ローリー・マキロイ

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ローリー・マキロイ
Rory McIlroy Golf pictogram.svg
Rory McIlroy watches drive flight (portrait orientation).jpg
基本情報
出生国 イギリスの旗 イギリス北アイルランドの旗 北アイルランド
生年月日 1989年5月4日(25歳)
出身地 北アイルランドハリウッド
身長 178cm
体重 73kg
利き手
プロ転向 2007年
成績
優勝回数 欧州ツアー:9勝
PGAツアー:9勝
その他:2勝
初優勝 ドバイ・デザート・クラシック (2009年)
賞金王 欧州ツアー:2012年・2014年
PGAツアー:2012年・2014年
世界ランク最高位 1位 (2012年第9週)
賞金ランク最高位 欧州ツアー:1位
PGAツアー:1位
2014年8月3日現在
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ローリー・マキロイ(Rory McIlroy、別表記ロリー・マキロイローリー・マクロイなど[1]1989年5月4日 - )は、イギリス北アイルランドダウン州ハリウッド出身のプロゴルファー

2007年、17歳の時に世界アマチュアゴルフランキングにおいて1週間首位の座につくなどの実績を残し同年9月プロに転向、欧州PGAツアーに参戦した。欧州ツアーでは2009年、PGAツアーでは2010年に初勝利を挙げている。また2010年のライダーカップに欧州代表として出場している他、アマチュア時代にも2004年のジュニアライダーカップに出場するなどの代表経験がある。

2011年6月19日全米オープンでトータル16アンダー、2位に8打差をつける記録でメジャー初制覇を成し遂げた。マキロイはこのとき22歳で、1923年の全米オープンを制覇したボビー・ジョーンズ(当時21歳)に次ぐ年少記録であり、「最も将来を期待されている若手[2]」と評するメディアもある。またこの勝利により2011年第25週の世界ゴルフランキングでは前週の8位から4位になった[3]

生い立ち[編集]

北アイルランドの首府ベルファスト近郊にある人口12,000人程の港町ハリウッド  (Holywood に、ゲリー、ロージー・マキロイ夫妻の一人息子として生まれた[4]。父ゲリー・マキロイ自身、スクラッチ(ハンデなし)でプレイしたこともある腕前のゴルファーで[5]、ローリーは生後18カ月のころから父親にゴルフを教えられて[6][7]、2歳のころには40ヤード(約36メートル)飛ばすなど幼くしてゴルフの才能の片鱗をみせていた[8]。スポーツに熱中する性格で、ほとんど毎日ゴルフ場に連れて行ってくれるようせがみ、新しいクラブをプレゼントにもらって正しいグリップの握り方を父から教わると、夜寝る時もベッドにクラブを持ち込みクラブをきちんと握ったまま寝ていたという。またニック・ファルドの出したゴルフ・テクニックのビデオがお気に入りであった[9] 。マキロイのゴルフの才能が開花しはじめると、父ゲリーは仕事を掛け持ちし、母ロージーも地元にある3Mの工場で夜勤するなどして息子のプレー費を捻出した[10]。やがてマキロイは同年代の競技会では負け無しとなり、フロリダ州マイアミのドラル・ゴルフリゾート・アンド・スパで行われた9-10歳グループの世界大会で、国際的な大会での初優勝を遂げた[6][11]

マキロイがはじめゴルフを学んだのは地元にあるハリウッドゴルフクラブであるが、そこは今でもマキロイのホーム・コースである。このハリウッドゴルフクラブは1904年に創設された全18ホール、全長6,000ヤード超、バックティーからのパースコアは69打のパークランドコースで、マキロイはこのコースについて、その後トップ・プレイヤーになるために必要なすべてのスキルを学んだコースと述べている[12]。マキロイは7歳のときクラブのメンバー(過去最年少のメンバー)となり[13]、練習はクラブ所属の元プロゴルファー、マイケル・バノンに師事した。バノンは現在でもマキロイのコーチであり献身的指導者である[14]。なおこのクラブの近くには素晴らしいゴルフ場がいくつかあり、中でも著名なものとしてロイヤル・ベルファスト・ゴルフクラブや、難コースで知られ米ゴルフダイジェスト誌によって米国外で最高のコースと評されたロイヤル・カントリーダウン・ゴルフクラブなどがある[15]

プロ経歴[編集]

2007年[編集]

マキロイは、欧州PGAツアー「ブリティッシュ・マスターズ」の前日である2007年9月19日にプロ転向を宣言した。翌日から出場したブリティッシュ・マスターズではトータル290打(+2)で42位であった。

10月のアルフレッド・ダンヒル・リンクス選手権では、優勝したニック・ドハティーと3打差の3位と躍進した。さらに翌週の欧州ツアー「オープン・デ・マドリード」では4位につけ、2008年のシード権を獲得した。2007年シーズンの獲得賞金額は27万7,255ユーロ、賞金順位は95位であった[16]

2008年[編集]

シーズン前の2007年12月、タイガー・ウッズが主催するオフシーズンのゴルフ・トーナメント、ターゲット・ワールド・チャレンジに招待されたがスケジュールの都合で辞退した。マキロイは「プロになったばかりの自分を招待してくれたなんて身震いする思いだった」と語り、「ただこの試合にでると、タイガーが主催する来年7月のAT&Tナショナルにも出場しなければならず、そうなると来年のヨーロピアン・オープンとスケジュールがぶつかってしまう。ヨーロピアン・オープンに出場しないなんて愚かなことだ。」と辞退の理由を述べている[17][18]

2008年シーズンはUBS香港オープンからスタートしたが、予選通過ライン1アンダーに対して、第1ラウンドでは69打、第2ラウンドでは74打と4オーバーとなり、プロ初の予選落ちを味わった[19]オーストラリアで開催されたマスターカード・マスターズでは15位タイと持ち直している。

2008年1月27日付けのワールドゴルフランキングで、初めてトップ200位に入る。

9月7日、スイスクラン・モンタナで開催されたオメガ・ヨーロピアン・マスターズにおいて、マキロイは2位に4打差をつけ首位で最終日を迎えるが、最終日18ホールの4フィート・パットを外して優勝を逃し、勝敗はフランスのジャン=フランソワ・リューキンとのプレイオフに持ち込まれた。最終的にマキロイは2フィートのパットを外し、リューキンが15フィートパットを決め勝利した[20]

2008年シーズンはワールドランキングで100位以内に入り欧州ツアー獲得賞金ランク36位であった。

2009年 [編集]

2008年11月のUBS香港オープンを2位で終えた後[21]、マキロイは19歳6か月という過去最年少の記録でワールドゴルフランキング50位に入る。(この記録は後に石川遼マッテオ・マナセロによって破られた。)その後出場した南アフリカオープンでは3位となり、2008年のワールドゴルフランキング最終順位は39位であった。この成績によって、プロ転向後わずか18カ月にして2009年4月開催のマスターズから招待状が届く。マキロイがプロ初勝利を挙げたのは2009年2月に開催されたドバイ・デザート・クラシックであり、この勝利で世界ランキングは16位に上昇した[22]

2009年のWGCアクセンチュアマッチプレー選手権で、マキロイは4回戦進出を遂げた。1回戦では南アフリカルイス・ウーストハウゼンを 2 & 1で破り、2回戦ではハンター・メイハンを 1-up で退け、3回戦では 4 & 3でティム・クラークを下したが、4回戦でジェフ・オギルビーに2 & 1で敗れた。なおオギルビーはその後ポール・ケーシースチュワート・シンクに勝利して優勝している[23]。マキロイは5月までPGAツアーに参戦し、ホンダ・クラシックで13位タイ、CA選手権で20位タイ、シェル・ヒューストン・オープンでは19位タイと好成績を収めた。

2009年4月、マキロイは初のメジャー大会としてマスターズに初出場した。最終順位はトータル2アンダーの20位であった。予選通過選手中の飛距離ランキングではダスティン・ジョンソンアンドレス・ロメロに次ぐ3位であった[24]。マスターズの後2試合に出場したが、ザ・プレーヤーズ選手権では予選落ちしている。

その後欧州に戻り、全米オープンに出場するまでの間に、BMW PGA選手権では5位、ヨーロピアン・オープンでは12位と2試合でトップ25位内に入っている。メジャー第2戦目は2009年の全米オープンであり、最終ラウンドを68打(2アンダー)と結果10位タイで終え、メジャー大会初のトップ10入りを果たした。翌週BMWインターナショナル・オープンでは15位。7月には全英オープンに初出場し47位タイ、8月の全米プロゴルフ選手権では3位タイと2011年の全米オープン優勝に次ぐ好成績であった。

2009年の「レース・トゥ・ドバイ」ではリー・ウエストウッドに次ぐ2位でシーズンを終え、11月にはセルヒオ・ガルシアに次ぐ若さで世界ランキングで初のトップ10入り(9位)を果たした。また2010年シーズンはPGAツアーに参戦すると発表した[25]

ゲーリー・プレーヤーはマキロイについて「このままいけば、そしてきちんと指導されれば、彼の年代での世界最高の選手になれるだろう。(中略)だが彼はタイガー・ウッズのような肉体を手に入れることができるだろうか?この若い選手は朝6時にジムに通うだろうか?私には分からない。彼はタイガー・ウッズの持つ強さやその他すべての能力をもっているのだろうか?私には分からない[26]。」と述べている。なおマキロイは12月にサンシティ (南アフリカ)で開かれた、ゲーリー・プレーヤーがトーナメント・ホストを務めるネドバンク・ゴルフチャレンジに招待され出場する予定であったが、体調不良のため欠場している。

2010年[編集]

2010年全米プロゴルフ選手権にて、練習ラウンド中のマキロイ。

2010年シーズンはアブダビHSBCゴルフ選手権で3位に入るなど好調な出足であった。ドバイ・デザート・クラシックでは、最終日を73打でまわるなどして連覇は逃したものの5位につけた。

2010年のWGCアクセンチュアマッチプレー選手権では、第1回戦ではケビン・ナを1-up で下したが、オリバー・ウィルソンにプレイオフの末敗れた。この選手権の後、背筋痛のためツアーを一時離脱する。

2週間後、復帰したマキロイはホンダ・クラシックに出場、結果は40位タイであった。

5月2日、マキロイはクエイル・ホロー選手権でPGAツアー初優勝を遂げた。5アンダーでスタートした最終日、1イーグル・8バーディーでコースレコードの62を記録する逆転勝利であり[27]、タイガー・ウッズが1996年に21歳でツアー初優勝した記録を抜く史上最年少でのPGAツアー優勝であった[28]。この勝利で2年間のPGAツアーシード権を獲得している。6月2日、マキロイは、メモリアル・スキンズ・トーナメント(オハイオ州ダブリンにあるジャック・ニクラスの設計したゴルフコース、ミュアフィールド・ヴィレッジ・ゴルフクラブで開催された)に出場し、何かと比較されるようになったタイガー・ウッズとラウンドをまわった。結果は10位タイであった。

7月15日、全英オープンに出場したマキロイは、初日セント・アンドルーズ オールド・コースとの相性の良さを示す9アンダー63の記録的スコアをたたき出した。63打は150年の歴史を持つ全英オープンでも最小打数タイ(コースレコード)であり、初日に記録したのはマキロイのみである[29]。17番、通称「ロード・ホール」でパットを失敗しなければ記録はさらに伸びたであろう。翌金曜日は天候が悪く80打と崩れた。土曜は68打、日曜は69打で最終順位は3位タイとなり、世界ランキングは7位に上昇した。

8月の全米プロゴルフ選手権では15番グリーンで3パットを叩き首位タイから陥落、最終ホールのバーディーパットもわずかに外れ、プレーオフを逃し3位タイとなった。なおプレーオフではマルティン・カイマーバッバ・ワトソンを下し優勝している。マキロイがメジャー大会で3位に入ったのはこれで3度目である。

10月4日に行われたライダーカップには欧州代表として出場、個人戦引き分けで0.5ポイント稼ぐなどして欧州の勝利に貢献した。ライダーカップ後の11月、マキロイは2011年シーズンは欧州ツアーを主戦場とすると発表した。米ツアーでは引き続き11から12試合は出場し続ける予定だがツアーメンバーとしてではない。理由として、欧州ツアーに親しい友人がいること、ライダーカップ勝利で果たした自分の役割、ガールフレンドや家族と近くにいたいことなどを挙げている[30][31]

2011年[編集]

2011年、メジャー初戦となるマスターズで最終日首位でスタートするが、大きくスコアを崩し、最終的には15位まで順位を落とした。しかし、メジャー第2戦の全米オープンで、大会新記録となる通算16アンダーを記録し[32]メジャー初優勝[33]

私生活[編集]

2011年の7月からプロテニス選手のキャロライン・ウォズニアッキと交際[34]、2014年1月1日、婚約を発表した[35]が、5月に婚約を破棄した[36]

通算成績 (15勝)[編集]

PGAツアー (9勝)[編集]

Legend
メジャー大会 (4)
World Golf Championships (1)
フェデックスカッププレーオフ (2)
その他 (2)
No. 年月日 トーナメント スコア 打差 2位
1 2010年5月2日 クエイル・ホロー選手権 -15 (72–73–66–62=273) 4打差 アメリカ合衆国の旗 フィル・ミケルソン
2 2011年6月19日 全米オープン -16 (65–66–68–69=268) 8打差 オーストラリアの旗 ジェイソン・デイ
3 2012年3月4日 ザ・ホンダ・クラシック –12 (66-67-66-69=268) 2打差 アメリカ合衆国の旗 タイガー・ウッズ アメリカ合衆国の旗 トム・ギリス
4 2012年8月12日 全米プロゴルフ選手権 -13 (67-75-67-66=275) 8打差 イングランドの旗 デビッド・リン
5 2012年9月3日 ドイツ銀行選手権 -20 (65-65-67-67=264) 1打差 南アフリカ共和国の旗 ルイス・ウーストハウゼン
6 2012年9月9日 BMW選手権 -20 (64-68-69-67=268) 2打差 アメリカ合衆国の旗 フィル・ミケルソンイングランドの旗 リー・ウエストウッド
7 2014年7月20日 全英オープン -17 (67-75-67-66=275) 2打差 アメリカ合衆国の旗 リッキー・ファウラースペインの旗 セルヒオ・ガルシア
8 2014年8月3日 WGCブリヂストン・インビテーショナル -15 (69-64-66-66=265) 2打差 スペインの旗 セルヒオ・ガルシア
9 2014年8月10日 全米プロゴルフ選手権 -16 (66-67-67-68=268) 1打差 アメリカ合衆国の旗 フィル・ミケルソン

欧州PGAツアー (9勝)[編集]

Legend
メジャー大会 (4)
その他 (5)
No. 年月日 トーナメント スコア 打差 2位
1 2009年2月1日 ドバイ・デザート・クラシック -19 (64–68–67–70=269) 1打差 イングランドの旗 ジャスティン・ローズ
2 2011年6月19日 全米オープン -16 (65–66–68–69=268) 8打差 オーストラリアの旗 ジェイソン・デイ
3 2011年12月4日 UBS香港オープン
(アジアンツアーとの共催)
-12 (64-69-70-65=268) 2打差 フランスの旗 グレゴリー・アブレ
4 2012年8月12日 全米プロゴルフ選手権 -13 (67-75-67-66=275) 8打差 イングランドの旗 デビッド・リン
5 2012年11月25日 DPワールド・ツアーチャンピオンシップ・ドバイ –23 (66-67-66-66=265) 2打差 イングランドの旗 ジャスティン・ローズ
6 2014年5月25日 BMW PGA選手権 −14 (68-71-69-66=274) 1打差 アイルランド共和国の旗 シェーン・ローリー
7 2014年7月20日 全英オープン -17 (67-75-67-66=275) 2打差 アメリカ合衆国の旗 リッキー・ファウラースペインの旗 セルヒオ・ガルシア
8 2014年8月3日 WGCブリヂストン・インビテーショナル -15 (69-64-66-66=265) 2打差 スペインの旗 セルヒオ・ガルシア
9 2014年8月10日 全米プロゴルフ選手権 -16 (66-67-67-68=268) 1打差 アメリカ合衆国の旗 フィル・ミケルソン

その他[編集]

No. 年月日 トーナメント スコア 打差 2位
1 2013年12月1日 エミレーツ・オーストラリアン・オープン -18 (69-65-70-66=270) 1打差 オーストラリアの旗 アダム・スコット

4大メジャートーナメントの成績[編集]

トーナメント 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014
マスターズ DNP DNP T20 CUT T15 T40 T25 T8
全米オープン DNP DNP T10 CUT 1 CUT T41 T23
全英オープン T42LA DNP T47 T3 T25 T60 CUT 1
全米プロ DNP DNP T3 T3 T64 1 T8 1

LA = ローアマチュア
DNP = 不参加
T = タイ
CUT = 予選落ち
背景黄色 = 10位内入賞
背景緑色 = 優勝

脚注・出典[編集]

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  1. ^ マクロイ? マキロイ? マッキャロイ? 気になる表記、正しくは…(週刊ゴルフダイジェスト 7/12号)”. ゴルフダイジェスト (2011年7月4日). 2011年8月10日閲覧。
  2. ^ ローリー・マキロイ プロフィール”. ゴルフ情報ALBA (2011年6月19日). 2011年7月8日閲覧。
  3. ^ Official World Golf Ranking 2011, Week 25” (2011年6月20日). 2011年7月8日閲覧。
  4. ^ NBC Sports television broadcast of 2011 U.S. Open, June 19, 2011
  5. ^ NBC Sports television broadcast of 2011 U.S. Open, June 19, 2011
  6. ^ a b Thanks Dad: The best Father's Day present ever as golf's new superstar dedicates stunning U.S. Open victory to his parents”. Daily Mail (2011年6月20日). 2011年6月20日閲覧。
  7. ^ 米ゴルフウィーク誌記者 ジム・マッケイブ (2011年6月22日). “全米オープン圧勝、マキロイはウッズになる必要はない ”. 日本経済新聞. 2011年7月7日閲覧。
  8. ^ Celtic Tiger has golf by the tail, by Mark Lamport-Stokes, Reuters, June 21, 2011
  9. ^ golfdigest.com, How Rory McIlroy won the U.S. Open, June 20, 2011
  10. ^ NBC Sports television broadcast of 2011 U.S. Open, June 18-19, 2011
  11. ^ NBC Sports coverage of 2011 U.S. Open, June 19, 2011
  12. ^ http://www.holywoodgolfclub.co.uk
  13. ^ The Golf Channel, Morning Drive show, June 21, 2011
  14. ^ NBC Sports television broadcast of 2011 U.S. Open, June 18-19, 2011
  15. ^ Golf Digest magazine, May 2010, 100 Best Golf Courses in the World
  16. ^ 第49回中日クラウンズ 外国人招待選手”. 2011年8月25日閲覧。
  17. ^ Bernie McGuire (2007年11月15日). “McIlroy too busy for date with Tiger”. Independent.ie. http://www.independent.ie/sport/golf/mcilroy-too-busy-for-date-with-tiger-1219315.html 2011年7月15日閲覧。 
  18. ^ "McIlroy says no to Tiger, he's too busy!" 15 November 2007, Belfast Telegraph
  19. ^ “McDowell in contention after 66”. BBC News. (2007年11月16日). http://news.bbc.co.uk/sport2/hi/golf/7097937.stm 2010年5月22日閲覧。 
  20. ^ Crans-Montana – 1–4 September 2011”. Omega European Masters. 2011年6月19日閲覧。
  21. ^ [1][リンク切れ]
  22. ^ TWI Interactive. “Official World Golf Ranking – News – Full Story – 6/19/2011 3:18:46 pm”. Owgr.com. 2011年6月19日閲覧。
  23. ^ World Golf Championships-Accenture Match Play Championship – Rory McIlroy Scorecard”. Pgatour.com (2011年2月28日). 2011年6月19日閲覧。
  24. ^ Driving Distance Leaders – 2011 Masters Tournament”. Masters.com. 2011年6月19日閲覧。
  25. ^ Reason, Mark (2009年11月18日). “Rory McIlroy's self motivating qualities makes him favourite for the Race to Dubai”. The Daily Telegraph (London). http://www.telegraph.co.uk/sport/golf/europeantour/6599443/Rory-McIlroys-self-motivating-qualities-makes-him-favourite-for-the-Race-to-Dubai.html 2010年11月9日閲覧。 
  26. ^ Oliver Brown (2009年4月13日). “Rory McIlroy can become best in the world, says Gary Player”. The Telegraph. http://www.telegraph.co.uk/sport/golf/mastersaugusta/5146009/Rory-McIlroy-can-become-best-in-the-world-says-Gary-Player.html  2011年7月15日閲覧。 
  27. ^ “R・マキロイが大逆転優勝!米国ツアー初勝利!”. ゴルフ情報 ALBA. (2010年5月3日). http://www.alba.co.jp/news/article_l/no=11729 2011年7月15日閲覧。 
  28. ^ “Rory McIlroy breaks record to win maiden PGA Tour title”. BBC Sport. (2010年5月2日). http://news.bbc.co.uk/sport2/hi/golf/8657581.stm 2010年5月4日閲覧。 
  29. ^ “マキロイ メジャー最少タイ63!”. スポニチ. (2010年7月16日). http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2010/07/16/20.html 2011年7月15日閲覧。 
  30. ^ “Rory McIlroy to focus on European Tour rather than PGA”. BBC Sport. (2010年11月9日). http://news.bbc.co.uk/sport2/hi/golf/9169185.stm 2010年11月9日閲覧。 
  31. ^ “全米オープン優勝のR.マキロイ、米ツアーメンバー復帰の可能性は?”. ゴルフダイジェストオンライン. (2011年6月22日). http://news.golfdigest.co.jp/tournament/hotnews/tne000002835501.html?car=28239a07 2011年7月15日閲覧。 
  32. ^ それまでの記録は、2000年にタイガー・ウッズが出した12アンダー。
  33. ^ マキロイが初優勝、石川遼は30位…全米ゴルフ - 産経新聞 - 2011/6/20
  34. ^ “【イタすぎるセレブ達】スポーツ界の大物カップル誕生か? キャロライン・ウォズニアッキとローリー・マキロイのディナーデートが目撃される!”. TechinsightJapan. (2011年7月22日). http://japan.techinsight.jp/2011/07/kay1107192132.html 
  35. ^ “ゴルフ=マキロイとウォズニアッキ、ツイッターで婚約発表”. ロイター. (2014年1月1日). http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYEA0000U20140101 
  36. ^ “ゴルフ=マキロイ、ウォズニアッキとの婚約解消”. (2014年5月22日). http://jp.reuters.com/article/sportsNews/idJPKBN0E201T20140522 

外部リンク[編集]

受賞
先代:
グレーム・マクドウェル
RTÉスポーツ・パーソン・オブ・ザ・イヤー
2011
次代:
ケイティー・テイラー