クリスティナ・デ・ボルボーン・イ・デ・グレシア

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クリスティーナ・デ・ボルボン・イ・デ・グレシア
インファンタおよびパルマ・デ・マリョルカ女公爵
Infanta Cristina, Duchess of Palma de Mallorca.jpg
出生 1965年6月13日(48歳)
スペインの旗 スペインマドリード
配偶者 パルマ・デ・マリョルカイニャキ・ウルダンガリン
子女 フアン・バレンティン
パブロ・ニコラス
ミゲル
イレーネ
父親 フアン・カルロス1世
母親 ソフィア
役職 UNESCOスペイン委員会名誉総裁
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クリスティーナ・デ・ボルボン・イ・デ・グレシアCristina Federica Victoria Antonia de la Santísima Trinidad de Borbón y de Grecia, Duquesa de Palma de Mallorca, 1965年6月13日 - )はスペイン王女。パルマ・デ・マリョルカ女公爵。父はスペイン王フアン・カルロス1世、母は王妃ソフィア。姉にエレーナ王女、弟にアストゥリアス公フェリーペがいる。王位継承権は、弟の子供たちと姉の子供たちに次いで第7位である。

略歴[編集]

マドリードで生まれ、サルスエラ宮殿で洗礼を受けた。セーリングの代表選手として、ソウルオリンピックに出場している。1989年マドリード・コンプルテンセ大学を卒業。1990年にはニューヨーク大学で学んだ。1991年にはUNESCOパリ本部で働いた。カタルーニャ語英語フランス語ギリシャ語が話せる。

1997年10月4日、FCバルセロナ所属のプロ・ハンドボール選手のイニャキ・ウルダンガリンバルセロナで結婚。彼はバルセロナオリンピックアトランタオリンピックシドニーオリンピックのハンドボール・スペイン代表選手で、クリスティーナと出会ったのはアトランタオリンピックの際であった。結婚により、夫妻には1代限りのパルマ・デ・マリョルカ公の称号がフアン・カルロス1世より授けられた[1]。夫妻には4子がある。

  • フアン・バレンティン(1999年 - )
  • パブロ・ニコラス(2000年 - )
  • ミゲル(2002年 - )
  • イレーネ(2005年 - )

UNESCOスペイン委員会の名誉総裁を務め、自然・芸術遺産の保護活動に重点を置いて活動している。2001年10月、第2回世界老化会議において国際連合の親善大使に任命された。

2009年よりイニャキ・ウルダンガリンがテレフォニカの北米及び南米の広報担当取締役に就任したため、一家でワシントンDCに在住している。

夫のイニャキ・ウルダンガリンは、非営利団体の公的資金を私的に流用した事件で容疑者となっている。この事件に絡み、クリスティナにも共謀した疑いが出てきたため、スペインの検察はクリスティナにも裁判所に出廷するよう命じた。1975年の王政復古の後、スペイン王家の直系が刑事事件で出廷するのは初めてである[2]。しかし2013年5月7日、捜査担当の予審判事は、従来の方針を覆し当面は王女に出頭を求めないと発表した[3]

参照[編集]

  1. ^ Real Decreto 1502/1997
  2. ^ “スペイン王女聴取へ、国王直系子孫で初の捜査対象 横領事件”. CNN. (2013年4月4日). http://www.cnn.co.jp/world/35030426.html 2013年4月4日閲覧。 
  3. ^ “スペイン王女に出頭求めず=夫の公金横領疑惑で予審判事”. 時事通信. (2013年5月7日). http://www.jiji.com/jc/zc?k=201305/2013050700952 2013年5月23日閲覧。 

外部リンク[編集]

スペイン王室
Coat of Arms of Spanish Monarch.svg

フアン・カルロス1世
ソフィア王妃

上位:
ドーニャ・ビクトリア・フェデリカ
Doña Victoria Federica
スペイン王位継承権者
継承順位第 7
下位:
ドン・フアン・バレンティン
Don Juan Valentín