コロンブス・デー

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コロンブス・デー英語: Columbus Day。発音としてはコロンバス・デイに近い)とは、アメリカ合衆国における、祝祭日のひとつ。10月の第2月曜日となっている。

概要[編集]

1492年に、北アメリカ大陸に、クリストファー・コロンブスが到着したことを祝う。この日は、ネバダ州ハワイ州、カリフォルニア州、テキサス州、フロリダ州、サウスダコタ州を除くアメリカ合衆国のほとんどの州で休日となる。(但し、一部の州または市では、同じ10月第2月曜を別の祝日として休日にしている場合もある)。

はじめて、祝日として祝われた日時は、1792年10月12日タマニー派の人々が、ニューヨークで、コロンブスが到着してから300周を記念して祝った。その後、アメリカでは公式祝日として祝われるようになり、コロンブスの出身国イタリアでも、イタリア人によって祝われることがある。現在は、コロンブス・デイの日は、アメリカ合衆国で多くの銀行などの公共施設が定休日となり、学校も休みとなる場合がある。

また、コロンブスを送り出したスペイン、およびこの出来事をきっかけとしてスペインの植民地支配を受けた中南米諸国でも、この日あるいは直近の月曜日などが祝日となっている。

インディアンにとっての「コロンブス・デー」[編集]

1911年、オナイダ族インディアンのローラ・コーネリアスや、オマハ族のラ・フレスカ姉妹ら、インディアン女性運動家たちは「アメリカインディアン協会(Society of American Indians)」を設立し、「全米インディアン・デー」を提唱した。彼女らは「コロンブス・デー」と同日にオハイオ州コロンバスで第一回決起大会を開き、「インディアンが白人のアメリカを発見した日!」とのスローガンを掲げ、この日に抗議した。

現在も反「コロンブス・デー」運動は「アメリカインディアン運動AIM)」などに引き継がれ、毎年この日になると全米各地で抗議行進やデモが行われていて、この際多数のインディアンが逮捕されている。また、この休日の名称そのものの変更を要求するインディアン団体「コロンブス・デー変更同盟」(The Transform Columbus Day Alliance)も運動を強めている。

1990年夏, 全世界から350の先住民の代表者がエクアドルのキートに集い、コロンバスデー500周年祝いを阻止するため、第一回アメリカ先住民国際会議を開いた。 翌年の夏、カリフォルニア州デービスに100種族以上のアメリカ先住民が前年度エクアドル会議のファローアップ会議として集合。 彼らは、500周年に当たる1992年10月12日を「国際先住民結束の日」と宣言した。全米一巨大規模のキリスト教系団体「ナショナル・カウンシル・オブ・チャーチズ」は、キリスト教信徒にコロンバスデー500周年を祝うのを辞めるように呼びかけた。その理由として、「ある人々が手にした新しい自由、希望、機会は、他の人々にとっては、弾圧、差別、殺戮を意味した。」と語った。それ以降、カリフォルニア州、ネバダ州、テキサス州、フロリダ州などではコロンバスデー祝日を反対するデモが各地で行われ、州の祝日として祝うのは自粛された。ハワイ州はアメリカの第50番目の州に制定された1959年当初からコロンバスデーを祭日として祝っていなかった。

2007年10月7日、AIMスポークスマンであるスー族ラッセル・ミーンズは、コロラド州デンバーの「コロンブス・デー」に、デンバー市庁前で以下のようにスピーチを行っている。

「コロンブス・デーを祝うことは、インディアンに対して過去に行われた圧迫と残忍な暴力による恐ろしい征服を許容することに他なりません。もちろん、マヤ族やアステカ族などのさまざまのインディアンの中には、恐ろしい人身御供と食人を行っていたとの批判もあるでしょう。シオニストは、大統領予備選挙や中学校などで共感を生むために、第二次世界大戦でのホロコーストがより重要であり、プロパガンダとして機能しなければならないと主張しますが、それはインディアンに対する大量殺戮が 今まで人類史で見られた中で、最大のものであるという事実を汲んでいません。
人種差別主義礼讃者の、そして、大量殺戮礼賛者による地獄のコロンブス・デーなぞ糞くらえ、それは“コンキスタドール・デー”に変わるべきです!」

2007年10月13日の「コロンブス・デー」では、「コロンブス・パレード」発祥の地コロラド州では、パレード100周年にあたり、「コロンブス・デー変更同盟」やチカーノ団体などと連携したAIMが恒例の大規模抗議デモを決行、「コロンブス・デー」(Columbus Day)を「KKKolumbus Day」と名付けた。

スペインでのコロンブス・デー[編集]

スペインにとっては、中南米への植民地建設への第一歩を記した記念の日として、また広大なスペイン語圏の日として、毎年10月12日が「民族の日」(Día de la Raza、ディア・デ・ラ・ラサ)という名称の祝日となっており、この日には記念パレードなどが開催される。ただ、国威発揚のためのイベントであるとして、かつての植民地支配や国粋主義を嫌う人たちから批判を受けることも少なくなく、そのようなスペインの軍国主義を批判する日という意味合いも持つ。

中南米(スペイン語圏)[編集]

コロンブスをきっかけにして植民地支配を受けることになった中南米でも、10月12日(あるいは直近の月曜日)を祝日としている国が少なくない。多くの国ではスペインと同じ「民族の日」という名称を使い、スペイン語圏としての一体性を強調しているが、国によっては別の名称で呼ばれることもある。特にベネズエラでは、この日は祝日であり続けているものの、「先住民抵抗の日」(Día de resistencia indígena)という名称に変更されている。また、中南米全体の傾向として、スペインによる侵略殺戮略奪が始まった日として、特に先住民系の人たちによる抗議デモも開催される[1]

ブラジル[編集]

ブラジルではこの日はコロンブスの日とはされていないが、偶然にもアパレシーダの聖母の休日となっている。なお、ペドロ・アルヴァレス・カブラルがブラジルに到着した4月22日は同国の祝日にはなっていない。

脚注[編集]

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  1. ^ CNN.co.jp: 「先住民2万人がデモ行進、警官隊と衝突で死者も コロンビア[1](2008年10月21日)