李娜

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
李娜 Tennis pictogram.svg
Li Na Wimbledon 2013.jpg
李娜
基本情報
ラテン文字名 Li Na
国籍 中華人民共和国の旗 中国
出身地 同・湖北省武漢
生年月日 1982年2月26日(32歳)
身長 172cm
体重 65kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 1999年
ツアー通算 11勝
シングルス 9勝
ダブルス 2勝
4大大会最高成績・シングルス
全豪 優勝(2014)
全仏 優勝(2011)
全英 ベスト8(2006・10)
全米 ベスト4(2013)
優勝回数 2(豪1・仏1)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 2回戦(2006・07)
全仏 2回戦(2006・07)
全英 2回戦(2006)
全米 3回戦(2005)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 2位(2014年2月17日)
ダブルス 54位(2006年8月28日)
2014年5月30日現在

李 娜(リー・ナ、ピン音表記: Li Na, 1982年2月26日 - )は、中華人民共和国湖北省武漢 出身の女子プロテニス選手。2011年全仏オープン2014年全豪オープンの女子シングルス優勝者。自己最高ランキングはシングルス2位、ダブルス54位。これまでにWTAツアーでシングルス9勝、ダブルス2勝を挙げている。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。身長172cm、体重65kg。

来歴[編集]

8歳からテニスを始める。1999年にプロ入りし、その年から女子テニス国別対抗戦・フェドカップ中国代表選手となったが、2002年7月に「ワールドグループ・プレーオフ」でロシアに5戦全敗で敗れた後、しばらくテニスから遠ざかった時期があった。2003年は全くプレーしなかったが、2004年5月に復帰してから急成長を始める。同年10月、李娜は予選選手の身分で広州国際女子オープンに参加し、決勝戦でスロバキアのマルチナ・スーハに 6-3, 6-4 で勝ち、初めてWTAツアーのシングルス優勝のトロフィーを挙げた。それも中国人選手として史上初のWTAツアーのシングルス優勝である。李娜は2005年全豪オープン4大大会にデビューし、第4シードのマリア・シャラポワとの3回戦まで進出した。2度目の4大大会出場だった全米オープンでは、1回戦で第2シードのリンゼイ・ダベンポートに敗れる。

2006年に入ると、李娜はさらに目覚ましい躍進を遂げ、WTAツアー大会でも上位に進出するトーナメントが増えた。全仏オープンでは初出場で3回戦に進出し、準優勝者となったスベトラーナ・クズネツォワに敗れたが、ウィンブルドンでは3回戦でそのクズネツォワを 3-6, 6-2, 6-3 の逆転で破り、続く4回戦では全仏でベスト4入りしたチェコの17歳、ニコル・バイディソバに 4-6, 6-1, 6-3 で勝ち、中国選手として史上初のウィンブルドン8強進出を果たした。それまでの中国選手の4大大会シングルス成績は、鄭潔が2年前の2004年全仏オープンで4回戦進出を記録したが、李娜は鄭潔を上回る「ベスト8」を“テニスの聖地”ウィンブルドンで実現させた。初舞台となった準々決勝では、センター・コートでキム・クライシュテルスベルギー)に 4-6, 5-7 で敗れた。

ウィンブルドン選手権の後、7月15日-16日にかけて女子テニス国別対抗戦・フェドカップの「ワールドグループ・プレーオフ」が中国の首都北京で開かれ、中国はドイツを「4勝1敗」で下して2007年度のワールドグループ出場権を獲得した。李娜はシングルス2試合に勝利を収め、中国にとって初めてのワールドグループ進出に大きく貢献した[1]全米オープンでも李娜は4回戦まで勝ち進んだが、第3シードのシャラポワに 4-6, 2-6 で敗れた。

2007年全豪オープンでは、李娜は4回戦で第6シードのマルチナ・ヒンギスに 6-4, 3-6, 0-6 で逆転負けした。その後胃腸の病気や、右肋骨の疲労骨折を患い、6月以後の試合に出場できなくなる。2008年1月、彼女は半年ぶりの復帰戦となるオーストラリアゴールドコースト大会の決勝でビクトリア・アザレンカベラルーシ)を 4-6, 6-3, 6-4 で破り、4年ぶりのツアー2勝目を挙げた。

8月の北京五輪で、李娜は女子シングルスのベスト4に進出する。準決勝でディナラ・サフィナロシア)に敗れた彼女は、準決勝敗退選手2名による「銅メダル決定戦」でもベラ・ズボナレワ(ロシア)に 0-6, 5-7 で敗れ、地元選手としての銅メダルを逃した。この後全米オープンでも2年ぶり2度目の4回戦に進み、第5シードのエレーナ・デメンチェワに 4-6, 1-6 で敗れた。2009年全米オープンで初のベスト8進出があり、中国人選手としての全米オープンシングルス最高成績を出した。2006年ウィンブルドン以来となる準々決勝の舞台では(その時と同じ)キム・クライシュテルスに 2-6, 4-6 で敗れ、ベスト4入りを逃した。

2010年全豪オープンでは、李娜と鄭潔の2人が女子シングルスのベスト4に入った。シングルスでのベスト4は中国では史上初、アジア全体でも伊達公子(現・クルム伊達公子)以来史上2人目だった。李娜は4回戦で第4シードのキャロライン・ウォズニアッキデンマーク)、準々決勝で第6シードのビーナス・ウィリアムズアメリカ)を連破して勝ち進み、初進出の準決勝で第1シードのセリーナ・ウィリアムズに 6-7(4-7), 6-7(1-7) で敗れた。鄭潔も準決勝でジュスティーヌ・エナンベルギー)に敗れたため、中国勢初の4大大会女子シングルス決勝進出はならなかった。

2011年のメディバンク国際キム・クライシュテルスに 7–6(3), 6–3 で勝利してツアー4勝目を挙げた。2011年全豪オープンでは、準決勝で世界ランキング1位のキャロライン・ウォズニアッキを 3–6, 7–5, 6–3 で破り、アジア全体でも史上初となる女子シングルス決勝進出を果たしたが、クライシュテルスに 6-3, 3-6, 3-6 で敗れ優勝はならなかった。

2011年全仏オープンで李娜は全豪に引き続き決勝に進出する。決勝では前年優勝者のフランチェスカ・スキアボーネに 6–4, 7–6(0) で勝利し、4大大会初優勝を果たした。大会後のランキングでは自己最高の4位に上がった。

2012年はシドニー大会で2年連続の決勝に進出したがビクトリア・アザレンカに 2–6, 6–1, 3–6 で敗れ連覇を逃した。全豪オープンでは4回戦で昨年の決勝で敗れたキム・クライシュテルスに第2セットで4本あったマッチポイントを逃し 6–4, 6–7(6), 4–6で敗れた。連覇を目指した全仏オープンでは4回戦で予選勝ち上がりのヤロスラワ・シュウェドワに 6-3, 2-6, 0-6 で敗れた。8月のシンシナティ大会でアンゲリク・ケルバーを 1–6, 6–3, 6–1 で破り2011年全仏以来のシングルスツアー6勝目を挙げた。

2013年は開幕戦の深圳オープンで優勝し、全豪オープンでは2年ぶりの決勝に進出した。 ビクトリア・アザレンカに 6-4, 4-6, 3-6 で敗れ準優勝となった。最終戦のWTAツアー選手権では初めて決勝に進出したが、セリーナ・ウィリアムズにフルセットで惜しくも敗れた。この結果、翌週の世界ランキングで3位となり、クルム伊達公子と共に記録していたアジア人のWTAランキング最高位(4位)を更新した。

2014年1月25日、李は全豪オープンの決勝に進出し、スロバキアドミニカ・チブルコバをストレートで下し、初優勝した。この優勝の時点で、李は31歳11か月であった。これは、1973年に30歳で全豪を制したマーガレット・コートを抜いての最年長記録となった[2]。2014年2月17日付のランキングで自己最高の2位を記録している。

人物[編集]

2006年1月に中国のデビスカップ代表だった姜山[3]と結婚している。左胸にバラのハートのタトゥーを入れている[4]。夫はコーチを務めていたが、2011年前半の成績不振を理由に解任した[5]。2012年シーズンからは再びコーチを務めていたが、8月からジュスティーヌ・エナンのコーチのカルロス・ロドリゲス英語版を招聘した。

WTAツアー決勝進出結果[編集]

シングルス: 21回 (9勝12敗)[編集]

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
優勝 1. 2004年10月3日 中華人民共和国の旗 広州 ハード スロバキアの旗 マルチナ・スーハ 6–3, 6–4
準優勝 1. 2005年5月1日 ポルトガルの旗 エストリル クレー チェコの旗 ルーシー・サファロバ 7–6(4), 4–6, 3–6
準優勝 2. 2006年5月7日 ポルトガルの旗 エストリル クレー 中華人民共和国の旗 鄭潔 7–6(4), 5–7 途中棄権
優勝 2. 2008年1月5日 オーストラリアの旗 ゴールドコースト ハード ベラルーシの旗 ビクトリア・アザレンカ 4–6, 6–3, 6–4
準優勝 3. 2009年3月8日 メキシコの旗 モンテレイ ハード フランスの旗 マリオン・バルトリ 4–6, 3–6
準優勝 4. 2009年6月14日 イギリスの旗 バーミンガム スロバキアの旗 マグダレナ・リバリコバ 0–6, 6–7(2)
優勝 3. 2010年6月13日 イギリスの旗 バーミンガム ロシアの旗 マリア・シャラポワ 7–5, 6–1
優勝 4. 2011年1月14日 オーストラリアの旗 シドニー ハード ベルギーの旗 キム・クライシュテルス 7–6(3), 6–3
準優勝 5. 2011年1月29日 オーストラリアの旗 全豪オープン ハード ベルギーの旗 キム・クライシュテルス 6–3, 3–6, 3–6
優勝 5. 2011年6月4日 フランスの旗 全仏オープン クレー イタリアの旗 フランチェスカ・スキアボーネ 6–4, 7–6(0)
準優勝 6. 2012年1月13日 オーストラリアの旗 シドニー ハード ベラルーシの旗 ビクトリア・アザレンカ 2–6, 6–1, 3–6
準優勝 7. 2012年5月20日 イタリアの旗 ローマ クレー ロシアの旗 マリア・シャラポワ 6-4, 4-6, 6–7(5)
準優勝 8. 2012年8月13日 カナダの旗 モントリオール ハード チェコの旗 ペトラ・クビトバ 5–7, 6–2, 3–6
優勝 6. 2012年8月19日 アメリカ合衆国の旗 シンシナティ ハード ドイツの旗 アンゲリク・ケルバー 1–6, 6–3, 6–1
優勝 7. 2013年1月5日 中華人民共和国の旗 深圳 ハード チェコの旗 クララ・ザコパロバ 6–3, 1–6, 7–5
準優勝 9. 2013年1月26日 オーストラリアの旗 全豪オープン ハード ベラルーシの旗 ビクトリア・アザレンカ 6-4, 4-6, 3-6
準優勝 10. 2013年4月28日 ドイツの旗 シュトゥットガルト クレー ロシアの旗 マリア・シャラポワ 4–6, 3–6
準優勝 6. 2013年10月27日 トルコの旗 イスタンブール ハード アメリカ合衆国の旗 セリーナ・ウィリアムズ 6-2, 3–6, 0-6
優勝 8. 2014年1月4日 中華人民共和国の旗 深圳 ハード 中華人民共和国の旗 彭帥 6–4, 7–5
優勝 9. 2014年1月25日 オーストラリアの旗 全豪オープン ハード スロバキアの旗 ドミニカ・チブルコバ 7–6(3), 6–0
準優勝 12. 2014年3月29日 アメリカ合衆国の旗 マイアミ ハード アメリカ合衆国の旗 セリーナ・ウィリアムズ 5–7, 1–6

ダブルス: 2回 (2勝0敗)[編集]

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
優勝 1. 2000年6月18日 ウズベキスタンの旗 タシケント ハード 中華人民共和国の旗 李婷 ウズベキスタンの旗 イロダ・ツルヤガノワ
ウクライナの旗 アンナ・ザポロザノワ
3–6, 6–2, 6–4
優勝 2. 2006年6月18日 イギリスの旗 バーミンガム セルビアの旗 エレナ・ヤンコビッチ アメリカ合衆国の旗 ジル・クレイバス
南アフリカ共和国の旗 リーゼル・フーバー
6–2, 6–4

4大大会優勝[編集]

大会 対戦相手 試合結果
2011年 全仏オープン イタリアの旗 フランチェスカ・スキアボーネ 6-4, 7-6
2014年 全豪オープン スロバキアの旗 ドミニカ・チブルコバ 7–6, 6–0

4大大会シングルス成績[編集]

略語の説明
W  F  SF QF #R RR Q# LQ A WG Z# PO SF-B S G NMS NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.

大会 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 通算成績
全豪オープン A LQ A A A 3R 1R 4R 3R A SF F 4R F W 34–8
全仏オープン A A A A A A 3R 3R A 4R 3R W 4R 2R 1R 20–7
ウィンブルドン A LQ A A A A QF A 2R 3R QF 2R 2R QF 17–7
全米オープン LQ A A A A 1R 4R A 4R QF 1R 1R 3R SF 17–8

脚注[編集]

外部リンク[編集]