ケニオン・マーティン

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ケニオン・マーティン
Kenyon Martin
ニューヨーク・ニックス
Kenyon Martin Nuggets.jpg
名前
本名 Kenyon Lee Martin
愛称 "K-Mart"
ラテン文字 Kenyon Martin
基本情報
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
誕生日 1977年12月30日(36歳)
出身地 ミシガン州
身長 206cm
体重 106.1kg
選手情報
ポジション パワーフォワード
ドラフト 2000年 1位
経歴
2000-2004
2004-2011
2011
2012
2013
ニュージャージー・ネッツ
デンバー・ナゲッツ
新疆フライングタイガース
ロサンゼルス・クリッパーズ
ニューヨーク・ニックス

ケニヨン・マーティンKenyon Lee Martin,1977年12月30日 - )は、アメリカ合衆国ミシガン州サギノー出身のバスケットボール選手。NBAのニューヨーク・ニックスに所属している。ポジションはパワーフォワード。身長206cm、体重109kg。愛称は"K-Mart"。

経歴[編集]

学生時代[編集]

シンシナティ大学に4年間在籍しダーマー・ジョンソンらと共にプレイした。2000年には優秀な選手に贈られるジョン・ウッデン賞(John R. Wooden Award)とジェームズ・ネイスミス賞(Naismith College Player of the Year)を獲得した。

NBA[編集]

2000年NBAドラフトでは期待通りの全体1位指名を受け、ニュージャージー・ネッツに入団した。ルーキーシーズンでは、68試合に先発出場し、平均12得点、7.4リバウンド1.5ブロックを記録。見事オールルーキー1stチームに選出された。2003-2004シーズンでは、キャリア初のNBAオールスターゲームに出場。ネッツでは4シーズンに渡りプレーしたが、2004年将来のドラフト1巡目指名権と引き換えのトレードでデンバー・ナゲッツに移籍した。

それまでのネッツでの活躍は司令塔ジェイソン・キッドの存在があってこそ、という評価がささやかれながらも、ナゲッツでの初年度である2004-05シーズンは70試合に出場した。翌2005-06シーズンは膝の故障のために56試合の出場に留まったがプレイオフには出場。しかしながら、4月25日に行われたロサンゼルス・クリッパーズとの1回戦第2試合において、「膝を痛めた」として後半を欠場。これは前半に7分しか出場できなかったことで憤りを感じ、ハーフタイム中にジョージ・カールHCと衝突したことが原因とされる。両者には亀裂が走ったが、2006-07シーズン開幕前には関係が回復されたと報じられた(移籍の噂も多々あった)。期待された新シーズンだったものの、開幕2試合で右膝を悪化させて戦線離脱。内視鏡手術を受けた後、症状が予想以上に悪かったことが判明した。シーズン中の復帰は絶望的になってしまった。その後2007-08シーズンには71試合に出場したものの以前ほどのインパクトを失いつつある。

2011年夏、制限つきフリーエージェントとなった彼はロックアウト中のNBAから、中国プロバスケットボールリーグ新疆フライングタイガースと1年契約を結んだ。同年12月24日、チームから解雇された。当初中国のリーグが終了するまでNBAへの復帰は認められないはずであったが、国際バスケットボール連盟の許可がおり、それより早く契約を結べるようになり、2012年2月3日、ロサンゼルス・クリッパーズと契約を結んだ[1]

脚注[編集]

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  1. ^ CLIPPERS SIGN KENYON MARTIN”. nba.com (2012年3月7日). 2012年3月17日閲覧。

外部リンク[編集]