アンディ・マレー

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アンディ・マレー Tennis pictogram.svg
Andy Murray Tokyo 2011.jpg
2011年楽天ジャパンオープンにて
基本情報
ラテン文字名 Andy Murray
フルネーム Andrew Murray
愛称 アンディ
国籍 イギリスの旗 イギリス
出身地 スコットランド・ダンブレーン
生年月日 1987年5月15日(27歳)
身長 190cm
体重 84kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 2005年
ツアー通算 30勝
シングルス 28勝
ダブルス 2勝
4大大会最高成績・シングルス
全豪 準優勝(2010・11・13)
全仏 ベスト4(2011・14)
全英 優勝(2013)
全米 優勝(2012)
優勝回数 2(米1・英1)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 1回戦(2006)
全仏 2回戦(2006)
全英 1回戦(2005)
全米 2回戦(2008)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 2位(2009年8月17日)
ダブルス 51位(2011年10月17日)
獲得メダル
男子 テニス
オリンピック
2012 ロンドン シングルス
2012 ロンドン 混合ダブルス
2013年7月8日現在

アンディ・マレーAndy Murray, 1987年5月15日 - )は、スコットランドダンブレーン英語版出身の男子プロテニス選手。身長190cm、体重84kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。4大大会では、2012年全米オープン2013年ウィンブルドンの優勝の他に、5度の準優勝経験がある。また、ロンドン五輪男子シングルス部門で金メダルを獲得している。シングルス自己最高ランキングは2位。これまでにATPツアーでシングルス28勝、ダブルス2勝を挙げている。

フルネームは Andrew Murray (アンドリュー・マレー)というが、愛称の「アンディ」で呼ばれることが多い。1歳年上の兄ジェイミー・マレーもプロテニス選手で、ダブルスのスペシャリストとしてよく知られる(最近の新聞報道では現地読みに近い「アンディ・マリー」の表記が多い[1]。)。

来歴[編集]

アンディ・マレーはスコットランドのナショナル・コーチを務めていた母親の手ほどきにより、3歳からテニスを始めた。少年時代はサッカーでも才能があり、スコットランドの名門サッカークラブ「グラスゴー・レンジャーズ」からスカウトを受けたこともあるが、職業としてテニスに専念する。ジュニア選手時代は、2004年全米オープンの男子ジュニアシングルス部門で優勝がある。

2005年全仏オープンまではジュニア選手の大会にも出場したが、この年からプロテニス選手として本格的な活動を始め、地元のウィンブルドン選手権大会で4大大会の本戦にデビューした。初出場のウィンブルドンでダビド・ナルバンディアンアルゼンチン)との3回戦に勝ち進み、マレーはイギリスの新しい才能として期待を集めた。続く全米オープンでは2回戦でアルノー・クレマンフランス)に敗れたが、9月末にタイバンコク大会で初のツアー大会決勝進出を果たす。2005年末には世界ランキングを一気に64位まで上げ、10代の男子テニス選手としてはノバク・ジョコビッチセルビア)に続く高いポジションにつけた。

2006年2月13日、アンディ・マレーはアメリカカリフォルニア州サンホセ大会の決勝でレイトン・ヒューイットを 2-6, 6-1, 7-6 で破り、18歳9ヶ月でツアー初優勝を果たす。4大大会でも、2度目のウィンブルドンでは3回戦でアンディ・ロディックとの“アンディ対決”を 7-6, 6-4, 6-4 で制してさらに評価を高めたが、4回戦でキプロスマルコス・バグダティスに 3-6, 4-6, 6-7 のストレートで敗れた。8月のシンシナティ・マスターズでは、2回戦で当時ランク1位のロジャー・フェデラーに勝利する大金星を挙げ、2006年シーズンにナダル以外で、フェデラーから勝利をあげた唯一の選手となった。全米オープンで第17シードを得たマレーは、ニコライ・ダビデンコロシア)との4回戦まで勝ち進み、一気に世界ランキング16位まで上昇した。

2007年全豪オープンで第15シードを得たマレーは、4回戦で第2シードのラファエル・ナダルスペイン)に 7-6, 4-6, 6-4, 3-6, 1-6 のフルセットで惜敗した。2月にサンホセ大会で2連覇を達成し、10月第3週のロシアサンクトペテルブルク大会でツアー3勝目を挙げた。

2008年のシーズンに入り、マレーは5つのシングルス優勝を加えた。ウィンブルドンでは初めて準々決勝に駒を進めたが、ナダルに 3-6, 2-6, 4-6 のストレートで完敗した。ウィンブルドン終了後、7月末の「シンシナティ・マスターズ」決勝でノバク・ジョコビッチを破り、ATPマスターズシリーズ初優勝を達成。全米オープンでは第6シードとして勝ち進み、準決勝でナダルを 6-2, 7-6, 4-6, 6-4 で破って決勝進出を決めた。初進出の決勝戦では、第2シードのロジャー・フェデラーに 2-6, 5-7, 2-6 で敗れて準優勝になった。その後10月に2週連続優勝がある。

2009年ウィンブルドンで、マレーは地元の期待を背負いながら初の準決勝に進出したが、第6シードのアンディ・ロディックに 4-6, 6-4, 6-7(7-9), 6-7(5-7) で敗れて決勝進出を逃した。同年8月17日付の男子ツアーシングルス世界ランキングで、マレーは初めて「2位」にランクされ、両膝の故障で戦線を離脱していたラファエル・ナダルを抜いた。しかし、前年度に準優勝の成績を出した全米オープンでは4回戦でマリン・チリッチクロアチア)に敗れ、ここでいったん世界ランキングが後退した。

2010年全豪オープンで、マレーはイギリス人男子選手として1977年12月ジョン・ロイド以来33年ぶりの決勝進出を決めた。(1977年度の全豪オープンは、年頭の1月開催と年末の12月開催の2度行われ、ロイドの決勝進出は年末開催のイベントだった。)この決勝戦でも再びフェデラーに 3-6, 4-6, 6-7(11-13) のストレートで敗れ、初優勝はならなかった。2011年全豪オープンで2年連続となる決勝に進出したが、ノバク・ジョコビッチに 4–6, 2–6, 3–6 のストレートで敗れ4大大会3度目の準優勝となった。

マレーは2011年全仏オープンで初めてのベスト4に進出したが、ラファエル・ナダルに 4-6, 5-7, 4-6 で敗れた。 2011年ウィンブルドン選手権で3年連続の準決勝に進出したが、またもナダルに 7-5, 2-6, 2-6, 4-6 で敗れた。2011年全米オープンでも準決勝に進出し、2011年の4大大会全てでベスト4以上に進出したが、準決勝でナダルに 4-6, 2-6, 6-3, 2-6 で敗れた。秋のアジアシリーズではバンコク・東京・上海で3大会連続優勝を果たしたが、最終戦のATPワールドツアー・ファイナルではダビド・フェレールとの1試合目を落とした後、太もも付け根の負傷のため大会を棄権した。

2012年度より、コーチとして往年の名選手でもあるイワン・レンドルを招聘した。全豪オープンでは準々決勝で錦織圭に 6-3, 6-3, 6-1 で快勝したが、準決勝でノバク・ジョコビッチに 3-6, 6-3, 7-6(4), 1-6, 5-7 で競り負けた。ウィンブルドンでは、イギリス人選手としては74年ぶりの決勝進出を果たすも、ロジャー・フェデラーに 6-4, 5-7, 3-6, 4-6で敗れ、1936年大会のフレッド・ペリー以来の優勝を逃した。それでも、続くロンドンオリンピックでは決勝でフェデラーを6-2, 6-1, 6-4で破り、地元開催のオリンピックで金メダルを獲得した。また、ローラ・ロブソンとのペアで出場した混合ダブルスでは銀メダルを獲得した。全米オープンでは決勝でノバク・ジョコビッチを7-6, 7-5, 2-6, 3-6, 6-2全米決勝史上最長タイの4時間54分に及ぶ激闘を制し、4大大会5度目の決勝進出で悲願のグランドスラムタイトルを手に入れた。その後の上海マスターズでは決勝でジョコッビッチに7-5, 6-7, 3-6とマッチポイントを握るも敗退し3連覇とはならなかった。ATPワールドツアー・ファイナルでは準決勝でフェデラーに敗退した。

2013年年初に行われたブリスベン国際では、決勝で若手のグリゴール・ディミトロフを下し2連覇。全豪オープンでは、準決勝でフェデラーにフルセットで勝利したが、決勝ではノバク・ジョコビッチにセットカウント1-3で敗退し準優勝に終わる。3月のソニー・エリクソン・オープンでは決勝でダビド・フェレールを下し優勝。クレーコートシーズンのマスターズ3大会は、2回戦敗退や3回戦敗退など早期敗退が目立った。全仏オープンは腰の痛みにより欠場し、4大大会連続決勝進出も3大会でストップ。復帰後のエイゴン選手権決勝でマリン・チリッチを下しシーズン3勝目を挙げた。 ウィンブルドンでは、決勝戦でノバク・ジョコビッチをセットカウント3‐0(6-4、7-5、6-4)で破り、1936年のフレッド・ペリー以来77年ぶりとなる悲願の地元優勝を果たす快挙を達成した。

ナショナル・アイデンティティ[編集]

イギリスには難しい民族の問題が数多くある。その1つに、スコットランド人イングランド人の間の敵対感情があり、迫害された歴史からスコットランド人のなかには自らをイギリス人と思わない人々も存在する。1936年以来76年ぶりのイギリス人としての優勝が期待された2012年ウィンブルドン選手権の決勝では、会場にユニオン・ジャックに負けない数のセント・アンドリュー・クロス 旗が翻った。

しかしマレーは自身を「スコットランド人であるけれども、イギリス人でもある(Scottish, but also British.)」と認識している。BBCのインタビューでは、「もともと僕の家はニューカッスルから移ってきた一家で、自分は4分の1イングランドの血が入っている。それにコーチはスコットランド人だけれど、ガールフレンドはイングランド人なんだよ」と答えている[2]

ATPツアー決勝進出結果[編集]

シングルス: 42回 (28勝14敗)[編集]

大会グレード
グランドスラム (2-5)
ATPワールドツアー・ファイナル (0-0)
オリンピック (1-0)
ATPワールドツアー・マスターズ1000 (9-3)
ATPワールドツアー・500シリーズ (3-1)
ATPワールドツアー・250シリーズ (13-5)
サーフェス別タイトル
ハード (22-13)
クレー (0-0)
芝 (5-1)
カーペット (1-0)
結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
準優勝 1. 2005年10月1日 タイ王国の旗 バンコク ハード (室内) スイスの旗 ロジャー・フェデラー 3–6, 5–7
優勝 1. 2006年2月19日 アメリカ合衆国の旗 サンノゼ ハード (室内) オーストラリアの旗 レイトン・ヒューイット 2–6, 6–1, 7–6(3)
準優勝 2. 2006年8月6日 アメリカ合衆国の旗 ワシントンD.C. ハード フランスの旗 アルノー・クレマン 6–7(4), 2–6
準優勝 3. 2007年1月6日 カタールの旗 ドーハ ハード クロアチアの旗 イワン・リュビチッチ 4–6, 4–6
優勝 2. 2007年2月18日 アメリカ合衆国の旗 サンノゼ ハード (室内) クロアチアの旗 イボ・カロビッチ 6–7(3), 6–4, 7–6(2)
準優勝 4. 2007年10月7日 フランスの旗 メス ハード (室内) スペインの旗 トミー・ロブレド 6–0, 2–6, 3–6
優勝 3. 2007年10月28日 ロシアの旗 サンクトペテルブルク カーペット (室内) スペインの旗 フェルナンド・ベルダスコ 6–2, 6–3
優勝 4. 2008年1月5日 カタールの旗 ドーハ ハード スイスの旗 スタニスラス・ワウリンカ 6–4, 4–6, 6–2
優勝 5. 2008年2月17日 フランスの旗 マルセイユ ハード (室内) クロアチアの旗 マリオ・アンチッチ 6–3, 6–4
優勝 6. 2008年8月3日 アメリカ合衆国の旗 シンシナティ ハード セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 7–6(4), 7–6(5)
準優勝 5. 2008年9月8日 アメリカ合衆国の旗 全米オープン ハード スイスの旗 ロジャー・フェデラー 2–6, 5–7, 2–6
優勝 7. 2008年10月19日 スペインの旗 マドリード ハード (室内) フランスの旗 ジル・シモン 6–4, 7–6(6)
優勝 8. 2008年10月26日 ロシアの旗 サンクトペテルブルク ハード (室内) カザフスタンの旗 アンドレイ・ゴルベフ 6–1, 6–1
優勝 9. 2009年1月10日 カタールの旗 ドーハ ハード アメリカ合衆国の旗 アンディ・ロディック 6–4, 6–2
優勝 10. 2009年2月15日 オランダの旗 ロッテルダム ハード (室内) スペインの旗 ラファエル・ナダル 6–3, 4–6, 6–0
準優勝 6. 2009年3月22日 アメリカ合衆国の旗 インディアンウェルズ ハード スペインの旗 ラファエル・ナダル 1–6, 2–6
優勝 11. 2009年4月5日 アメリカ合衆国の旗 マイアミ ハード セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 6–2, 7–5
優勝 12. 2009年6月14日 イギリスの旗 ロンドン アメリカ合衆国の旗 ジェームズ・ブレーク 7–5, 6–4
優勝 13. 2009年8月16日 カナダの旗 モントリオール ハード アルゼンチンの旗 フアン・マルティン・デル・ポトロ 6–7(4), 7–6(3), 6–1
優勝 14. 2009年11月8日 スペインの旗 バレンシア ハード (室内) ロシアの旗 ミハイル・ユージニー 6–3, 6–2
準優勝 7. 2010年1月31日 オーストラリアの旗 全豪オープン ハード スイスの旗 ロジャー・フェデラー 3–6, 4–6, 6–7(11)
準優勝 8. 2010年8月1日 アメリカ合衆国の旗 ロサンゼルス ハード アメリカ合衆国の旗 サム・クエリー 7–5, 6–7(2), 3–6
優勝 15. 2010年8月15日 カナダの旗 トロント ハード スイスの旗 ロジャー・フェデラー 7–5, 7–5
優勝 16. 2010年10月17日 中華人民共和国の旗 上海 ハード スイスの旗 ロジャー・フェデラー 6–3, 6–2
準優勝 9. 2011年1月30日 オーストラリアの旗 全豪オープン ハード セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 4–6, 2–6, 3–6
優勝 17. 2011年6月13日 イギリスの旗 ロンドン フランスの旗 ジョー=ウィルフリード・ツォンガ 3–6, 7–6(2), 6–4
優勝 18. 2011年8月21日 アメリカ合衆国の旗 シンシナティ ハード セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 6–4, 3–0 途中棄権
優勝 19. 2011年10月2日 タイ王国の旗 バンコク ハード (室内) アメリカ合衆国の旗 ドナルド・ヤング 6–2, 6–0
優勝 20. 2011年10月9日 日本の旗 東京 ハード スペインの旗 ラファエル・ナダル 3–6, 6–2, 6–0
優勝 21. 2011年10月16日 中華人民共和国の旗 上海 ハード スペインの旗 ダビド・フェレール 7–5, 6–4
優勝 22. 2012年1月8日 オーストラリアの旗 ブリスベン ハード ウクライナの旗 アレクサンドル・ドルゴポロフ 6–1, 6–3
準優勝 10. 2012年3月3日 アラブ首長国連邦の旗 ドバイ ハード スイスの旗 ロジャー・フェデラー 5–7, 4–6
準優勝 11. 2012年4月1日 アメリカ合衆国の旗 マイアミ ハード セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 1–6, 6–7(4)
準優勝 12. 2012年7月8日 イギリスの旗 ウィンブルドン スイスの旗 ロジャー・フェデラー 6–4, 5–7, 3–6, 4–6
優勝 23. 2012年8月5日 イギリスの旗 ロンドン五輪 スイスの旗 ロジャー・フェデラー 6–2, 6–1, 6–4
優勝 24. 2012年9月10日 アメリカ合衆国の旗 全米オープン ハード セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 7–6(10), 7–5, 2–6, 3–6 , 6–2
準優勝 13. 2012年10月14日 中華人民共和国の旗 上海 ハード セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 7–5, 6–7(11), 3–6
優勝 25. 2013年1月6日 オーストラリアの旗 ブリスベン ハード ブルガリアの旗 グリゴル・ディミトロフ 7–6(0), 6–4
準優勝 14. 2013年1月27日 オーストラリアの旗 全豪オープン ハード セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 7-6(2), 6-7(3), 3-6, 2-6
優勝 26. 2013年3月31日 アメリカ合衆国の旗 マイアミ ハード スペインの旗 ダビド・フェレール 2–6, 6–4, 7–6(1)
優勝 27. 2013年6月16日 イギリスの旗 ロンドン クロアチアの旗 マリン・チリッチ 5–7, 7–5, 6–3
優勝 28. 2013年7月7日 イギリスの旗ウィンブルドン セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 6-4, 7-5, 6-4

ダブルス: 4回 (2勝2敗)[編集]

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
準優勝 1. 2006年10月1日 タイ王国の旗 バンコク ハード (室内) イギリスの旗 ジェイミー・マレー イスラエルの旗 ジョナサン・エルリック
イスラエルの旗 アンディ・ラム
2–6, 6–2, [4–10]
優勝 1. 2010年11月7日 スペインの旗 バレンシア ハード (室内) イギリスの旗 ジェイミー・マレー インドの旗 マヘシュ・ブパシ
ベラルーシの旗 マックス・ミルヌイ
7–6(8), 5–7, [10–7]
優勝 2. 2011年10月9日 日本の旗 東京 ハード イギリスの旗 ジェイミー・マレー チェコの旗 フランティセク・チェルマク
スロバキアの旗 フィリップ・ポラセク
6–1, 6–4
準優勝 2. 2013年8月11日 カナダの旗 モントリオール ハード イギリスの旗 コリン・フレミング オーストリアの旗 アレクサンダー・ペヤ
ブラジルの旗 ブルーノ・ソアレス
4–6, 6–7(4)

4大大会優勝[編集]

大会 対戦相手 試合結果
2012年 全米オープン セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 7-6, 7-5, 2-6, 3-6, 6-2
2013年 ウィンブルドン セルビアの旗 ノバク・ジョコビッチ 6-4, 7-5, 6-4

4大大会シングルス成績[編集]

略語の説明
W  F  SF QF #R RR Q# LQ A WG Z# PO SF-B S G NMS NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.

大会 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 通算成績
全豪オープン A 1R 4R 1R 4R F F SF F QF 33–9
全仏オープン A 1R A 3R QF 4R SF QF A SF 23–7
ウィンブルドン 3R 4R A QF SF SF SF F W QF 34–8
全米オープン 2R 4R 3R F 4R 3R SF W QF 33–8

脚注[編集]

  1. ^ なおMurrayの語尾の発音は/-ʌri/である。「Murray」『Wiktionary英語版』 2011年8月10日 03:01 (UTC)、および「Rhymes:English:-ʌri」『Wiktionary英語版』 2011年8月14日 19:56 (UTC)参照。
  2. ^ Murray's a winner - but not yet a hero”. guardian.co.uk (2009年7月4日). 2009年7月4日閲覧。

外部リンク[編集]