姚明

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姚明
Yao Ming
YaoMingonoffense2.jpg
名前
本名 姚 明
愛称 "歩く万里の長城"
ラテン文字 Yao Ming
中国語 姚 明
基本情報
中華人民共和国の旗 中国
誕生日 1980年9月12日(33歳)
出身地 上海
身長 229cm
体重 141kg
血液型 A型
足のサイズ 38.0cm
選手情報
ポジション センター
ドラフト 2002年 1位
代表歴
キャップ 中華人民共和国の旗 1998-2011
経歴
1997-2002
2002-2011
上海シャークス 上海シャークス
ヒューストン・ロケッツ ヒューストン・ロケッツ
 
獲得メダル
男子バスケットボール
中華人民共和国の旗 中国
FIBAアジア選手権
1999 福岡
2001 上海 大会MVP
2003 ハルビン 大会MVP
2005 ドーハ 大会MVP
ジュニアアジア選手権
1998 カルカッタ
姚明
各種表記
繁体字 姚明
簡体字 姚明
拼音 Yáo Míng
ラテン字 Yao2 Ming2
発音: ヤオミン
広東語拼音 Jiu4 Ming4
広東語発音: ユーメン
閩南語白話字 Lâu Bêng
日本語読み: ようめい
英文 Yao Ming
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姚明ヤオ・ミン/ようめい,英語: Yao Ming,上海出身,1980年9月12日 - )は、中国のプロバスケットボール選手。北米男子プロバスケットリーグNBAヒューストン・ロケッツに所属していた。ポジションはセンター背番号は11番。身長229cm、体重141kg。大男たちの集まるNBAの中でも非常に身長が高い選手であり、リーグを代表するセンタープレーヤーだった。愛称は「王朝」、「歩く万里の長城」、「Chairman Yao」。

生い立ちと中国でのキャリア[編集]

姚明の父親、姚志遠(ようしえん、ヤオ・ジーユァン)は身長208cmの元バスケットボール選手であり、母親の方鳳娣(ほうほうてい、ファン・フェンディー)も、198cmの元バスケット選手で、中国代表チームでプレーしていた。出生時の体重は11ポンド(約5kg)。

9歳でバスケットボールを始め、10歳の頃には180cm、13歳になる頃には身長は2mにまで達した。中学生でユース代表チームに選ばれ、17歳で地元の上海シャークスと契約し、中国プロバスケットボールリーグプレイヤーになった。1997-98シーズン、1試合平均10得点、9リバウンドを獲得した。翌シーズンは負傷で大半を棒に振る。1999-2000シーズン、1試合平均21得点、14リバウンドの成績に加え、5ブロックと活躍する。翌2000-01シーズンには1試合平均27得点、19リバウンドを記録し、20歳にしてリーグのMVPを獲得した。

NBA移籍以降[編集]

2002年のNBAドラフト1巡目1位でヒューストン・ロケッツに指名された。長身を生かしたポストプレーや豪快なブロックショットが魅力で、ルーキー・シーズンながらNBAオールスターゲームにファン投票で選出されるなどし、デビューから2シーズンは全試合に出場した。デビュー以降周囲からは「期待外れ」との声も囁かれてはいたが、3シーズン目となる2004-05シーズンには2年連続でNBAシーズン得点王に輝いていたトレイシー・マグレディがロケッツに加入し、マグレディとのコンビでチームのレギュラーシーズンの勝率を6割にまで上げる活躍を見せた。しかしマグレディ、ヤオ・ミン共に怪我が多かったため、2人が共に在籍した6年間で一緒に出場する機会は少なかった。

2005-06シーズンから足の怪我に悩まされるようになり、2007-08シーズンまでの3シーズンは毎シーズン30試合前後の欠場を強いられた。 2006-07シーズンには大台の1試合平均25得点、9.4リバウンドという記録を残している。

2008-09シーズンはレギュラーシーズンに77試合出場し、プレーオフでも自身初となる初戦突破を果たした。カンファレンス・セミファイナルでロサンゼルス・レイカーズと対戦したが、2戦目に足首を怪我し、3戦目以降は出場ができなかった(その後チームは7戦目まで戦った末敗れている)。

2009-10シーズンは怪我によりシーズンの全試合を欠場した。2010-11シーズンにはチームから怪我防止のために出場機会の制限を課されてシーズンに臨んだものの、レギュラーシーズン5試合に出場した後に怪我が見つかり、残りの試合を全て欠場した。

2011年7月20日、度重なる怪我の影響のためバスケットボールからの引退を表明した。

中国代表での実績[編集]

2004年アテネ五輪では、1試合平均得点20.7点、1試合平均リバウンド9.3回を挙げ、中国代表をベスト8に導くとともに大会ベスト5(センター部門第1位)に選出された。また2006年バスケットボール世界選手権においては、大会最高の一試合平均25.3得点を挙げて平均最多得点(得点王)となり、チームもベスト16に進出した。なおその前の2002年におけるバスケットボール世界選手権においても、大会ベスト5(センター部門第1位)に選出されている。2008年の北京オリンピックで中国を率いて、再び世界のベスト8に進出した。また、2003年には、ローレウス世界スポーツ賞における男子年間最優秀成長選手に選出された。

プレイスタイル[編集]

類稀な長身とダンク、フックシュート、ジャンプシュートといった様々なシュートを使いこなせる技術を持つ。柔らかなシュートタッチやゴール下でのムーブは、彼の出身地から「シャンハイ・シェイク」(Shang Hai Shake) と呼ばれる。また、ビッグマンでありながらフリースローも非常に得意である。ディフェンス面においてもゴール下での彼の高さは脅威といえる。入団当初はフィジカルなプレーに負けることもあったが、徐々に強さも発揮するようになり、リーグを代表するセンタープレーヤーの1人であった。

個人成績[編集]

略称説明
  GP 出場試合数   GS  先発出場試合数  MPG  平均出場時間
 FG%  フィールドゴール成功率  3P%  スリーポイント成功率  FT%  フリースロー成功率
 RPG  平均リバウンド  APG  平均アシスト  SPG  平均スティール
 BPG  平均ブロック   TO  平均ターンオーバー  PPG  平均得点
 太字  キャリアハイ

NBA[編集]

レギュラー・シーズン[編集]

シーズン チーム GP GS MPG FG% 3P% FT% RPG APG SPG BPG TO PPG
2002–03シーズン ヒューストン・ロケッツ 82 72 29.0 .498 .500 .811 8.2 1.7 .4 1.8 13.5
2003–04シーズン ヒューストン・ロケッツ 82 82 32.8 .522 .000 .809 9.0 1.5 .3 1.9 17.5
2004–05シーズン ヒューストン・ロケッツ 80 80 30.6 .552 .000 .783 8.4 .8 .4 2.0 18.3
2005–06シーズン ヒューストン・ロケッツ 57 57 34.2 .519 .000 .853 10.2 1.5 .5 1.6 22.3
2006–07シーズン ヒューストン・ロケッツ 48 48 33.8 .516 .000 .862 9.4 2.0 .3 2.0 25.0
2007–08シーズン ヒューストン・ロケッツ 55 55 37.2 .507 .000 .850 10.8 2.3 .4 2.0 22.0
2008–09シーズン ヒューストン・ロケッツ 77 77 33.6 .548 1.000 .866 9.9 1.8 .4 2.0 19.7
2010-11シーズン ヒューストン・ロケッツ 5 5 18.2 .486 .000 .938 5.4 .8 .0 1.6 10.2
キャリア通算 486 476 32.5 .524 .200 .833 9.2 1.6 .4 1.9 19.0
オールスター 5 5 18.2 .529 .000 .667 4.2 1.6 .2 .2 8.0

プレーオフ[編集]

シーズン チーム GP GS MPG FG% 3P% FT% RPG APG SPG BPG TO PPG
2004 ヒューストン・ロケッツ 5 5 37.0 .456 .000 .765 7.4 1.8 .4 1.4 15.0
2005 ヒューストン・ロケッツ 7 7 31.4 .655 .000 .727 7.7 .7 .3 2.7 21.4
2007 ヒューストン・ロケッツ 7 7 37.1 .440 .000 .880 10.3 .9 .1 .7 25.1
2009 ヒューストン・ロケッツ 9 9 35.9 .545 .000 .902 10.9 1.0 .4 1.1 17.1
キャリア通算 28 28 35.3 .519 .000 .833 9.3 1.0 .3 1.5 19.8

人物像[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]