ミシェル・ウィー

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ミシェル・ウィー
Michelle Wie Golf pictogram.svg
2009 LPGA Championship - Michelle Wie (4).jpg
基本情報
出生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生年月日 1989年10月11日(24歳)
出身地 ハワイ州ホノルル
身長 6 ft 1 in (1.85 m)
体重 82kg
経歴 スタンフォード大学
プロ転向 2005年
成績
優勝回数 LPGA:3勝
2014年4月19日現在
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ミシェル・ウィー
各種表記
漢字 魏聖美
発音: ミシェル・ウィー
ローマ字 Michelle Wie
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ミシェル・ウィーMichelle Sung Wie, 1989年10月11日 - )は、アメリカ合衆国ハワイ州ホノルル出身の女子プロゴルファー韓国系アメリカ人。183cmの長身を生かした抜群の飛距離を大きな持ち味とする選手。

人物・来歴[編集]

アマチュア[編集]

大韓民国出身の両親の下にハワイで生まれる。父のビョン・ウク・ウィーは交通工学者で元ハワイ大学マノア校観光学部教授ペンシルベニア大学Ph.D.)、母のボは1985年度の韓国女子アマチュアゴルフチャンピオンで元ミスコリア。父方の祖父はソウル大学校名誉教授のサン・キュ・ウィ博士。一人っ子で兄弟はいない。

父の手ほどきの下、4歳からゴルフを始め、5歳の時には100ヤードを飛ばした。

2002年からプロ選手のトーナメントに挑戦。2004年1月「ソニーオープン・イン・ハワイ」でPGAツアーの男子大会に出場する。2日間を「72・68」のスコアで回り、第2ラウンドを60台のスコアを記録したことで注目を集めたが、予選通過ラインに1打及ばず敗退。同年3月のクラフト・ナビスコ選手権で4位入賞。これらの活躍を評価され14歳のアマチュア選手でありながら、同年5月の第5回「ローレウス世界スポーツ賞最優秀新人賞」を授与された。全米女子オープンでは過去に例のない「予選免除」での出場を認められた。しかし、2004年8月の「全米女子アマチュア選手権」では2回戦敗退に終わっている。

2005年全米女子プロゴルフ選手権には主催者推薦出場枠で出場し、15歳で2位入賞。同年7月の第3週に行われた男子のアマチュア大会「全米アマチュア・パブリック・リンクス」では準々決勝進出。この大会の優勝者にはマスターズの招待資格が与えられるため、ウィーは女子選手初の同大会出場を狙っていた。全英女子オープンにも「特別招待選手」として出場し3位に入った。

2007年6月にプナホウ・スクールを卒業。同年9月からスタンフォード大学へ進学した。学業との両立を聞かれ「大学へ行かないという選択肢は考えられない」と述べた。大学にはゴルフのオフシーズンにしか通わなかったがコミュニケーション学を専攻し2012年6月に卒業した。学位は文学士(コミュニケーション学専攻)。

2013年2月21日、韓国法務部の許可を得て、韓国国籍を離脱しアメリカ国籍となった[1]

プロ[編集]

2005年10月5日、16歳の誕生日の6日前にホノルルでプロ転向を表明した。プロ転向初戦となった「サムスン世界選手権」ではスコアの過少申告(第3ラウンド、7番ホール)で失格となる。同年11月に高知県の「Kochi黒潮カントリークラブ」で行われた日本ゴルフツアーの男子大会「カシオワールドオープン」でも、4オーバーパー(+4, 148ストローク)で予選を通過できなかった。

2006年2月20日付で女子ゴルフにも世界ランキング制度がスタートし、ミシェル・ウィーは最初のランキングで3位に入った[2]。翌週の2月27日には2位となった。この順位は、彼女の獲得ポイントを単純に出場試合数で割り算した平均点であった。しかし、同年8月8日付から世界ランキングの算定方法が変更され、出場試合数の少ない選手でもすべて「35」で割り算する方式を採用。全英女子オープンゴルフ終了後、新方式に基づく世界ランキングでロレーナ・オチョアメキシコ)が2位となり、ウィーは7位に後退した[3]。この年も11月のカシオワールドオープンに招聘を受けたが、予選2日間で17オーバーパー(+17, 161ストローク)をたたいて予選落ちした。

2007年、ウィーは両手首に故障を抱え、ゴルフ成績が一気に急降下した。彼女の2007年度メジャー大会成績は以下の通りである。

この結果、彼女の世界ランキングも急降下し、2008年3月24日付でついにTop100位から落ちた[4]。2008年度のメジャー大会は、出場できたのは全米女子オープンのみで、予選落ちに終わる。7月の「ステートファーム・クラシック」では、3日目終了時点で2位に付け、ようやく復調の兆しを見せたのだが、その後、2日目の競技終了後スコアカードに署名を忘れるミスを犯したことが発覚し、失格となった。この失態の直後、8月4日付の世界ランキングで自己ワースト順位の「310位」を記録する[5]。ようやく2008年度のLPGAツアー「クオリファイイング・トーナメント」(シード権獲得のための資格試験)に合格し、2009年度のツアーシード権を獲得した。合格者は20名で、ウィーは7位で予選会を突破した。

2009年、LPGAツアー開幕戦のSBSオープンでは首位から3打差の2位となった。同年のロレーナ・オチョア招待で初優勝した。

2010年にはカナディアン女子オープンで2勝目をあげた。

2014年のクラフト・ナビスコ選手権で2位となり、ひさびさの上位進出となった。

プロ勝利数 (3勝)[編集]

LPGAツアー勝利数 (3勝)[編集]

No. 日付 トーナメント名 スコア 打差数 準優勝者
1 Nov 15 2009 ロレーナ・オチョア・インビテーショナル −13 (70-66-70-69=275) 2打差 アメリカ合衆国の旗 ポーラ・クリーマー
2 Aug 29, 2010 カナディアン女子オープン −12 (65-69-72-70=276) 3打差 韓国の旗 李知映, アメリカ合衆国の旗 クリスティ・マクファーソン,
ノルウェーの旗 スーザン・ペターセン, 韓国の旗 申ジエ
3 Apr 19, 2014 LPGAロッテ選手権 −14 (70-67-70-67=274) 2打差 アメリカ合衆国の旗 アンジェラ・スタンフォード

脚注・参照[編集]

外部リンク[編集]