ホセ・カルデロン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ホセ・カルデロン
Jose Calderon
ニューヨーク・ニックス
José Calderón Pistons.jpg
名前
本名 ホセ・マヌエル・カルデロン
愛称 "Mr.Catering", "Mr.Freethrows"
ラテン文字 Jose Calderon
スペイン語 José Manuel Calderón Borrallo
基本情報
スペインの旗 スペイン
誕生日 1981年9月28日(32歳)
出身地 エストレマドゥーラ州バダホス県
身長 191cm
体重 95kg
選手情報
ポジション ポイントガード
ドラフト 2005年 ドラフト外
代表歴
キャップ スペインの旗 2002年-現在
経歴
1998-1999
1999-2001
2001-2002
2002-2005
2005-2013
2013
2013-2014
2014-
Diputación Foral Alava
CBルセントゥム・アリカンテ CBルセントゥム・アリカンテ
バロンセスト・フエンラブラダ バロンセスト・フエンラブラダ
サスキ・バスコニア サスキ・バスコニア
トロント・ラプターズ トロント・ラプターズ
デトロイト・ピストンズ
ダラス・マーベリックス
ニューヨーク・ニックス
 
獲得メダル
男子バスケットボール
スペインの旗 スペイン
オリンピック
2008 北京
2012 ロンドン
世界選手権
2006 日本
ユーロバスケット
2003 スウェーデン
2007 スペイン 大会ベスト5
2011 リトアニア
06-07シーズン、vsウィザーズ戦にてジャンプシュートを撃つカルデロン

ホセ・カルデロンJose Calderon)ことホセ・マヌエル・カルデロンJosé Manuel Calderón, 1981年9月28日 - )は、スペインのプロバスケットボール選手NBAニューヨーク・ニックスに所属。エストレマドゥーラ州バダホス県ビジャヌエバ・デ・ラ・セレーナ出身。ポジションはポイントガード。身長191cm、体重95kg。

略歴[編集]

スペインリーグ[編集]

スペインのジュニア代表として様々な国際大会で経験を積んだ後、1999-2000シーズンにはスペインリーグCBルセントゥム・アリカンテでプロデビューを果たした。アリカンテでは2シーズンプレイし、2001-02シーズンにはバロンセスト・フエンラブラダに移籍、さらに翌シーズンにはタウ・セラミカに移籍する。

タウ・セラミカデは飛躍的に出場時間が伸び、移籍1年目の2002-03シーズンには平均17.5得点を記録した。翌シーズンには得点こそ落とすがその他のスタッツは軒並み上昇し、2004-05シーズンには12.4得点3.0アシスト、フィールドゴール成功率は56.7%、スリーポイントシュート成功率は45.5%を記録した。カルデロンの貢献でこのシーズンにチームはユーロリーグトーナメント準決勝まで進出した。

NBA[編集]

新人年カルデロンは、ベンチからの出場が殆どだった。

ドラフトにはエントリーしなかったが、トロント・ラプターズの勧誘を受けてNBA入りを決意。ルーキーイヤーとなった2005-06シーズンは64試合に出場し、5.5得点4.5アシストの成績を残した。
シーズン終了後、ラプターズは多くの海外出身選手を獲得。カルデロンとはスペイン代表のチームメイトでもあるホルヘ・ガルバホサもラプターズに入団した。
2006-07シーズンはカルデロンは新たに先発PGになったT・J・フォードの控えとして申し分ない活躍をし、ラプターズの4シーズンぶりのプレーオフ出場に貢献した。カルデロン自身は8.7得点5.0アシストの成績だったが、その実力はリーグ最高の控えPGという評価を受けた。
2007-08シーズンはチーム内に故障者が続出、先発PGのフォードも戦線離脱したため、カルデロンはより多くの出場機会を得た。56試合に先発出場、11.2得点8.3アシストの成績を残し、平均アシストはリーグ5位の成績だった。
2008-09シーズンはフォードが移籍したことにより先発PGに固定された。チームはプレイオフに進めなかったが自己最高の12.8得点8.9アシストの成績を残した。特に注目されたのがフリースロー成功率で154本試投して成功が151本。失敗はシーズンを通じて僅か3本、成功率98.1%とNBA史上最高の驚異的な成功率を残した。

2012-2013シーズンメンフィス・グリズリーズルディ・ゲイとのトレードでメンフィス・グリズリーズへ、その直後テイショーン・プリンスオースティン・デイとのトレードでデトロイト・ピストンズへ移籍した。

2013年7月11日、ダラス・マーベリックスに移籍した。

2014年6月25日、ダラス・マーベリックスからサミュエル・ダレンベアらと共にタイソン・チャンドラーレイモンド・フェルトン、計6名が絡むトレードでニューヨーク・ニックスへ移籍した。

代表歴[編集]

スペインは近年バスケットボール選手の育成に力を入れ、パウ・ガソルホルヘ・ガルバホサフアン・カルロス・ナバーロなどの優秀な選手を輩出。この強化計画は2006年世界選手権の優勝という形で実を結んだ。彼らは言わばスペインバスケットボールの黄金世代であり、カルデロンもその黄金世代の一員である。

ジュニア時代は1998年ミュンヘンジュニア国際大会、ヴァルナジュニア欧州選手権優勝で優勝。2001年日本で開催されたヤングメン世界選手権では5位に入った。

2002年にはスペイン代表に招集され、この年のインディアナポリス世界選手権では5位。翌2003年には欧州選手権で準優勝を飾った。アテネオリンピックではキャプテンとして出場した。

そして2006年、日本で開催された世界選手権ではガソル、ガルバホサらと共にスペインを初優勝に導いた。ギリシャ代表を降した決勝では17得点をあげた。

2008年の北京オリンピックで銀メダルを獲得した。

プレイスタイル[編集]

堅実なゲームメークが売りの司令塔。その姿勢は数字にも表れており、フィールドゴール成功率、スリーポイントシュート成功率は共に高水準を維持している。2007-08シーズンに記録した平均8.1アシストに対する平均1.5ターンオーバー(アシスト/ターンオーバー比率5.4)は特筆に価する。

スリーポイントシュートを成功させた時に、両手の指で○を作るパフォーマンスがファンの人気を呼んでいる。

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]