ライナー・シュットラー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ライナー・シュットラー

ライナー・シュットラー
ライナー・シュットラー

基本情報
ラテン文字名 Rainer Schüttler
国籍 ドイツ
出身地 同・コルバッハ
生年月日 1976年4月25日(33歳)
身長 180cm
体重 70kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 1995年
ツアー通算 8勝
シングルス 4勝
ダブルス 4勝
4大大会最高成績・シングルス
全豪 準優勝(2003)
全仏 4回戦(2003)
全英 ベスト4(2008)
全米 4回戦(2003)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 2回戦(2004・07)
全仏 ベスト8(2007)
全英 ベスト8(2005)
全米 2回戦(2003・04・06・07)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 5位
ダブルス 40位
このテンプレートを: 表示ノート編集履歴
オリンピック
男子 テニス
2004 ダブルス

ライナー・シュットラーRainer Schüttler, 1976年4月25日 - )は、ドイツコルバッハ出身の男子プロテニス選手。2003年全豪オープン男子シングルス準優勝者。2004年アテネ五輪男子ダブルスで、ニコラス・キーファーとペアを組んだ銀メダル獲得もある。自己最高ランキングはシングルス5位、ダブルス40位。ATPツアーでシングルス4勝、ダブルス4勝を挙げる。身長180cm、体重70kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。

シュットラーは9歳だった1985年、(当時は旧西ドイツの時代)ボリス・ベッカーウィンブルドンに史上最年少の「17歳7ヶ月」で初優勝した快挙に刺激されてテニスを始めた。1995年にプロ入り。男子テニスの下部組織「チャレンジ・ツアー」を回っていた時期、1996年名古屋の試合でプレーしたことがある(結果はベスト8)。ベッカーとミヒャエル・シュティヒの“後継者”として早くから注目されていた、ニコラス・キーファートミー・ハースの2人に比べて、シュットラーは遅咲きタイプの選手である。1999年1月にドーハの試合でプロ初優勝を遂げ、初めて世界ランキング50位以内に入る。この年から、彼は男子テニス国別対抗戦・デビスカップのドイツ代表選手に選ばれた。

それから4年後、2003年全豪オープンにおいて、第31シードだったシュットラーは準決勝でアメリカアンディ・ロディックを破り、ダークホースの選手として4大大会決勝に初進出を果たす。その決勝戦ではアンドレ・アガシからわずか5ゲームしか奪えず、 2-6, 2-6, 1-6 の完敗で準優勝に終わった。この時、シュットラーはすでに26歳を迎えていた。(この2003年全豪オープンが、アガシの最後の4大大会優勝になった。)

2003年は全豪準優勝の波に乗って好調なシーズンを送り、年間最終ランキング6位につけた。同年10月に来日し、「ジャパン・オープン」の男子シングルス決勝戦でフランスセバスチャン・グロージャンを 7-6, 6-2 で破って優勝している。2004年アテネ五輪の男子ダブルスで、シュットラーはニコラス・キーファーとペアを組み、決勝でチリ代表のニコラス・マスーフェルナンド・ゴンザレス組に 2-6, 6-4, 6-3, 6-7, 4-6 のフルセットで敗れて銀メダルになった。

それからしばらく好成績がなかったが、2008年4月にダブルスで2大会に優勝する。これでシュットラーの男子ツアーダブルス・タイトルは4つになった。2008年ウィンブルドンにおいて、ライナー・シュットラーは世界ランキング94位の低位置から勝ち進み、32歳にして初のベスト4に進出した。2回戦で第9シードのジェームズ・ブレークアメリカ)を 6-3, 6-7, 4-6, 6-4, 6-4 のフルセットで破って波に乗り、準々決勝のアルノー・クレマンフランス)戦では2日がかりの激戦を制した。クレマンも全豪オープン準優勝者で、シュットラーの2年前の2001年にアガシに敗れた人である。シュットラーは 6-3, 5-7, 7-6, 6-7, 8-6 で2日がかりの試合を制し、5年前の2003年全豪オープン以来の大舞台に姿を見せた。初進出の準決勝では、第2シードのラファエル・ナダルに 1-6, 6-7, 4-6 のストレートで完敗した。北京五輪の男子シングルスで、シュットラーは1回戦で日本錦織圭を破った後、2回戦でノバク・ジョコビッチセルビア)に敗れた。

[編集] 外部リンク