10勝目を挙げた。しかし、この試合を最後に残りの大会を全て欠場した。
ATPツアー決勝進出結果[編集]
シングルス: 20回 (10勝10敗)[編集]
|
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| サーフェス別タイトル |
| ハード (5-6) |
| クレー (2-4) |
| 芝 (0-0) |
| カーペット (3-0) |
|
| サーフェス別タイトル |
| 屋外 (3-4) |
| 室内 (7-6) |
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| 結果 |
No. |
決勝日 |
大会 |
サーフェス |
対戦相手 |
スコア |
| 準優勝 |
1. |
2003年10月20日 |
ストックホルム |
ハード (室内) |
マーディ・フィッシュ |
5–7, 6–3, 6–7(4) |
| 準優勝 |
2. |
2004年2月23日 |
マルセイユ |
ハード (室内) |
ドミニク・フルバティ |
6–4, 4–6, 4–6 |
| 優勝 |
1. |
2004年10月4日 |
リヨン |
カーペット (室内) |
グザビエ・マリス |
6–2, 3–6, 6–4 |
| 優勝 |
2. |
2005年1月31日 |
ミラノ |
カーペット (室内) |
ラデク・ステパネク |
6–3, 6–7(2), 7–6(5) |
| 準優勝 |
3. |
2006年2月20日 |
メンフィス |
ハード (室内) |
トミー・ハース |
3–6, 2–6 |
| 準優勝 |
4. |
2008年2月18日 |
ロッテルダム |
ハード (室内) |
ミカエル・ロドラ |
7–6(3), 3–6, 6–7(4) |
| 準優勝 |
5. |
2008年2月25日 |
メンフィス |
ハード (室内) |
スティーブ・ダルシス |
3–6, 6–7(5) |
| 準優勝 |
6. |
2008年10月6日 |
ストックホルム |
ハード (室内) |
ダビド・ナルバンディアン |
2–6, 7–5, 3–6 |
| 優勝 |
3. |
2008年10月26日 |
リヨン |
カーペット (室内) |
ジュリアン・ベネトー |
6–3, 6–7(5), 6–1 |
| 準優勝 |
7. |
2009年6月7日 |
全仏オープン |
クレー |
ロジャー・フェデラー |
1–6, 6–7(1), 4–6 |
| 優勝 |
4. |
2009年7月19日 |
ボースタード |
クレー |
フアン・モナコ |
6–3, 7–6(4) |
| 優勝 |
5. |
2010年2月14日 |
ロッテルダム |
ハード (室内) |
ミハイル・ユージニー |
6–4, 2–0 途中棄権 |
| 準優勝 |
8. |
2010年4月25日 |
バルセロナ |
クレー |
フェルナンド・ベルダスコ |
3–6, 6–4, 3–6 |
| 準優勝 |
9. |
2010年6月6日 |
全仏オープン |
クレー |
ラファエル・ナダル |
4–6, 2–6, 4–6 |
| 準優勝 |
10. |
2010年7月18日 |
ボースタード |
クレー |
ニコラス・アルマグロ |
5–7, 6–3, 2–6 |
| 優勝 |
6. |
2010年11月14日 |
パリ |
ハード (室内) |
ガエル・モンフィス |
6–1, 7–6(1) |
| 優勝 |
7. |
2011年1月9日 |
ブリスベン |
ハード |
アンディ・ロディック |
6–3, 7–5 |
| 優勝 |
8. |
2011年2月13日 |
ロッテルダム |
ハード (室内) |
ジョー=ウィルフリード・ツォンガ |
6–3, 3–6, 6–3 |
| 優勝 |
9. |
2011年2月20日 |
マルセイユ |
ハード (室内) |
マリン・チリッチ |
6–7(8), 6–3, 6–3 |
| 優勝 |
10. |
2011年7月17日 |
ボースタード |
クレー |
ダビド・フェレール |
6–2, 6–2 |
ダブルス: 2回 (1勝1敗)[編集]
4大大会シングルス成績[編集]
- 略語の説明
| W |
F |
SF |
QF |
#R |
RR |
Q# |
LQ |
A |
WG |
Z# |
PO |
SF-B |
S |
G |
NMS |
NH |
W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.
外部リンク[編集]