マリアーノ・ラホイ・ブレイ
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Mariano Rajoy Brey
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マリアーノ・ラホイ
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| 生年月日 | 1955年3月27日(58歳) |
| 出生地 | サンティアゴ・デ・コンポステーラ |
| 出身校 | サンティアゴ・デ・コンポステーラ大学 |
| 所属政党 | 国民党 |
| 配偶者 | エルビラ・フェルナンデス・バルボーア[1] |
| サイン | |
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| 任期 | 2011年12月21日 - 現職 |
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| 任期 | 2004年10月16日 - 現職 |
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| 任期 | 2000年4月27日 - 2003年9月4日 |
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| 任期 | 2002年7月10日 - 2003年9月4日 |
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| 任期 | 2001年2月27日 - 2002年7月10日 |
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その他の職歴
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(2000年4月27日 - 2001年2月27日) |
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(1999年1月18日 - 2000年4月27日) |
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(1996年5月6日 - 1999年1月18日) |
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マリアーノ・ラホイ・ブレイ(Mariano Rajoy Brey、1955年3月27日 - )は、スペインの政治家。現在、スペイン首相(第6代)、与党国民党の党首を務める。ホセ・マリア・アスナール政権では、公共行政大臣(Ministro de Administraciones Públicas)、教育文化大臣(Ministro de Educación y Cultura)、内務大臣(Ministerio del Interior)他を歴任。2000年から2003年にかけては第一副首相(Vicepresidente primero del Gobierno)を兼任した。
目次 |
経歴 [編集]
生い立ち [編集]
サンティアゴ・デ・コンポステーラに判事の息子として生まれ、サンティアゴ・デ・コンポステーラ大学で法律を学んだ。スペインでは高度な法律専門職である登記人の資格試験に最年少の23歳で合格、不動産登記人としてのキャリアをスタートした。
ガリシア州時代(1981 - 1991) [編集]
1981年、当時の国民同盟(現国民党の前身)に入党。同年10月20日に行われた第一回ガリシア自治州議会選挙に出馬し、史上最年少で当選する。1983年5月8日実施の自治体選挙でポンテベドラの自治体評議員に当選、ポンテベドラ県県議会議長に選出される[2]。1986年の総選挙ではポンテベドラ県のスペイン国会下院議員候補者リストの筆頭になり、当選するが、11月に辞任し、ガリシア自治州政府の副首相に就任(1986-87年)。1991年7月まで国民同盟のポンテベドラ県代表に就き、そして約2年間にわたって同党のガリシア州総書記を務める。
1989年1月に国民同盟から国民党に変り、それ以降同党全国委員会のメンバーとなる。同年10月の総選挙でポンテベドラ県選出下院議員に当選した
アスナール政権の閣僚(1996 - 2004) [編集]
1993年6月の総選挙で再選。続く1996年3月の総選挙においても再選された。同選挙では国民党はフェリーペ・ゴンサーレス率いる社会労働党に勝利、ホセ・マリア・アスナール政権が誕生した。
同年5月5日公共行政大臣に就任、1999年1月には批判の矢面にさらされていたエスペランサ・アギーレに替わって教育文化大臣に就任し、職業教育新プランを可決させた。そして同月に実施された国民党第8回党大会において、同党副総書記に再任された。
2000年の総選挙では選挙の指揮を執り、過半数を獲得、ラホイは第一副首相と首相府相(内閣官房長官に相当)を兼務することとなった。
2001年2月には首相府相を辞任、バスク州首相候補となったハイメ・マジョール・オレハの後任として内務相に就任した。
2002年7月内務相から内閣の広報担当スポークスマンである首相府相に就任。
2004年3月の総選挙前にアスナール首相が勇退を表明していたため、ラホイは首相候補として選挙戦を戦った。好調な経済などから事前の世論調査では勝利が確実視されていたが、投票日直前の3月11日にマドリッドで起きたテロに対するアスナール政権の対応のまずさで、前回より35議席減の148議席獲得にとどまり、164議席を獲得した社会労働党に敗北。サパテーロ政権の誕生となった。
野党党首 (2004 - 2011) [編集]
ラホイは、敗北の責任をとって党首を辞したアスナールに替わり、野党国民党の党首に就任した。 2008年総選挙でも政権奪還に失敗したが、議席・得票率・得票数いずれも前回を上回り、党首を続投した。
3度目の挑戦となった2011年の総選挙では経済危機で政府与党に対する批判が強まる中、過半数を大きく上回る186議席を獲得し、社会労働党に76議席の差をつける歴史的な圧勝を果たした。
スペイン首相 (2011 - ) [編集]
12月20日、下院にてナバーラ住民連合(UPN)とアストゥリアス市民フォーラム(FAC)の支持をも得[3]、第6代首相に指名された[4][5]。
2013年1月31日、スペイン紙エルパイスがラホイを含む与党国民党の汚職疑惑を報じた。企業献金から、不正な支払いがラホイ首相など国民党幹部に支払われていたというもので、ラホイには11年にわたって年間2万5200ユーロ(3万4200ドル)が支払われていたとされる[6]。ラホイは不正を否定しているが、野党は政治家の信頼回復のために首相に辞任を要求している[7]。
この汚職疑惑が原因の一つとなって、2013年2月4日にはスペインの国債が下落、ユーロが主要16通貨の過半数に対して値下がりした[8]。国民の間では抗議デモが起きている[9]。
人物 [編集]
穏和な人柄で調整型の政治家とされる。葉巻好きでレアル・マドリードの熱狂的なファン[10]。夫人と2人の息子がいる。
脚注 [編集]
- ^ “La desconocida vida de la mujer de Rajoy” (スペイン語). Tiempo de Hoy. 2011年11月17日閲覧。
- ^ “PRESIDENTES DA DEPUTACIÓN” (ガリシア語). Deputación de Pontevedra. 2011年11月17日閲覧。
- ^ 信任投票結果:支持に回ると予想された集中と統一(Ciu)は不支持に、そしてアマユールは棄権した。支持票は国民党(PP)、ナバーラ住民連合(UPN)、アストゥリアス市民フォーラム(FAC)の187票。反対票は、社会労働党(PSOE)、集中と統一(Ciu)、統一左翼(IU)、連合進歩民主(UPyD)ガリシア民族主義ブロック(BNG)、Geroa Bai、Compromís-Equoの149票、棄権票はアマイユール、バスク民族主義党(PNV-EAJ)、カナリア同盟(CC)の14票であった。
- ^ “Rajoy es investido presidente del Gobierno” (スペイン語). RTVE(スペイン国営放送). 2011年12月20日閲覧。
- ^ “Rajoy, presidente con 187 'síes', el 'no' de CiU y la abstención de Amaiur” (スペイン語). El País. 2011年12月20日閲覧。
- ^ “スペイン首相、企業献金から不正に資金受領との報道否定”. ニューズウィーク. (2013年2月1日) 2013年2月5日閲覧。
- ^ Andrew Blackman (2013年2月4日). “ラホイ首相批判収まらず、野党は辞任要求-不正疑惑否定で”. ブルームバーグ 2013年2月5日閲覧。
- ^ Dave Liedtka (2013年2月4日). “NY外為:ユーロが下落、政情不安で-円は対ドル一時93円台”. ブルームバーグ 2013年2月5日閲覧。
- ^ “スペイン首相に不正資金疑惑 辞任求める声も”. 産経新聞. (2013年2月4日) 2013年2月5日閲覧。
- ^ “スペイン 7年半ぶり政権交代”. 産経新聞. (2011年11月21日) 2012年8月30日閲覧。
| 官職 | ||
|---|---|---|
| 先代: フェデリーコ・シフエンテス |
1983 - 1986 |
次代: フェルナンド・ガルシーア・デル・バジェ |
| 先代: ホセ・ルイス・バレイロ |
1986 - 1987 |
次代: ホセ・ルイス・バレイロ |
| 先代: ジュアン・レルマ |
1996 - 1999 |
次代: アンヘル・アセーベス |
| 先代: エスペランサ・アギーレ(es) |
1999 - 2000 |
次代: ピラール・デル・カスティージョ |
| 先代: フランシスコ・アルバレス・カスコス |
2000 - 2003 |
次代: ロドリーゴ・ラト(es) |
| 先代: フランシスコ・アルバレス・カスコス |
2000 - 2001 |
次代: フアン・ホセ・ルーカス |
| 先代: ハイメ・マジョール・オレハ(es) |
2001 - 2002 |
次代: アンヘル・アセーベス |
| 先代: フアン・ホセ・ルーカス |
2002 - 2003 |
次代: ハビエル・アレーナス |
| 先代: ピオ・カバニージャス |
2002 - 2003 |
次代: エドゥアルド・サプラーナ |
| 先代: ホセ・ルイス・ロドリゲス・サパテーロ |
第6代:2011 - |
次代: |
| 党職 | ||
| 先代: ハビエル・アレーナス |
2003 - 2004 |
次代: アンヘル・アセーベス |
| 先代: ホセ・マリア・アスナール |
2004 - |
次代: |