王励勤

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王励勤
生年月日 1978年6月18日(31歳)
最高世界ランク 1位
利き腕
グリップ シェークハンド
戦型 右シェークドライブ型
フォア面ラバー NEO狂颷2
バック面ラバー レナノスブライトハード
  
獲得メダル
中国
卓球
オリンピック
2000 シドニー 男子ダブルス
2004 アテネ 男子シングルス
2008 北京 男子シングルス
2008 北京 男子団体
世界卓球選手権
1997 マンチェスター 混合ダブルス
1999 アイントホーフェン 男子ダブルス
1999 アイントホーフェン 混合ダブルス
2000 クアラルンプール 男子団体
2001 大阪 男子シングルス
2001 大阪 男子ダブルス
2001 大阪 男子団体
2003 パリ 男子ダブルス
2004 ドーハ 男子団体
2005 上海 男子シングルス
2005 上海 男子ダブルス
2005 上海 混合ダブルス
2006 ブレーメン 男子団体
2007 ザグレブ 男子シングルス
2007 ザグレブ 男子ダブルス
2007 ザグレブ 混合ダブルス
2008 広州 男子団体
2009 横浜 男子シングルス

王励勤(わん りちん(日本などでは、わん りきんと呼ばれる場合もある)、Wang Liqin、1978年6月18日 - )は、中華人民共和国卓球選手。江蘇省出身。中国のトップ3の内の一角。シドニーオリンピック男子複金メダル、アテネオリンピック男子単銅メダル。2008年8月現在の世界ランキングは4位。

目次

[編集] 略歴

6歳から卓球を始め、1993年中華人民共和国代表になる。

2007年1月時点において、2005年1月から2年間世界ランキング1位を維持し続けていた。また2001年1月以来2006年12月までの6年間72か月のうち51か月に渡り世界ランキング1位の座に着いていた。また同期間において世界ランキング7位以下に落ちたことがない。以上のようにこれ程までに長い期間世界のトップクラスであり続けた選手は過去にもヤン=オベ・ワルドナーをおいて他に類を見ない。以前までは精神面が脆く、団体戦になるとシングルでの活躍が嘘のようなプレーで敗北を重ね、団体戦においての成績は悪かった。初めて世界チャンピオンとなった大阪での世界選手権では、決勝では団体戦のメンバーからはずされた。しかし、最近では課題だった精神面の弱さを克服し、団体戦でも好成績を出している。

世界卓球選手権でのシングルスにおいては、2001年の大阪大会、2005年の上海大会、2007年のザグレブ大会で優勝しており、男子においては、3回以上優勝した選手はわずかに4人しかいない。また、2001年の大阪大会から2009年の横浜大会までの期間でのシングルスにおいて、勝利を挙げられなかったのは2003年のパリ大会でのヴェルナー・シュラガーと2009年の横浜大会での王皓のみである(2人ともこの年に優勝している)。 尚、オリンピックイヤーの翌年の世界卓球選手権(2001年の大阪大会と2009年の横浜大会)では、孔令輝馬琳といった当時のオリンピック金メダリストから勝利を挙げている。

シングルスだけでなく、ダブルスに置いても高い成績を残している。男子ダブルスでは閻森、混合ダブルスでは郭躍と組んでおり、共に世界選手権で2回以上優勝している。

[編集] プレースタイル

ドライブ主戦型であるが、正統派タイプのプレースタイルといえる。長身と恵まれた体格から繰り出される両ハンドドライブは脅威で、特にフォアハンドドライブは、ブロックで止めるのが困難なほどである。それ以外に

  • 直線的なドライブだけでなく、伸びるドライブ、曲がるドライブ、沈むドライブ、弾くドライブ、無回転ドライブなど、戦況に応じて使い分けている。
  • フットワークが速く、長身にありがちな鈍足さが見られない。リーチの長さも相まって、後陣に下がっても、左右に振られても安定した返球が可能である。
  • サービスは単調なように見えるが、強烈な回転が掛かっており、変化量も多彩で、レシーブが困難である。また、タイミングの外し方やサービスを軸にした攻撃の組み立て方等にも秀でている。
  • ワルドナーのような多彩なテクニックはないが、総じて技術のレベルが高くミスが少ない。


[編集] 主な戦績

[編集] 外部リンク