ウェイン・フェレイラ

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Wayne Ferreira ATC2010.jpg
ウェイン・フェレイラ
基本情報
ラテン文字名 Wayne Ferreira
フルネーム Wayne Richard Ferreira
国籍 南アフリカ共和国の旗 南アフリカ共和国
出身地 同・ヨハネスブルグ
生年月日 1971年9月15日(42歳)
身長 185cm
体重 85kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 1989年
引退年 2005年
ツアー通算 26勝
シングルス 15勝
ダブルス 11勝
生涯通算成績 807勝540敗
シングルス 512勝330敗
ダブルス 295勝210敗
生涯獲得賞金 $9,969,617
4大大会最高成績・シングルス
全豪 ベスト4(1992・2003)
全仏 4回戦(1996)
全英 ベスト8(1994)
全米 ベスト8(1992)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 3回戦(1993・96・2000・01)
全仏 ベスト8(2000)
全英 ベスト4(1991・94)
全米 ベスト4(1994・2000)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 6位(1995年5月8日)
ダブルス 9位(2001年3月19日)
獲得メダル
男子 テニス
オリンピック
1992 バルセロナ ダブルス

ウェイン・リチャード・フェレイラWayne Richard Ferreira, 1971年9月15日 - )は、南アフリカヨハネスブルグ出身の男子プロテニス選手。自己最高ランキングはシングルス6位、ダブルス9位で、シングルス・ダブルスとも世界トップ10に入った数少ない選手のひとりである。ATPツアーでシングルス15勝、ダブルス11勝を挙げた。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。身長185cm、体重85kg。ポルトガル系南アフリカ人

来歴[編集]

1989年にプロ入り。フェレイラの4大大会デビューは、1990年ウィンブルドンであった。1991年全豪オープンボリス・ベッカーとの4回戦に進出し、男子ツアー大会のダブルスで年間2勝を挙げる。1992年にフェレイラのテニス経歴は大きく開花し、全豪オープンステファン・エドベリとの準決勝に進出した後、6月第2週にウィンブルドン前哨戦の1つであるロンドン「クイーンズ・クラブ」大会の決勝で日本松岡修造を 6-3, 6-4 で破り、男子ツアーのシングルス初優勝をここで決めた。同年7月末のバルセロナ五輪で、フェレイラはオリンピックの南アフリカ代表選手に選ばれ、ピート・ノーバルとペアを組んだ男子ダブルス部門で銀メダルを獲得した。1960年ローマ五輪を最後に、南アフリカアパルトヘイト(人種隔離政策)のためオリンピック出場資格を剥奪され、同政策が法的に廃止された後の1992年バルセロナ大会まで五輪復帰に32年を要した。フェレイラとノーバルのペアは、決勝でドイツ代表のボリス・ベッカー&ミヒャエル・シュティヒ組に 6-7, 6-4, 6-7, 3-6 で敗れたが、こうして南アフリカにオリンピック復帰後最初のメダルをもたらした。オリンピックの後も、フェレイラは全米オープンマイケル・チャンとの準々決勝まで勝ち上がり、1992年10月26日付の男子テニス世界ランキングで初めて「9位」にランクされた。1992年は、南アフリカが男子テニス国別対抗戦・デビスカップにも復帰を認められた年である。

1994年にフェレイラは男子ツアーのシングルスで年間4勝を挙げ、ウィンブルドントッド・マーティンとの準々決勝に進出した。ウィンブルドンでのフェレイラは、これが自己最高成績である。1995年もシングルスで年間4勝を挙げ、同年5月8日付で世界ランキングの自己最高位「6位」をマークした。1996年アトランタ五輪で2度目のオリンピックに出場し、男子シングルス・ダブルスの両部門でベスト8に進出した。シングルスの準々決勝ではアメリカ代表のアンドレ・アガシに 5-7, 6-4, 5-7 で敗れ、エリス・フェレイラとペアを組んだダブルスの準々決勝ではオランダ代表のヤッコ・エルティン&ポール・ハーフース組に 6-7, 6-7 で敗れている。しかし、1990年代後半はフェレイラの低迷期であった。1999年の「ジャパン・オープン」で、フェレイラは3年ぶりのツアー大会決勝進出を果たすが、ドイツニコラス・キーファーに 6-7, 5-7 で敗れて準優勝になっている。3度目のオリンピック出場となった2000年シドニー五輪では、シングルス1回戦敗退に終わり、ダブルスには出場しなかった。

ウェイン・フェレイラは30歳代を迎えてから、2002年全豪オープンで久々に4大大会シングルスの好成績を出し、同大会で10年ぶりのベスト8に進出したが、マラト・サフィンとの準々決勝で第1セットを 2-5 で途中棄権してしまった。2003年全豪オープンで、フェレイラは準々決勝でスペインフアン・カルロス・フェレーロを破り、11年ぶり2度目の準決勝進出を果たす。最後の大舞台では、第2シードのアンドレ・アガシに 2-6, 2-6, 3-6 のストレートで完敗した。2003年のシーズンに、フェレイラはシングルス・ダブルスとも最後のタイトルを獲得している。彼は2004年全米オープンまで4大大会男子シングルスに「56大会」連続出場を続け、男子選手としての史上最長記録を打ち立てた(この記録は2014年全豪オープンロジャー・フェデラーによって更新された)。フェレイラは2004年のシーズンを最後に男子テニスツアーから引退した。

彼の最後の試合出場は、2005年3月のデビスカップ「ヨーロッパ・アフリカゾーン」2回戦の対ドイツ戦で、シングルス2試合でトミー・ハースライナー・シュットラーの両選手に敗れた。フェレイラは故国がデ杯復帰を認められた1992年から代表選手として活躍を続け、通算でチーム歴代1位の「41勝18敗」(シングルス30勝14敗、ダブルス11勝4敗)の成績を残した。

ATPツアー決勝進出結果[編集]

シングルス: 23回 (15勝8敗)[編集]

大会グレード
グランドスラム (0-0)
テニス・マスターズ・カップ (0-0)
ATPマスターズシリーズ (2-1)
ATPインターナショナルシリーズ・ゴールド (1-4)
ATPインターナショナルシリーズ (12–3)
サーフェス別タイトル
ハード (11-4)
クレー (1-1)
芝 (1-2)
カーペット (2-1)
結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
準優勝 1. 1992年2月17日 アメリカ合衆国の旗 メンフィス ハード (室内) アメリカ合衆国の旗 マラビーヤ・ワシントン 3–6, 2–6
優勝 1. 1992年6月15日 イギリスの旗 ロンドン 日本の旗 松岡修造 6–3, 6–4
準優勝 2. 1992年7月20日 ドイツの旗 シュトゥットガルト クレー ウクライナの旗 アンドレイ・メドベデフ 1–6, 4–6, 7–6(5), 6–2, 1–6
優勝 2. 1992年8月31日 アメリカ合衆国の旗 スケネクタディ ハード オーストラリアの旗 ジェイミー・モーガン 6–2, 6–7(5), 6–2
準優勝 3. 1993年3月8日 アメリカ合衆国の旗 インディアンウェルズ ハード アメリカ合衆国の旗 ジム・クーリエ 3–6, 3–6, 1–6
準優勝 4. 1993年6月14日 イギリスの旗 ロンドン ドイツの旗 ミヒャエル・シュティヒ 3–6, 4–6
優勝 3. 1994年1月10日 アメリカ合衆国の旗 オアフ ハード アメリカ合衆国の旗 リッチー・レネバーグ 6–4, 6–7(3), 6–1
準優勝 5. 1994年2月28日 オランダの旗 ロッテルダム カーペット (室内) ドイツの旗 ミヒャエル・シュティヒ 6–4, 3–6, 0–6
準優勝 6. 1994年6月20日 イギリスの旗 マンチェスター オーストラリアの旗 パトリック・ラフター 6–7(5), 6–7(4)
優勝 4. 1994年8月22日 アメリカ合衆国の旗 インディアナポリス ハード フランスの旗 オリビエ・ドレートル 6–2, 6–1
優勝 5. 1994年9月19日 フランスの旗 ボルドー ハード アメリカ合衆国の旗 ジェフ・タランゴ 6–0, 7–5
優勝 6. 1994年10月3日 スイスの旗 バーゼル ハード (室内) アメリカ合衆国の旗 パトリック・マッケンロー 4–6, 6–2, 7–6(7), 6–3
優勝 7. 1994年10月17日 イスラエルの旗 テルアビブ ハード イスラエルの旗 アモス・マンスドルフ 7–6(4), 6–3
優勝 8. 1995年2月13日 アラブ首長国連邦の旗 ドバイ ハード イタリアの旗 アンドレア・ガウデンツィ 6–3, 6–3
優勝 9. 1995年5月8日 ドイツの旗 ミュンヘン クレー ドイツの旗 ミヒャエル・シュティヒ 7–5, 7–6(6)
優勝 10. 1995年10月16日 チェコの旗 オストラヴァ カーペット (室内) アメリカ合衆国の旗 マラビーヤ・ワシントン 3–6, 6–4, 6–3
優勝 11. 1995年10月23日 フランスの旗 リヨン カーペット (室内) アメリカ合衆国の旗 ピート・サンプラス 7–6(2), 5–7, 6–3
優勝 12. 1996年3月11日 アメリカ合衆国の旗 スコッツデール ハード チリの旗 マルセロ・リオス 2–6, 6–3, 6–3
準優勝 7. 1996年7月22日 アメリカ合衆国の旗 ワシントンD.C. ハード アメリカ合衆国の旗 マイケル・チャン 2–6, 4–6
優勝 13. 1996年8月26日 カナダの旗 トロント ハード オーストラリアの旗 トッド・ウッドブリッジ 6–2, 6–4
準優勝 8. 1999年4月19日 日本の旗 東京 ハード ドイツの旗 ニコラス・キーファー 6–7(5), 5–7
優勝 14. 2000年11月6日 ドイツの旗 シュトゥットガルト ハード (室内) オーストラリアの旗 レイトン・ヒューイット 7–6(6), 3–6, 6–7(5), 7–6(2), 6–2
優勝 15. 2003年8月4日 アメリカ合衆国の旗 ロサンゼルス ハード オーストラリアの旗 レイトン・ヒューイット 6–3, 4–6, 7–5

ダブルス: 24回 (11勝13敗)[編集]

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
優勝 1. 1991年1月7日 オーストラリアの旗 アデレード ハード 南アフリカの旗 ステファン・クルーガー オランダの旗 ポール・ハーフース
オランダの旗 マーク・クーフェルマンス
6–4, 4–6, 6–4
優勝 2. 1991年3月25日 アメリカ合衆国の旗 マイアミ ハード 南アフリカの旗 ピート・ノーバル アメリカ合衆国の旗 ケン・フラック
アメリカ合衆国の旗 ロバート・セグソ
5–7, 7–6, 6–2
優勝 3. 1992年1月13日 ニュージーランドの旗 オークランド ハード アメリカ合衆国の旗 ジム・グラブ カナダの旗 グラント・コネル
カナダの旗 グレン・ミチバタ
6–4, 6–3
準優勝 1. 1992年4月6日 南アフリカの旗 ヨハネスブルグ ハード 南アフリカの旗 ピート・ノーバル 南アフリカの旗 ピーター・アルドリッチ
南アフリカの旗 ダニー・ヴィッサー
4–6, 4–6
準優勝 2. 1992年5月18日 イタリアの旗 ローマ クレー オーストラリアの旗 マーク・クラッツマン スイスの旗 ヤコブ・ラセク
スイスの旗 マルク・ロセ
4–6, 6–3, 1–6
準優勝 3. 1992年8月3日 スペインの旗 バルセロナ五輪 クレー 南アフリカの旗 ピート・ノーバル ドイツの旗 ボリス・ベッカー
ドイツの旗 ミヒャエル・シュティヒ
6–7, 6–4, 6–7, 3–6
準優勝 4. 1993年5月17日 イタリアの旗 ローマ クレー オーストラリアの旗 マーク・クラッツマン オランダの旗 ヤッコ・エルティン
オランダの旗 ポール・ハーフース
4–6, 6–7
優勝 4. 1993年5月9日 アメリカ合衆国の旗 ロサンゼルス ハード ドイツの旗 ミヒャエル・シュティヒ カナダの旗 グラント・コネル
アメリカ合衆国の旗 スコット・デービス
7–6, 7–6
準優勝 5. 1993年11月15日 ベルギーの旗 アントワープ カーペット (室内) スペインの旗 ハビエル・サンチェス カナダの旗 グラント・コネル
アメリカ合衆国の旗 パトリック・ガルブレイス
3–6, 6–7
準優勝 6. 1994年5月16日 イタリアの旗 ローマ クレー スペインの旗 ハビエル・サンチェス ロシアの旗 エフゲニー・カフェルニコフ
チェコの旗 デビッド・リクル
1–6, 5–7
準優勝 7. 1994年8月15日 アメリカ合衆国の旗 シンシナティ ハード オーストラリアの旗 マーク・クラッツマン アメリカ合衆国の旗 アレックス・オブライエン
オーストラリアの旗 サンドン・ストール
7–6, 3–6, 2–6
優勝 5. 1995年5月15日 ドイツの旗 ハンブルク クレー ロシアの旗 エフゲニー・カフェルニコフ ジンバブエの旗 バイロン・ブラック
ロシアの旗 アンドレイ・オルホフスキー
6–1, 7–6
準優勝 8. 1995年10月23日 フランスの旗 リヨン カーペット (室内) 南アフリカ共和国の旗 ジョン=ラフニー・デ・ヤーガー スイスの旗 ヤコブ・ラセク
ロシアの旗 エフゲニー・カフェルニコフ
3–6, 3–6
優勝 6. 1998年2月23日 ベルギーの旗 アントワープ ハード ロシアの旗 エフゲニー・カフェルニコフ スペインの旗 トマス・カーボネル
スペインの旗 フランシスコ・ロイグ
7–5, 3–6, 6–2
準優勝 9. 1998年7月27日 アメリカ合衆国の旗 ワシントンD.C. ハード アメリカ合衆国の旗 パトリック・ガルブレイス 南アフリカ共和国の旗 グラント・スタフォード
ジンバブエの旗 ケビン・ウリエット
2–6, 4–6
準優勝 10. 1999年2月28日 イギリスの旗 ロンドン カーペット (室内) ジンバブエの旗 バイロン・ブラック イギリスの旗 ティム・ヘンマン
イギリスの旗 グレグ・ルーゼドスキー
3–6, 6–7
優勝 7. 1999年8月2日 アメリカ合衆国の旗 ロサンゼルス ハード ジンバブエの旗 バイロン・ブラック クロアチアの旗 ゴラン・イワニセビッチ
アメリカ合衆国の旗 ブライアン・マクフィー
6–2, 7–6
準優勝 11. 1999年8月9日 カナダの旗 モントリオール ハード ジンバブエの旗 バイロン・ブラック スウェーデンの旗 ヨナス・ビョルクマン
オーストラリアの旗 パトリック・ラフター
6–7, 4–6
準優勝 12. 1999年10月25日 フランスの旗 リヨン カーペット (室内) オーストラリアの旗 サンドン・ストール 南アフリカ共和国の旗 ピート・ノーバル
ジンバブエの旗 ケビン・ウリエット
6–4, 6–7, 6–7
優勝 8. 2000年4月24日 モナコの旗 モンテカルロ クレー ロシアの旗 エフゲニー・カフェルニコフ オランダの旗 ポール・ハーフース
オーストラリアの旗 サンドン・ストール
6–3, 2–6, 6–1
準優勝 13. 2000年5月15日 イタリアの旗 ローマ クレー ロシアの旗 エフゲニー・カフェルニコフ チェコの旗 マルティン・ダム
スロバキアの旗 ドミニク・フルバティ
4–6, 6–4, 3–6
優勝 9. 2001年3月19日 アメリカ合衆国の旗 インディアンウェルズ ハード ロシアの旗 エフゲニー・カフェルニコフ スウェーデンの旗 ヨナス・ビョルクマン
オーストラリアの旗 トッド・ウッドブリッジ
6–2, 7–5
優勝 10. 2001年5月14日 イタリアの旗 ローマ クレー ロシアの旗 エフゲニー・カフェルニコフ カナダの旗 ダニエル・ネスター
オーストラリアの旗 サンドン・ストール
6–4, 7–6
優勝 11. 2003年3月17日 アメリカ合衆国の旗 インディアンウェルズ ハード ロシアの旗 エフゲニー・カフェルニコフ アメリカ合衆国の旗 ボブ・ブライアン
アメリカ合衆国の旗 マイク・ブライアン
3–6, 7–5, 6–4

4大大会シングルス成績[編集]

略語の説明
W  F  SF QF #R RR Q# LQ A WG Z# PO SF-B S G NMS NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.

大会 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 通算成績
全豪オープン A A 4R SF 4R 4R 2R 2R 4R 2R 4R 4R 3R QF SF 3R 39–14
全仏オープン A A 2R 3R 2R 1R 3R 4R 3R 3R 2R 3R 1R 1R 3R 1R 18–13
ウィンブルドン LQ 2R 2R 4R 4R QF 4R 3R 3R 4R 1R 4R 1R 3R 1R 3R 29–15
全米オープン A A 2R QF 4R 3R 1R 1R 4R 1R 1R 2R 1R 4R 2R 1R 18–14

: 1997年全仏3回戦の不戦敗は通算成績に含まない

外部リンク[編集]