ホセ・カルデロン
| ホセ・カルデロン Jose Calderon デトロイト・ピストンズ No.8 |
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| 名前 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 本名 | ホセ・マヌエル・カルデロン | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 愛称 | "Mr.Catering", "Mr.Freethrows" | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ラテン文字 | Jose Calderon | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| スペイン語 | José Manuel Calderón | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 基本情報 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 国 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 誕生日 | 1981年9月28日(31歳) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 出身地 | エストレマドゥーラ州バダホス県 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 身長 | 191cm | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 体重 | 95kg | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 選手情報 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ポジション | ポイントガード | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 背番号 | 8 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ドラフト | 2005年 ドラフト外 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 代表歴 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| キャップ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 経歴 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 1998-1999 1999-2001 2001-2002 2002-2005 2005-2013 2013- |
Diputación Foral Alava デトロイト・ピストンズ |
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ホセ・カルデロン(Jose Calderon)ことホセ・マヌエル・カルデロン (José Manuel Calderón, 1981年9月28日 - )は、スペインのプロバスケットボール選手。NBAのデトロイト・ピストンズに所属。エストレマドゥーラ州バダホス県ビジャヌエバ・デ・ラ・セレーナ出身。ポジションはポイントガード。身長191cm、体重95kg。
目次 |
略歴 [編集]
スペインリーグ [編集]
スペインのジュニア代表として様々な国際大会で経験を積んだ後、1999-2000シーズンにはスペインリーグのCBルセントゥム・アリカンテでプロデビューを果たした。アリカンテでは2シーズンプレイし、2001-02シーズンにはバロンセスト・フエンラブラダに移籍、さらに翌シーズンにはタウ・セラミカに移籍する。
タウ・セラミカデは飛躍的に出場時間が伸び、移籍1年目の2002-03シーズンには平均17.5得点を記録した。翌シーズンには得点こそ落とすがその他のスタッツは軒並み上昇し、2004-05シーズンには12.4得点3.0アシスト、フィールドゴール成功率は56.7%、スリーポイントシュート成功率は45.5%を記録した。カルデロンの貢献でこのシーズンにチームはユーロリーグトーナメント準決勝まで進出した。
NBA [編集]
ドラフトにはエントリーしなかったが、トロント・ラプターズの勧誘を受けてNBA入りを決意。ルーキーイヤーとなった2005-06シーズンは64試合に出場し、5.5得点4.5アシストの成績を残した。
シーズン終了後、ラプターズは多くの海外出身選手を獲得。カルデロンとはスペイン代表のチームメイトでもあるホルヘ・ガルバホサもラプターズに入団した。
2006-07シーズンはカルデロンは新たに先発PGになったT・J・フォードの控えとして申し分ない活躍をし、ラプターズの4シーズンぶりのプレーオフ出場に貢献した。カルデロン自身は8.7得点5.0アシストの成績だったが、その実力はリーグ最高の控えPGという評価を受けた。
2007-08シーズンはチーム内に故障者が続出、先発PGのフォードも戦線離脱したため、カルデロンはより多くの出場機会を得た。56試合に先発出場、11.2得点8.3アシストの成績を残し、平均アシストはリーグ5位の成績だった。
2008-09シーズンはフォードが移籍したことにより先発PGに固定された。チームはプレイオフに進めなかったが自己最高の12.8得点8.9アシストの成績を残した。特に注目されたのがフリースロー成功率で154本試投して成功が151本。失敗はシーズンを通じて僅か3本、成功率98.1%とNBA史上最高の驚異的な成功率を残した。
2012-2013シーズンにメンフィス・グリズリーズのルディ・ゲイとのトレードでメンフィス・グリズリーズへ、その直後テイショーン・プリンスとオースティン・デイとのトレードでデトロイト・ピストンズへ移籍した。
代表歴 [編集]
スペインは近年バスケットボール選手の育成に力を入れ、パウ・ガソル、ホルヘ・ガルバホサ、フアン・カルロス・ナバーロなどの優秀な選手を輩出。この強化計画は2006年の世界選手権の優勝という形で実を結んだ。彼らは言わばスペインバスケットボールの黄金世代であり、カルデロンもその黄金世代の一員である。
ジュニア時代は1998年のミュンヘンジュニア国際大会、ヴァルナジュニア欧州選手権優勝で優勝。2001年、日本で開催されたヤングメン世界選手権では5位に入った。
2002年にはスペイン代表に招集され、この年のインディアナポリス世界選手権では5位。翌2003年には欧州選手権で準優勝を飾った。アテネオリンピックではキャプテンとして出場した。
そして2006年、日本で開催された世界選手権ではガソル、ガルバホサらと共にスペインを初優勝に導いた。ギリシャ代表を降した決勝では17得点をあげた。
2008年の北京オリンピックで銀メダルを獲得した。
プレイスタイル [編集]
堅実なゲームメークが売りの司令塔。その姿勢は数字にも表れており、フィールドゴール成功率、スリーポイントシュート成功率は共に高水準を維持している。2007-08シーズンに記録した平均8.1アシストに対する平均1.5ターンオーバー(アシスト/ターンオーバー比率5.4)は特筆に価する。
スリーポイントシュートを成功させた時に、両手の指で○を作るパフォーマンスがファンの人気を呼んでいる。
脚注 [編集]
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
- NBA.com-ホセ・カルデロン- (英語)
- ユーロリーグ公式HP-ホセ・カルデロン- (英語)
- ホセ・カルデロン公式ブログ
- Basketball-Reference.com
- カルデロン、世界選手権を振り返る
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